73・期間限定の恋人・5
小悪魔マユ・73
『期間限定の恋人・5』
酔っぱらいは……HIKARIプロの黒羽ディレクターだった……。
もし、地下鉄に乗って帰らなければ、こんなことはしなかったかもしれない。
酔っぱらった黒羽ディレクターを、自分の家まで肩をかして連れてきてしまった。
二十歳を超えた大人としての判断なら、たとえ知り合いでも、AKRの事務所は、すぐそこだ、とても自分の足では歩けそうにない黒羽に一言二言声をかけて、事務所の人に来てもらっただろう。
「事務所の人に来てもらいましょうか、黒羽さん」
実際、美優は、一度は、そうたずねた。
「いや、事務所には言わないでくれ……いや、大丈夫。しばらく休んだら……大丈夫……あ、美優ちゃんか」
その時の黒羽の言い方は、とても大丈夫そうじゃなかった。そして、美優を見る目は、まるで女子高生時代の美優を見る、それであった。美優も地下鉄の中で、感覚が高校生に戻っていた。
――こりゃ、大変なものを背負い込むことになるかもしれないよ――
マユは、美優の中でつぶやいたが、今は美優の心には届かない。マユは、死を一週間後に控えた美優の体を動かすアシストモーターにすぎない。
母の美智子が電話をしてきた。
美優のあとを追いかけて帰宅するつもりでいたが、AKRから請けた衣装の縫製でトラブルがあり、今夜は帰ってこられないという内容だった。
「うん、わたしなら大丈夫。お母さんは明日の開店に間に合えばいいから」
――そう、じゃ、なるべく早く帰るから。
「うん、じゃ、バイビー……」
――ハハハ。
「なにがおかしいのよ?」
美優は切りかけた携帯を、もう一度耳にあてがった。
――バイビーなんて、何年ぶり……高校生にもどったみたいよ!
「そんなことないよ、たまたまだよ、たまたま!」
美優は、少しムキになって言った。電話の向こうの母は泣き笑いの気配。
「じゃ、切るよ」
美優は、携帯を切ると、黒羽のために水を持っていってやった。
「あ……」
リビングのソファーに寝かせていた黒羽の姿がなかった。
「黒羽さーん……」
声をひそめて呼ばわると、開け放たれた自分の部屋から気配がした。
「もう、黒羽さん。どこで寝てんですか!」
そう言って、ふとんをめくると、黒羽は下着一枚になって美優のベッドで「く」の字になっていた。
「きゃ」
美優は、小さな悲鳴をあげた。そっとふとんをかけ直す。また黒羽は、ふとんをはね飛ばす。
美優は、エアコンの暖房を切り、窓を少し開けた。冷気がサワっと入り込んで、黒羽は自分でふとんを胸までたぐりよせた。
「黒羽さん……お水」
「す、すまん」
まるで素面のように、黒羽は半身を起こし、おいしそうに水を飲み干した。
「あ、あの……」
「うん~?」
黒羽は、うるさそうに返事をかえした。
「いいえ、なんでも……」
「言いたいことは、分かってる……ちゃんと彼女はいるんだ。ちゃんと婚約までしてんだからな!」
「え……!?」
美優の頭に、ショックと混乱が一度にやってきた。
「だから、オヤジには頼むよ……週末までには『コスモストルネード』仕上げなきゃならないんだ。だから頼むよ、兄妹なんだからさ、な、由美子。いい子だからさ……」
そう言って、美優の頭を乱暴に撫でると、スイッチが切れたように寝てしまった。
「妹さんと間違えてんだ……酔っぱらい」
ホッとして、ベッドの脇を見ると、服が脱ぎ散らかされていた。美優は複雑な気持ちで、たたんでやった。
「黒羽さんの奥さんになる人って、苦労……すりゃあ、いいのよ!」
美優は、乱暴にドアを閉めた。
美優の心に、ポッと火が点いた。マユは、おもしろそうに、その火を見つめていた……。




