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ドライフルーツ

 酷い無茶ぶりをされた。

 冒険者ギルドとしては女性の冒険者は貴重。それは分かっている。

 魔物退治を主とする荒くれ者の男性冒険者が多い中、女性冒険者というのは気遣いもできて雑用を頼みやすい。

 冒険者ギルドは荒事専門と勘違いしている人も多いが、街の清掃、荷運び、店番をして欲しいという依頼が来ることもある。

 男性冒険者はこういった仕事を嫌う傾向があるが、女性冒険者には雑用専門の人だっている。もちろん、男性冒険者とパーティーを組んで戦いに明け暮れている者も少なくない。

 そういった女性冒険者は男性と違う悩みがあるので、私は女性ギルド員として女性冒険者から相談事を受ける事が多々ある。


「はぁー。でも、こればっかりは」


 ギルドの受付カウンターで頬杖をついて、ため息を漏らす。

 言いたい事は理解できる。私も冒険者をしているなら、そういった欲求はあるだろうから。


「冒険中に甘い物が食べたい、かぁ」


 私だって一人で深夜まで残業して書類整理をしていると甘い物が欲しくなるし、疲労すると体が糖分を求めるって、前にセンさんが言っていた。

 だから、甘い物を冒険中に欲しがる女性冒険者の気持ちは分かる。分かるけど……。

 今は砂糖が高くて甘い物の値段が急上昇中。私だって甘い物は三日に一回ぐらいに抑えている。それに冒険に持っていくなら保存食じゃないとダメだし。

 そういえば会長はちょくちょくセンさんと会っているみたいだけど、センさんが帰った後は上機嫌で部屋に甘い香りが残っているのよね。


「怪しいわ。今度、二人を問い詰めてみよう」


「何が怪しいんだ?」


 独り言だったのに返事があった。

 その声に反応して視線を向けると、訝しげにこっちを見ているセンさんがいる。


「どうしたんですか、センさん」


「どうしたもこうしたも、冒険者がギルドにいるのは当たり前だと思うんだが」


 そうだった。センさんは料理人のイメージが強いけど、冒険者として登録している。

 冒険者としての技能は程々だけど、その料理の技術と知識は信頼に値する凄腕。

 料理関連の厄介な依頼があった時は迷わず、センさんに相談することにしているぐらいだから。


「って、あっ。そうよね、私一人で考え込む必要はなかったわ。センさんがいるじゃないの」


「おっ、料理関連の依頼か?」


 センさんは料理が絡むと目の色が変わり、魔物討伐とは比べ物にならないぐらいやる気が出る人だ。

 本当に料理が好きなのだと実感させられる。


「ええとですね、女性冒険者からの依頼なのですが、遠征で暫く町を離れる際に甘い物が欲しくなることが多いらしくて、安価で日持ちして美味しい甘味ってありませんか?」


「なかなか、欲張りな依頼だな」


「そうですよね。私もそう思います」


 だから私も頭を抱えていた。要求が欲張り過ぎだと思う。


「日持ちして旨くて甘いってだけなら、思いつくが安くか……」


「やっぱり、そこが問題ですよね。ちなみに金額を度外視するなら、何がいいと思います?」


「遠征や冒険って言っても、長くて一週間前後だろ? だったら焼き菓子でも十分日持ちするが、一番適しているのは乾燥させた果物だろうな」


「あーっ、美味しいですよね~。大好きなんですけど、あれって高いんですよ」


 ブドウを乾燥させたものが特に好物だけど、この国では育てていない果物なので全てが輸入品で高価。

 そもそも、この国では果物は贅沢品という認識であまり普及していない。

 オークの群れに飛び込む覚悟で乾燥ブドウの瓶詰を買って、それを毎日一粒ずつ食べていた時は幸せだったなぁ。


「この国では果物は貴重だから、しゃーないんだが。乾燥させた果物か……もしかして……」


 センさんが腕を組んで唸り始めた。こういう状態に入った時は邪魔しないようにしている。彼の食に対する知識は他の追随を許さない。

 妙案が思いつくまで、じっくりと考えてもらう事にしよう。

 カウンター越しの席に腰を下ろし、考え込んでいるセンさんの邪魔をしないように『本日の業務終了です』という看板を掲げると、ギルドの同僚と他の冒険者が怪訝な表情をしている。

