57・トイレットペーパー事件・1
小悪魔マユ・57
『トイレットペーパー事件・1』
今度のドロシーは、そんな簡単にはいかないわ
マユは心の中でそう呟いた。
「あの子行ったわよ。最初のドロシーだったけど、最後のドロシーになるでしょうね。わたしにとっても……あなたにとっても」
西の魔女が、そう言うと十五個の高性能盗聴器がいっせいに煙を吐いて壊れてしまった……。
同時に、エメラルドの都に向かって飛んでいたマユも青い煙……霧に取り巻かれてしまった。
ストローハットの帽子飛行機全体かと思ったら、どうやらマユ一人に霧がまとわりついているようだった。となりに座っているライオンさんは興奮と怖さで、そわそわしている。
「あのさ、ライオンさん……」
マユが声をかけても、ライオンさんは反応しない。それどころか、しだいにライオンさんのそわそわはゆっくりになり、停まってしまった……まばたきもしていない。
「あの……」
かかしもブリキマンも停まってしまっている。ドロシーも、前から来た鳥をかわそうとした姿勢のまま、鳥といっしょに、青い霧の中でシルエットになって停まってしまった。
――バグっちゃった……?
マユがそう思ったとき、目の前にレミの上半身が浮かんだ。
「あら、お久しぶりね、レミ」
「ちょっと緊急事態なの」
レミは、眉をひそめて言った。
「ここにきてから、十分すぎるぐらい緊急事態なんだけど」
「このままオズの魔法使いに会うのは問題が大きすぎるの」
「わたしのせいじゃないわよ。どういうことか分からないけど」
「たとえて言うと、サーバーの処理能力を超えてしまったみたいなこと」
「どういう意味……ちょっと暑くなってきたんじゃない?」
「……もう限界が近い。周りはフリーズしちゃってるでしょ?」
「うん、みんな停まって……ブロックノイズが入ってきた……」
「もうだめ……ごめん、強制終了するわね!」
レミが、そう叫んだかと思うと、あっという間に周りの景色が変わった……飛行機のシートに座っていたはずが、女子トイレの便座に座っている。
トイレのドアが開いて何人かの女子が入ってきた気配がした。
「なんだ、開くんじゃない。美紀、使えるよ!」
ルリ子が叫んだ。
「よかった、二階のトイレじゃ間に合わないとこ……ううう……漏れそう!」
美紀は一番手前の個室に入った。ルリ子は、洗面台の鏡を見ながら髪をとかした。すると、鏡に写っていた一番向こうの個室が一瞬揺らめいたように見えた。
「え……?」
美紀が不思議に思うと同時に水の流れる音がして、個室からマユが出てきた。
「あ、マユ……」
「なにか……?」
「え……!?」
鏡に映った個室が、さらにグラっとしたようにルリ子は感じ、振り返って個室を順にながめた。
「さっきまで、個室が六つあったような気がしたんだけど……」
「なに言ってんの、女子トイレの個室は、どこでも五つだわよ」
洗面台で手を洗いながら、マユは答えた。平然と答えたつもりだけど、ルリ子は、まだ不審げにマユを見ている。
「いま気がついたんだけど、トイレでマユといっしょになったの……初めてだよね」
マユは、一瞬ドキっとした。
小悪魔はトイレになんか行かないのだ。
美紀はチョイ悪グループではあるが、だてにリーダーをやっていない。勘は鋭いようだ。
「そう、たまたまよ、たまたま……」
マユは、何食わぬ顔で、ハンカチを使いながら答えた……そのとき。
「ねえ、ちょっと!」
一番手前の個室から、美紀の叫び声がした。マユは、ルリ子の取り巻きたちといっしょにビクリとした。
「紙がないのよ、トイレットペーパー!」
「ドジ子だね、美紀は……」
トイレットペーパーは、マユの洗面台の近くにあった。
「マユ、それ……」
「うん……いくよ。キャッチしてね」
マユは、そう言って一巻きのトイレットペーパーを美紀の個室に投げ入れてやった……ちょっと力が入りすぎたような気がした。
「サンキュー♪」
という声がした。
「どういたしまして」
マユは、お気楽にトイレを出た。直後……。
「ギャー!!」
「ウワー!!」
と、美紀とルリ子たちの悲鳴がした。振り返って、トイレを覗くと、個室から美紀が軽トラ一杯分ぐらいのトイレットペーパといっしょに吐き出されていた。
マユは、フェアリーテールの世界の影響か、自分のミスか判断がつきかねた……。




