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うどん

「師匠、この調味料とか食材ってお店で見たことないのですけど、どこで仕入れているのですか?」


 調理場で保管している食材と調味料の在庫を調べていると、ふとそんな疑問が湧いたので訊ねてみた。


「この街で唯一、東方の食材や調味料とか郷土品を扱っている店があってな。そこで毎回仕入れている。数は少ないが東方出身の者は俺以外にもいるからな」


 確かにこの街では、東方の民族特有の黒髪に黒い瞳といった外見の人をちらほら見かける。この国は他国と比べて魔物が多く、魔物の素材目当ての冒険者が他国から多く訪れる。

 そんな冒険者を狙って商人も集まり、小さな国だというのに比較的活気のある街と言えるだろう。……他の街に行ったことないけど。


「乾燥している海藻とか、木片にしか見えない魚とか、妙なのいっぱいありますよね」


「昆布とかつお節だ……覚える気がないだろ。この国は険しい山々に囲まれて、海もない土地だ。こういった海の幸を使った乾燥食品は珍しいみたいだな。興味があるなら、買い出しに行く予定だったからついてくるか?」


「是非!」


 前々から疑問で謎の多い師匠の故郷について知ることができる絶好の機会。これを逃すわけにはいかない。





 街の大通りから裏道に入り、更に路地裏を進んでいく。

 集合住宅が立ち並んでいるので日が差し込まず薄暗い。

 ここら辺は治安も悪いからお爺さんが「一人でうろついてはダメだ」と釘を刺していた場所。


「師匠。まさか……暗がりに私を連れ込んで、変な事をする気では⁉」


「そんな鶏がらボディーに興味はない!」


「ひ、酷い! 確かにお肉控えめですけど、すらっとした体型が好きな人も多いんですよ!」


 同年代と比べても胸とかお尻の盛り上がりが少ないのは認めるけど、鶏がらは酷いと思う。


「万に一つもあり得ないが、もしも人生に絶望して自暴自棄になり、女に飢えて飢えてどうしようもなくなって魔が差して手を出したとしても、同居しているのに何でわざわざ屋外で襲う必要があるんだ。そんな性癖はないぞ」


「前提が酷くないですか! 襲われたいわけじゃないですけど、女性に対しての気遣いがなってませんよ! 師匠の故郷はどうか知りませんけど、この国では十五歳で大人の仲間入りなんですからね」


