シチューの先
「その節はお世話になりました」
深々と頭を下げると、センさんは「頭を上げてくれ。こっちは仕事しただけだ」と返してくれた。
うちの食堂を救ってくれた恩人であるセンさんは、凄腕の料理人にしか見えないのに冒険者らしい。
一度勧誘したことがあるのだが、丁重に断られてしまった。
今は冒険者稼業が楽しいので辞める気はないそうだ。
「新メニューの方はどうだい?」
「はい、新しい料理は凄い人気で、うちの看板料理ですよ」
「そりゃよかった」
食堂の客が減り駄目で元々冒険者ギルドに依頼をしに行ったら、センさんが派遣された時の事は今でも覚えている。あれは半年と少し前――
「冒険者ギルドで依頼を受けた、センだが」
昼過ぎだというのに客が一人もいない食堂に入ってきたのは、一人の冒険者だった。
ポケットの多いズボンに、食堂に来るには相応しくない大きな背負い袋。
一瞬客が来たのかと喜んだのだが、……そういえば冒険者ギルドに依頼をしていたな。
「これは、わざわざすみません」
洗い物で濡れた手を布で拭き、入り口に駆け寄る。
黒髪に黒い瞳。中肉中背の男。東方の民族のようだけど、そんな地方の人がこの国の料理が理解できるのだろうか。
そんな内心を隠して営業用の笑みを貼り付ける。
「看板料理を試作中だって聞いたんだが」
「ええ、幾つか冒険者向けの料理を考えたので、その評価を正直にお願いします」
「試食か。そりゃ楽しみだ」
舌には自信があるようで、鼻歌でも歌いだしそうなご機嫌に見える。
冒険者なのに職業欄に料理人と書く変わり者らしいが、その実力は食べてもらえばはっきりする。いい加減な対応をされたら、ギルドに苦情を入れて依頼を取り消してもらおう。
「では、候補が二つありますので全て持ってきますね。暫くお待ちください」
そう言って厨房へ戻る。
冒険者は大食漢が多い。彼らを満足させることが出来たら、傾いた経営もなんとかなるはずだ。
手早く調理をすませ、机に料理を並べる。
「魔物肉を牛乳で煮込んだスープ。もう一つはステーキです」
「では、いただきます」
センと名乗った冒険者は手を合わせて、妙な事を口にした。
あれは食事前の挨拶だろうか? 信心深い者も食事前に神に祈りを捧げる。それと同じなのかな。
黙々と料理を口にしていく。時折小首を傾げ、スープを口に含んだまま舌を動かすような真似をしている。
真面目に試食してくれているようだが、正直なところあまり期待はしていない。
美味しいか不味いかの判断をしてくれれば十分だ。
「ごちそうさまでした。んでもって味についてだが、思った事を言っても構わないか?」
「もちろん。その為に依頼したのですから」
「じゃあ、遠慮なく。全体的に塩味が薄いな。調味料が貴重なのは分かるが、にしても味がなさすぎだ。冒険者ってのは肉体労働だから汗を大量にかく。汗ってのは水分と塩が体内から抜け出たもんだ。だから汗をかくと自然と体が塩分を求める。薄味じゃ納得いかないさ」
うっ、やはり味が薄すぎるのか。儲けが少なくなり、せめてもの節約と調味料の量を減らしたのが見抜かれてしまっている。
「薄味にするならせめて出汁を効かせるべきなんだが、出汁もあんまり出てないしな。この牛乳のスープもあっさりしていて飲みごたえがない。具も少ないから、せめてタマネギいれたらどうだ」
「タマネギとはなんでしょうか」
食材のようだが聞いたこともない。
「あーそうだったな。ここでは食材として認知されていなかったか。俺の故郷では好まれている野菜でね。街の外で見つけて知り合いの農家で育ててもらっているんだよ。あとでそこの住所教えるから」
「そうなのですか? ありがとうございます」
聞いたこともない怪しげな野菜を勧められたので、建前上は礼を口にしておこう。
このセンという人は冒険者でありながら農業にも口を出しているというのか。色々な業種に手を出している人間というのはどうにも信用ならない。
……舌が肥えているのは認めるけど
「ステーキは硬い。それに尽きる。こんなの亜人か若い冒険者ぐらいしか噛み切れないぞ。せめて焼く前に肉を叩くぐらいはしないと食べられたもんじゃない」
