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小悪魔マユ  作者: 大橋むつお
23/118

23・知井子の悩み・13

小悪魔マユ・23

『知井子の悩み・13』



 あまりに急な変更であった。


 16人の合格者を、いきなり48人全員の合格にしてしまったのだから、HIKARIプロのスタッフは慌てた。

 とりあえず、合格者全員は控え室で待機ということになった。



「でも、さすが光ミツル。決め方もすごいけど、アイデアもすごいわね!」

 矢頭絵萌って、まだ中学一年の選抜メンバーが興奮気味に言った。

「で……これから大変な競争が始まるわけよね」

 服部八重という二十歳の最年長のオネエサンが、闘志の混ざったため息をついた。

「そりゃあ、48人だもん、厳しいよね」

 知井子が、かわいく鼻を膨らませながら言った。こんなに自信を持って戦闘的になった知井子を見るのは初めてのことだ。学校で黒板をピョンピョン跳ねながら消していて、ルリ子たちに冷やかされ、顔を赤くしてムキになっていた知井子とは別人のようだ。



「知井子、鼻がふくらんでるよ」



 マユは冷やかしてみた。

「や、やだあ、それじゃルリ子といっしょじゃんよ!」

 知井子は、慌てて鼻を隠した。

「ちがうよ。ルリ子は人をせせら笑ったときに、そうなるけど、知井子はガンバローって思ったときにそうなるんだもん」

「そ、そう……」

 自分のことを言われる時は、いつも冷やかしだったので、多少誉めても素直にはうけとらない。

「うん、あなたのそういう顔、とてもチャーミング。それっていいよ。チャーミングファイターとかって、売りにしようよ」

 大石クララが、ごく自然にフォロー。マユは、クララをなかなかの人物だと思った。

 そういうぐあいに、クララは積極的に人と溶け込み、早くもサブリーダーとして力の片鱗を見せ始めていた。


 一方、リーダーの拓美は、暗い。


 覚悟は決めていた。もうすでに死んだ身、小悪魔のマユに頼んで、たった一回だけ、生きている自分として、皆の前で唄わせて欲しい。マユの魔法で、それは叶った。

 でも、自分が選抜メンバーのリーダーになるとは考えもしなかった。それも48人全員の合格、その中のテッペンに自分はいる。



「マユさん、ちょっと」



 拓美は、マユの腕を掴むと、廊下に出て、非常口を開けた。

 二人は屋上に出た。



「お願い、もう耐えられない。今すぐに、わたしを消して、あの世に送って!」

「浅野さん……」



 マユには、拓美の気持ちが痛いほどに分かった。だから、とても可愛そうで、マユは拓美を消すことができなかった。拓美の目からも、マユの目からも涙が止めどなく流れていく……。



 屋上から見下ろせる公園の色づいた木々が、近づいた木枯らしを予感させるように震えた。

 一瞬、風が強く吹き、朽ち葉たちが風に流され、屋上の二人を促すように舞っていった。その朽ち葉の一枚がマユの頬をかすめ、微かな痛みが頬に走った。溢れた涙といっしょになって拓美の頬に一筋の赤い線が伝う。


 痛々しくて、マユは黙ってハンカチを差し出すしかなかった。


「いいの、このままで……」


 マユは唇を噛みしめ、ゆっくりと、右手を半円を描くように回し、人差し指で天を指した。



「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム……」



 マユは、渾身の力で呪文をとなえた……。


 階段を降りて、控え室に戻ってきたのは、マユ一人だけだった。

「どこへ、いってたのよ。今から、また全員集合だよ♪」

 知井子は、楽しげにたしなめた。

 知井子の悩みは、どうやら完全に克服されたようだ。


 しかし、新しい問題が待ち受けていた。そう、皆の記憶から完全に消された浅野拓美の問題が……。



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