弁当
「マレリーナ隊長! 一大事です!」
訓練所の一室で書類整理をしている最中に、大声を張り上げて部屋に飛び込んできたのは、いつも騒がしい新兵の一人だった。
兵士とは思えない優男で、女である私が嫉妬するぐらい、金色の長髪は癖がなく真っ直ぐ伸びている。任務中は邪魔らしく後ろで縛っているようだが。
我が国の兵士は非常時以外では、頑丈な魔物の革で作られたコートを着用している。それはこいつも同じだった。
だが、ボタンはすべて閉じることが義務付けられているというのに、こいつはいつも通り開け放ち、毎回上司に叱られているのに懲りないやつだ。
中途半端に顔がいいので、着くずした感じが似合っているのも癪に障る。
「騒がしいぞ、ヘリルイ。見ての通り仕事に追われて忙しいんだ、下らん用事ではないだろうな」
軽く殺気を込めて睨みつけるが、ヘリルイは怯えることもなく口を開く。
「もちろん重大事です! 明日の遠征で料理担当のガスオンが急な腹痛で同行できないって、言い出したんですよ! 遠征の危機ですよ、これは!」
普通なら「下らん」の一言で片づけられる場面なのだろうが、ガスオンがいないとなると少し困った事態になる。
「厄介だな。明日の遠征は私とお前を含めて三十人だったか?」
「はい、そうです。ちなみに、誰も料理できません」
その言葉を聞いて絶望がため息と共に吐き出された。
ガスオンは剣の腕はからっきしだが、料理だけは一目置かれている。
「いないものは仕方がない、携帯食料でしのぐか」
「隊長、勘弁してくださいよ。魔物退治に向かうのに、あんなものじゃ力でませんって」
ヘリルイの言い分もわかる。ただでさえ大食いな連中が集まっているのに、味も素っ気もない乾物のみで過ごすのは、辛いものがあるだろう。
「あんなの食っても口がぱっさぱさになるだけですよ。魔物の肉でもいいから、肉汁があふれるような食べごたえのある肉が食いたいんです!」
「だが、お前も知っているだろ。魔物の肉はクセがあり筋肉質で食べ辛く、おまけに不味いときている。ガスオンが調理するから現地調達した魔物の肉を、なんとか食べられるのだぞ」
「それは重々承知しています。でも、あんな乾物しか食べられないのはきつすぎます」
日頃の態度も仕事への意欲も人よりないくせに、こんな時だけ気合が入っている。
食料不足を解消する目的の遠征だというのに、貴重な家畜の肉を食わせろと交渉するわけにもいかない。
上司として部下たちの不満を払拭してやりたいとは思うが、宿舎で兵士の食事を担当している料理人に無理を言って、危険な任務に同行させるわけにもいかない。
「人を雇うにももう夕方だ、明日では間に合わん。今回はあきらめろ。遠征とはいえ、たった一泊するだけの距離だ。三食ぐらい我慢しろ、どうしようもない」
「ですが、隊長。冒険者を雇っての行軍ですよ。まともな昼食も用意できないとなると、冒険者たちになめられませんか? 日頃から我々に好意的とは言えない連中なのに」
それは一理ある。騎士団から十名、残りの二十名は臨時で雇った冒険者たちだ。
本来なら騎士団のみで実行すべき案件なのだが、最近魔物が異常発生しているおかげで手が足りていない。苦肉の策として冒険者たちを雇うしか手がなかった。
私としては冒険者に偏見があるわけではない。だが、騎士団の中には彼らを見下す者が少なからず存在し、冒険者側もそんな騎士たちを「お高くとまりやがって」と毛嫌いする者も多い。
