オムライス
「師匠、簡単で子供が喜ぶような料理を教えてください! どんな料理でもやり遂げますから!」
いつものように師匠の朝食を食べている最中に、そう切り出すと……渋面でこっちを見て、何も言わずに食事を口に運ぶ。
不機嫌なように見える師匠は謎が多い。まず見た目からしてこの地方の人間でないのが分かる。
寝起きでぼさぼさの黒髪に黒い瞳。三十前後に見えるが、年齢を聞いたことはない。口調は若い感じがするが、時折おっさん臭い言動があるのでもう少し上の可能性も。
「子供が喜ぶような料理ね。どんな料理もって……普通の料理すら、まともにできないだろ」
「それは言わない約束ですよ、師匠!」
「ミユク、お前さん頭はいいのに、致命的なまでに不器用なのがな。おまけに、勝手なアレンジを加えたがるという、典型的な飯マズ思考どうにかならんか?」
自慢じゃないが十四歳にして全属性の魔法操る天才だと巷では噂されている。
魔法の腕ならこの国で一番ではないかと自負しているのだが、料理となると……。
私の計算ではその調味料や食材を合わせた方が確実に美味しくなるはずなのだが、上手くいった試しがない。
「そ、そういうドジなところが男の人って好きだって、恋愛小説に書いていました! それに料理は愛情って言うじゃないですか。それはたっぷり注いでいますよ」
「はぁー、でた。料理は愛情という免罪符。あのな、本当に食べてくれる人に対して愛情があるなら美味しいものを食べてもらおうと考えるだろ? 一生懸命努力して料理上手になろうとするのが本物の愛情じゃないのか」
「うっ」
大きなため息を吐いて、半眼で私を見る師匠に何も言い返せなかった。
「料理は愛情なんて言葉を吐く奴は、ただの言い訳だ。心のどっかで料理をバカにしているか、興味がないんだよ。食の大切さを分かっていて、食べる事が本気で好きだったら、料理の腕は上達する」
「じゃあ、私が一向に料理の腕が上がらないのは、そういう……ことなんですか?」
私なりに真剣に料理と向き合ってきたつもりなのだが、師匠の目にはそんな風に見えていたのか。
「魔法と比べて料理なんて誰だってできるしぃー。……って若干バカにしてないか? 魔法を学んだ時と同じぐらい真剣に取り組んでいるか?」
うっ、そう言われると反論できない。
「それに加えて天才的な不器用さと、若干の味音痴が入っているからな」
「味覚は普通ですよ。師匠の料理は全部美味しいですから!」
「ミユクは激辛が好きだろ?」
「はい! 香辛料がたっぷり入った、師匠の作った激辛カレーが一番好きです。焼けるような刺激的な辛さの中に埋もれている美味しさを理解できる、ということは舌が優れているということではないでしょうかっ!」
生まれてはじめてカレーと呼ばれる泥のようなスープを口にしたときの衝撃は、一生忘れることはないだろう。
今まで肉の臭みを取る為だけに使われていた、辛みの元となる香辛料であんなに美味しく生まれ変わるとは。
あの日から師と仰ぎ、弟子として住み込みで働いている。
「辛味ってのは痛みなんだよ。一説によると味覚じゃなくて痛覚で辛さを感じているそうだ。限度を超えた辛さが好きなやつは、痛みを心地よく思える才能の持ち主ってこった。だから、辛いのが好きってのは味覚の鋭さとは繋がらないんだよ」
「むむむ。師匠はたまに妙なこと言いますよね」
この知識も私の知らないことだ。
自慢ではないが私は魔法書以外にも、様々な書物に目を通してきた。
魔法の才能を認められ、この国の大図書館に立ち入りを許されている数少ない人間だというのに、師匠がさっき話した内容を完全には理解できない。
知識量で人に後れを取った覚えは今まで一度もなかった。だが師匠の料理やそれに関する情報は今まで見聞きしたことのない、新たなものばかりだ。
そういう謎めいた魅力も、師匠に弟子入りした理由の一つだったりする。