 別に師匠は好みでもなんでもないけど、ここまで否定させると女としての自尊心が傷つく。前から私を異性として扱っていないとは思っていたが。


「俺の国では女性は十六で結婚できたな。どっちにしろまだ十四だろ、大人扱いされる歳じゃない」


「むむむむっ」


 師匠はさらっと女性を喜ばせる事を口にしたり、さりげない気遣いができる時があるのに、日頃は女性の扱いがなっていない。

 特に私に対しては酷いと思う。

 でもそんな扱いをされて少しだけ嬉しいと感じる自分も、……どうかしている。


「本当にこんなところに店があるんですか? 誰も気づかないと思うのですけど」


「知る人ぞ知る隠された名店ってやつだな。実際の話、客は限られているから立地はどうでもいいみたいだぞ。俺みたいな奴は実際にこうやって足を運んでいるからな」


 欲しい人は少数だけど探してでも来るから、大通りで目立つ必要はない。需要と供給が保たれているという事なのだろうか。


「着いたぞ」


 師匠の声に反応して地面に向いていた視線を上げる。

 路地裏の壁に小さな看板がぶら下がっている。そこには『東方雑貨店』と書かれていた。

 看板も店の扉も地味な色合いで、意識してないと見逃してしまいそう。


「雑貨店ですか」


「大半が食材だが、ちょっとした小物もあるからな。お邪魔するよ」


 片開きの扉を開けると、扉の上部に備え付けられていたドアベルがからんと鳴る。

 師匠に続いて店内に足を踏み入ると、独特の香りが鼻孔を通過していく。


「この香りは」


「乾燥品や木の香りっていいよな。落ち着く香りだ」


 師匠は店内を見回しながら目を輝かせている。

 視線の先を追うと、様々な食材がずらりと並んでいた。

 外から見るより中は広く、家の調理場で何度も見たことがある、乾燥食品やコメや調味料が幾つも置かれている。

 師匠が好きな調味料の一つであるショウユらしき液体も、一つではなく瓶詰状態で何種類もあるようだ。

 ちょっと色が薄いのもあるけど、これもショウユ? 薄口とか書いてあるけど。

 あと乾燥食品が本当に多い。コンブとカツオブシは何度も見ているけど、干乾びた貝もある。海が遠いからこうでもしないと保存がきかないのか。


「カリカリですね」


「こうすると保存がきくからな。だがそれだけじゃなく、一度乾燥させて水で戻すと、いい出汁がとれる。一石二鳥だな」


 確かにコンブを水に入れると、何故か水にうま味とかいうのが溶け出して美味しくなる。

 それを使ったスープが本当に大好きで、師匠が朝に作る変な色のスープ、ミソシルが好物の一つになってしまった。


「お客さんですか、珍しい事もあるものです。いらっしゃいませ」


 店の奥から人が出てきが、物言いからして店員のようだ。

 黒髪に黒い瞳。顔には薄い笑みが張り付いている。歳は三十前後だろうか。師匠と変わらない年齢に見えるけど。

 身体の特徴からして、師匠と同じ地方の出身かな。


「店主が言ったらダメだろ。そろそろ、あんたが戻ってくるだろうと予想はしていたが、ドンピシャだったな」


「三か月に一度ぐらいしか、この街に来ませんからね。名ばかり店主で本業は行商人ですし」


「ついででも、東方の品を仕入れてくれるのはありがたいよ」


「毎度ありがとうございます。何か他に仕入れて欲しいものがあったら、お気軽にお申し付けください」


 二人ともかなり親しげで話も弾んでいる。

 郷土料理の話にも店主はついてきている。同じ国の出身なのか、それとも行商人として師匠の国を訪れたことがあるのか。


「店主さんは師匠と同じ国から?」


「いえ、違いますよ。何度か話を聞かせてもらって、料理もいただいたことはありますが。貴女はセンさんのお弟子さんですよね」


「はい。料理を習っています!」


 元気よく答えると、店主さんの目が細くなった。

 笑っているようだけど、少しだけ開いた目蓋の隙間から見える目に、鋭い光が宿った気がしたけど、……たぶん気のせいよね。

 今はニコニコと優しく微笑んでいるし。


「若いのに凄腕の魔法使いのようですね。記憶力も優れているようだ」


「えっ?」


 魔法使いの格好をしているので、そこを見抜かれたのは納得もできるが、凄腕というのはお世辞? でも記憶力に関して褒められる理由がない。

 確かに私は記憶力がいい。一度読んだ本の内容を覚えるぐらいなら容易い。

 なんでそんな事を初対面のこの人が知っているのか。……あっ、もしかして。


「師匠ったら、私の事を話しましたね。そんなにべた褒めしたら照れるじゃないですかぁ」


「んや、弟子の話はしたことねえな。店主は物も人も目利きが確かだからな」


「お褒めに与り光栄です」


 ……師匠も謎が多い人だから、気の合う仲間も変わり者がいても不思議じゃない。そう思う事にしよう。

 話し込んでいる二人をぼーっと眺めていると、商談がまとまりかけていた。


「いつもの調味料と米を頼む。それと、なんか面白い食材はないか?」


「あーそうですね。実は大量に仕入れた小麦が余っているのですよ。買いませんか」


「小麦ならパン屋にでも売ればいいだろ。ここのなら味も質も問題ないからな」


「それがですね、手違いがありまして。仕入れたのが強力粉ではなく中力粉だったのですよ」


「それはパンには向かんか」


 会話の意味が分からない。小麦粉は知っているけど、強力粉と中力粉ってなんだろう。

 小麦粉に種類があって、パンに向かないというのは話の流れで理解できるけど。


「あのー、強力粉と中力粉ってなんですか?」


「小麦の種類だ。硬質小麦、中間質小麦、軟質小麦があってな、それを粉にすると、強力粉、中力粉、薄力粉って呼ばれる」


「それって味が変わったりするんですか?」


「味というか料理の用途によって使い分けるのが常識だな。強力粉はパンやピザ生地に使われるから需要が多い。薄力粉もお菓子類や揚げ物の衣で使える。中力粉はどっちでもまあ使えるには使えるが、向いているとは言い難い」


