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小悪魔マユ  作者: 大橋むつお
43/118

44・フェアリーテール・17

小悪魔マユ・43

『フェアリーテール・17』  



 サンチャゴじいちゃんの小屋は、近くで見ると意外に大きかった。


 岬の一軒家であるので、比較になる建物がないことや、作りがザックリしているので小さく見えてしまうのだ。ドアの前に立つと、自分が小さくなったのかと錯覚するほどに大きかった。


「お早う、じいちゃん」


 ミファのあいさつに応えははなかった。そんなことにかまわずに、ミファは中に進んでいく。

 教室ぐらいの部屋に、寝室や台所がついているだけのようなシンプルさ。漁具や海で拾ってきたガラクタがあちこちに散らばっていたが、足の踏み場もない……というわけではなかった。


「来るたびに片づけているから、まあまあだけどね……ベッドにはいない……ということは」


 サンチャゴじいちゃんは、教室ぐらいの部屋の海側に面した大きな窓辺、そこのロッキングチェアで眠っていた。

 色あせた横しまのシャツにオーバーオール。骨太ではあるけど、しぼんだ風船のように、体は萎えていた。漁師特有の赤茶けた顔には深いしわが刻まれ、頬から下は、ほとんど白髪の無精ひげ。

 戦い疲れて、行き場を失い、しばし休息している老兵のように感じられた。


「サンチャゴじいちゃんは、海の上が一番似合うんだ。さあ、潮風を入れようね。ちょっと手伝ってくれる」


 大人が二人両手を広げたぐらいの窓は、ごっつい樫の木でできていて、三十センチほどの格子にはめられたガラスは、厚さが一センチほどもあり、横引きのシャッターを開けるくらいの力がいる。一人で開けられないこともないけど、ちょうど良い間隔で窓を開けるのには女の子二人分の力が必要だ。小悪魔だから、魔法で開けられるけど、ちょうど良い間隔は、やっぱり力でやってみなければ分からない。


「うん、これくらいでいいよ」


 ミファがOKを出すと、潮風が海鳥の声や波音といっしょに入ってきていることに気づいた。

「さあ、タバコに火をつけるよ」

 ミファが、タバコの用意をしている間、マユはサンチャゴじいちゃんの薄く開いた目を見ていた。白目は歳相応に濁っていたけど、瞳は、海の色をそのまま写したように青かった。瞳は動くことはなかったけど、瞳孔は、なにかを見つめているように絞り込まれている。

 

 戦う男の瞳だと思った。


 小悪魔の歴史の授業で習った、プルターク英雄伝のサラミスの海戦、その中のデメトリオス一世の瞳と同じだと思った。

――退屈な授業を聞かせるより、こういう実物を見せた方がよっぽど分かりやすいのに。

 マユは、自分の不勉強を棚に上げて感心した。


 と……その青い瞳が死人のように力を失い、鋭く絞り込まれた瞳孔は、だらしなく緩んでしまった。


「ミファ、タバコを消して!」

「え……?」

「いいから早く!」


 マユは、ミファにタバコを消させ、魔法で窓を全開にした……!


「こんなことをしたら、じいちゃんの体に悪いよ」

「悪くなんかないよ。じいちゃんの瞳を見てごらん」

「……あ!」

「分かった……?」

「……うん」

「サンチャゴじいちゃんの瞳は、戦う男の瞳なんだよ。でもサンチャゴじいちゃんは起きることは無い……でしょ。瞳は絞り込まれているけど、体は緩んだまま」

「これって……」

「たぶん……オンディーヌの呪い」


 そのとき、二人は背後に人の気配を感じた……。




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