「この国はずっと魔物と戦い続けてきたことによって、戦闘技能に関しては他国よりも優れている点は認める。だがな、それ以外の事が明らかに劣っているんだよ。学問なんて余裕がある連中がする娯楽だから、仕方ないんだが」
「余裕がある、ですか?」
「小さな村なんて勉強する暇があるぐらいなら、畑を耕し、親の手伝いをやっているからな。勉強できるってのは恵まれている証拠だ。……って、なにを偉そうに語ってんだ俺は。今のは無しだ無し」
師匠は発言を恥じる事が多々ある。
受け売りの知識を偉そうに語る自分が嫌いらしい。でも料理の知識をひけらかすのは別だと言っていた。……私には恥の基準がよく分からない。
「その意見は分かります。昔は勉強する余裕なんてまったくなかったから。私が孤児院の出身なのは話しましたよね?」
「聞いたよ。孤児院にいた頃に魔法使いの爺さんに才能を見出されて、引き取られて魔法使いとなったんだよな」
「はい。無口で時に厳しく堅物なお爺さんでしたが、優しいところもあるのですよ。見た目は怖かったですけど」
いつも眉間にしわを寄せて考え事をしているので、私も初めの頃は怖くて仕方がなかった。でも実は人付き合いが苦手なだけだということが次第に分かると、お爺さんのことが苦手ではなくなり好きになった。
今ではお爺さんに対して感謝しかない。孤児院育ちの私に魔法を教えてくれたおかげで、こうして日々を過ごすことができている。
「それで話を戻しますけど、簡単で子供が喜ぶ料理を教えてください!」
「話の流れからして、孤児院絡みか?」
「えっとですね。孤児院のみんなに最近料理を習っていることを話したら、手料理が食べたいってせがまれて……」
「美味しい手料理を食べさせてあげる。とか言ったんだろ?」
「はひ……」
孤児院時代に料理を作ったことがあるのだが、その時は大不評で二度と食事係を任されることはなかった。
その時の事を思い出して、見栄を張ってしまった。孤児院の中ではお姉さんなので、ついつい格好良いところを見せようとしてしまう。悪癖だと分かっているけど。
「お前さんぐらいの歳なら、それが普通だよな。うっし、それじゃあ素敵なお姉さんぶれる料理を教えるとするか」
そう言って楽しそうに笑う師匠の顔を、まじまじと見てしまった。
この人はたまに私の心を見透かすような事を、さらっと口にする。
私は親に捨てられたことが影響して本当は感情の起伏が小さい。自分の内面を誤魔化すように明るく振る舞っているのも、実は見抜かれているのじゃないかと……不安に。
「どうした。明るさが売りなのに、くそ真面目な顔をして。お前でもできる、食べられる料理を叩き込んでやるから安心しな」
「はいはい、ありがとうございますぅー」
やっぱり、気のせいだ。
「子供が喜ぶ料理と言えば、定番はやっぱあれか。前のコカトリス肉がまだあったよな。それにあれも使えるか」
調理場に備え付けている鉄製の衣装タンスのような箱を開くと、中から冷気があふれ出してくる。これは師匠がドワーフのドルズさんに頼んで作ってもらった、食材を長期間保存することが可能になる便利道具。
ただし、二日に一回は私が氷結魔法を発動しなければいけない。
これは画期的な発明で、「魔力を蓄え微量に放出する技術に、えらく苦心した」とドルズさんが前に自慢していた。
冒険者ギルドの保存庫は物体の時間経過を止められるそうだが、あんな国宝級の魔道具なんて一般に普及できる代物ではない。
師匠立案のこの便利道具はもう少し改良して、一般家庭に普及させたいと言っていた。
「あとで、冷たくなる魔法を補充しておいてくれよ。っと、あったあった、コカトリスの肉と……本命はこっちだ」
師匠がコカトリスの肉に続いて取り出したのは、私の顔よりも大きな卵。
討伐した際についでに卵を幾つか持ってきて、その幾つかを分けてもらったらしい。
師匠は一体全体、どんな料理を作る気なのだろう?
