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揚げ物

「そっちに逃げたぞ! ヘリルイ油断するなっ!」


 マレリーナ隊長が凛々しい表情で周りに指示を出している。

 色褪せた金髪に碧眼。目鼻立ちも整っているのに、鋭い目つきと言動が全てを台無しにしてしまっている、もったいない人だ。


「分かってますよ、マレリーナ隊長!」


 俺としては、もう少し穏やかで優しい上司の方が嬉しいけど、あの人は真面目で融通が利かないだけで部下想いだからな。

 贅沢を言ったら罰が当たるか。

 こっちに逃げてきた豚型の魔物――オークを槍でけん制していると、後方から熱気が押し寄せてきた。


「ヘリルイさん、しゃがんでください!」


「ふえっ⁉」


 考えるより先にその場に伏せると、頭上を燃え盛る火炎の球が唸りを上げて通り過ぎていく。

 その火炎の球は俺の前にいたオークに命中すると爆発飛散して、周囲のオークも燃やしている。とんでもない、威力だ。

 振り返ると、杖を突き出して魔法を放ったばかりの少女がいた。

 まだ十代半ばらしい可愛らしい顔をした少女。水色で縁のない帽子に同色のマント。魔法使いの着る衣装の色は得意な属性を表しているという。

 水属性が得意なのに対極にある火属性魔法をあんな高威力で放てるのか。稀代の天才魔法使いと呼ばれるだけのことはある。


「いつまでも、寝ているな!」


「はい! 今、起きますって!」


 マレリーナ隊長の怒鳴り声に体が反応して、その場に勢い良く立ち上がる。

 こんな場所でいつまでも寝ころんでいたら、他のオークたちに踏みつけられるからね。

 オークの群れ討伐の最中。俺もいいところを見せないとな。


「さすが、ヘルセアだな」


「師匠、これって私の魔法いらないような」


 感嘆する声が聞こえてきたので視線を向けると、真っ赤な鎧を着た仮面の女性が血煙の中で踊っていた。

 右手の大剣でオークを脳天から股間まで真っ二つに斬り裂き、左手の小剣でもう一体のオークの喉を突き刺している。

 淀みのない動きでオークを殺していく様は、まるで演舞のようだ。

 あれが噂の女冒険者、返り血のヘルセアか。

 今回の騎士団と冒険者との合同遠征は、騎士団側からは俺と隊長しか動ける人材がいなかったので冒険者側の戦力に期待していたが、まさかヘルセアが来てくれるとは。

 オークは脂肪が分厚く筋力もある。だから中途半端な実力では役に立たないどころか足を引っ張ると判断して、少人数での拠点襲撃を計画した。

 冒険者側からも三人しか派遣されていないのだが、その内の一人は戦力としては期待していない。だけど、このメンバーで最も重要な人物だ。


「ヘリルイ、大丈夫か?」


「見ての通り、ぴんぴんしていますよ、センさん」


 冒険者ギルドで唯一の職業、料理人センさんが俺に手を差し伸べてくれている。

 この人の料理を口にしてから、俺は大ファンになった。遠征中も美味しい料理を食べたいと、隊長にわがままを言ってついてきてもらった。

 隊長は「しょうがない奴だ」と言って苦笑していたが、あの弁当の一件でセンさんの料理が忘れられなくなっているのを俺は知っている。

 その証拠にあっさりと俺の意見が通った。

 センさんも冒険者なのだが、戦闘はあまり得意ではないらしく遠距離攻撃を主にしている。

 それも弓ではなく鉄製の妙な形をした短剣を投げたり、短いロープの両端に重りが括り付けられた投擲武器を飛ばして、相手の足に絡ませ転ばしていた。


「面白い武器ですね」


「これか? これは狩猟用でな。主な使用目的は動物の捕獲だな」


