カレーと〆
「屋台で何を作るか」
三日後に町で大きな祭りがあるらしく、そこで冒険者ギルドを代表して屋台を頼まれている。
俺も一応は冒険者なので引き受けたのだが、何を作ればいいのか。
「屋台の定番といえば、わたあめ、フランクフルト、焼きそば、たこ焼き」
うーん、わたあめは物珍しさに客を呼べるかもしれないが砂糖が貴重なんだよな。砂糖が安くて大量に手に入るならやってみたいが、却下か。
フランクフルトは似たようなのが普通に出回っている。どうせやるなら、この世界の人を驚かせたい。
焼きそばは今からそばを作るのに無理がある。どう考えても間に合わない。少し変更して焼きうどんというのもありかもしれないが、屋台といえば焼きそばじゃないとしっくりこない。
たこ焼きは、あの特殊な形状の鉄板が必要だからな。ドルズのオッサンに無理を言えば、突貫でやってくれるかもしれないが、あとが怖いのでやめとくか。
「簡単に大量に作れて、意表を突くような料理。もちろん、うまいのが大前提だが」
室内をぐるぐる回りながら考えをまとめようとする。
だが、特にこれといったアイデアが思い浮かばない。
「日本の祭り……屋台か」
ふと、過去の思い出が頭をよぎる。
この世界ではない元の世界。
俺は――こことは別の世界の日本に住む、料理好きの学生だった。
母子家庭で育ち、お世辞にも裕福とはいえない家庭だったが、特に問題なくすくすくと育っていた。
何よりも食べることが好きだったので、美味しくて腹の膨れる貧乏料理を考えるのが趣味、という学生時代。
そんな俺はある日、なんの前触れもなくこの世界に召喚されてしまう。
「元はこれでも勇者だもんな」
馬鹿げた話なのだが、異世界の住民を呼び出し勇者に仕立て上げる、その目的のために召喚されたのが俺だ。
当時は異世界転生とかが漫画や小説で流行っていたので、直ぐさま状況を受け入れたのだが……実はなんの能力もなかったというオチ。
異世界から喚んだ人間は何かしらの特殊能力を得ている、らしいが俺にはなーんにもなかった。無能だからと処分されそうになったのを姫様に助けられて、城の下働きとしてこき使われることになる。
そんなある日、人手不足の調理場で働くことになり、日本での知識を生かした料理を提供するとあっという間に認められ、あれよあれよという間に出世していった。
「先人の知恵に感謝だよな、マジで」
自分が生み出した新たなアイデアなんて何もなく、ただ覚えていた料理を振る舞っただけなのに、気がつけば宮廷料理人の一員に。
食いしん坊だった自分にあれほど感謝したことはない。
だけど、その栄光は長く続かなかった。
若くして出世している俺は同僚に妬まれ……罠にはめられる。
晩餐会で出された料理を食べた貴族連中から、食あたりの患者が続出。
その責任をすべて押しつけられ、なんの言い分も通らず処刑される身となる。
だが、またも姫に助けられ国外追放。流れに流れて、この街へとやってきた。
「ほんと、姫様には頭が上がらないよ」
彼女だけはあの国でまともな王族だった。
俺を召喚したことを詫び、親身になってあれこれと助けてくださった。その恩は今も忘れていない。
逃げるようにこの国にたどり着き、料理人に嫌気が差していた俺は冒険者という名の命懸けの自由業を始めた。
……はずなんだが、料理からは逃れられなかったようだ。
「波瀾万丈だよなあ」
俺は窓際の机の引き出しから、古びた財布を取り出す。
日本から一緒にこの世界に飛ばされた持ち物の一つ。
かなりボロボロだが、捨てる気にはなれない。
カード入れから取り出した免許証を、ランプの明かりに晒す。
十年以上前の若い自分がそこにいた。小さな写真だが、俺の過去を証明する大切な代物だ。
