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小悪魔マユ  作者: 大橋むつお
10/118

10・ダークサイドストーリー・6

小悪魔マユ・10

『ダークサイドストーリー・6』



 え……各駅停車……?


 片岡先生は、先週からダイヤが変わっていたことを忘れていた。先週までは、この時間は特急の通過であった。

 各駅停車でも目的を果たせないわけではないが、ホームに着く寸前なので速度が遅い。

 片岡先生は、特急列車で景気よく跳ね飛ばしてもらい、きれいに即死したかった。


 それほど、メリッサ先生を見た衝撃は大きかった。


 片岡先生は気づかなかったが、メリッサ先生とシンディーは双子の姉妹である。それも、幼い頃、母親が亡くなり、別々の里親に育てられ、双子の姉妹がいることを二人とも知らなかった。

 だから、メリッサ先生が片岡先生を初めて見たときは、他人としての戸惑いでしかなかった。

 片岡先生も、中庭の池の鯉を見ているうちに、よく似た他人なんだろう……と、合理的に理解した。


 しかし、理解と納得は違う。


 それまで封印していた、シンディーへの思い出が、血を流しながら蘇ってきた。

 シンディーに会いたい……切なく、理不尽な願望で心が一杯になり、それは心の表面張力の限界を超えて溢れてしまった。

 そして、理不尽な願望は、飛躍した行動を彼に思いつかせた。


――死ねば、心乱されることもなくシンディーに会える……!


 で、片岡先生は、ホームで特急列車を待っていたのである。

 マユは、改札で、片岡先生の思念に気づいた。


――なんとかしなくっちゃ。


 マユは、うろたえた。悪魔の立場から言えば、人間の不幸は願ってもないことのように思えるが、実際は違う。

 読者にはもうお分かりかもしれないが、悪魔の役割は人を不幸にすることではない。人が正しい選択をするために、試練を与えることにある。


 たとえば、敵に追われて川辺にたどり着いた人間がいるとする。天使や神は、その時の人間の心の清らかさや信仰心次第で、橋を架けたり川を割って道を造って、ダイレクトに人間を助けてやる。


 悪魔は違う。ひとまず隠れる場所を与え、あとはホッタラカシにする。人間が苦しみ悩んだ末に自分で結論を出し、行動をおこすのを待つ。ときにヒントとして、川の側に小さな木を植えたり、ゴロゴロの岩を用意しておく。人がそれに気づき、木を大きく育て橋を造ったり、岩を川に投げ入れ足場を作って、自分の力で解決するのを待つのである。時に、それは人間の時間で何世代もかかることがある。


 この試練と救済をめぐって、サタンという天使は神と争った。そして天界を追われ、悪魔の烙印を押されてしまった。オチコボレ小悪魔のマユは、そのへんの機微が分かっていないので、人間界に落とされて修行中の身なのである。


 方や、オチコボレ天使の雅部利恵(みやびりえ 天使名・ガブリエ)は、救済のなんたるかや、タイミングが分かっていないので、この人間界に落とされ、偶然……実は、神さまと悪魔、それぞれの名誉をかけて同じ学校の女子高生として送られてきた。

 で、無気力教師の片岡先生の閉ざされた心の奥を、互いに覗き込んでしまい、利恵の早とちりで、今回の不幸が起こってしまった。


 なんとかしなきゃ……このままでは、片岡先生は次の電車に飛び込んでしまう!


「先生、横に座っていい?」


 マユは、なんの思惑もなく、声をかけてしまった。

「あ、ああ……」

 片岡先生は、力無く答えた。取りあえず先生の飛び込みは阻止……しかし、後が続かない。


――先生の記憶を無くしちゃえばいいのよ。


 閉まった各停のドアから、利恵の思念が、お気楽に飛び込んできた。

 そんなの解決にならない!

 反発すマユであったが、と言って、簡単に道は見つからない。

 

 マユのこめかみから、一筋の汗が流れ落ちた……。




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