 センさんは倒れたオークに駆け寄り、腰に携帯していた片刃の短剣を引き抜き、首筋や足首辺りに斬りつけると尋常ではない量の血が噴き出している。


「血抜きポイントはここだったよな」


 この人は料理に関することになると、人並み外れた腕を発揮するようだ。それが戦闘に絡む事であっても。

 想定外の数がいるオークの集落を襲撃することになったが、結果として圧勝。

 十数体いたオークの群れも残り一体。

 肩ひもで胴の部分をぶら下げているだけの、粗末な革鎧を着たオークの中で、唯一全身金属鎧のリーダーオーク。あれを倒せば任務終了だ。


「ニンゲンドモメ ワガムラヲッ!」


「ほう、人語を話すのか」


 敵を取り囲み武器を構えた状態で、隊長がにじり寄る。

 オークは人よりも知能が劣り人語を話すことはないはずだが、特異体か。

 人間にも天才と呼ばれる人間が稀に産まれるように、魔物の中でも知能の高い個体が現れる事がある。……それがこいつだ。


「この村にいる動物も食料も全て近隣の村から奪った物だろう。キサマには憤る権利もない!」


 切っ先を突きつけられたオークが荒い鼻息を噴き出すと、巨体を揺らしながら隊長に突進する。


「隊長、危ないっ!」


 咄嗟に隊長の前に飛び出そうとしたが、俺の脇を何かが通り過ぎたかと思うとオークがその場で派手に転ぶ。

 足下にはロープが絡みついていた。それはセンさんが投擲したものだ。


「ここで刑を下す」


 隊長はそう言い放つと、倒れてもがいているオークの首筋に剣を突き刺して、遠征は達成された。





「ここは廃村を利用したものか」


「そうみたいっすよ。ぼろいけど家も飼育場もあるみたいですから」


 生き残りのオークがいないか辺りを調べていると、屋根や壁の破損状態が酷いが家も数件あり補修をしたような跡も残っていた。

 豚も何頭か飼育しているが、豚の魔物が豚を育ててどうするんだ? 食うのか? 共食いとしか思えないんだが。


「おっ、こいつらジャガイモ育てているぞ」


「師匠、オークが農耕なんてする訳が……。わっ、本当だ!」


「リーダーはかなり知能が高かったようだ」


 畑らしき場所に固まっているセンさん達に駆け寄ると、ちょうどジャガイモを引っこ抜いたところだった。

 植物の根に大きな実が幾つも実っている。


「今の内に殲滅しておいて正解だったようだな。野放しにしておけば、もっと巨大な群れになっていた可能性が高い」


「自給自足できるオークなんて厄介すぎますからね」


 隊長が腕を組んで眉根を寄せている。ただでさえ繁殖力の高いオークが食料を得たとなると、一年後にはとんでもない数に膨れ上がっていたかもしれない。

 ぐるううううぅぅぅ。

 ほっとしたら、腹が鳴り響いた。


「おい、ヘリルイ」


「これは生理現象ですから、怒らないでくださいよ。大仕事を終えてお腹も油断したんですって。センさーん、昼飯まだですかー!」


 真面目な空気を吹き飛ばしたお腹を擦りながら、センさんへ呼びかけると既にジャガイモの皮をむいていた。


「おう、休憩しながら待っていてくれ。旨いもの食わせてやるよ」


「マジで楽しみにしてます!」


 弁当も美味しかったが、現地で熱々の飯を食えるなんて最高だ。

 空きっ腹にセンさんの料理かー。想像するだけでたまらん。

 俺も隊長も料理はからっきしだから、離れて見守る事にした。弟子のミユクと返り血のヘルセアは手伝うみたいだが。


「オーク討伐と聞いてやってみたかったんだよな。その為の材料は全て持ってきている」


「背負い袋に何入れてきているんですか、師匠……」