「肉を叩くとはどういうことです」
「そのままだよ。焼く前に肉を棒でも包丁……料理用ナイフの背でもいいから叩く。そうするだけで肉が柔らかくなる。他にも幾つか柔らかくする方法はあるけどな」
料理に対する評価は悔しいけど、納得はいく。だけど、彼の口にする対処方法を信じる気にはなれない。今まで一度も耳にした事ないような調理法ばかりだからだ。
「信じられないって顔しているな」
「えっ、いや」
「無理しなさんなって。言いたいことは分かるさ。論より証拠っていうからな、ちょっと厨房を貸してくれ。俺が幾つか料理を……どうせなら、この試作品を改良したものを作るか」
「それは構いませんが、本当に料理ができるので?」
自信ありげに批評する彼に対し、理不尽な苛立ちを覚えてしまい、彼の作った料理を批判してやろうと意地の悪い発想になっている。
料理人と名乗っているようだが、冒険者にしては料理ができる程度の腕だろう。
そう思っていた俺をあざ笑うかのように、彼は背負い袋を開けて中から様々な食材と調理器具を取り出す。
「こういう展開になるだろうと思って、幾つか持ってきたんだが。実際にタマネギを使ってみるか。あとはやっぱ、これだな」
花の球根を巨大化させたような何かと、小さな布袋を手に取っている。
球根は話の流れから予想するとタマネギという食材だろう。もう一つの布袋はなんなのか想像もつかない。
「じゃあ、厨房借りるぞ」
そう言って怪しげな食材と木製の細長い箱を手にして、店の奥へ移動する。
私も引っ張られるように後ろから付いていく。
「まずはステーキをどうにかするか。肉はまだあるかい?」
「ええ、ありますよ。これを使ってください」
最近知り合いの牧場から譲ってもらった肉の塊を、どんっと置く。
今は冬場で日持ちするので大量に仕入れたが、これが夏場なら二日ももたないところだ。
「魔物肉の肉質は相変わらずだな。じゃあ、取り掛かるとしますか」
木箱を開けるとそこから手入れの行き届いた、料理用ナイフが出てきた。
調理器具を見れば料理人の腕がある程度予想できると言われているが、磨き抜かれた見事な刃だ。それに見たことのない形をしている片刃のナイフ。
……この人に俄然興味が湧いてきた。
手際よく魔物肉を切り分けている。それも私が提供したステーキよりかなり分厚い。ただでさえ硬い魔物肉をこの厚さにすると、噛み切れるとは思えない。
「この肉を包丁の背で念入りに叩く。繊維を断ち切るような感じで強めに叩いていくぞ。動物の肉だと強くやりすぎるとよくないんだが、魔物の肉はこれぐらいやらないとな」
ダンッダンッダンッと小気味良く肉を叩く音がする。
「んー、やっぱ硬いな。特注のこれを使うか」
木の箱から取り出したのは、金属製の小さなハンマー。それも表面に幾つもの棘が生えている。これを大型にすれば武器として通用しそうだ。
「センさん、それは?」
「これは武器屋のドルズのおっさんに作ってもらった、肉叩きハンマーだよ。肉を叩くためだけに生まれてきた調理器具だな」
肉を叩くだけ……。そんな限定的で他に使い道のない調理器具が存在するのか。
最近になって祖父の代から続くこの食堂の跡を継いだ俺とは、食に対する意識が違う。
今まで別の業種で生きて、その仕事が嫌になり逃げるようにして故郷に戻り稼業を継いだ俺とは……何もかもが違いすぎる。
「更にタマネギをみじん切りにして、肉をその中に埋める。こうすることで肉がかなり柔らかくなる」
惚れ惚れする手捌きでタマネギと呼ばれる野菜をみじん切りにすると、肉が埋まるぐらいにそれを被せた。
「肉はこのまま寝かせるから、今度は牛乳のスープをやるか。牛乳を使わせてもらうよ。後は……バターもいいか?」
「どうぞ、使ってください」
自然と丁寧な対応になってしまう。
今までの調理で分かってしまった。彼の方が料理人としての腕が上だという事が。
この奇抜な調理方法が正しいのかどうかは判断がつかないが、料理に対する真摯な態度と創意工夫は見習わないといけない。
「この肉も牛乳もバターも、確か魔物を飼育しているところから仕入れているんだよな?」