 これは仕事で必要な事なの。だから、この空間に入り込まないで。

 私は真剣に考えこんでいるセンさんを眺めながら、答えが出るのを待ち続けた。


「そういや、街の外に野生の果物が実っているよな。あれは勝手に採っても問題はないのか?」


「はい、問題はありません。ですが、甘みの強い果物は根こそぎ、もぎ取られていると思いますよ。依頼にもありますからね、果物の採取」


 甘い物が貴重なら、それで金儲けを考える人は多い。依頼がなくても冒険者達は別の仕事の最中でも甘みの強い果物を見つけたら、採取するように心がけている。

 これがいいお小遣い稼ぎになるから。


「じゃあ、普通に食べたら甘くなくて人気のない果物なら余っているよな」


「そりゃそうですけど、そんなものを採ってどうするんですか?」


「それは……後のお楽しみだ」


 甘くもない果物を採って砂糖で煮込むのだろうか。だとしたら高価になってしまう。

 私には想像もつかないけど、センさんなら何かやってくれる。それは希望ではなく、確信に近かった。





「はぁひぃふぅー。ま、まだですかぁ」


「座り仕事で体力が落ちているみたいだな。これぐらいで音を上げていたら冒険者にはなれないぞ」


「なるつもりは、あり、ま、せん、はぁはぁ、から」


 先を行く、センさんとミユクちゃんとヘルセア。日頃はギルド内で頼られる立場だけど、街の外に一歩出ると足手まといでしかない。

 もっと運動しないとダメね。

 センさんが果物を採りに行ってくれる事になったので、依頼人として同行させてもらうことにした。私は戦闘力が皆無で役立たずなのは分かっていたので、護衛として個人的にヘルセアを雇った。

 ちなみに依頼料は今日の晩御飯。持つべきものは頼れる友人よね、うんうん。


「ミユクちゃんも、元気よ、ね」


「昔は体力がない方だったのに、師匠に弟子入りしてから色んな所に連れていかれましたから……。私は料理の修行をしているはずなのに、体力と魔法の腕がぐんぐん上がって……」


 木製の杖を握りしめ、ミユクちゃんが大きなため息を吐いた。

 そういえば珍しい食材の採取には必ずミユクちゃんを連れて行っている。彼女の魔法の腕はこの国随一なので、魔物の討伐や護衛に適した人材。

 以前センさんが嬉しそうに「魔法って便利だな。食材の保存や調理に最適だ」と語っていた。弟子としてではなく食材集めの人材や便利道具として扱われている気もするけど、ミユクちゃんもそこは自覚しているみたい。