「懐かしいな。昔は何度も日本に戻りたいと願ったけど」
今はその気持ちも薄れてしまった。
不便なことも多い世界だが、毎日が充実している。
「はあ、何を昔に思いを馳せてんだよ。年寄りか、俺は」
頭を左右に振って、思い出を振り払う。
大事なのは祭りで出す料理だ。
財布を直そうとしたとき、札入れに入っていたレシートが床に落ちた。
拾ってみると、いくつかの食材名が印刷されている。
「これって……そうだな、久しぶりにあれ作るか」
大量に作れて、人気のある食べもの。
特に日本人の子供が大好きなあれ。
「問題は香辛料だが、そろそろ入っている頃か」
必要な物をメモすると、明日に備えて早めに就寝した。
「師匠、何作るか決まったんですか?」
俺の隣で跳ねるように歩いているのは、弟子のミユク。
天才魔法使いらしく、冷蔵、冷凍、加熱、保存、水くみ、と万能調理器具のように魔法を活用できる。
ミユクがいるから料理の手間がかなり省けて、その点について感謝しているのだが、料理人の弟子としては……どうなんだろうな。
まず、料理のセンスは皆無だ。
料理を習いに来ているくせに適当で言うことをきかない。基礎もできていないのに、すぐにアレンジをしたがる。
最近はようやくマシになってきたが、当初はほんと酷かった。
「芋と根菜を買ったようだが。煮物なのだろうか」
俺と弟子の背負っている籠の中身を確認して、ヘルセアが小首を傾げている。
ヘルセアは赤みがかった髪に目元を覆う仮面。それに赤い鎧を着ているので目立つことこの上ない。
冒険者としても有名人だから、町行く人々がほぼ全員彼女を見ている。
「煮物……みたいなもんか。これに肉が入るんだよ」
「肉ですか。また魔物肉ですか?」
ヘルセアの隣からひょこっと顔を覗かせたのは、垂れ目の冒険者ギルド職員ラライミ。
発育のよい胸と美貌で、冒険者から大人気らしい。
口説く輩も多いらしいが、適当にあしらっているそうだ。
「肉は魔物肉しかないだろ。安く手に入るし、ちゃんと煮込めば肉は柔らかくなるからな」
「ギルドとしては魔物肉が処理できてうれしいのですが、個人的には……あれですね」
まあ、魔物肉は一般的には不評なんだよな。
それでも最近はなんとか浸透しつつある。ギルドに頼まれて、色々手を貸してきた甲斐があるってもんだ。
ここで一気に魔物肉を広めるチャンスだと思っている。
「それで、結局何を作るんですか」
「あーそれな。カレーという俺の国では一番人気の家庭料理なんだが」
「カレーですか! いいですね!」
ミユクが目を輝かせて喜んでいる。
初めて会ったときに食べさせて以来、好物だからな。
ヘルセアとラライミにとっては馴染みのない料理名なので、反応が薄い。
「この料理で大切なのは具材よりも香辛料なんだが」
「ええと、匂いの強い粉ですよね?」
ラライミが首を傾げている。
この国では香辛料を料理に入れる、という発想が一般的ではないらしく、臭み消しに胡椒を使うぐらいだ。
「そうだな。カレーってのは味もそうだが、その香りが重要なんだよ。っと、着いたか」
路地裏の細い道を通り、目的の場所へとたどり着いた。
「ここって前にも来た、怪しいお店ですよね」
「怪しい店だと……」
仮面の奥の目が鋭く光ったような気がする。ヘルセア何か勘違いしてないか。
「南の暑い地方で流通している物だからな。たまにしか店に並んでなくて、前に頼んでおいたんだよ。邪魔するぞー」
扉を開けると、懐かしい故郷の香りがする。
正確にいうと出汁の香りだ。
鰹節や昆布がずらりと並び、それを眺めているだけで幸せな気持ちになるのは、日本人としての遺伝子が大きく関わっているのかもしれない。