「卵と鶏肉の料理ですか?」
「後は米を使うぞ。この三つの食材がメインだ。他はタマネギぐらいか」
「えっと、タマネギって球根を食べる野菜ですよね? 生だと辛くて、炒めると甘くなる不思議な野菜ですよね?」
「こっちでは食材として扱われてなかったんだよな。もったいない話だ。暑さに弱く寒さに強い品種だから、この国の北側でよく採れるってのに。最近は知り合いの農家に幾つか野菜を育ててもらってんだが、これは野生のやつだ」
最後の食材である薄茶色の球根を取り出すと、師匠は満足げに頷いていたのだが、ぱんっと手を打ち合わせて、腕を組んで唸り始めた。
こういう時は何か肝心な物を忘れて、悩んでいる事が多い。
「師匠、どうしました?」
「せっかくだから、ケチャップが欲しいな。バターライスも悪くないが、やっぱ子供が喜ぶのはケチャップたっぷりのチキンライスだろう。トマトを買ってくるか」
「ケチャップってあの、トマト煮込んで作ったソースですよね? 前に大量に作ってビンに詰めて保存してませんでした?」
師匠はもう一度ぱんっと手を鳴らし、「あっ、そうだった」と私を指差す。
もう一度、保存用の大きな鉄の箱を開けると、奥の方から真っ赤なソースが詰まった巨大な瓶を二つ取り出した。
料理について詳しくて腕も確かなのに、少し抜けているところがある。こういうところは、私がしっかりしないと。
「今度こそ、準備万端だ。それじゃあ、まず米を炊くとするか。俺がやったら意味がないから、全部任せたぞ。米のとぎ方も炊き方も大丈夫だよな」
「バッチリですよ、師匠! ザルに入れて、水に入れて、何度も洗う。完璧です!」
「そうだな。前みたいに米が砕けるぐらい力入れなくてもいいからな」
「や、やめてくださいよ! そんなミスは二度としませんっ!」
習い始めた頃の失敗を持ち出すのは、やめて欲しい。
そもそもコメはこの国で生まれ育った者には縁がない。処理の方法を知らなくても、何ら不思議ではない。だからあの失敗は当然なのだ。
最近では他国から来た人々の間では食べられているようだが、まだまだコメは一般には浸透していない。
「終わったら土鍋に入れて、水もきちんと測って入れてくれよ。今日は少し水を少なくするように。それで三十分ほど放置してから炊く。その間に他のをやっておくぞ。今日の晩飯用に炭酸水に漬けて置いた、コカトリス肉を食べやすい大きさに切ってくれ。子供が食べることを考慮してかなり小さくするように」
「わ、分かりました! 手は猫の手、猫の手」
魔法を放つのは得意なのに、刃物は本当に苦手。
指を食材と一緒に切らないように曲げて、師匠が私用に特注してくれた包丁をゆっくり慎重に動かす。
私も緊張しているが、ちらっと見た師匠の顔は真剣そのものだった。あれは失敗しないかどうか、心底心配している顔だ。
「肉の切り方にもちょっとしたコツがあってな。肉をよく見たら分かると思うが、繊維が見えるだろ。それに合わせて垂直方向に包丁を入れて断ち切るんだよ。それだけで食感が変わってくる」
こういった知識には本当に驚かされる。この国では料理は腹を満たす事が最優先で、味付けのよし悪しはあるとしても、こんなことまで考えて料理する人などあり得ない。
肉の処理が終わり、もっと苦手なタマネギのみじん切りに取り掛かる。
師匠がちょっと離れたのは切る際に飛散する、涙を流す成分の汁を避けるためだ。私が涙をこらえながら切っているのを、遠くから優しい目で見つめ「がんばれ」と親指を立てて突き出した。
少しイラっとしたけど、師匠の手を借りるわけにはいかない。我慢だ我慢。
切り終えると少し休憩してから、コメの入った土鍋をかまどに乗せる。魔法で火を点けて、炎の威力を調整する。初めは弱火で、途中から強めの中火にすることを忘れない。