 師匠と弟子のやり取りが聞こえたので視線を向けると、大きめの背負い袋から次々と調理道具が出てくる。

 半球状の鉄鍋や数々の調味料。あと布袋も幾つか見えるけど、あれも食材かな。


「マレリーナ隊長! 戦闘に巻き込まれて死んだ豚は調理しても構わないか?」


「戦闘中にしれっと血抜きや処理をしておいて、今さら何を。使って構わんよ。このまま大地にくれてやるには惜しいからな」


 他の面々が派手な活躍をしていたから、センさんの存在感は薄かったけど陰で何やってたんだ。

 隊長は気づいていたいのか。……意外と目ざとくて観察力があるんだよな。さぼっていたらすぐに見つかるし。

 センさんが意気揚々と見事な手捌きで豚肉を解体していく。精肉店でも働けそうな腕だ。

 ミユクとヘルセアはセンさんから距離を取り、石を積み上げてかまどを作っている。解体現場は結構グロいからな。そっちは全部センさん任せか。

 俺もそっちの現場より女性の作業姿の方がいいので、かまどの設置を手伝う事にした。


「力仕事なら任せてくれ。石を乗せていけばいいんだろ?」


「ありがとうございます、ヘリルイさん。えっと、組み立て方があるので、そこの石はちょっと右の窪みに――」


 ミユクの指示に従って石を積み上げていくと、殆ど隙間のないかまどが出来上がった。

 いつの間にか木製の小さな折り畳み机もセットされている。こんな物も運んできたのか。

 その上に半球状の鍋を置いて、薪に火をつける。

「ミユク、鍋に水を入れてくれ。量はこの器ぐらいでいい」


 大きめの木の器を手にしたセンさんをちらっと見て頷くと、ミユクは鍋に魔法で水を入れている。


「沸騰したら、これを徐々に入れて」


 今度は大皿を渡しているが、盛られているのは白にほんのり赤色が入り込んだ、細切れの物体。これはもしかして……。


「センさん、これって豚の脂身?」


「おう、豚の背脂だ。これを炒めると上質なラードがとれるからな。っと、背脂入れたら弱火にしてくれよ」


 バチバチという音がして脂が色づいていく。

 暫く眺めていると脂が茶色くこんがりと変色していき、バチバチという音もいつの間にか消えている。初めに入れた水が蒸発したのか。


「おっし、いい感じだな。このざるを置いた容器の上に流し込むから、ちょっと離れていてくれ。油が飛んだら危ないからな」


 その言葉にセンさん以外がその場から離脱する。

 鍋から油が流し込まれ、鍋の中身は空になる。鉄製のざるの上にはこんがりと揚がった、豚の脂身が残っていた。

 あれは油を搾り取った残りカスだよな。だけど、この香ばしい香りはなんだ。すきっ腹にこれはヤバい。

 口の中に自然と唾液があふれてくる。


「濾した油を半分鍋に戻して、残りは冷やして持って帰るぞ。っと、あんたらはこれでも摘まんでおいてくれ」


 センさんは木皿に脂のカスを盛ると、高い位置からさらさらと塩を全体に振りかけ俺に手渡した。


「いいんですか!」


「おう。揚げたては旨いぞー。料理ができるまで、もう少し待っていてくれよな」


 俺はセンさんの言葉を最後まで聞かずに、脂のカスを摘まむ。

 熱いけど耐えられないほどじゃない。口に放り込むと、揚げたての風味が広がり、咀嚼する際のカリカリッとした食感がたまらない。

 大きめの脂のカスは中に柔らかい部分が残っていて、噛むと油がじゅっとにじみ出てくる。ああもう、酒が欲しい!


「うめえええっ! これ止まんないですよ」


「確かに病みつきになりそうだな」


「同意する」


 いつの間にか俺の両隣に隊長とヘルセアがいて、次々と皿に手を伸ばしてくる。

 凄まじい勢いで脂のカスが減っていく!


