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小悪魔マユ  作者: 大橋むつお
26/118

26・AKR47・3

小悪魔マユ・26

『AKR47・3』



 その週末、AKR47の最初のレッスンの日がやってきた。


 歩き方だけで二時間が費やされ、そのあと、発声とボイストレ-ニング。昼食を挟んで、ストレッチをしたあとダンスレッスン。まるで屈伸運動かと思われるようなダンスの基本、アップダウンの練習がまるまる2時間。


 間30分スマイルの練習が挟まれた。


 要はニコニコ微笑む練習で、これが案外むつかしい。オーディションのときは、緊張しながらも、みなハイテンションだったので自然な笑顔になった。

「はい、笑って!」

 と、いきなり言われても、なかなか出来るものではない。中には虫歯が痛いのをこらえているような顔になる子もいた。

「きみたちは、アイドルなんだからね。どんなに疲れていても落ち込んでいても、一瞬で笑顔になれなきゃダメ!」

 前世紀末にアイドルの頂点にいたインストラクターの指導は厳しかった。

「ダメよ、3分やそこらで、引きつってしまうようじゃ。いい、笑顔ってのは、ホッペのところに笑筋というのがあって、ここを鍛えるの。日本人が一番弱い表情筋。今から、またダンスのアップダウンやるけど、その間、笑顔を絶やさないように。前の鏡を見ながら、チェックして、ハイ一時間!」


 で、一時間すると、知井子を始め、大半の子の笑筋は笑顔のまま引きつるか、ケイレンしてしまった。


 知井子もケイレン組であったが、充足感はあった。リーダーの大石クララは、さすがに、アップダウンも、笑顔もこなしていた。最年長の服部八重もできていた。知井子は「負けた」と感じたが、爽快感があった。知井子の人生は、負けっ放しでヘコンでばかりいた。でも、今はちがう。近いうちに必ず自分もできるんだ、という気持ちが同時に湧いてきたからだ。それに、だれもできないことを笑ったり、バカにしたりはしない。みんな同じ目標を持っているからだ。沙耶や里衣沙も数少ない友だちだったけど、このAKR47は、知井子が今まで経験したことがないような仲間になってきた。


「じゃ、取りあえずプロモ用の写真撮るからね。一か月限定で流すAKR初のプロモ」


 全員の集合写真と、個別の写真。ディレクターから多少の注文はつくが、基本は本人たちののまま。

 ほとんどの者が、ぎこちなかったけど、黒羽チーフは、あえてそのままにした。成長するアイドルの第一歩だからである。

 その中で、大石クララと並んで、自然なハツラツさで撮れた者がいた。マユである。正確にはマユの体を借りた幽霊の拓美である。拓美のマユは、午前のレッスンから際だっていた。休憩中には、できない子についてやり、リーダーシップさえ発揮していた。


 拓美がマユの魔法で、みんなの記憶から消えてしまった(ただ、大石クララだけは知っている)ので、サブリーダーが居なかったので、サブリーダーは不在のままであった。


「マユくん。きみサブリーダーやってくれないかなあ」


 レッスンの最後に黒羽ディレクターから頼まれた。



 その明くる日、マユは目覚めてびっくりした。自分の中から拓美が出ていかないのである。


――ちょっと、約束が違うじゃないのよ。平日は、この体はわたしのものよ。

――ごめん、レッスンが終わったら、出て行けなくなっちゃって……。

――困るよ、わたし二重人格になってしまうじゃないの!

――ほんとうに申し訳ない。平日は大人しくしているから……。

――もう……!!


 マユは、初めて、やっかいな幽霊を引き受けてしまったことを後悔した。とたんに戒めのカチューシャが頭を締め付ける。


「「イテ……!」」


 マユの悲鳴は、ステレオになってしまっていた……。



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