「ええ。魔物の牛を育てている牧場がありまして。確か毛の長い牛の魔物です。基本的に乳とそれを加工したバターチーズを取り扱っているのですが、オスや年老いた個体をこうやって買い取っています」
魔物牧場を開いている変わり者がいるのだが、その人のおかげでこうやって定期的に肉や牛乳、加工した食品を仕入れる事ができる。
「じゃあ、バターも牛乳も定期的に購入できる下地はあると。ならやっぱりシチューだな」
「シチューですか。それってなんです?」
「この国は他国との交流が盛んじゃないから、あまり知られてないみたいだが。大陸の西の方や中心部ではポピュラーな料理でね。まずはバターを溶かして、具材を炒める。まずは角切りにした肉の表面に焼き目をつけて、肉汁がこぼれないようにする。更に野菜を入れてそこに……悪い。袋を取ってくれないか」
とうとう、この謎の小袋を使うのか。
手に持った感じでは何かが詰まっているようだけど。
「この中身が気になるのか。小麦粉だよ小麦粉」
「パンの材料ですよね?」
「こっちではパンか焼き菓子ぐらいにしか使わないみたいだな。結構他にも使い道があってな。このやり方は手抜きなんだが、楽な方を先に教えておくよ。正しい作り方は後で詳しくやるから」
そう前置きして、センさんは炒めた具材に小麦粉を振りかけた。
パンや菓子に使う粉を料理の途中で投入するのか。出来上がりが想像できない。
「全体に小麦粉が混ざったらここで牛乳を入れる。この量で仕上がりのとろみが変わるから、そこは好みで調整してくれ。後でコツも教える」
ぐるぐると鍋をかき混ぜていると、スープなのにドロッとしてきている。
牛乳の色より少しだけ黄色に近くなっているように見える。食材の焦げがスープに溶け込んだからだろうか。
そのまま煮込みつつ、隣でタマネギに沈めていた肉を焼いている。
肉が焼き上がるとシチューも完成したようで、両方が器に盛られ机に運ばれた。
「ステーキとシチューだ。食べてみてくれ」
ステーキは念入りに叩いていただけあって、元と比べるとかなり薄くなっている。
表面はしっかりと焼かれているが、中はどうなのか。
フォークを入れ突き刺し持ち上げると、断面がまだほんのり赤い。
「火が中まで通ってないのですが」
「いや、しっかり火は通っているよ。本当はもっとレアでもいいんだが、魔物肉はちょっと怖いからな」
センさんを信用して肉を頬張る。
魔物肉だと覚悟して強く噛みしめようと力を込めている途中で、歯が肉を貫通した。
思ったよりもあっさりと噛み切れるぐらいに肉が柔らかくなっている。
これが叩いてタマネギという野菜に漬けた成果なのか。魔物肉は硬いが旨いと言われているのだが、噛み切ることに集中してじっくりと味わう余裕が今までなかった。
こうやって、味わってみると……。あふれ出す肉汁が確かに旨い。ほんのり血の味が残ってはいるが、それもまた食べ応えとなっている。
噛みしめるたびに血と肉を喰らっているという、満足感が体を満たす。
「肉を柔らかくする方法ってのは幾つもあるんだが、今は手持ちのこれを使わせてもらった。他にもヨーグルト、蜂蜜、他の果実、に漬けるってのもある。ただ、この国では甘味は貴重で果実も高いからな。手段が限られてしまう」
「そんなにも方法があるのですね。考えたこともなかったです……」
父親から受け継ぎ言われた通りに料理すればいい。そう考えていた自分が情けない。
「落ち込むことはないと思うぞ。この知識だって人から教えられたものや書籍の受け売りだ。自分が編み出したテクニックじゃない。こんなのは今からでも覚えたら済む話だ。故郷のプロに今回のやり方をドヤ顔で話したら、「常識だろ」って鼻で笑われるレベルだ」
センさんの国の料理人はどんな方々なのか。
彼の話す内容が未知の領域だというのに、本場のプロはもっと高みに存在しているのが信じられない。
「俺なんて故郷じゃ、ちょっと料理好きなだけの男だよ。こっちでは何故か過剰に評価されているけどな」
そう言って頭をぼりぼりと掻いている。照れ隠しで謙遜しているのかと思ったが、あの自嘲気味の苦笑は……本当の事なのか?