師匠が何度も何度もあきらめずに教えてくれたので、コメを美味しく炊くのにはちょっと自信がある。
「じゃあ、炊けるまでまた休憩だ。炊き終わったら、蒸すのも忘れるなよ」
「ふっ、コメ炊きの免許皆伝ですよ、私は」
「それは調子に乗りすぎだ」
軽いやり取りをしながら、使用した調理器具を洗い、食材と調味料の在庫を確認しているとコメが炊き終わった。
「じゃあ、完成に向けて一気に行くぞ」
「うっす! やってやりますよー」
コメとは別のかまどに火を点けるが、今度は薪を多めに入れて火力を強くするそうだ。
「底の浅く広めの鍋を使うぞ。熱した後にバターを落としてタマネギを入れる。透き通るまで炒めるようにな」
「はい、師匠!」
焦がさないように、集中集中。
以前はたかが料理だと甘く見て、火加減の微妙な調整を怠り、手がだるくて混ぜるのを適当にやって焦がしたりしたけど、失敗はもう許されない。
「おっ、いい感じじゃないか。そこで鶏肉……じゃねえ。コカトリス肉を投入だ」
指示に従ってコカトリス肉を入れて更に炒める。
今のところは順調そのものに思えるけど、この料理ここからどうなるんだろう。一人でやることに緊張していて、先の事まで頭が働かなかった。
これに味を付けて、ご飯の上に乗せるのだろうか。でも卵もまだ余っている。
「焦がしてないようだな。今のところ完璧だぞ、上達したな」
「えへへ、そうですかぁ」
師匠は間違えれば「食材を無駄にするなと」怒るが、上手くやれば惜しみなく褒めてくれる。そこが魔法を教えてくれたお爺さんとの違いだ。
お爺さんも口下手なだけなのは分かっているけど、こうやって口にしてくれる方がやっぱり嬉しい。
「よっし、ここで炊きたてのご飯を投入だ。少し冷やした米を使う方法もあるが、硬めに炊いておいたので問題ない」
「えっ、コメを混ぜるんですか⁉」
予想外の調理方法を提示されて、軽く頭が混乱しそうになった。
師匠がコメ好きなので食卓にコメが上がることは多いけど、具材と混ぜるコメ料理は少ない。
「おうよ。そっから、ケチャップを流し込む。味見をして足りなかったら塩コショウで味を調える。愛情なんぞ入れなくていいから、味見は絶対にやっておくように。料理が下手な人の大半は味見をしないのが原因だからな。ほんと、そこが大事だから……」
いつも味見だけはちゃんとやれと、口を酸っぱくして言ってくる。
しつこいぐらいに念を押してくるので、一度聞いたことがあった。どうして、そんなに味見にこだわるのかと。
渋々ながら答えてくれた師匠の話によると、過去に味見に関して痛い目にあったことがあるらしく、二度とその轍を踏まないようにしている、とのことだった。
師匠も三十代ぐらいだろうから過去に恋人や、もしかして彼女の一人ぐらいいたのかもしれない。
こんな料理の事ばかり考えている師匠に恋人か……。一回り以上離れているのだから、過去に恋人がいて当然。
「おいおい、集中力が切れてないか」
「あっ、もう少しで焦げるところじゃないですか!」
「なんで俺が怒られるんだ。今回は俺が味見してみるが……。おー、上出来、上出来。これなら間違いなく子供が喜ぶ味だ」
「本当ですか! やったー!」
味付けも簡単だったから、今回は料理失敗しなかったみたいで正直ほっとしている。
これで孤児院の子達に喜んでもらえるかな。
「それを皿に上げてくれ。やり遂げた顔をしているが、まだ終わりじゃないぞ」
「これで完成じゃないんですか?」
「チキンライスは完成だが、まだ卵使ってないだろ。オムライスにするにはここからがメインだ」
そうだ卵はまだ手付かずだった。
「コカトリスの卵は頑丈で、大きい。この金槌を使って割ってくれ。ある程度穴が広がったら、そこの木製の器に流し入れるように」
