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小悪魔マユ  作者: 大橋むつお
74/118

74・期間限定の恋人・6

小悪魔マユ・74

『期間限定の恋人・6』    




 スズメの鳴き声で、半ば意識がもどってきた。


 いつもの朝である。このスズメの泣き方で、おおよその時間がわかる。いつもなら、もう一群れのスズメたちがやってきて、ちょうど起きる時間になる……ちょっと変だ。

 黒羽は、音楽事務所のプロディユーサーをやっているので、音感は並の人間よりは鋭い。スズメの鳴き声が微妙に違う……。


――そうか、友だち……いや、恋人でも連れてきたかな……スズメも、なかなかやる。


 おめでたい誤解は、コーヒーの香りで打ち消された。

「このベッド……この部屋……?」

「黒羽さーん。もう起きて、朝ご飯できたから」

――この声は……?

「おはよう!」

 明るい笑顔が視界に入った。

「み、美優ちゃん……!」


「すまん、この通りだ!」


 朝食を前にして、黒羽は深々と頭を下げた。

「そんなのいいから、冷めないうちに。話は食べながらでいいわ」

「お母さんは……この状況……?」

「まだ帰ってない。黒羽さんのせいよ」

「ボクの?」

「正確には、HIKARIプロのね……五日で四十七人分の衣装。うちだから引き受けられたのよ」

「ああ、新曲の発表に間に合わせなきゃならないから……無理言った。ごめん」

「縫製にクレームついて、お母さん、とうとう泊まり込み……トーストお代わりする?」

「うん……ああ、すまない」

「そんな忙しいときに、チーフプロディユーサーが酔いつぶれていていいのかなあ……」

 オーブントースターに食パンを入れながら、美優は、少し意地悪を言ってみた。

「いや、面目ない。ちょっと事情が……」

「黒羽さん。ほんとは恋人のとこに行けばよかったのに……」

「ゲホ、ゲホ、ゲホ……」

 黒羽は、派手にむせかえった。

「あ、ごめん。ひょっとして、まだナイショのことだった?」

「ナイショもなにも、恋人なんていないよ。このクソ忙しいHIKARIプロのプロディユーサーに、そんなヒマはないの」

「でも、夕べは、さんざん言ってたわよ。わたしのこと妹さんと間違えて」

「それは……」

「どーよ……」


 黒羽は観念して病院でのこと話した。恋人がいるなんて出口の無いウソの話を。


「じゃ、お父さんは婚約者がいるって信じてるんだ……」

「ハッタリだってわかってるよ」

「だったら、なんで、あんなにヘベレケになっちゃうのよ」

「……だよな。でも無いものはしょうがない、今夜にでも正直に話すよ」

「でも、お父さんガッカリ……長くないんでしょ、お父さん?」

「そんなことまで、しゃべったのかオレ?」

「わたしも病人……だったから」

「そうだ、たしか、美優ちゃん入院してたんだよな」

「『だった』って言ったのよ。昨日退院しちゃった」

「そうか……それはおめでとう。元気になってなによりだ……オヤジは、あと一週間……なんか、他の方法で親孝行考えるよ。じゃ、オレそろそろ行くわ」

「やだ、黒羽さん、自分の家の感覚になってるでしょ。HIKARIプロはすぐそこだよ。まだ八時まわったばかりだし」

「いや、夕べはレッスン見てないからね。早く行ってスタジオの空気吸っとかなきゃ。クララなんか九時には、スタジオにやってくるからね」

 そう言うと、コーヒーを一気のみして、上着を手にした。美優は、ときめく心を無意識に押さえ込んだ。

「そうよね、うちのお母さん徹夜させるぐらい熱が入ってるんだもんね」

「ごめん、迷惑かけたね。落ち着いたら、お礼させてもらうよ」

 黒羽は、右袖に腕を入れながら、ドアに向かった。


 マユは、少しだけ美優の心臓を刺激した。ラノベでいう「胸キュン」である。


「わたしが恋人になってあげようか」


「え……」

 左袖をぶら下げたまま、黒羽が振り返った。


「一週間だけの期間限定の恋人……だけどね」


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