「センさんの故郷って料理人の国とかじゃないですよね」
「んー、そうじゃない。料理の知識を簡単に得る事ができたから詳しい人は詳しいが、興味がない人は食べる専門だ。多種多様な料理店が軒を連ねる……そんな場所だよ」
昔を思い出し懐かしんでいるようで、その瞳は遠くを見ている。
少し話を聞いた程度では想像もつかない、謎の多いところだな。料理人として一度訪れてみたい。
「俺の話はどうでもいいだろ。シチューも食べてみてくれ」
「では、こちらも」
匙をシチューに入れて持ち上げると、とろみのある液体が縁から零れ落ちる。
これは小麦粉の効果だよな。ステーキで信用に値すると判断したので、この謎のスープもためらう事なく口へと運べた。
まずは牛乳の味がするのだが、どろっとした液体の中に具材の味が混ざり合い、牛乳のスープの味気なさと違い、コクのある美味しさが喉を通り過ぎていく。
この液体は飲みごたえがある。同じ量を飲んだとしても、こっちの方が確実に腹持ちがいい。
具材も中まで火が通っていて、味が完全には染み込んでいないのだが、このスープが具材に粘着することでしっかりと味がする。
肉もさっきのステーキと同じ下処理をしたのか、かなり柔らかい。
「美味しい。……それしか言えません」
完敗だ。料理なんて簡単だから、と甘く見ていた自分の頬を叩かれたような衝撃。
創意工夫でここまで美味しくなるものなのか。
「そりゃよかった。じゃあ、ここから一緒に改良していくか。もっと美味しく仕上げないとな」
これで完成じゃないのか。
自分の意見も組み入れて新メニューを考えてくれるというのか。
落ち込んでいる場合じゃない。ここでこの人の技術と知恵をできるだけ盗んで、もっと美味しい料理を作らないと!
「依頼を受けたのは半年前だったか。懐かしいな」
「おかげさまで繁盛しています」
再び頭を下げる。
「あそこまで仕上げたのは店長の努力の成果だろ。俺は助言と提案をしただけだ。大袈裟だな」
「そんな事はないですよ。ご教授いただけてなかったら今頃店は潰れていました」
以前とは比べ物にならないぐらい客が増え、父の代からの常連客も戻ってきてくれた。
自分も料理に対する意識が変わり、他のメニューも見違えるように美味しくなったと言ってもらえている。
「で、今日はどうしたんだ。近況報告とお礼だけって訳じゃないんだろ?」
「バレていましたか。シチューが大人気になって、他の店でも真似されるようになりましてね。私もセンさんから教えてもらったものですから、独占するのもおかしな話なので放置していたら……あっという間に、街中に広まりまして」
今では露店やパン屋でもシチューが置かれるようになっている。
ちょっとしたこの街の名物になりかけている状態だ。
「そういや、そこら中でシチューを見るようにはなったな」
「一応、元祖の店として客入りも悪くないのですが、ここで他店よりもう一歩先を行きたいと思いまして」
「なるほど、更なる新メニューか。じゃあ、シチューが売れ残った場合に考えていた、もう一つの料理教えておくか」
「ということは、シチューの進化系ですか!」
あのシチューがこれ以上美味しくなるというのなら、是非教えて欲しい。
自分なりに改良を加え、食材も厳選しているのでシチューの味はあの頃より増している自信はある。それを超える一品なら是非ともメニューに加えたい。
「正しい、ホワイトソースの作り方は完璧だよな」
「はい。具材に小麦粉をかけるのではなく、バターと小麦粉と牛乳だけで作るソースですよね。今はホワイトソースを先に作ってから、煮込んだスープに混ぜていますよ」
あの時に教えてもらった方法は、手抜きなやり方らしくこの方法が本来の作り方だと教えられた。こっちの方が少し面倒でコツがいるけど、ソースの作り置きもできるので便利なのだ。
「偉そうな事を言ったが、今日の料理はアレンジ料理だ。そのホワイトソースを生かして、新たな料理を作る。ってことで、まずはホワイトソースを作ってくれ。うちの調味料や食材好きに使ってくれていいから」
「分かりました!」
清潔に保たれた厨房には様々な調理器具が磨かれて並んでいる。
センさんの自宅だというのにうちの厨房よりも立派な設備だ。
バター、牛乳、小麦粉を使わせてもらい、いつもの手順でホワイトソースを作ることにした。