「とうっ、そりゃ! ぬぬぬっ、硬いですよこれ!」
「そりゃ、無防備な赤子を魔物や人間から守るための殻だからな。硬くて当然だ。気合いれていけ、ふああぁー、よ」
あくび交じりの声援を受けながら、何とか殻を砕き中身をそこの深い器に移した。
たった一個の卵なのに、とんでもない量になっている。
「それを綺麗に混ぜて、軽く塩コショウで味付けを……ちょっと待った! 悪い悪い。白身を半分ぐらい、別の器に移しておいてくれ」
何がしたいのかよく分からないけど、言われた通りに白身を半分移しておいた。
そして巨大な黄身に調理器具のサイバシを突き刺し、ゆっくりと混ぜていく。このサイバシも師匠の故郷にある調理器具で長い棒二本というシンプルなデザインなのに、とても使い勝手がいい。
こういう道具を見るだけでも、師匠の国が食にこだわっていたことがよく分かる。
「後は熱した鍋にまたバターを落として、溶かした後に溶いた卵を流し込んで焼くだけだ。見栄えにこだわるなら半熟のオムレツを作って、食べる直前に割って中身がとろっとするのが最高なんだが、食中毒が怖いからしっかり火は通してくれ」
「師匠は生卵とかちゃんと火が通ってないのを、食べようとしますよね」
「故郷の卵は安全なんだよ。衛生面がしっかりしていたからな。だから、生卵や半熟でも問題がなかったんだが、ここじゃ食中毒一直線だ」
肉、魚、卵はしっかり火を通す。当たり前の事なのに、師匠はそれが気に入らないみたい。やっぱり、変わった人だと思う。
「おっし、焼けたようだな。大皿に焼けた卵を移して、それでさっきの飯を包めば完成なんだが、子供を喜ばせるひと工夫を入れたいよな。そこでこれを使う」
「それって前に焼き菓子で使った型抜きですよね?」
薄い金属の板を曲げて、様々な絵柄をかたどった道具を取り出してきた。
型抜きとは焼き菓子のクッキーを作る際に使うもので、これも無理を言ってドルズさんに作ってもらった物。
「これを焼けた卵に押し付けて、くり抜く。すると卵に可愛らしい絵が現れる、って寸法だ」
「あっ、これはカワイイです! みんなきっと喜びますよ!」
「女の子には星形やリボン。男の子には武器や鎧の型抜きがいいんじゃないか」
「うんうん、そうですよね!」
これは絶対に喜んでくれる。
私は焼けた卵のキャンバスに型抜きを使って、絵を描いていく。
「夢中なところ悪いが、まだ完成じゃないぞ。くり抜くのが終わったら、もう一度鍋を熱してその卵を戻してくれ」
「もう焼き終わっているのに?」
「そうだな。そこでだめ押しのもうひと手間だ。フライパンに戻した卵のくり抜いた部分に、さっき分けて置いた白身を流したら、どうなると思う?」
そこで初めて師匠の狙いが理解できた。
だから、白身を予め分けていたのか。
「穴の部分に白身が入って焼けて、穴が白く塞がる!」
「正解。その方が絵的に綺麗だろ。料理は愛情って言うが、本当の愛情はこういうちょっとした工夫を、相手の喜ぶ顔を想像しながら、やれるかどうかだと俺は思うんだよ」
そう言って微笑む師匠の顔をじっと見つめていた事に気づき。慌てて目を逸らした。
凄いな本当に……。誰でも思いつきそうでやれないことを、当たり前のようにやってみせる。ほんのちょっとの工夫だけど料理に対する真摯な態度は見習うことが多い。
「味ってのは限界がある。同じ調味料を使って正確に測り、同じ手順で作ったら、だれが作っても似た味になる。だから、ある程度美味しい料理ってのは、習えば誰だって作れる。更に道を究める為に修行を積んで最高の料理人を目指すのなら話は別だが、それ以外で料理を美味しくする方法は、ちょっとしたアイデアと……食べる人を本気で思う心だ」
相手を本気で思う心。