「冒険者は大食いが多いと聞く。食に対する不満は戦闘に響く可能性もあるか。だが、今からでは、どうしようもあるまい」
「そう言うと思ってましたよ。じゃーん、隊長これを見てください!」
自信満々で私の机に叩きつけるようにして置かれたのは、一枚の紙だった。
それを手に取りじっくりと眺めるとそこには、
『新作料理が大人気! ランチはお得な値段で提供しています!』
と書かれていた。
「大衆食堂のチラシか?」
「町で噂の食堂のチラシです。最近、急に混雑するようになりまして。前まではお世辞にも美味しいとは言えなかったのに。それで不思議に思って店員に話を聞いてみたら、冒険者ギルドで雇った冒険者が新メニューを考えてくれて、それが大人気だそうです」
「冒険者が……料理を考案したのか?」
冒険者とは魔物退治から雑用まで引き受けるとは聞いていたが、そこまでやるものなのだろうか。
「それが、元料理人の冒険者らしいですよ。どんな無理難題でも、料理に関することなら引き受ける変わり者って話を聞きました」
「料理人が冒険者……。胡散臭いな」
「でも、腕は確からしいです。あの店を繁盛させたのは、その男の手腕だと嬉しそうに話していましたよ。せめてその冒険者に弁当だけでも頼みませんか。一食だけでも満足できたら、あとは我慢します!」
ふむ。ダメで元々、交渉だけさせてみてもいい。
どうせ断るだろうが、料理ができる冒険者に興味もある。話のネタぐらいにはなってくれるだろう。
「わかった。じゃあ、お前が行ってこい。まあ一晩で三十人もの兵士を満足させる弁当を作れるとは思えないがな。量も物足りないだろう……満足のいく出来であれば料金を割り増しで払うと伝えておいてくれ」
「わっかりました! このヘリルイにお任せください!」
ビシッと背筋を伸ばし敬礼すると、踵を返して開けっ放しの扉から飛び出ていった。
初めから期待はしてないが、これであいつもあきらめてくれるだろう。
次の日の朝、あれからヘリルイも報告に来なかったので、案の定うまくいかなかったのだろうと判断していたのだが……遠征の準備が整った兵士たちが集まる中庭に、荷車を引いた男が現れた。
この地方では珍しい黒髪で頭に白い布を巻いている。肌の色は私たちのように白いわけでも南国出身の部下のように黒くもない。黄色とまではいかないが、それに近い肌色をしている。
目は眠たげで半分閉じているが、その瞳は黒曜石のように深く黒い。年は二十代後半……いや、若く見えるが三十を超えているかもしれない。
黒髪に黒い瞳にこの肌色。大陸の東方に住む人種の特徴に当てはまるな。こんな、辺境の場所にいるのが少し珍しいが、大陸各地を回る冒険者や商人だって存在する。そこまで不思議でもないか。
妙といえば格好も一般的な服装ではない。材質のよくわからない厚手の長袖に、下はやたらとポケットのついた奇妙なズボンをはいている。
「セン師匠、もう無理ですぅ。魔法使いは肉体労働が苦手なの知っているでしょ。か弱い女性をいたわる優しさを~」
男が一人で荷車を引いているのかと思っていたのだが、どうやら荷台を後ろから押している者がいたようだ。声からして若い女性のようだが。
「働かざる者食うべからず。という言葉があるのを知っているか。料理を手伝えないなら、体で返すこった。あと、俺の好きな言葉は男女平等だ」
「うう、いつか料理上手になって虜にしてやるぅぅ」
どうやら店主と店員らしい。魔法使いということは冒険者と兼業しているのかもしれぬな。店主と同じく。
その女は独特な格好をする者が多い魔法使いらしく、奇抜な服装が目に付く。