「おや、お早いペースですね。何か入り用ですか?」
黒髪で細い目をした男が、一見人当たりのよさそうな笑みを浮かべながら、店の奥から現れる。
腕利きの商人なのだが、謎が多い男だ。
でもまあ、頼めば貴重な食材を手に入れてくれるので、素性はどうでもいいか。
「例のぶつ入っているか」
「もちろんですとも。あの粉、仕入れてますよ」
「そうか、さすがだな。ふはははは」
「とびっきりの代物ですよ、ふふふふ」
待ち望んでいた物が手に入るうれしさに思わず笑みが漏れる。
「師匠、くっそ怪しいんですけど」
「捕まえた方がよいのではないか」
背後で二人が何か言っているが気にしない。
手渡された三つの袋の中身を確認する。確かに三色の粉が詰め込まれていた。
一つ一つ匂いを確認して、満足すると袋の口を閉じる。
「最高だ。あと、米もあるだけもらえるか」
「はい、喜んで」
店の荷台を借りてそこに香辛料と米を載せる。
俺と弟子だけでは運べない重さだが、こんなこともあろうかとヘルセアに同行してもらった。
さーて、あとは祭りの前日から仕込みをするだけだな。
祭り当日。
冒険者ギルドの前に臨時屋台を設置して、俺は巨大な鍋を大きな木べらでかき回している。
そんな俺を遠巻きに見つめる冒険者共。全員がなんともいえない表情をしている。
こっちを指さし、何かひそひそと言葉を交わしていた。
それはまあいい。だが、その見物人の中にラライミが紛れているのが納得いかん。
眉根を寄せて、シワだらけの不細工な顔で鍋を凝視している。
「ラライミ、暇なら手伝って欲しいんだが」
「ラライミさーん、呼んでますよ」
「あんただ」
しらばっくれて他人の振りをしているが、そんなもんで誤魔化せられるか。
俺が手招きするとあきらめたのか、大きく息を吐いて心底嫌そうな顔をしながら近づいてくる。
「前から結構危険な料理とか作っていましたけど、今回のは完全にアウトですよ。見た目もアレですけど、匂いも独特過ぎて理解が及びません」
「何がだ。うまそうだろ」
昨日完成して一日寝かしたカレー。今日に合わせて最高の状態で仕上げた代物だ。
「だって、それって……アレにしか見えませんよ」
ラライミの呟きが聞こえた周囲の冒険者が、同意を示すように頷いている。
その表情でアレが何を指しているのか理解した。
子供か、お前らは。
大好物のカレーをアレ呼ばわりするのは許さんぞ。
「お前、仮にも女の子がなんつうことを言ってんだ。これはカレーって料理だと昨日も説明しただろ」
「さっき味見と言って食べているのを見て、他人の振りをしようかと」
「うわー、あいつマジで食ったのか」
「変人だとは思ってたが、そこまでとは……」
ラライミと外野がドン引きしている。
この町は食文化が発達していないので、未知の料理を警戒する傾向があった。
それでも食べたら意見がコロッと変わって、直ぐさま人気になるのだが今日は誰も近づこうとすらしない。
「師匠、人前で作ったらダメだって言ったじゃないですか! 匂いも見た目も刺激が強すぎるんですから」
冒険者たちの壁をかき分けて現れたのは、自称弟子のミユク。
カレーのことを知っているくせに、顔をしかめている。
「最高にうまいんだがな。みんな、警戒して近寄ろうともしないんだよ。あっ、そうだ、試しに食べてみてくれ」
「わ、私がですか!?」
驚愕に目を見開いているミユクに、炊きたてのご飯をよそい、カレーを掛けた器を差し出す。
じっと見つめたまま硬直している。
「美味しいのは知っているけど、こんな大衆の面前で食べたら勘違いされて変な噂が……」
よく見ると、カレーをまだ口にしていないというのに、顔から汗が噴き出しているな。
