13・知井子の悩み・3
小悪魔マユ・13
『知井子の悩み・3』
マユは、ホッとした。
このイケメンニイチャンのナンパを、しつこいと思っているオーラを感じていたのだ。
地下鉄の入り口あたりで、人待ちをしているオジサンだ。小悪魔のマユには、そのオジサンがHIKARIプロのプロディユーサーであることも分かっていた。
マユの魔法が、もう三十秒も遅ければ……。
「きみ、ちょっとしつこいよ」と、オジサンが声をかけてイケメンニイチャンをいなすことになる。
で、知井子の可愛さと才能を一発で見抜き、プロダクションの名刺を渡す。
「よかったら、一度電話ください」ということになる。
知井子はHIKARIプロのプロディユーサーであることと、その人の人柄の良さに心を許して電話し、あっと言う間に、アイドルへの階段を上り始めることになる。
その人は、ひとまずイケメンニイチャンの口がチャックをかけたように静かになったので、安心して、わたしたちから興味を失った。
――やった!
マユは、オチコボレ天使の利恵が開いた運命の道を閉ざせたと思えた。気楽になったマユは、知井子の注文通り、シャメをバシバシ撮ってやった。
「これくらいで、いいんじゃない?」
「うん、でも、この街角ステキだから、あと、もうちょっと」
「はいはい」
――おっと、またプロディユーサーさんがこちらを見ている。ちょっちヤバイ。
そのときHIKARIプロのプロディユーサーさんは、コールがあったらしくスマホに出た。
「……分かった、すぐに戻る」
どうやら、プロダクションからの電話のようで、プロディユーサーさんは、地下鉄の入り口をちょっと覗いて、数十メートル先、プロダクションの入っているビルに、足早に戻っていった。
――やりー! これで運命の扉は完全に閉じられた。
「よし、じゃ次は原宿に繰り出すか」
知井子の開放感は、見ているだけで嬉しかった。
地下鉄の入り口から入って、階段の踊り場で、ちょっと人だかりがしていた。
たいていの人は、ちょいと見るだけで通り過ぎていく。
「なんだろ?」
踊り場の内側なので、すぐ側に降りてみるまで分からなかった。
「……あ!」
知井子とマユは、同時に声を上げた。
踊り場の壁を背にして、おじいさんが荒い息をしてうずくまっていた。
階段を上り下りする人たちは、一瞬気には留めるが、群集心理「誰かが助けるだろう」と思って通り過ぎていく。
「おじいさん、どうしたの大丈夫!?」
知井子が駆け寄った。
心臓発作だ。マユには、すぐに分かった。
「……す、すまん。鞄に薬が……」
「わ、分かった、これね」
知井子は、素早くカバンを開けて薬の小瓶をとりだした。
「そ、それ、二錠……」
知井子は、素早く小瓶を開けようとしたが、パニくっているのだろう、蓋を右に回している。
「うーん、開かないよ……!」
「ばか、こっちに寄こして!」
マユが手を伸ばして、小瓶を受け取ろうとしたとき、ちょうど階段を駆け下りてきた、女の子の足が当たった。
「あ、ごめん」
女の子は、言葉だけ残して、駆け下りていった。
「だれか、その薬を!」
「「お願い!」」
マユと知井子は同時に叫んだ。
小瓶はプラスチックなので、割れることはなかったけど、コロンコロンと階段を落ちていき、たちまち、人混みの中に見えなくなってしまった。
「あ、ああ……」
おじいさんが、絶望の声をあげる。
マユは、通り過ぎる人たちが、できそこないの天使のように思えた。
「わたし、探してくる!」
知井子が階段を駆け下りた。
おじいさんの唇から血の気が失せていく。
マユは、静かに呪文を唱えた。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム……」
マユは、小悪魔には許されていない蘇生魔法の呪文を唱えているのだ。
むろん、マユは初めて。おまけに修行中であるために、戒めのカチューシャがキリキリと頭を締め付けてくる……。




