68・AKR47・12
小悪魔マユ・68
『AKR47・12』
マユは、オモクロの研究生募集のパンフを見せた……。
「マユ、オモクロの研究生になるの?」
「虎穴に入らずんば虎児を得ずよ」
「……でも、このパンフ、応募用紙がないよ」
「さっき、配達されてきたとこ。書類審査は軽いもんよ。なんたって、クララと、拓美ってか、わたしの姿の合成だからね」
「手回しいい」
拓美が感心した。
「とにかく、オチコボレ天使の余計なお節介は、なんとかしなくっちゃね」
「だよね」
クララと拓美がうなずいたところに、黒羽ディレクターが入ってきた。
「すまない。オレ、これからちょっと外さなくっちゃならなくなった。今夜のレッスンには付き合えないけど、みんな励んでくれよ。明日は、その成果しっかり見せてもらうからな。パフォーマンスはカレーじゃないから、一晩寝かせて上手くなるってもんじゃない。今のモチベーションを『コスモストルネード』の発表まで、持ち続けていること。選抜も研究生のアンダーもね!」
「はい!」
百人近いメンバーと研究生が返事をした。そのモチベーションの高さは目の前で花火が爆発したようで、マユはビクッとして、飛び上がりそうになった。
しかし、その中で、ただ一人、ブラックホールのように落ち込んでいる人間がいた。
それは、いま檄を飛ばした本人の黒羽ディレクターその人自身であった。
――オヤジが死ぬ。よくもって一週間……。
黒羽ディレクターの思念が飛び込んできた。表面は、とても明るそうに振る舞っているが、心の中は悲しみと混乱でいっぱいだった。どうやら、さっき事務所に電話があったようだ。
――どうして、携帯切りっぱなし……よくもって一週間……そうよ……はい?……看護師さんが呼んでる……父が……お父さんのメモ……読むよ「英二、いい歳して嫁さんもなし。仕事一途もいいけど、体には気を付けろ。見舞いなんぞこなくていいからな。通夜も葬式にも来なくてもいい。気の済むまで仕事に打ち込め。父」……お兄ちゃんの勝手! バカ、その勝手じゃなくて、勝手にしろの勝手よ。だいたいお兄ちゃん……。
どうやら妹さんからのようだ。
お父さんとは13~15章に出てきたおじいさんのことだ。どうやら、思いあまって「今から行く!」と返事をした……え……「彼女だっている」……ハッタリかましたんだ。
「じゃ、みんなガンバローぜ! イェイ!」
元気にカマした。
オオオオオオオオオオ!!
何も知らないメンバーと研究生は、黒羽のエールを倍にして返した。
リハーサル室を出た黒羽は、電源を落としたスマホの画面のように暗かった。しかし、黒羽の心をスマホに例えるなら、使い込んだそれのように、整理されていない仕事や思い出の情報に混乱していた。
マユは、ポチの姿にもどって黒羽の後をつけた。
地下の駐車場で黒羽が車のドアを開けたとき、魔法でカラーコーンを倒して注意をそらし、その隙に後部座席に乗り込んだ。
運転中も、黒羽の心は混乱したままだったが、新曲のキャンペーンのアイデアは整理にかかっていた。そして、こんな状況で仕事のことを考えている自分に自己嫌悪が襲ってくる。黒羽は、何度もため息をついたり、意味もなく、ハンドルを叩いたりした。
マユは、こんなに苦悩している人間を初めて見た。小なりといえど悪魔、この黒羽の苦悩を頼もしく思った。人間とは苦悩や錯誤のあとに道を切り開いていくものなのだ。天使のように安直な救済はしない。
いまは、雅部利恵の安直なクワダテを阻止することがマユの使命だ。そのためには、黒羽にダウンしてもらっては困るのだ。
やがて、フロントグラスにA病院の建物が揺れながら現れた……。