この料理は子供が喜ぶ料理。大人に出しても面白がるけど、子供達ならきっと目を輝かせて感動してくれる。
「できたら、鍋を火から離してくれ。前に完成したチキンライスを丸か楕円形に形をまとめて、その上に焼き終わった玉子を乗っける。ここで卵が破れたら元も子もないからな、慎重にやるように」
「任せてください! 今日のミユクはひと味違いますからね!」
まずはご飯を楕円形の山のように盛る。その上に卵をゆっくりと被せていく。
赤い山が黄色い布で覆われ、その表面にはいくつもの白い星とリボンが見えた。
「これでもいいんだが、卵の外側をご飯の下に潜り込ませて、綺麗に包み込むと……オムライスの完成だ」
最後の仕上げは師匠がやってくれたが、初めて一人でやり遂げた料理がここに。
料理を作っただけだというのに、軽く感動している自分に驚く。
「見た目は及第点以上だ。問題は味だな。さあ、食べてみろ」
師匠からさじを手渡された。こんな見た目がカワイイ料理を崩すのには抵抗があるが、食べられなければ意味がない。
意を決してさじを料理へと近づけていく。
黄色い卵の布に白い模様。包んでいる卵をさじで突き刺せば中から、赤くケチャップで彩られたご飯が現れる。
卵とご飯を同時に口へと放り込むと、その美味しさに思わず顔がほころぶ。
「おいしいいい! 硬めのご飯をケチャップの粘り気が混ざり、丁度いい具合です。タマネギの少し残った食感と、コカトリス肉の歯ごたえが、うんうん、好きですこれ! ちょっと濃いめの味付けだけど、卵と一緒になる事で丁度いい具合になってますよ!」
口にするまでは見た目重視の料理かと思っていたけど、自分の考えの浅はかさが情けない。これは料理として見事に完成されている一品。
オムライスをすくう手が止まらない。結構な大きさだったのに、一気に平らげてしまう。
本当に、本当に、心から美味しかった。
「ぶはぁー。大満足ですよ、師匠!」
「そりゃよかった。これなら子供達も喜んでくれそうだな」
「はい! 大喜び間違いなしですよ」
そう断言できるぐらい、この料理は見た目も味も素晴らしいできだった。
今まで私の料理と聞くと怯えた表情をしていた子供達も、私の見る目が変わるに違いない。
「そういや、いつ子供達に料理を振る舞うんだ?」
「明日の夜の約束ですね」
「子供達は何人?」
「最近二人、独り立ちしたから今は八人で、離乳食しか無理な赤ちゃんが一人です」
それを聞いて師匠が食材の確認をしてくれている。
大人数なので食材が足りなければ、市場で仕入れてこないといけない。
「離乳食は別で俺が作ったのを持たせるとして、食材は十分すぎるぐらいか。期限は一日か。じゃあ、今から忙しくなるな」
「今日も明日も依頼はなかったですよ?」
予定表は確認済みだ。仕事がなかったから明日の夜に孤児院に行く約束をしたのだから。
「あー勘違いしてないか? 仕事はないが、今から特訓するぞ」
「特訓……? えっと、ちゃんとできましたよね」
「何言ってんだ。子供達を喜ばせるんだろ? 料理ってのは温かい料理を温かいうちに食べてもらうのが基本だ。八人分を素早く作らないと、料理が冷めちまう。ってことで、今から手早く正確に美味しく作る訓練開始だ」
「えっと、そのあの、そこまでしなくても……」
しまった。師匠の料理に対する情熱を忘れていた。
この人は料理に関する事には妥協を許さないところがある。
「料理は愛情。……だろ?」
「はい……」
総合日間ランキング一位です。
ブクマ、評価をしてくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。
本当は今日の話から一週間に一度の投稿予定だったのですが、ランキング一位を記念して明日も投稿します。