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姉妹


 しばらくして、リュドミラの横で男がむくりと起き上がった。

 遠くから近づく人の気配に気づいたためだ。それも一人や二人ではない。十人ほどはいるだろう。

 芝生を踏む音はやがて大きくなり、男たちの人影もしだいにはっきりとした輪郭を描いた。

 明らかにこちらに向かっているのを見て、クローヴィスは静かに寝ている皇女の肩を揺らした。


「だれか来るぞ」


 リュドミラは彼の指す方向を見て、「姉だわ」と彼以外に聞こえないように呟く。

 女なんていたかと思うクローヴィス。だがいた。見目麗しい男たちの肉の壁の裏側に、ド派手な赤いドレスを纏った背の高い女性が。

 いかにも気位は高そうだが、どうにも顔が男好きしそうで、言ってしまえば、品がない。街の高級娼婦によくこんなタイプがいたような気がする。それも、格で言えば、超一流よりは少し格が落ちるぐらいの娼婦だ。

 クローヴィスは思わず白のゆったりとした清楚なドレスを着たリュドミラ皇女と、胸の谷間を強調するように揺らして歩く『姉』という人物を見比べた。正反対じゃないか。

 女は二人の前に立つと、黒い羽の扇をぱらりと広げて、猫のように目を細めた。


「ごきげんよう。どちらさま?」


 彼はともかく、明らかに妹のリュドミラにも言っている。

 

「クローヴィスという」


 一歩前に出て返答すれば、女は彼を値踏みする視線をくれると、


「顔はイマイチだけど、身体はまあまあね。合格だわ。ねえ、みんなもそう思わない?」


 周囲に侍る男たちは女に追従して頷いている。


「決まりね。クローヴィス、わたくし、第二皇女カミラのところに来なさい。良い思いをさせてあげる」


 微塵も否定を予想していない声音だ。

 芝生の上で座り込んだままのリュドミラは、相手から見えないところでクローヴィスのズボンの裾をぎゅっと引っ張り、訴えかけるような瞳を彼に向ける。


「残念だが、俺には先約があるからな。誘うならよそで頼む」

「はあ?」


 女はみるからに眉間の皺を増やした。

 男たちが慌てだす。「カミラ様には俺たちがいるではありませんか」と声がかかった。皇女の手の甲に、男たちの唇が集中した。

 すると、皇女は「仕方がない」とばかりに目元を緩めて、場が収まったようだ。

 こんなくだらない茶番ははじめて見た。


「ふふ。ごめんなさいね。どうやら聞き間違いをしてしまったみたい。クローヴィス、今夜はわたくしのベッドにいらっしゃい。味見して、満足できたら褒美をあげるわ」

「無理だ。俺の主人はリュドミラだ。本人もそれを望んでいないさ」

「あの子のことは関係ないでしょ? どうせいなくなってしまうもの。それに、あの子はわたくしが『ちょうだい』と言ったものを断ったことがないの。周囲に何の興味もないし、何を考えているのかわからない子よ」

「そうか? 接しているとなんとなくわかってくるぞ。旨いモノを食べた時は特にわかりやすいしな」


 しかし、『どうせいなくなってしまう』というのは?


「飲み込みが悪いのね、あなた。しかもとっても頑固。……もったいない気もするけれど、しかたがないわ。小国の田舎者なら、判断も誤ってしまうわね」


 扇がぱちりと閉じられる。第二皇女は「失恋しちゃったわ」と気弱に呟いて、隣にいた男に抱き着いた。男たちが次々と優しい声をかける。

 あまりにもその時間が長いため、クローヴィスは帰りたくなってきた。だが、うしろのリュドミラを振り返れば、血の気のない顔で震えている。何が少女を怖がらせているのか。


 突然、赤いドレスがクローヴィスの脇をすり抜けて、リュドミラに迫る。その足がいかにもリュドミラを踏みつけるような動きを見せた。反射的に前を遮り、クローヴィスの胸にカミラの顔面がぶつかる。

 後ろへのけぞる体。その腕を強く引いた。

 とんでもない悲鳴が響いた。「痛い痛い痛い」と連呼する皇女。

 力の調節が上手くいかなかったらしい。

 クローヴィスは手を離し、代わって背中を支えた。皇女はすぐにその手を払いのける。


「すまない。だいじょうぶか」

「……だいじょうぶか? そんなわけないわよっ! 腕がもげるかと思ったわ! こっちが甘くしているからって調子に乗ってるんじゃないわよっ! このグズっ!」


 激高したカミラ皇女の矛先は、リュドミラにも向けられた。


「あんたにお似合いのひどい騎士だこと! このカミラに勝とうだとは思わないことね! どうせまた殺したんでしょ。自分の侍女まで殺すなんて、本当に『化け物姫』だわ!」


 叫んだだけでは飽き足らず、第二皇女は自分の履いた靴を投げつけた。クローヴィスの背中に当たって落ちる。

 彼は自ら守った少女に語り掛けた。


「部屋に戻ろうか」


 リュドミラはこくりと首を振る。黙って、その体を横抱きにした。

 小さな身体。けれど、彼女を取り巻く世界は厳しいものだと実感する。血の繋がった姉までも、悪意で攻撃するのだから。


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