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10品目 とある駄天使とまんじゅうこわい

蠻地以人頭祭神 諸葛之徵孟獲 命以面包肉為人頭以祭 謂之蠻頭

今訛而為饅頭也 古人寒食採桐楊葉染飯青色以祭 資陽氣也

今變而為青白團子 乃此義耳。


       【 『七類修稿』 卷四十三より 】

 むかしむかし この王国の南には海の街と野の街と山の街がありました

 みっつのまちでとれる食べ物はどれも美味しいけれど 毎日は飽き飽き

 ある日に それぞれの街をおさめている三人の領主さまは思いました


「そうだ 運河をつくろう」「三つの街を繋げよう」「大きな河で繋げよう」


 沢山のお金 沢山の時間はかかるけど 運河を作ればみんなが幸せ

 海からは魚介が 野からは穀物が 山からは山菜が

 大きな河でみっつの街が繋がれば それぞれ違うものが食べられる


 とんてんかん 川を繋げ 沼を繋げ 湖を繋げて とんてんかん


 工事は大変 治水は大変 運河を作るのは街道よりもずっと大変

 人を集めて お金を集めて それでも足りない ぜんぜん足りない 

 領主さまと人足たちは頑張りました 美味しい食事のために頑張りました

 運河の開発は三人の領主さまの孫たちが街の跡継ぎになるまで続きました


「さぁ、もうじき出来上がるぞ。海と野と山をつなげる運河の完成だ」


 海と野を繋いだ運河 山と野を繋いだ運河

 このふたつを野の大湖に繋げて一本にしようとした そのときでした

 古から湖に棲んでいた水竜の魔王が人々の前に現れて こう言いました


「湖を荒らすことまかりならぬ 通りたければ年に100の生贄を差し出せ」 


 これに困った領主さま 水竜は王国が出来る前から居座ってる大湖のヌシ 

 人に優しくなく とっても乱暴だけど もとは海竜神の眷属である偉い竜

 100人の生贄なんて用意できるわけもありません 王様だって許しません


 悪い竜は退治しよう 街の人々は言いましたが 相手は千年を生きる魔王

 歴戦の冒険者でも 王様の軍隊でも 勝てるかどうか分かりません

 下手に怒らせて大暴れされたら 運河はメチャクチャ すべては御破算


 そもそも水竜は魔王の中でも珍しい中立派 棲家を荒らさなければ大人しい

 長らく野の街の湖を他の魔物たちから守ってきた守護竜でもあるのです

 もし退治しようものなら たちまち水源は魔物に乗っ取られてしまいます

 困りに困った三人の領主さまたちが工事の中止を考えたそのときでした

 海竜神の地上代行である【七海の聖女】が現れ 救いの手を差し伸べたのは 


 聖女様は水竜を説得するため 一人の異邦人エトランゼを遣わしました

 救世主がやってきた 勇者がやってきた 神の使途がやってきた

 どんな武器を使うのか どんな防具を使うのか どんな魔法を使うのか


 しかし異邦人エトランゼは街の人々が期待したものとは全く違うものでした

 なぜなら彼は 騎士でも勇者でも魔術師でもなく 料理人だったからです


「100人の生贄は用意できぬが 100人の人間に勝るものを献上しましょう」


 異邦人エトランゼが用意したものは 街の人々が全く知らない料理でした

 パンに似て パンとは違い パンと同じ素材で パンとは異なるモノ

 人の頭と同じカタチをして 人の中身と似た肉を詰めた ヒトガタのナニカ


 未知なる珍味は伝説の武器よりも強し

 心が躍る妙味は伝説の魔法よりも強し

 未体験の美味は伝説の勇者よりも強し


「うまい うまい 人の頭よりも 人のハラワタよりも いと美味し」


 まいった まいった 知らない世界の美味しい料理 これには水竜も降参


 こうして水竜は生贄のかわりに この料理を毎月献上することを条件に

 大湖の通行許可と 運河を魔物から守護することを街の人々に約束しました


 異邦人エトランゼの活躍で運河は完成し のちにマントゥ運河と名づけられました

 海と野と山が河で繋がった大陸南部は これでさらにさらに栄えました


 野の街の人々は異邦人エトランゼの功績を称え 大湖の水門に記念碑を建てました

 そして彼の持ち込んだ異邦の料理を綿々と受け継ぐことを心に誓います

 この伝説が ここ大水門街の名物 『パオズ』の始まりとなったのです


       ●●『カラール観光ガイド・この街のなりたちより』●●


「っていうカンジで、今から三代前の【七海の聖女】が召喚した一人の異邦人エトランゼによって、この街の観光資源と名物は誕生したのよ」