「ちょっ、ちょっと! 俺の分がなくなるじゃないですか」


「上官命令だ、寄こせ」


「横暴ですよ!」


 マレリーナ隊長が冗談交じりとはいえ、こんなことを言うなんて珍しい。

 ……いや、本当に冗談か? 目がマジのような。


「あんたら、食べ過ぎるとメインが食べられなくなるぞ」


 俺達のやり取りを眺めながら料理を続けているセンさんが、苦笑交じりにそんなことを言ってきた。

 そうか、これは料理ですらなかった。本番はこれからだ。


「くっ、ここは我慢して本番に備えるしかっ」


「そうだな。残りは持って帰るとするか」


「止まらない……」


 俺と隊長は手を止めたのだが、ヘルセアは黙々と食べ続けている。かなり気に入ったようだな。


「ミユク卵を溶いてくれたか」


 えっ、遠征に卵まで持ってきたのか? あの白いもやが漏れる箱に入れてきたのか。割れやすい卵を持ち歩くなんて、センさんらしいというか、なんと言うか。


「はい、師匠。皿に卵と小麦粉とパン粉の準備完了しました!」


 ビシッと敬礼しているミユクの前には、三つの皿があり向かって左から、白い粉、卵を混ぜた液体、白い大きな粉みたいな何かがある。

 料理に使うのは分かるが、自分で料理をした事がないので何を作るのかさっぱりだ。


「センさん。何を作るんですか?」


「そりゃ、豚肉で油があれば……とんかつだろ」


「「「トンカツ?」」」


 センさんだけではなく、ミユクも知っているようだがこっちとしては初耳だ。

 トンカツ。どういった料理なのだろう。


「揚げ物はちょっと危ないからな。ミユクは米を見ておいてくれ」


「コメの事ならお任せください!」


 ミユクはもう一つのかまどに置いてある土鍋の前に座り込むと、ニヤニヤしながらカタカタ揺れる蓋を見つめている。

 ……なんか怖い。

 視線をセンさんに戻すと、手のひらよりも少し大きいぐらいに切り分けられた豚肉を手にしていた。

 それを始めに白い粉を入れた皿に置いて、粉をまぶしている。

 次に卵を溶いた液にくぐらせて、次に白く大きな粉というか欠片に突っ込む。パン粉と呼んでいたので、あれはパンの粉。パンを細かく千切ったものだとは思うけど。

 そのパン粉を一つまみすると、センさんは油の中に落とした。


 じっと油を見つめて小さく頷くと、三層の衣をまとった豚肉をそっと滑り込ませる。

 豚肉が油に入ると油がぶくっと一回盛り上がり、外れた衣の一部が鍋の縁に向けて波紋のように広がる。

 泡が次々と浮き上がっては弾け、バチバチと音が鳴る。

 ああ、くそ。脂のカスを食べたばかりなのに腹がキュッと締め付けられるぞ。

 見ているだけなのにこれが美味しいと分かる。何故か分かってしまう。


「そろそろいいかな」


 センさんが長い二本の棒を取り出して、豚肉を掴んだ。

 軽く二回振り、余計な脂を落としているようだ。鉄の網の上に揚げたばかりのトンカツを置く。

 何なんだ、この食欲をビンビンに刺激する香りは。パン粉の衣が棘のように立っているが、あれを口に含んだらどうなるんだ。

 揚げたての豚肉をまな板の上に移動させて、片刃のナイフを当てて力を入れる。

 サクッと刃を入れた際に音がして、切り分けられた断面が見える。白く火が通った肉から油と一緒に肉汁があふれ出ている。


「センさん、早く! 早くそれを!」


「おっ、待ちきれないか。ミユクご飯はどうだ?」


「完璧ですよ!」


 おっ、コメも炊きあがったのか。あの弁当で食べて以来、俺はコメがたまらなく好きになった。食べさせてくれる店が少ないから、なかなか口にすることができない。

 木皿にコメが盛られ、その脇に緑の濃い野菜を細く切ったもの。そしてトンカツが盛られる。


「ソースはこの瓶のを使ってくれ。一応下味はつけているが、これをかけたほうが米に合うからな」


 センさんが机の上に置いた瓶にちらっと目をやるが、それよりも今は早く肉に噛り付きたい。

 大皿を受け取ろうと手を伸ばすと、横から別の手がその皿を奪い去った。


「えっ? ちょ、ちょっとおおおっ!」


「こういうのはまず隊長からと相場が決まっているだろうが」


 マレリーナ隊長が大皿を受け取り、そのまま少し離れた場所に座った。

 この部隊に所属されてから、初めて隊長に対して反旗を翻そうかという考えが頭をよぎる。飯の恨みは怖いですよ、隊長……。


「おいおい、そんな事で喧嘩するな。次の皿がもう完成しているぞ」


 センさんがそう言ってもう一皿を手渡してくれた。

 今度こそ、俺の物だ!

 気がはやりすぎて奪うようにして取ってしまった。ハッとして表情をうかがうが驚いてはいるようだが、何故か笑っている。


「そんなに楽しみだったか。そりゃ料理人冥利に尽きるな」


「す、すいません。ええと、いただきます?」


「召し上がれ」


 どうやら間違っていなかったようだ。センさんの国での食事前の挨拶らしい。

 コメも一粒一粒がぴんと立っていて美味しそうだが、まずは待ちに待っていたトンカツからだ。

 六つに切り分けられた内の真ん中を贅沢に選ぶ。フォークを突き刺し持ち上げ、唾液であふれそうになっている口に入れる。

 サクッという衣の小気味良い歯ごたえに、噛むたびに口内を満たしてく肉汁。

 熱せられた油に甘味を感じる。豚肉ってこんなに旨かったか? なんか、いつも食べる肉より柔らかくて旨さが詰まっているような。


「ほう、ここの豚はいい餌を食べさせてもらっていたみたいだな。やっぱ、食用じゃなくてペット感覚で育てていたのか。見た目が似ている動物は魔物でも手を出さないみたいだな」