白銀のようだが光の加減で青くも見える髪の上に載っているのは、つばのない丸みある帽子。風になびく大きなマントを羽織っているのは魔法使いの証だ。
帽子とマントの色が濃い青ということは水系の魔法使いか。マントの色は己の得意とする魔法の属性だと聞いたことがある。
マントの内側には黒の袖のない上着。下は黒いズボンなのだが右脚だけ所々が破れていて素肌が見えていた。
男の服装もあまり街で見かけない感じなのだが、魔法使いらしき店員の前ではその印象も薄れてしまう。
しかし、魔法使いにしては若い。魔法を操るには生まれついての才能と、高度な計算技術と鍛錬が必要だと聞いたのだが。十代半ばに達しているかも怪しい少女ではないか。
私の前で荷車が止まると同時に、荷台を押していた女がその場に崩れ落ちた。男の方はさほど疲れてはいないようで、引手から手を放すと軽く肩を叩いている。
それを見た部下のヘリルイが慌てて駆け寄ってきた。
「隊長、こちらが依頼を受けてくださった、センさんです」
「初めまして、よろしく」
ひょいっと軽く手を挙げて、軽い口調で挨拶をしてくる。
「隊長のマレリーナだ。依頼内容は理解しているのか。三十人もの兵士を満足させるには量も必要なのだが……」
そう声をかけると、ひらひらと手を振り「心配ご無用」と返した。
私は生まれつき目つきが鋭く、そのような気はないのだが不機嫌に見える顔をしているらしい。そのせいで目を合わせた者は男女問わず怯えることが多いのだが、男はどこ吹く風といった様子だ。
度胸があるのか能天気なのか。それとも腕に自信があるのか……。
飄々としていて掴みどころがなく、内面を見抜くには情報が少ない。
「隊長さんは女性なのか。鍛え上げられた肉質のいい体の部位をしている。肉質も硬めで噛み応えがありそうだ」
肉質……硬め……戦いに身を置く者として男と同等に扱われることには慣れたが、こんなことを言われたことがない。
「マレリーナ隊長、いつもより顔が怖いですよ」
ヘリルイがわざとらしく耳打ちしてくるが、分かっている。今は本当に不機嫌だからな。
「あー、すまん。脂身の少ない筋肉質の肉ってのは歯ごたえがあって、俺は好きなんだが」
「それは褒めているのか?」
「すいません。師匠は人を褒めるときに食材を例えに出す変な人なのですよ。あまり、気にしないでください」
店員らしき魔法使いの女がペコペコと頭を下げている。この男の部下では気苦労が絶えないだろうに。
「別に構わん。それよりも……我らを満足させるような弁当は用意できたのか?」
失礼な男に対して挑発するような口調になってしまった。
国を守るものが国民に対して横柄な態度をとってしまうとは、私もまだまだ未熟だな。
「おうさ、三十人前、バッチリ用意してきたぜ」
相手の困った顔を見たくて口にしたというのに、あっさりと返してくるとは。
「まさか、お主とそこの女と二人で作ったわけではあるまいな?」
「違う違う、調理は俺一人だよ。そいつは料理が下手すぎて足しか引っ張らないからな」
「きぃぃっ、悔しいけど言い返せない!」
一人……一人で作っただと? たった半日で三十人もの弁当を。そうか、かなり無理をさせてしまったのだな。
「時間がないのにすまなかった。徹夜をした――」
「おう、久しぶりに早起きしたな。日が昇ってすぐに起きるのも悪くねえな」
私の耳が確かなら、この男は日の出より少し後に起きて三十人分を作り終えたというのか? たった一人で?