「さすがエスト先輩! 博識っす!」


「いやいや。それほどでも……あるけど!」


 ここは大陸縦断街道中継地点に当たる宿場町ルーメから、沿岸地区行きの急行馬車に乗って二日ほどしたところにある、運河大水門をシンボルとした街『カーラル』。


 海路よりも内陸へ、街路よりも安全にと、沿岸・平野・山岳のみっつの地方領主が手を組み、半世紀がけの大事業によって百年前に造られたパオズ運河。

 そんな百年経っても色あせず大陸南部の通商の要のひとつとなっている運河の開発最終地点にして、かなり異色の異邦人伝説を遺す観光地。それがこのカーラルだ。


 またの名を『水竜廟』。

 その名の由来についてはまた別の機会に。


 この街の名物は異邦人がもたらし広めたといわれる饅頭。

 荒ぶる水竜を鎮めて味方側につけたといわれるパンならざるパン。


 はいそこ、三国志に出てくる孔明のエピソードのパクリじゃねーかとか言わない。たぶんその異邦人本人もそこからアイデアもってきて肉まんで水竜を改心させただろうから、伝説がソッチと似通ってしまうのは当然。


 美味いものは世界の東西を問わずに美味い。ときに神々を惑わすほどに。

 たぶん中国からやってきたと思われるその異邦人エトランゼのおかげで、沿岸・内陸・山岳の三領地は救われ、運河で川沿いの周辺地域も発展の恩恵を受けた。


 んでもって、小麦文化でありながらこちらの世界にはなかった饅頭の文化も彼のおかげで伝播した! 前にもここにきた堪能したけど、同じ中華まん発祥でも、御当地色で発展したここの饅頭は日本のコンビニや中華街で食べられるものとはまた違った味がして美味い!


 基本はそのままに地方色にあわせて進化する料理。餡の中身が変われば味も変わる。こういう地域文化の違いからくる変化を楽しむのがまた食道楽フリークにはたまりませんのよ。


 駅に到着したらすぐにでも屋台に行きたいところだけど今日はまだ我慢。

 なぜかというと、ちょっとヤボ用というか、この駅でとある同僚と待ち合わせの約束をしていて、予定時刻きっかりに合流しなければならないからだ。


「やー、それにしても、合流地点のお迎えとしてわざわざ先輩に来てもらって申し訳ないっす。自分、やま育ちのせいか沿岸部の地理のほうは苦手で」


「気にしないの。どうせ自分も神都からのんびり馬車に揺られてカーラルに立ち寄るつもりだったから。一人旅もいいけど、二人旅ってのもオツなものよ」


「馬車でですか? 転移魔法が使えるの天空人のロードクラスなのに?」

「それが旅の醍醐味にして冒険者の嗜みだもの」


「さすがはエスト先輩っす。天空人のプリンセスであることを隠すために、不便を承知で便利な種族専用魔法を封印するなんて。その徹底したお忍びっぷりに、この【火焔の聖女】クラテル、感服しました!」


 キラキラと輝く目で聖女の先輩であるわたしを見るのは、大陸の東西を遮る天下の険『ヴォルゴヴォルラ大山脈』からやってきた聖女クラテル。

 六神竜の一柱である火竜神さまにおつかえしている聖女で、わたしにとって唯一の後輩らしい後輩だ。 大戦のときはまだ七つか八つ。先代が魔王軍との戦いで亡くなられ、世襲で聖女を継承したばかりのペーペーだった。あれから七年が経過して、彼女もようやく聖女としての役目に慣れて垢抜けてきた感じがする。


 といっても、山岳部の田舎で育った連中特有のイモ臭さは相変わらずだし、他の聖女たちと比べると泥臭くて神秘さに欠ける。

 燃えるような赤い髪のショートカットのザンバラ頭。引きこもりがちな聖女にしては元気すぎる山猿臭。女の子の可愛さと少年らしいボーイッシュさを両立させたいでたちは、日本暮らしが長いわたしの価値観から言うと、聖女さまというよりも中学校の運動部にいるマネージャーに近い。

 きっとジャージとか競泳水着とか着せたらすっごく似合うと思う。


 神秘さに欠ける聖女という意味では、昨年に【大樹の聖女】の座を継いだパーティー仲間のタマちゃんも似たようなものだけど、アレはもう論外。

 ぶっちゃけアレは聖女ではない。もっとおぞましいなにかだ。


 あ、なんか脳内で「お前が言うな」ってヒキニートのツッコミが聞こえた。


「今回、海竜神さまへのおつかいに先輩が同行してくれるってことになって助かりました。もう一人じゃヒィヒィで、ここまでくるだけでいっぱいいっぱいっすよ」


「もののついでだったしね。火竜神さまから「海竜神のところに行く用事があるなら、ついでにうちの不肖の聖女も沿岸部まで連れて行ってはくれぬか」って通信で相談持ちかけられたのも丁度いいタイミングだったし」