「おい、あいつ、弟子にアレを食わそうとしているぞ」
「マジかよ。どんな鬼畜だよ」
「さすがに止めねえとヤバいんじゃないか」
相変わらず失礼なこと言っているな、冒険者共は。
らちが明かないので、俺が匙ですくってミユクの口元に近づけていく。
「ほら、食ってみてくれ。あーん」
「師匠のあーん! でも、さすがに、それでもっ……くっ! あ、あーん」
ミユクは覚悟を決めたのか目を閉じて口を開く。
ほんのり赤い唇の隙間に、米とカレーを盛った匙を押し込む。
「んんっ! あっ、辛い! でも、やっぱり美味しい! 独特な香りが鼻に抜けて、食べた直後に舌や喉に刺激が走るけど、逆にそれが病みつきに……もう一口いいですか!」
自分で食べたらいいのに、とは思ったが目を輝かせて迫るミユクの迫力に圧され、再びその口にカレーを投入する。
さっきとは違い、今度は笑みを浮かべて何度も咀嚼して味わってくれているようだ。
「やっぱ最高ですね! 辛さが後を引くんですよ! このどろっとしたスープが辛い分、お米の甘さが際立って、互いを引き立ててくれる素晴らしい味わいになって、くうううっ、最高!」
今回のカレーも美味しくできたようで、その称賛の言葉はかなりの熱を帯びていた。
それを聞いた冒険者共がざわつき始めている。
ここまで絶賛されたら、そりゃ気になって当然だ。
「あ、あのー、私にも食べさせてください」
いつの間にかミユクの隣に並んでいたラライミが、大きく口を開けて待ち構えていた。
なんか、ひな鳥に餌をやる親鳥みたいな気分になってきたぞ。
周りの反応からして、あと一押しだと判断した俺は、同じようにラライミにも食べさせてみた。
「ふあー。確かに辛いですけど、凄く美味しいです! 根菜もほくほくでお肉もすっごく柔らかいです!」
絶賛するラライミの姿が最後の一押しになったのか、傍観者だった冒険者が一斉に屋台を取り囲んだ。
「お、俺にもそれをくれ!」
「私にもお願い!」
「じゃあ、俺も、俺も!」
おっと、一気に客が来たな。
こりゃ忙しくなりそうだ。
「ミユク、バカみたいに口を開けてないで手伝ってくれ!」
「ああもう一口食べたかったのに!」
「私も手伝いますよ」
弟子とラライミが屋台の裏側に回り、エプロンを装着している。
さーて、出足は悪かったがその分、今から取り戻させてもらうぞ。
特注の大鍋三つ分もカレーを作ってきたのに、祭りが終わる前に完売。
初見の客の大半が一口目までは躊躇していたのだが、いざ食べてみるとはまる人が続出。口コミであっという間に広まり、大盛況となった。
「はああああ、つっかれたー」
「圧巻でしたね」
初めから店を手伝ってくれていた、弟子とラライミが疲れ果て、近くのベンチで溶けている。
「魔物を狩るより疲労が溜まっている気がする」
と言いながらも平然と立っているのは、途中から助っ人として現れたヘルセアだ。
「久しぶりにいい運動になったぞ」
その隣にいるのは、エプロン姿がまったく似合っていないギルド長。
この二人が手伝ってくれたおかげで、なんとか乗り切れた。三人だけだったら、途中で誰か倒れていただろうな。
「二人とも助かったよ。あー、腹減ったな」
忙しすぎて自覚する暇もなかったが、朝飯を食べてからずっと働きっぱなしで何も食ってなかった。
それはここにいる全員が同じで、大きな腹の音が鳴り響く。
全員が顔を見合わせるが、誰が犯人かを追及する声は上がらない。みんな、自分のかも、とか思っていそうな表情だ。
「師匠、どこかの屋台にでも買い出しに行きます? カレーもうちょっと食べたかったけど、もうないですもんね」
弟子が残念そうに空の大鍋を覗き込んでいる。
そういや、結局あの一口しか食べられなかったのか。