「センさん、肉は、肉は入れてくれた?」
「バッチリだ、ヘリルイさん。ご要望通り、魔物の肉を入れているぜ」
「魔物をちゃんと調理できるのか? あの硬くて食えない肉を」
「毒さえなければ、なんだって食えるさ。毒だってちゃんとした処理したら食えるものが多いんだぜ。捨てるなんてもったいねえ」
魔物の肉を食べられるようにできるというだけでも、料理の腕が立つということなのだが、それが口先だけで嘘ではないという保証がない。
「ただ、食材を集める時間がなかったからおかずが二品しかないのは、勘弁してくれ」
「それは承知している。むしろ、一品だけだと思っていたぞ」
「さすがにおかず一品は悲しいだろ。あっと、弁当の数を確認しておいてくれないか」
センという名の料理人は背を向けると荷車へ歩み寄り、弁当らしきものを手渡してくる。
それは白く薄い布で包まれ、中心部で結わえられている。
手首から肘までを覆う小型バックラーを更に一回り小さくしたような形をしていた。
「弁当を布で覆っているのか?」
「俺の故郷では弁当をそうやって包むのが一般的でな。この結び目を解くと……こんな感じだ」
布の中から現れたのは高さのある楕円形の弁当箱。
「木製なのか」
「これは曲げわっぱっていう弁当箱でな。俺の国では古くから使われている由緒正しい弁当箱だ。木が余計な水分を吸ってくれるから、米が一番うまく食える弁当箱だと言われている」
なるほど、理にかなっているというわけか。しかし、今、コメと言ったが確かコメというのは遥か東の国で主食とされている穀類。
この国でも食べる者はいるのだが、好んで食べるのは他国から流れてきた移民か冒険者だ。私は口にしたことがない。
「それに遠征なら物は少ない方がいいだろ? 食べ終わって邪魔なら薪にでもしてくれ。俺の国だと曲げわっぱは高価なんだが、ここは木材も豊富で腕のいい職人がいてくれたおかげで、安価で作れるからな。その包んでいる布は、次の依頼の時に持ってきてくれたら割引するから、取っておいてくれよ」
「なかなかに商売上手なようだが、この弁当を気に入らなければ次の依頼はないぞ」
「旨くなかったら、お代はいらないよ」
ほう、そこまでの自信があるのか。弁当の工夫といい口先だけの男ではないと思うが、そこまで自信満々の態度でいられると、その鼻っ柱を折ってみたくなる。
「ならば、今日の昼を楽しみにさせてもらおう」
「三大欲求の一つ、満たしてやるぜ」
胸を張って言い切る男の言葉を聞いた私は、悔しいことに今日の昼が楽しみになってしまった。
「もう、お昼にしてもいいのではないでしょうか!」
朝から歩き詰めで、そろそろ休憩を兼ねた昼食にしてもいい頃合いか。
雑魚だったが魔物との連戦で全員疲れているようだからな。部下たちもそうだが、冒険者たちも、よくやってくれている。
冒険者たちは今のところ大人しく従ってくれているようだが、こちらとの関係は良好とは言い難い。騎士と冒険者の距離感が縮まる気配がない。
このままだと腹が減って苛立つものも出てくるだろう。
彼らの為でもあるが何よりも……一時間ほど前からヘリルイが同じ言葉を繰り返すので、正直うっとうしい。
「では、休憩するぞ。今のうちに昼飯も食っておけ」
「いやっほー! 飯だ飯だ!」
担当の者から真っ先に弁当が手渡され、部下たちから離れた場所の岩に腰を下ろす。
さて、あれだけ豪語したのだ、これで不味かったらどうやって馬鹿にしてやるか。
……この考えは良くないな。無理難題を押し付けたのはこちらだ。三十人前を用意できたのは大したものだが、味に期待するのは酷というものだ。
あの自信満々の顔を思い出しながら結び目を解き、弁当の蓋を開ける。
受け取ってから五時間は経過しているのだが、弁当からあふれ出した湯気が顔にかかった。……温かいぞ。
「ほぅ、この布は温度を一定に保つ、保温の魔法が付与されていたのか」