 なぜか水竜廟での合流をお願いするって言われて、その通りにしたけど。


「この街は初めてだっけ?」

「初めてっす。というか、火竜神さまの担当地域から出ること自体が七年ぶりっす」


 まぁ、普通はそうだよね。

 本来の聖女は仕える神竜の縄張りからは滅多に出ないものだし。

 聖女は基本的に神殿に引き篭もりだ。

 一年の半分以上は神殿から出てこないのがデフォ。


「さらにいうと外部への出張が多かった七年前も、天空城と真下にある神都、それと王都くらいしか行ったことなかったよね」


「はい。麓の街の観光局のみなさんに頼んで沿岸部への行き方は教えてもらったんですけど、この七日間は案内図や大陸地図とにらめっこしながらの毎日でした」


「そんなんで護衛や案内人もつけずによくここまでこれたわね」


「火竜神さまが修行になるからって一人旅の試練を与えられたんです。運動神経と火炎魔法には自信があるんで、そこらのモンスターや盗賊ならおちゃのこさいさいでしたけど、知らない地域を旅して回るのは溶岩の上を走る修行よりも地獄でした。こういうとき旅慣れしているエスト先輩が羨ましいっす」


「異端だってよく言われるけどね」


「あ、それ、このまえ火竜神殿に新任の御挨拶にきてくれた【大樹の聖女】のおねーさんも、なんか同じようなこと言ってました。聖女は神殿でお祈りだけしてりゃあいいっていう風潮はどうにかならないものかって、ウチの地酒を酒樽ごと平らげながら愚痴ってたっすよ」


「何処行っても自然体なのね……あのうわばみは」


 んーっ、これは火竜神さまの親心かな。

 自分とこの世間知らずな聖女に社会勉強させる的な何かとか。


 時代は変わった。大陸を荒らしていた七大魔王が滅び、街道・運河・航路が再整備されて情報の行き交いが激しくなった平和な時代だけど、まだまだ魔王軍によって刻まれた傷跡は大きい。


 それゆえに各部の横の繋がりを流動化するフットワークの軽さが、神竜の地上代行者である聖女にも求められるようになってきたのかもしれない。


「ところで、先輩がさっきから手に持っている本はなんですか?」

「もちろん水竜廟の観光ガイドブックだけど?」


 さすがに旅好きのわたしでもガイドブックがないと身動きがとりにくい。


「戦場において最新の情報は金銀に勝る宝。新情報の検索は怠るべからずよ」

「なるほど。いわゆるひとつの社会勉強ってやつっすね!」


「その通り。新時代の聖女は箱入りではいられない! いつまでも外に出ず、神殿に引き篭もってお祈りと神託を告げる仕事ばっかりしているから、聖女はどんどん時代から取り残されて形骸化しちゃうのよ。フォートリアみたいに政治に関われとはいわない。でも浮世離れの存在である聖女だって人として最低限の社会知識は持つべきよ。否、神竜にかわって世界の理を守護する地上代行者ならば、下界の民よりも世界を知り、民の営みを知り、文化を知り、歴史を知り、社会を知り、特に食文化の在り方を尊ふべし!」


「食文化っすか?」

「これイチバン大事!」


 わたしの力説に彼女はピンとこないようだった。


「クラテルちゃん、あなた普段はなに食べてる?」

「地元で取れる山菜や木の実やイモ、穀物の粥に、たまーに獣肉っすね」


「ここくるまで何を食べた?」

「ここに到着するまでの食事は神殿で支給されている携帯食ばっかりっす」


 うわぁ、絵に描いたような修行僧の食事だ。質素な粗食の極み。

 獣肉の食事が許されている火竜派だから、食事メニューが豆や麦ばっかりな地竜派や光竜派の聖女よりはマシだけど。


 ダメだ。こんなんじゃダメだ。

 火竜神さまが彼女に社会科見学をさせようとしたのもよく分かる。

 身近にいる聖女が水戸黄門ばりに諸国漫遊大好きなタマちゃんなんで感覚がマヒしてたけど、聖女のこの世間知らずはやっぱり改めなくちゃいけない。


「うっしっ、もともとそのつもりだったけど、さっそく屋台飯を堪能しにメインストリートまで行くわよクラテルちゃん」

「え? このまますぐ沿岸部行きの船に乗らないんですか?」


「乗るのは明日! 今日はまるまる一日かけて浮世離れしすぎのクラテルちゃんに、これからわたしはあなたに、この地域の歴史と食文化を叩き込む! これも聖女を務めるのに必要な社会勉強よ」

「しゃ、社会勉強っすか!?」


 そうなればわたしのやるべきことはひとつ!

 御当地の名物を通しての社会勉強だ。


「そう、社会勉強。食を通して世を知るのも聖女の仕事よ」

「お、オス! がんばります!」


 なによりもかによりも──

 旅の一人飯もいいけど、旅仲間と二人で食べる食事も楽しいからね♪

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