65・AKR47・9
小悪魔マユ・65
『AKR47・9』
ポチの悲しさ……人間に化けるときは見本がいる。
つまり、その時見えた人間の姿を真似てしまうのだ。
だから、マユの姿をした拓美と大石クララを足して二で割ったような姿になったわけである……。
このポチのハンパな化け力が後ほど意外に役に立つのだが、今はポチ姿のマユは、迷路のようなダクトを伝ってスタッフの会議室を探すのに懸命であった。
帰り道のことは心配ない、犬の嗅覚は、モノにもよるが。人間の二千倍から一億倍もある。自分の匂いをたどっていけば、もとの出口にたどり着くことは容易である。
オッサン特有の臭いがただよってくるのに気づいた。たどっていけばドンピシャ。HIKARIプロのえらいさんたちが会議をしている部屋の排気口にたどり着いた。
「……オモクロが、この週末の週間火曜曲で、新曲の発表をやります」
オーディションのとき、えらそーに見えて、実は、それほどでもないディレクターが話していた。
「どんな曲なんだ?」
社長が聞いた。
「それが、分かりません」
「分からない?」
みんなが、一見えらそーなディレクターに注目した。
「今までは、宣伝を兼ねて、意図的に情報を流していたんですが、今回は、見事に分かりません」
「オレは、少しは分かっている。作詞作曲はは中山耕一だ」
黒羽ディレクターがつぶやいた。
「え、薬師丸陽子じゃないんですか!?」
二番目にえらそーなディレクターがびっくりして、目を剥いた。
その拍子に、このディレクターは、コンタクトレンズを落とし、話に参加できなくなったが、見かけほどにはえらくないので、会議が中断するほどではなかった。
「上杉のヤロー、勝負に出てきやがったな……」
「たかが上杉、たいしたことはできませんよ」
えらそーなディレクターが言った。
「オレも昔は、たかが光ミツルって言われていたんだぜ……」
ぜんぜんえらそーに見えない小柄な会長が立ち上がって、会議室の窓辺に沿って歩き始めた。会長が本気で考え事をしたときのクセで、その歩くところには白線が描かれている。
これは会長が光ミツルとしてデビューする前、フォークの国家主席と言われた田中米造であったころからの習慣で、いつも駅のホームの白線ギリギリのところを歩いて考え事をするクセからきたものである。HIKARIプロができたころは、ビルの屋上の柵の外に白線を引いて歩いていたが、通行人に自殺者と間違われ、警察や消防に通報されて大騒ぎになった。それからは、会長室と会議室の窓ぎわに白線を引いて代用している。
二往復目、先ほどのディレクターのコンタクトレンズを踏んだ。ソフトなので割れることはなかったが、レンズを踏んだ、ほんのわずかな違和感が、会長を決心させた。
「この違和感は本物だ。今日一日で新曲作るぞ! で、オモクロと同じ収録の時に発表! 十時までには作詞しとくから、振り付けの春まゆみ、作曲の大久保も呼んどけ!」
「じゃ、レッスンも、今日からですね」
「むろんだ!」
ドアを閉め、出て行きながら黒羽ディレクターに命じた。黒羽ディレクターは、全員に目配せ。それだけで、おのおのがやるべき事が分かる。鍛え上げられたクリエィティブ集団である。
「みんな、集まって!」
リハーサル室に行くと、黒羽ディレクターはメンバー全員を集めた。
「今日は、十時から新曲のレッスンに入る。今までとは、やり方が違うからビックリしないように。それから、今日は遅くなるから、お家には連絡入れとくこと。深夜タクシーで帰る覚悟しとけ!」
「はい!」
大石クララを筆頭に、メンバー全員が熱気の籠もった返事をした。会長の熱気が、HIKARIプロ全員に行き渡っていく。知井子などは、なんだか自分の身長が、また伸びたような気がしたぐらいである。
そのころ、マユは人の姿になってクララたちが用意してくれていた制服を身に着け、オモクロのプロダクションを目指していた……。