「皆さん、ちょーっと休憩、しませ、んか」


「疲れているなら背負うぞ」


 ヘルセアが私の前に屈み、その背に乗れと言ってくれている。

 どうせならセンさんにおんぶされたかったけど、そんな欲望を口にするわけにもいかない。


「ヘルセア、甘えさせてもらうね」


「気にするな。オークの死体を運ぶより軽い」


「……そう。ありがとう」


 その例えはどうかと思うけど、彼女は悪気があって口にしたのではない。それが分かっているから、文句は言わなかった。

 鉄製の鎧が冷たくて火照った体がいい具合に冷えていく。

 背で揺られながら山道を歩き続けていると、木々が生い茂る一帯へ一行はためらいもなく足を踏み入れる。


「ここだここ。前からこんなに果実がなっているのに誰も採らないから不思議だったんだよ」


 お目当ての場所に到着したみたい。

 辺りを見回してここが何処かすぐに分かった。街の周辺の地図は頭に叩き込んでいるので、大体の場所は予想できていたけど、やっぱりここなのね。

 この木は秋が過ぎると一気に葉が落ちて、冬の訪れを教えてくれる木でこの国では珍しくもない。

 この木の最大の特徴は赤みがかった黄色の果実が生る事だ。丸を少しへこませたような形をしていて、一見すると甘くて美味しそうに見える。

 だから冒険者の多くが一度は口にした事があるみたい。

 私も試したことがあるけど、この果実……異常なまでに苦い。噛めば噛むほど口の中に広がる違和感と雑味がある。

 見た目に反して、甘くもなければただひたすらに不味い。


「あのぅ、センさんはこの国の人ではないから知らないと思うのですが、これはとても不味くて食べられないんですよ」


「そうですよ、師匠。これは別名、渋面の実って呼ばれる果実です。食べた者が必ず渋い顔になるところから命名されました」


「齧ったことはあるが、即行で吐き捨てた」


 センさんにしてみれば、こんな果実を放置している私達が信じられないのだろう。食べたことがなければ誰だってそう思うわよね。


「そりゃそうだろ、これ渋柿だからな」


「「「シブガキ?」」」


「おう。俺の国では珍しくもない、そこら中に生えている木だ。普通に食べたら渋くて食えたもんじゃないが、加工すればうまいんだぜ?」


 口元に笑みを浮かべ、自信ありげなセンさんを私達は不信さを隠そうともせずに見つめている。

 こんな不味い実が美味しくなる? 加工って砂糖にでも漬ける気なのだろうか。そうすれば、少しはマシになるかもしれないけど、高価な砂糖をこんな事に使ったら安価で提供できなくなる。

 それに砂糖を使うのなら焼き菓子を作ってくれた方が遥かにいい。


「あのー、商品が割高になると皆さんが購入できなくなるのですが」


「その点は大丈夫だ。確かに酒に漬ける方法もあるが、保存食として最高で尚且つ元手がかからないで甘くする方法があるからな」


「そんな魔法みたいな事ができるのですか? 無理だと思いますけど」


 女性陣は私と同意見の様で、うんうんと頷いてくれている。


「渋柿ってのはタンニンって成分が苦みの元らしくてな、それをどうにかすれば甘くなるんだよ。俺の故郷は食に関する情熱が異常でな、毒のある生き物ですら食べる方法を探し出すような民族だ。渋みを抜く方法なんてご先祖様がとっくの昔に編み出してくれている」


 センさんの故郷はどのような国なのだろう。

 この国は食に対して造詣が深くないのは生きる為に必死だから。美味しいものを食べたいとは思うけど、日常生活においてそんな余裕はなかった。

 食の発展した国かぁ。いつかセンさんと一緒に訪れてみたいな。

 そんな想いを込めた視線を送ってみるが、気が付いてもいない。

 料理のうんちくを語っている間は何をしても無駄。分かってはいたけど本当に……料理好きで困った人だ。


「ふふっ」


「どうした、何が面白かったんだ」


「ううん。なんでもないのよ、気にしないで」


 ヘルセアに指摘されるまで自分が笑っているのに気が付いていなかった。

 そっか、私は今、笑っていたんだ。ふーん。


「ご機嫌だな」


「そう?」


 まだシブガキについて語っているセンさんを眺めながら、口元の笑みが深まるのを自覚していた。





「では干し柿を作ります。皆さんメモのご用意を」


「はい、師匠」


「はい、先生」


「えっ? えっ?」


 大量の柿を持って帰ってくると、そのままセンさんの自宅へと向かった。

 調理場に大量の柿を並べ、その前でセンさんの説明が始まる。

 私とミユクちゃんはメモ帳とペンを事前に用意していたので、準備は万端だ。

 このノリについてこれていないヘルセアは、きょろきょろと落ち着きなく辺りを見回している。


「これは祖母から教えてもらった方法だから、地方やご家庭によってやり方は異なるぞ。まず、ヘタを残してその周囲をぐるっとむく。ヘタは絶対に取らないように。そしてそのまま下に向けて柿の皮をむきます」