「そう、なんですか?」


 店主さんが親切に三種類の小麦粉を並べてくれたけど、正直違いが分からない。触ってみると触感が違う気もするけど、大差ないように思える。

 小麦粉に種類があるなんて考えもしなかった。


「ということで、中力粉買いませんか。お安くしておきますよ、この袋一つ分」


 そう言って店主が指差したのは、私がすっぽり入る大きさの袋。気軽に買い取れる量じゃないよね。

 師匠ってパンよりもコメ派だから、パンを焼いたところを見たことがない。パンを食べる時はご近所のパン屋で購入している。

 だから、この小麦粉を買っても持て余すだろう。


「中力粉だったら、アレが作れるな。水も大量に用意できるからもってこいだ」


「貴方ならそう言ってくれると思っていました」


 二人が顔を見合わせて、口元に笑みを浮かべる。雰囲気も言葉遣いも違うけど、中身が似ているのでは。


「じゃあ、これも購入させてもらうよ」


「毎度ありがとうございます」


 こんなに大量の小麦粉使い切れるのか心配だけど、師匠が何を作る気なのか興味がある。


「今日の晩飯はうどんだな」


 荷台を押して帰っている最中に上機嫌な師匠が、聞いたこともない料理名を口にした。

 ウドン。初耳だけど美味しいに決まっている。師匠の料理に外れはない。今日の晩御飯が楽しみ。





 私は調理場で素足になって足踏みをしている。

 足下には小麦粉と水を混ぜただけの物体があって、それを綺麗な布で挟み私が乗って踏み踏みを……。何しているんだろう私。


「師匠。私は料理のお手伝いをしているのですよね?」


「うどんを作製中だな」


「小麦粉に塩水を入れて踏んでいるだけですよ?」


「それがうどんだ」


 哲学か何かなのだろうか。パン生地を作る際に小麦粉を練って作るのは知っているけど、踏んで作るなんて聞いたことがない。


「手で練ったらダメなんですか?」


「それだと、こしが出ないからな」


 また聞いたこともない単語が飛び出してきた。こしってなんだろう。

 質問しようかとも思ったけど、足踏みしているとどうでもよくなってきた。これっていい運動になる。


「よーし、ご苦労さん。もういいぞ、これでも飲んで休憩してくれ」


「ふいぃー。この一杯のために生きてます!」


 口の中で弾ける泡を楽しみながら、キンキンに冷えた師匠お手製の炭酸ジュースを飲んでいる。

 これは封印の泉から湧き出ている炭酸水に果汁と蜜を混ぜた飲み物で、初めは独特ののど越しに戸惑ったけど、今では病みつきになってしまった。


「このジュースを売ったら儲かりそうなのに」


「需要はあるだろうな。いずれ売ってもいいが、今は俺達だけで楽しませてもらおう」


 師匠は金に無頓着だから、この返答は予想済み。

 他人の儲け話に手を貸すのをためらわないが、自分の利益は二の次。私が依頼の交渉をしないとタダで仕事を受けそうで怖い。


「暫くねかせている間にうどん出汁を作るか。今日は暑いから、うどんはシンプルにぶっかけうどんだよな」


 師匠は鍋を取り出すと、水を張って火にかけた。

 水の中にはコンブが入っていて、沸騰する前にコンブを取り出し、今度はカツオブシをドバっと入れてまた取り出している。


「この昆布とかつお節は佃煮とふりかけにするから、捨てないように」


 前に取り出したコンブを捨てた事があるので、忠告してきた。

 まさか出汁を取ったコンブを再利用するとは思っていなかった。それもあんなに美味しく生まれ変わるなんて。

 調理に意識を戻すと、少し色のついたお湯に酒とショウユという師匠の国の調味料を入れている。

あのショウユという調味料はもっと普及すべきだ。揚げ物にも野菜炒めにも使えて本当に便利だから。


「完成だ。出汁は冷やしておくぞ」