あの魔法使いの店員が仕込んだのだろう。高級な防寒具にそういった性能が付与されているのは知っているが、弁当を包む布に使うだと……。考えもしなかった。
料理ができないと言われていた店員を雇っている理由の一つが見えた気がする。
しかし、魔法の付与はかなり高レベルな技能が必要だったはずだ。あの魔法使いの店員はとてつもなく優秀な人材なのだろうか。
そんな魔法使いが何故、料理人を師と仰いでいるのか。疑問が残るが、それは次の機会に訊いてみるのも悪くないな。
そんな事より今は弁当弁当。さてと、いくら保温の魔法とはいえ時を止めるわけではない。さすがに出来立てとはいかないが、それでも十分すぎるほどに温かい。
「これは……卵か?」
湯気の次に目に飛び込んできたのは鮮やかな黄色の塊。隣には茶色く平べったい円形のよく分からない物体が鎮座している。
黄色は卵を焼いたものだとは思うのだが、その卵は四隅が丸みを帯びた四角形をしている。炒り卵を固めたにしては、形が綺麗すぎる。
「待てよ、それだけではないのか」
持ち上げて注意深く観察してみると驚いたことに、卵を焼いたものは渦巻のように何重もの層になっているではないか。
「薄く伸ばした卵を焼き、丸めたのか。何故、そんな面倒なことをする必要がある。こんなおかずを三十人分作ったのか」
ちらっと、一番近くにいた部下の弁当箱をのぞき込むが、自分と同じものが入っている。
こんな手間をかけなくとも、普通に焼けばいいだろうに。
そう思いながら、卵を巻いたものを口にする。
「んっ⁉」
卵の層の一枚一枚を突き破る、微かな歯ざわりが面白い。
「えっ、これ、おいしいわ……あっ」
思わず素の自分が出てしまい、慌てて辺りを見回す。
油断しすぎだ。しっかりしろ、騎士団長として気を張り直さなければ。
「むっちゃ、うめえぞこれ!」
「嘘だろ、卵ってもっとぱさぱさしてるもんだぞ!」
冒険者と部下たちは弁当に夢中で誰も気づいてないようだ。まずは一安心だが、この弁当とんでもない。
ただの卵と思って油断していたら、表面は適度な歯ごたえがあるというのに中はしっとりしていて、仄かにだが海の味がした。この国は海に面していないが、以前に港町で味わった魚のスープのような味がする。
それだけでも間違いなく美味なのだが、更に驚いたことに……少し甘いのだ。
「まさか、砂糖……いや、馬鹿な」
険しい山に囲まれ他国と繋がる唯一の道であった吊り橋付近に、魔物が頻繁に現れるようになってからというもの、ありとあらゆる物品が不足気味で、食に関しては調味料不足が大きな問題になっている。
ただでさえ高級な砂糖を、わずかとはいえ兵士が食べる弁当に入れるわけが……もし本当に砂糖を入れているとしたら、こちらから支払う報酬では儲けがほとんどないぞ。
まさか、ただの弁当にそこまでこだわるわけがないか。疲れた体が甘い物を欲してしまい、舌が甘いと錯覚してしまったのだろう。
「ま、まあ、この卵は確かにおいしい。だが、この茶色い物体はどうかな」
焼き目からして肉だとは思うのだが、それにしては形が妙だ。わざわざ肉を丸く切る必要があるとは思えない。
しかし、卵の前例がある。今度は油断しないよう気を引き締めてから、その肉らしき物体を口に運んだ。
かじった瞬間、口の中に肉汁があふれ出した。あの包んだ布で温かい状態を維持できていたから、肉汁が固まらなかったのか。
「んんっ、えっ、肉なのに柔らかい。これは肉を切り刻んで丸めた物……。でも、魔物の肉をここまで細かく刻むのは至難の業」
魔物の肉は剣や斧で叩きつけて、なんとか切り裂くことができる。
包丁やナイフなら小さく切り分けるだけでも一苦労だというのに、これは肉が原形をとどめないぐらいに粉々になっているではないか。
こんな加工をすれば肉を柔らかく食べられることは理解できる。
だが、魔物の肉をこんな風にあの男が一人でやったというの? こんなにも大量に? 別に肉を砕く怪力自慢のドワーフでも雇っているのか?