 説明をしながら手際よく皮をむている。

 簡単に見えるけど、あんなに素早く正確にやるのは簡単にできるものではない。


「この後は沸騰したお湯に数秒だけつけて、直ぐに引き上げるように」


「師匠、これは何のために?」


「これやっとくとカビが生えにくいって、祖母が言っていたな。あと消毒として酒を噴きつけたり、酒で濡らした布で拭くってのもある」


 手順をメモしながら、次々とシブガキを加工していくセンさんを見つめていた。

 この人ともし暮らすようになったら、料理は任せっぱなしになりそう。


「あとは紐でヘタの部分をくくっていって、こうやって軒下に吊るせば完成だ」


 シブガキが連なって紐にぶら下がっている。

 それを持って勝手口から出ていくと、本当に外にぶら下げた。


「えっ、あれっ? センさん、これでどうなるんです?」


「放置するだけだな。あっと、一週間ぐらいしたら軽く揉んでやってくれ。その方が甘味が早く中まで浸透するからな」


「師匠、そのーあのー、こう言ってはなんですが、干しただけでこの不味いシブガキが美味しくなるとは思えないのですが」


 ミユクちゃんの意見に私もヘルセアも同意して、うんうんと頷く。

 砂糖の蜜を塗ったわけでもなく、ただむいてお湯にくぐらせて干しただけ。それで渋かったこれが甘くなるわけがない。


「ところがどっこい、甘くなるんだなこれが。渋みの元であるタンニンってのは水溶性らしくてな、普通に食うと唾液に溶けて渋く感じるそうだ。んでもって、干すと何故か水溶性から不溶性になって渋みが感じなくなるそうだ」


「師匠、何を言っているのか、まったく分かりません」


「おう、俺もにわか知識だから気にすんな」


 つまり干すだけで渋く感じる元が消える、という話みたい。

 正直に言えば怪しんでいるけど、ダメよセンさんを信じないと。

 今までも料理に関して信頼を裏切られたことは、一度もない。


「食べごろは三週間ぐらいか一か月行かない程度だ。完成したらギルドに持っていくから、楽しみにしていてくれ」


 自信満々の笑みを向けるセンさんを見ていたら、そんな不安など何処かに飛んでいった。

 三週間後を楽しみにしよう。





「完成品だ。良かったら食べてみてくれ」


 ギルドの受付をしていると、カウンター越しにセンさんが座り、干乾びてしわしわの物体を置いた。

 これってたぶん、あのシブガキを加工した干しガキ……よね。

 色がかなり濃くなってかなり縮んでいる。色と大きさは違うけど干しブドウに少し似ている。乾燥させるとこうなるのね。


「えっと、センさんだから大丈夫だとは思いますけど、食べても大丈夫ですよね?」


「ちゃんと弟子に毒見させたから安心してくれ。俺も食ったしな」


 その弟子であるミユクちゃんが、この場にいないのが若干の不安だ。

 依頼しておいて食べないなんて失礼どころの話じゃない。意を決して干しガキを手に取った。

表面は乾燥していて硬いけど、指で押すと適度な弾力を感じる。

 中まで硬いわけじゃないみたい。こういうのは躊躇すればするほど、食べられなくなる。ここは一気に齧るわよ!

 大きく一口いく勇気はなかったので小さく噛みついた。

 表面は少し硬かったけど思ったよりも簡単に歯が通り、そのまま噛み切れる。

 口の中で咀嚼すると……。


「うそっ! すっごく、甘い! えっ、これ本当にあのシブガキなんですか⁉」


 舌に広がる想像以上の甘味に驚いてしまい、カウンターに身を乗り出してセンさんに迫ってしまった。

 以前の渋さを一切感じさせない驚愕の甘さ。それに味も凝縮されていて甘いのにしつこくない。

 中は水分も残っていてしっとりしていて、これは本当に甘味として最高よ。


「実がねっとりしていて旨いだろ。料理って面白いよな、ちょっとした知恵と工夫でこんなにも味が変わるんだぜ。でもこれは、料理と言うより加工技術になるのか」


 料理に対しては、もう二度とセンさんを疑うのはやめよう。

 そう思わせるぐらい、この干しガキは革命的だった。乾燥食品だから日持ちもするだろうし、あのシブガキはまだ大量に実っているからもっと作る事が可能。

 ちゃんと加工の許可をセンさんからもらって、大量生産に取り掛からないと。

 そして完成した暁には……少し多めに私がもらってもいいわよね?


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