 かまどから出汁の入った鍋を移動させて、日陰に置いている。

 今度は私が散々踏んだ小麦粉の塊を丸くしたものを取り出し、粉をばらまいた台の上にどんっと置いた。

 それを綺麗な棒で伸ばして平らにしている。今度は幾重にも折り畳む。

 次に取っ手のついた四角い板と、妙な形をした包丁を持ってきた。師匠は包丁を幾つも所持しているけど、その中でもこの包丁は一際変な形をしている。

 鋭い刃が真っ直ぐ伸びているのだけど、先端は垂直で尖っていない。もちろん柄もあるのだけど、それは刃の真後ろにあり指を刃がかばっているかのようだ。

 四角い包丁の刃の部分を大きくして、柄を鉄の部分にめり込ませたような形状をしている。


「師匠。それもドルズさんに無理言って作ってもらった特注品ですか?」


「そうだ。面白いだろ」


 師匠は料理や調理道具について語ると、時折だが子供のような無邪気な顔になる。

 本当に料理が好きなのだと実感させられる。

 変な板と妙な包丁を使って、師匠は小麦粉の生地を細く切っていく。手際よく均等の厚さに切っているようだけど。

 生地を手に取ると、一本一本が長いひも状に変化していた。

 それを予め火にかけていた大鍋の中に放り込む。大量のお湯の中でウドンが泳いでいるように見える。

 サイバシでかき混ぜながら茹で具合を確かめているみたい。一本口にして、師匠は満足したようで鍋を掴むと、流し台に置いてあったザルの中に流し込んだ。


「ミユク、水魔法で足しといてくれ」


「分かりました」


 師匠お手製の筒の蓋を開けると、そこから水が流れ出てくる。筒の上部には樽があるのだけど、そこには水が大量に溜まっている。その水を補充するのは私の役目。

 勢いよく流れ落ちる水で茹でたウドンを洗っている。


「師匠。お湯の中にいたから水で洗わなくても綺麗じゃないですか?」


「これはうどんを冷水でしめると同時に、うどんの表面のぬめりを取っている。ここで水をケチると仕上がりに差が出る」


 魔法で水が出せるからいいけど、魔法がなくて水不足の村でこんなことをやったら問題になると思う。

 これって結構贅沢な料理なのではないだろうか。


「これで十分だな。出汁も冷えたか、よっしじゃあ盛るぞ」


 ドンブリと呼ばれる底の深い大きな器に、白く輝く太い絹糸のようなウドンを、渦を描くように入れる。そしてよく冷えた黒い出汁をどばどばとぶっかけた。

 あっ、だからぶっかけウドンなのか。


「薬味はシンプルにネギだけだ。天かすも作っておくべきだったな……」


 タマネギと味の似ている太く長い植物を刻んだものを、ぱらぱらとウドンにかけた。

 食卓に運んで「「いただきます」」と師匠の国の挨拶をして、ハシでウドンを掴む。前はハシを使うのに悪戦苦闘していたけど、慣れてしまえばフォークやナイフよりも便利で、ハシばかり使うようになった。

 細長いウドンを口に運んで、噛みしめる。


「んんっ?」


 何この食感。もちもちしている。柔らかいようで中心部が硬いような、弾力のある噛み心地。飲み込むとつるっと喉を過ぎていく。


「味も好みですけど、何ですかこの食感!」


「いいだろ。暑くて食欲のない時もするっと食べられるぞ」


「うはぁ、いいですねウドン! 飲み込んだ時に喉が気持ちいいです!」


 これからますます暑くなってくるから、ウドンは夏にぴったりな料理だと思う。

 食欲がない時には、師匠にこれを頼むことにしよう。


 私はこの時、師匠の好物の一つがウドンであることも、大量の小麦粉を消費するために一か月ほどウドン料理が続くことも、まだ知らずにいた……。





これで毎日更新は終わりです

ここからは週一か週二になると思います

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