「っと、今日はちょっと濃いめで頼む。小麦粉をいつもより多い感じで、ねっとりさせてくれ」
「牛乳でのばしてスープに入れる前ぐらいですか?」
「そんな感じで」
指示に従い、いつもよりも濃いめのホワイトソースを作る。
センさんが「おっ、いい感じだな」と言ってくれた。
心の中で勝手に師と仰いでいる人に褒められると、かなり嬉しい。
「これを半分取り分けて、この金属製の器に敷いておく。こっちは冷やして固まるのを待つからな。でだ、残りの半分のソースでグラタンを作るぞ」
「グラタンですか」
またも聞いたことのない料理名が出てきた。
どんな料理なのか、好奇心がうずいて仕方がない。
「まずはこの深さのある陶器の皿に……。っとあったあった、冷ご飯を盛る」
厨房の端に置かれていた、蓋付きで木製の丸い容器の中には白い粒がぎっしりと詰まっている。
「それって、確かコメですよね」
「おう。今日の朝に炊いた奴だな。これをこの器に移してさっき作ったホワイトソースと混ぜる。それから陶器の皿に入れるっと」
楕円形で深みのあるシチューの皿にも使えそうな陶器に、コメと混ざり合ったホワイトソースが入れられていく。
「それから、このチーズを上にまぶして」
鉄製の大きな箱から取り出したチーズを薄くスライスして、それを手で千切りながら、まんべんなく表面に散らばらせている。
「ここでパン粉も入れる派と入れない派に分かれるが、今回は無しでいこうか」
パン粉を入れる方法もあるのか。忘れないようにしておかないと。
その器を石窯に入れている。パンを焼くのに使う窯と同じようだが、こういった料理でも窯を利用するのか。
「これは両方とも既に火が通った後だから、表面のチーズが溶けて少し焦げ目がついたぐらいでいい」
少ししてから取り出された器の表面には、いい感じに溶けて薄っすらと焦げ跡もついたチーズがその存在を際立させている。
「とまあ、こんな感じだ。最近はコカトリス肉が安いようだから、それを具材で使うといいんじゃないか」
「そ、そうですね。あの、それ味見してもよろしいでしょうか」
器が未だに熱いらしく、ぐつぐつとソースが煮えている状態のそれを早く味わいたい。
ホワイトソースにチーズが絡む味は予想できるが、適度に焼かれた器の縁の焦げかけたソースが食欲を刺激して、お腹がキュッと締め付けられる。
「待たせたな。熱いから火傷しないようにしてくれよ」
その答えを最後まで聞かずに、匙ですくうと、とろーっとチーズが伸びる。
これは美味しいに決まっている。こんなもの口に入れる前から分かる!
ふぅーふぅーと、息を吹きかけ少し冷ましてから口に含む。
ああっ、熱々のホワイトソースとチーズが混然一体となった味に、思わず顔がにやける。元々は同じ牛乳から作られただけあって、相性は抜群だ。
少し焦げた部分はカリッとした食感もあって、個人的にこの部分が一番好きかもしれない。
「どうやら、満足いただけたようだな」
「はい! たまりません!」
これならコメとチーズさえあればいつでも作れる。
ここまで改良に改良を重ね味にこだわったホワイトソースも生かす事ができて、今までの努力が無駄にならない最高の料理が作れそうだ。
味を完璧に覚えたら、家に帰って体に覚え込ませないと。
「これで大丈夫そうだな。また食べに行かせてもらうよ」
「お待ちしております。あっ、そういやさっき分けたホワイトソースの残りは?」
冷やしておくと言って移動させた残りが気になったので訊ねると、センさんはいたずらっ子のように微笑んだ。
「おっ、気づいたか。これはまた何かあった時に教えるとするさ。グラタンだけでも今は十分だろ? これは俺と弟子の晩飯で使わせてもらう」
「うっ、そう言われると気になりますが、今は確かにグラタンがあれば他には必要ないですね。一応、どのような料理を作る予定だったのか、料理名だけでも教えていただけませんか?」
「クリームコロッケだな」
クリームコロッケ……。聞いたことがない料理名だというのに、何故か口の中に唾が湧き出てくる。
今度また何かあった時には食べさせて……。いや、料理人として頼りっぱなしはダメだ。ホワイトソースを冷やして何かを作るというヒントがあるのだから、自分の力でなんとか正解にたどり着いてみせる。
そして、いつも驚かされぱなしのセンさんを、今度はこっちが驚かさせてみせる!