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小悪魔マユ  作者: 大橋むつお
16/118

16・知井子の悩み・6

小悪魔マユ・16

『知井子の悩み・6』


 

 オーディションは、HIKARIシアターで行われた。


 HIKARIプロ所属のアイドルユニットの常設の劇場。


 午後には、そのアイドルユニットの公演がおこなわれるので、午前八時開始という異例の早い時間帯。


 歌うにしろ、踊るにしろ、きちんと体調、声の調子を合わせにくい時間帯だ。


 マユは思った。わざと、そういう時間帯を選び、オーディションを受ける子たちの、本当の適性とやる気を見定めるつもりなんだ。黒羽ディレクターの意地悪にも見える本気度がよくわかった。

 

 知井子と駅で待ち合わせして、会場へ。そこで、また驚くことがあった。

 会場には三十分前に着いたが、もう、ほとんどの子が来ていた。

――あと、一人だな……。

 会場整理のおじさんが、そう思ったことでわかった。

 そして、このおじさんが、ただの会場整理のおじさんでないことも……。


 二三分して最後の子がやってきて、全員がそろったが、時間までは会場には入れないようだ。

 そうやって外で待たせている間にも、おじさんやスタッフ、そして監視カメラなどが、みんなの様子を観察している。


 もう、すでにオーディションは、始まっていることをマユは理解した。


「さあ、時間です。受付を済ました人は、指示された控え室に入ってくださいね」


 一見偉そうに見えるスタッフが、ハンドマイクで穏やかに誘導した。

 受付もなにも、ここに着いた時に胸に付けるように配られたバッジにチップが組み込まれていて、カメラや、スタッフの特殊なメガネを通して個人は特定できるようにしてある。


 受付をすませて、マユは驚いた。


「これって、最終選考なんだ……新ユニットの」

「マユ、気がついていなかったの?」


 知井子が不思議そうな顔をした。

 マユは、やっぱり自分をオチコボレの小悪魔だと思い知った。人間が目につかないことばかり見て、会場の正面に貼り出されていた看板を見落としていた。


――HIKARI新ユニット最終選考会――


 受付から先は本人しか入れない。お母さんといっしょに来ている子も半分近くいて、まるで、海外長期留学の見送りに空港まで来たようなお母さんまでいた。

 試しに心を読んでみると、その親子は、はるばる北海道から来ていた。他にも、九州や四国から来ている子もいた……!


 そして、すごいことを読み取った。


「ねえ、知井子。このオーディション二千四百人も受けてたんだよ!」

「そうだよ、一次で四百、二次で、四十六人まで絞られてたんだよ」


 平然と言う知井子に、マユは驚いた。そして、そんなオーディションの最終選考に二人を横滑りのように入れた黒羽にも……。


 準備室に入ると、さらに驚いた。


 みんな真剣に、そして静かに着替え、控えめに声を整えたり、ストレッチをやっている。しかし、胸の中は、みんな燃えるような闘志。

「ねえ、知井子……」

 横を向くと、知井子は、他のみんなと同じような闘志をみなぎらせ、得意な歌をハミングしながら、振りの確認に余念がなかった。


――人間って、すごいんだ……。

 

 悪魔の補習のため、人間界によこされた意味を、改めて思い知ったマユであった。

 しかし、人間の、それも一見キャピキャピでヒトククリにして、どこかで小馬鹿にしていた、ティーンの女の子たちのすごいエモーションにあてられた。


 それが、その時感じたより、もっとすごいことを間もなく知る……とは思いもよらないマユであった。



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