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小悪魔マユ  作者: 大橋むつお
103/118

103・オモクロ居残りグミ・3

小悪魔マユ・103

『オモクロ居残りグミ・3』    




 次の教室でのシーンの準備にかかったころ、女教師役の仁和明宏さんが呟いた。


「なにか、変なものが混ざり込んできた……」


 マユも、香奈のアバターの中で感じていた。


――なんだろう、死霊でもなく、生き霊でもなく、天使のようなものでない。レミのような妖精のたぐいでもない。


 仁和さんは、霊感が強いタレントさんとして有名で、一時は、自分でスピリチュアルな番組も持っていたが、便乗商法が横行し、自分も本来の歌手や、俳優としての仕事に差し障るので、表だっては、そういうことに触れないようにしてきた。

「……あなたも、なにか感じてるでしょう?」

 仁和さんは、スタッフが打ち合わせている間に、香奈マユに、こっそり話しかけてきた。

「え……いいえ、特に、なにも」

 仁和さんには、このボケは通用しなかった。

「分かってるわよ、香奈ちゃんが人間じゃないことぐらい。でも、悪さをするようなものじゃないことも分かっているから……かわいい顔して、案外小悪魔かもね」

 マユは、一瞬ドッキリしたが、仁和さんが比喩的な意味で言っていることは分かった。仁和さんと言えど人間。悪魔や、小悪魔が、どんなものであるかは、正確には分からない。「悪」という字が付いているだけで、もっと、危ない目で見て、まして話しかけてきたりはしないだろう。

「あなたのオーラはとても強くてピュアよ、いっしょに探しましょ。このままじゃ、なにか災いが起こるわ」

 仁和さんは、出番が終わると、グラウンドの端に行って、学校全体を眺めはじめた。

「始まりは、あの体育館……でも、今は、そこにはいない」


 ハーックション!!


 教室のシーンのカメリハが終わって、本番に入る直前に香奈マユは、大きなクシャミをしてみた。

「カット、カット!」

 監督の声が飛び、キャストも緊張を緩めた。と、同時に、大きなスポットライトが倒れ込んできて、席を立ちかけた加奈子目がけて倒れ込んできた。

「危ない!」

 香奈マユは、何事か予感していたので、動きが速かった。中腰になっていた加奈子の腕を思い切り引っ張って、加奈子は、危うくスポットライトの下敷きになることから免れた。

 瞬間のことで、教室のみんなは悲鳴をあげたきり、しばらく動けなかった。

「大丈夫か、二人とも!?」

 別所が駆け寄って、二人に声をかけた。

「わたしは大丈夫です」

「わたしも……」

「よかった。でも、これで二度目だなあ」

 別所の指摘は、現象的には、正しい。オーディション会場でも、ライトが香奈の上に落ちてきて、それを庇った美紀がケガをした。しかし、あれは、美川エルのアバターに入り込んだオチコボレ天使の雅部利恵が調子にのって、とんでもない声量と音域で歌ったために、ライトを吊ったクランクのネジが緩んで起きた事故である(まあ、間接的には利恵のせいではあるが、悪意はない)。しかし、今回は、あきらかに、何者かの悪意が働いている。


「その子を掴まえて!」


 仁和さんが、一人のエキストラの子を指差した。その子自身は、なんの自覚もなく、仁和さんに指差され、ただオロオロ。香奈は、ゆっくりと、そのこの額に手を当てた。香奈は、教室中にわだかまっていた悪意が、その子に集中するのを感じた。その子はユラリと揺れたかと思うと、口を開いた。


「……わたしたちの学校で……こんなことはしないで……わたしたちダンス部は、ようやく都の大会で優勝して、全国大会に出られるところだった……でも、学校が廃校になって……なって、それが果たせなかった。とっても悔しい……悔しい……だから、ここで歌ったり、踊ったりしないで……わたしたち、やっと我慢して、やっと自分たちの気持ちを押し殺した……殺したところなんだから」


「あなた、潰れたダンス部みんなの残留思念……」

「それだけじゃない。その残留思念に隠れて、もう一つなにかがいる」

 仁和さんが、印を結び、マユは心の中で呪文を唱えた。

――エロイムエッサイム……エロイムエッサイム……。

 その子は、男の表情になって喋り始めた。

「加奈子……だから、オレは反対したんだ。この世界は伏魔殿だ。スターダムに上り詰めるのは難しい。そして、そのスターダムに上り詰めるまでに、何人の仲間をけ落とさなければならないか、また、何度け落とされるか。今度、おまえはけ落とされ、また這い上がろうとしている。もういい、もう十分だ。ボロボロになる前に……戻っておいで」

「お父さん……」

 加奈子の目から、大粒の涙がこぼれた。

「その声は……高峯純一さんね」

 仁和さんに見抜かれた高峯純一の生き霊は、ギクっとした表情になった、思うとすぐに抜けていき、その子は眠るようにくずおれた。

 

 仁和さんは、それ以上のことは言わず。体育館の舞台の隅で見つけてきた楽譜と振り付けのコンテをみんなに見せた。ダンス部が、都大会で優勝したときのそれで、曲は、オモクロが、やっとマスコミに取り上げられるようになったころの、その名も『おもしろクローバー』であった。


「この振り付けで一回やってみよう。ここのダンス部の子たちのために」

「それがいいわ、お父さんのことは、あとで、わたしが……」

 仁和さんの賛同で決まり。オモクロ居残りグミのみんなで、歌って踊った。なんとも懐かしく新鮮。

 別所は、それを『居残りグミ』のプロモの一部に取り入れることにした。


 それから、ロケは夕方近くまでかかって、無事に終えることができた……。


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