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小悪魔マユ  作者: 大橋むつお
73/118

73・期間限定の恋人・5

小悪魔マユ・73

『期間限定の恋人・5』    




 酔っぱらいは……HIKARIプロの黒羽ディレクターだった……。


 もし、地下鉄に乗って帰らなければ、こんなことはしなかったかもしれない。

 酔っぱらった黒羽ディレクターを、自分の家まで肩をかして連れてきてしまった。

 二十歳を超えた大人としての判断なら、たとえ知り合いでも、AKRの事務所は、すぐそこだ、とても自分の足では歩けそうにない黒羽に一言二言声をかけて、事務所の人に来てもらっただろう。


「事務所の人に来てもらいましょうか、黒羽さん」

 実際、美優は、一度は、そうたずねた。

「いや、事務所には言わないでくれ……いや、大丈夫。しばらく休んだら……大丈夫……あ、美優ちゃんか」

 その時の黒羽の言い方は、とても大丈夫そうじゃなかった。そして、美優を見る目は、まるで女子高生時代の美優を見る、それであった。美優も地下鉄の中で、感覚が高校生に戻っていた。


――こりゃ、大変なものを背負い込むことになるかもしれないよ――

 マユは、美優の中でつぶやいたが、今は美優の心には届かない。マユは、死を一週間後に控えた美優の体を動かすアシストモーターにすぎない。


 母の美智子が電話をしてきた。


 美優のあとを追いかけて帰宅するつもりでいたが、AKRから請けた衣装の縫製でトラブルがあり、今夜は帰ってこられないという内容だった。

「うん、わたしなら大丈夫。お母さんは明日の開店に間に合えばいいから」

――そう、じゃ、なるべく早く帰るから。

「うん、じゃ、バイビー……」

――ハハハ。

「なにがおかしいのよ?」

 美優は切りかけた携帯を、もう一度耳にあてがった。

――バイビーなんて、何年ぶり……高校生にもどったみたいよ!

「そんなことないよ、たまたまだよ、たまたま!」

 美優は、少しムキになって言った。電話の向こうの母は泣き笑いの気配。

「じゃ、切るよ」

 

 美優は、携帯を切ると、黒羽のために水を持っていってやった。

「あ……」

 リビングのソファーに寝かせていた黒羽の姿がなかった。

「黒羽さーん……」

 声をひそめて呼ばわると、開け放たれた自分の部屋から気配がした。

「もう、黒羽さん。どこで寝てんですか!」

 そう言って、ふとんをめくると、黒羽は下着一枚になって美優のベッドで「く」の字になっていた。

「きゃ」

 美優は、小さな悲鳴をあげた。そっとふとんをかけ直す。また黒羽は、ふとんをはね飛ばす。

 美優は、エアコンの暖房を切り、窓を少し開けた。冷気がサワっと入り込んで、黒羽は自分でふとんを胸までたぐりよせた。

「黒羽さん……お水」

「す、すまん」

 まるで素面のように、黒羽は半身を起こし、おいしそうに水を飲み干した。

「あ、あの……」

「うん~?」

 黒羽は、うるさそうに返事をかえした。

「いいえ、なんでも……」

「言いたいことは、分かってる……ちゃんと彼女はいるんだ。ちゃんと婚約までしてんだからな!」

「え……!?」


 美優の頭に、ショックと混乱が一度にやってきた。


「だから、オヤジには頼むよ……週末までには『コスモストルネード』仕上げなきゃならないんだ。だから頼むよ、兄妹なんだからさ、な、由美子。いい子だからさ……」

 そう言って、美優の頭を乱暴に撫でると、スイッチが切れたように寝てしまった。

「妹さんと間違えてんだ……酔っぱらい」

 ホッとして、ベッドの脇を見ると、服が脱ぎ散らかされていた。美優は複雑な気持ちで、たたんでやった。

「黒羽さんの奥さんになる人って、苦労……すりゃあ、いいのよ!」

 

 美優は、乱暴にドアを閉めた。

 美優の心に、ポッと火が点いた。マユは、おもしろそうに、その火を見つめていた……。

  


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