到底信じられることではないが、否定しようにも実物がここにあるのだ。魔法使いの店員の力を借りたのかもしれない。
それに柔らかさだけではなく、肉の感触の中に程よい硬さの野菜の歯触りがある。それ以外にも何か別の味がする気がするのだが、私にはそれが何かわからなかった。
それらを全てひっくるめた評価は……今まで食べたどの魔物の肉料理のなかでダントツのうまさだ。塩味もしっかり利いているが、口内に広がる香りの正体が気になってしょうがない。
それが肉の臭みを消しているように思えるのだが。
「ふ、ふーん、まあ、おかずは確かにうまい。だが、奴の言っていたコメはどこにあるというのだ」
目の前にあるのは二色のおかずのみ。隙間も存在しない弁当箱にコメの入る余地はない。
「おっ、この弁当箱二段になってやがるのか」
冒険者の歓喜の声に促されるように、私は弁当箱を掲げ側面からじっと見つめる。
弁当の高さと上から見た底までの深さが一致しない。側面の中心部に一本の線があるということは、ここから分離するのか。
よく見れば分かることなのだが、おかずに衝撃を受けて洞察力が落ちていたようだ。
上の段の弁当箱をそっと外すと、二段目の弁当箱には濃い緑の世界が広がっていた。
緑の山を連想させる塊が二つ、弁当箱の中を占拠している。
「これは野菜の塊……違う、野草を巻いている?」
となると、この野草の中にはアレが隠されているのか。
フォークを突き刺し持ち上げると、ずっしりとした重みがあった。
私は周囲の部下が誰もこっちを見ていないことを確認してから、大口を開けて緑の塊に噛り付く。
野草の塩辛さがまず口に飛び込んでくる。ここまできつい塩味は久しぶりの経験だ。流した汗を補うために濃い味に焦がれていたとはいえ、これは度が過ぎる。
そう思った瞬間、続いて甘みのある粒が口内に広がり、それは噛めば噛むほど甘みを増していく。これがコメの味か!
野草の塩辛さと、米のほのかな甘みが相乗効果となり口が喜びを抑えきれず、咀嚼速度が無意識のうちに上がっていく。
「この塩加減はコメを美味しく食べるためなのかっ」
やられた。完全に料理人センの手のひらで踊らされた。悔しいと思う反面、ここまでの食事にありつけたことへの感謝が同時に湧き上がってくる。
負けだ、これは私の負けだ。短時間でこれほどのものをどうやって用意したのか、疑問は尽きないがここは認めよう。
「あれ、この塩辛い野草ってクフイカウロヒ草に似てないか?」
「そういや、そんな気もするな」
部下の声にはっとなり、野草の塩漬けを凝視する。
確かに薬草の一種であるクフイカウロヒ草だ。
低級の回復薬に使用されるもので、騎士見習の頃に修行の一環として冒険者をやっていた時期もあったのだが、その時に何度か採集の仕事を受けたことがある。
確か効能は――疲労回復。
我々が魔物と戦い、汗をかくことで塩分を欲し、寒さが残る季節であることを考慮して温かい弁当を提供した。おまけに、疲労回復の薬草付きか。
「ああ、くそ、完全にやられた。完敗だよ」
張り合うことすら馬鹿らしくなり、私は余計なことを考えるのはやめて最高の弁当を味わうことだけに集中することにした。
「うめええっ! あんたら、騎士なのに気が利くじゃねえか」
「冒険中に温かくて、こんなに上手いもん食ったの初めてだぜ」
冒険者たちの表情も明るく、食事前の張り詰めた空気が嘘のように消え去っている。
うまいものを口にすると話も弾むようで、和気あいあいとした雰囲気となり、後の魔物狩りも期待できそうだ。
弁当一つで、ここまでの成果があるとは。センには報酬を弾まなければならないな。
そんなことは、今考える必要はないか。
ここで考えるべき事案は、次に何を食べるかだ。