「私も食べてみたかったのだが」
「わしも食ってみたかったな」
ヘルセアとギルド長に至っては、味見すらしていない。
カレーどころか米も一粒すら残ってないんだよな。
俺も二人に食べさせてやりたいが、今から作るわけにも……。
「そういや、アレがあったな」
俺が制作を頼んだ保存用のクーラーボックスを開けると、そこには小鍋と小袋が詰め込まれていた。
小鍋の蓋を開けると、そこにはカレーがたっぷり詰め込まれている。
「あっ、師匠。カレー残っているじゃないですか!」
叫ぶような喜びの声を聞いて、全員が詰め寄ってきた。
念のために予備として少しだけ別で持ってきていたのだが、ここにいる人数で食べるには量が足りない。
「これでは三人分が関の山か……ふむ」
大食漢でもあるギルド長が残念そうに呟く。
「ここには俺も含めて五人か。まあ、いけるだろ。あっと大鍋まだ洗ってなかったよな」
「えっと、一つだけ綺麗に洗っちゃいましたけど、ダメでしたか?」
いつもなら気がきいていると褒める場面なのだが、今日は少しだけ惜しいな。
「いや、ありがとよ。綺麗になった鍋に……この器三杯分ぐらいの水を入れて湧かしてくれるか?」
そう言って、カレーの器とは別に持ってきておいた底の深い器を取り出す。
「いいですけど、どうするんですか?」
「すぐにわかるさ」
納得のいっていない弟子を促して、魔法で鍋に水を注ぎ火に掛ける。
そこに俺は乾燥した昆布を放り込んでおく。
「お湯が沸騰する直前で火を止めて、昆布を取り出しておいてくれ」
「何をしたいのかさっぱりですけど、わかりました!」
指示をすると文句を言いながらも従ってくれるからな、そっちは任せておくか。
すると弟子の隣にすっとヘルシアが並び、しっと見下ろしている。
何が楽しいのか不明なんだが、ヘルシアは鍋に沈む昆布を黙って見つめていた。
「あとは残った二つの鍋にこびりついているカレーをそぎ取って、一つに集める」
食べものは無駄にすると母親によく怒られていたからな。
残っていたカレーを集めたら一人分ぐらいは補えそうな量になった。
「師匠、お湯沸きました!」
「よーし、んじゃ、ギルド長。その鍋のお湯をこっちのカレーが残っている鍋に移してくれ」
「わかった、任せておけ」
鍋つかみも使わずに鍋の縁を握り、出汁を取った湯を移している。
ハーフオーガで手の皮の厚いギルド長にしかできない方法だな。人間が真似したら火傷待ったなしだ。
「えっと、センさん。これってカレーを伸ばして薄いカレーを作っているんですか?」
「ラライミ、惜しい。でも、ちょっと違うんだなこれが。弟子よ、悪いがもう一度お湯を沸かしてくれ、今度はもっと水をいっぱいで頼む」
「人使いの荒い師匠ですね。わっかりましたー!」
文句を言いながらもテキパキと動いている。
水も火も魔法でなんとかなるのは便利だ。日本でこの能力があったらキャンプとかで人気者になれるぞ。
沸騰する間に、俺は大鍋に小鍋のカレーを移し木べらでかき混ぜる。
味見をすると少し薄いので、香辛料と一緒に仕入れておいた醤油を足しておく。
「うっし、いい味だ。そっちはどうだ?」
「お湯、沸騰しました!」
元気な弟子の声を聞いて振り返ると、いい具合にお湯が沸いていた。
そこにクーラーボックスから取り出した小袋の口を開けて、中身を投入する。
お湯の中に漂うのは白く細長い物体。
「これって、うどんですよね?」
「ああ、そうだ。これが米の代わりになるんだよ」
湯の中でうどんを踊らせ、火が通ったのを確認すると一旦ざるにあげる。
そして、直ぐさま
「よっし、ギルド長、鍋のお湯を捨ててくれ。んでもって、そこに水と氷を頼む」
「わかった」