「師匠、いい餌を食べると美味しくなるんですか?」


「そうだぞ。それも若い肉の方が旨い。普通は食べられる肉ってのは、家畜でも年老いて使い道が無くなったものばかりだろ。ちゃんと食べる為に育てるのであれば、いいもの食べさせて適度な運動をさせるのが一番、らしい。そっちは専門じゃないから詳しくは分からないが」


「年配の方より、私みたいなピチピチな少女の方が美味しそうですもんね!」


 確かにそうだとは思うが、自分で言うか。ミユクという弟子はなかなかいい性格をしている。隊長とヘルセアの目つきが若干険しくなったが、見なかったことにする。

 いや、そんなやり取りはどうでもいい。トンカツに集中しよう。

 ええと、この瓶に入ったソースをかけるともっと旨くなるんだったか。

 瓶の蓋を開けてトンカツに注ぐ。茶色い衣よりも濃い液体がかかったトンカツを咀嚼する。


「んんっ⁉」


 なんだ、この複雑な味は。見た目から想像もできない深い味。酸味もあるけど同時に果物の甘さも感じる。このソースなら何にかけても旨いに決まっている。

 少しくどくも感じるが、これをご飯と合わせると……。ほーらな!

 これはエグい。こんなの食が進むに決まっている!

 どうでもいいと思っていた野菜の細切りも、この油とソースが残った舌をキレイにしてくれる効果がある。そうなると、またトンカツが食べたくなるという循環。

 気が付くと、木皿は空っぽになっていてコメの一粒も残っていなかった。


「センさん、もう一皿いいですか⁉」


「足りないと思ってたよ。ほら、追加だ」


 既に用意してあった皿を受け取り、今度はゆっくりと味わうつもりだ。

 ふと、周りの反応が気になり頭を巡らすと、隊長の隣には空になった皿が既に二枚。ヘルセアの隣にも二皿あった。

 ……ちょっと、速度を上げるか。


「ぷはぁー。満足満足」


 限界近くまで膨れた腹を擦り、地面に寝ころぶ。

 鎧を外したいところだが、野外で無防備になるのは無謀なので自重するか。


「もう、食べられませんー。って師匠何しているのですか?」


 ミユクも動けなくなっているようだが、センさんは食後だというのに、まだ調理をしているように見える。


「おう、せっかく豚がいるんだ。ラードを大量に作って持って帰ろうと思ってな。植物性の脂よりも、こっちの方が炒め物にはむいているからな」


「そうなんですか。でも、死んでいた豚って二匹だけでしたよね。さっき一匹分使いましたし。もう一匹は子豚だったような」


「ん? いや、豚の死体ならそこら中にあるじゃねえか」


 何気なく聞いていただけなのだが、センさんの言葉に不安を覚えた俺は辺りを見回す。

 周囲には豚の死体はなく、オークの死体が端の方に山積みにされているだけだった。

 えっ、いや、まさか、ね……。


「師匠。もしかして、その豚ってオークの事じゃないですよね⁉ さっきのトンカツもオークの肉とか言いませんよね⁉」


 取り乱して詰め寄るミユクに対し、センさんはニヤリと口元に邪悪な笑みを浮かべた。

 おいおい、マジか。魔物の肉を食う事はあるけど、それは人型ではない魔物限定で二足歩行をする魔物は食べないというのが常識で。……センさんに常識は通用しなかったな。


「そりゃ、もちろん……。って、ないない。さすがに俺も首から下が太った人間にしか見えない魔物を食べようとは思わんよ」


 センさんの言葉を聞いて、全員が胸を撫で下ろしている。

 あー、びっくりした。これがオークの肉だったら、あの旨さが忘れられなくてまた食べてしまいそうだからな。


「でもよ。オークから油とるのはありだよな?」


「「なしです!」」

「「なしだ!」」



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