「わっかりましたー」
氷の浮かんだ大鍋に今度は茹で上がったばかりのうどんを放り込んで、ぐるぐるとかき混ぜる。
「ほんとはもっと大量の水でしめたいんだが、外だしな断念するか」
うどんをもう一度取り出し、今度はカレーうどんの中に移動させる。
「うどん、大忙しですね。熱かったり冷たかったり辛かったり」
弟子が何故かうどんに同情するような視線を向けている。
うどんに感情移入するヤツなんて初めて見たな。
このうどんをカレーに入れる派と、どんぶりにうどんを盛ってカレーを掛ける派にわかれるのだが、個人的には少しぬるくなってしまうのが嫌なので少し煮込む派だ。
用意しておいた器に、できるだけ均等になるように分ける。最後に小口切りしたネギをパラパラと振りかけて完成。
「カレーうどん、お待ちどうさま」
全員に行き渡り、自分の分も用意する。
ちらっと弟子たちに目を向けると、真っ先に口にしたのはギルド長だった。
あの大きな手で器用に箸を操り、うどんをすする。
「うむっ! ほほう、これがカレーの味か。刺激的な辛みとほんのりとだが、海の香りがするような」
「あれ、これって一口食べたカレーよりも薄いのに、そんな風に感じませんよ。どうしてなんですか、師匠」
「それは出汁がきいているからだ。前も教えただろ、昆布や鰹節ってのは旨味成分が水に溶け出して、旨味に変わるって。だから、カレーを伸ばしても出汁がきいていると、物足りなさを感じないんだよ」
と説明したのだが、誰も聞いていない。
質問した当人ですら必死でうどんをすすり、俺の言葉を無視して汁を飲んでいる。
「ったく。俺も食うか」
久しぶりに口にするカレーうどん。
よく出汁もきいていて、少し足した醤油もカレーの味にアクセントを加えてくれている。
本格的なカレーも嫌いじゃないんだが、和のテイストも加わったカレーうどんは、なんというかほっとする味だ。
貧乏だったから安上がりなカレーは頻繁に食卓に上がったし、少し残ったルーを出汁で伸ばして、鍋掃除をするようにカレーうどんを作る、なんて日常だった。
懐かしい、いつもの味。
これこそ、うちの家庭の味なのかもしれないな。
「はあー、うまい」
心にまでしみる味。
もう二度と戻れないであろう、遠き故郷。
それでも懐かしい味に触れるたびに、その距離は近くなる。
最高の料理とは腹だけではなく心まで満たす。
そんな料理をこれからも、この異なる世界で作り続けたい。
「師匠、何を黄昏れてんですか。お祭りはまだ終わってないんですよ! 食べ終わったら、祭り楽しみましょうよ!」
「私もお供します!」
「おいおい、ラライミ。まだ仕事残っていたのではないか?」
ビシッと手を上げて、参加を表明した受付嬢に釘を刺すギルド長。
すると、きっと鋭い目で上司を睨み口を開いた。
「今日はお休みにします! もう一週間休みないんですから、今日ぐらいワガママ許されますよね!」
と強気に詰め寄っている。
倍以上の体格差があるのに、ギルド長が押し負けるのは時間の問題だな。
「では、護衛として同行しよう」
ヘルセアも一緒に行きたいのか。
「あー、わかった。どうせ祭りで酔っぱらいばっかだ。わしに任せて、楽しんでこい」
折れたギルド長が快く? ラライミを送り出している。
俺とミユクとラライミとヘルセアで祭りを楽しむことになった。
綺麗どころ三人と一緒に祭りを回れるのだ、文句を言ったら罰が当たる。
「じゃあ、どこ行きましょうか師匠」
「そうだな。まずは……屋台を食べ歩きだ!」
長い間中途半端な状態で放置していましたが、これにて完結です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。