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ハンバーグ

 炉から取り出した赤い鉄を見ると血が滾る。

 それを金槌で打つと火花が散り、心地良い音が作業場に響く。

 これをやっている時が一番幸せを感じる。

 ドワーフであるワシらは人間に比べて背が低く、ずんぐりむっくりとした体をしておるが、手先が器用で力がある。そして、何よりも鉱物を愛する種族だ。

 こうして鍛冶屋をする者が大半で、手先の器用さを生かして細工師の道に走る者もそれなりにはおる。

 あとは鉱山で働く者もおるようじゃ。若い頃は自ら鉱山で鉱石を掘り加工したものだが、今は鍛冶一本だ。


「オッサーン、ドルズのオッサーン」


 外から男の声がする。

 あやつが来たようじゃな。丁度いい、休憩とするか。


「大声で呼ばぬとも、聞こえておるわ!」


 肩をほぐしながら店へと繋がる扉を開けた。

 作業場と店舗は繋がっていて、客の少ない時間帯はこうして奥で武具を作っている。

 いつもなら店番がおるのだが、今日は休みだったのう。

 壁際にずらっと並ぶ、精魂込めて作り上げた武器を眺めているのは、変わり者の冒険者とその弟子らしい娘っ子。

 やはり、こやつだったか。


「何ようだ。料理狂いよ」

「その呼び名いい加減やめてくれ。料理好きでいいだろ」

「料理用の道具をこの名匠として名高いワシに作らせるなんて馬鹿は、お前ぐらいだからのう。狂っているぐらいで丁度いい」


 ワシがそう言うと当の本人は渋面だが、後ろにいる弟子は激しく頭を上下に振っておるではないか。

 近くにいる者が同意しているのだ、的確な表現といえよう。


「自分で名匠なんて言うかね。それで依頼したアレはできてるかい?」

「ああ、一応は完成しておるが、これは何なのだ」


 頼まれて作っては見たものの、何に使うのかが見当もつかなかった代物だ。

 こやつは面白がって用途を言わずに、後でワシを驚かせようとすることが多々ある。

 棚に置いてあった品をカウンターに置くと、センが手に取り目を細めた。


「さすがだな、オッサン。要望通りだ」

「師匠、またへんてこりんな物を頼んだんですね。何なんですかそれ」


 子供の手のひらでも、すっぽり収まる大きさの柄があるのだが、それが先端で二股に分かれておる。

 それだけなら形状は小さなスリングショットなのだが、その先端にはゴムではなく、二股部分を繋ぐように一本の刃を装着。

 その刃も珍妙で真ん中部分に空洞があり、内側に鋭い刃があるのだ。


「これは一見髭剃りのようだが、これを実際に使えば皮膚が削げるぞ」

「あー、まあ、髭剃りに見えるよな。これはピーラー。ええと皮むき器だ」

「えっ……まさか、拷問用なのでは!?」


 センの弟子が血の気の引いた顔で物騒なことを口にしておる。


「お前さんのことだ、野菜の皮むきといったところか」

「オッサン、大正解。これは弟子のような料理下手や素人でも、簡単に野菜の皮を剥ける道具だ」

「本当ですか! 人類の希望を具現化した夢の道具じゃないですか!」


 目の色を変えた娘っ子が、皮むき器に羨望の眼差しを注いでいる。

 これで野菜の皮を剥くのか。なるほど、髭剃りに似ているのも納得だ。


「先端の部分がきっちりと固定されておらず、自在に動くのも野菜の形に合わせるためか。刃が薄く弾力があるのも表面に密着する必要性がある、という訳じゃな」

「そういうこと。実際にやってみた方が早いな」


 センは背負い袋からジャガイモを取り出すと、皮むき器の隣に置く。

 そして弟子を手招きしている。


「我が弟子よ。お主にジャガイモの皮むきの試練を与えよう」

「そ、そんな! 芋の皮むきと言えば、料理の下ごしらえでもっとも苦戦するところですよ! いくら便利道具だからといって無茶です!」


 芝居がかった抵抗を見せる弟子に、センは皮むき器とジャガイモを握らせたな。


「使い方は簡単だ。刃をジャガイモに押し付けてそのままゆっくり下へとずらしていく。ただそれだけでいい」

「くっ、腹を括りました。オークの群れに飛び込むつもりで、やります!」


 芋の皮に皮むき器の刃を押し当て、少しずつ移動していく。

 すると刃の通った後は綺麗に皮が剥けていくではないか。


「おおおおっ、本当に凄いですよこれ! もう二度と皮むきでバカにされないで済むんですね!」

「これで弟子に任せられる仕事が増えたな」


 センが優しく弟子の肩に手を添えると、喜びの表情が絶望へと急変した。

 ただでさえ便利に使われているそうだが、これで仕事の激増は間違いなしか。哀れな。


「皮むき器か。これも売れそうじゃのう。店に並べても構わぬか?」

「もちろん。これがあれば子供でも母親の手伝いがやりやすくなるだろうしな」


 センに依頼されて制作した料理道具の数々は量産して幾つか店に並べている。

 最近では武器よりもこっちの便利道具の方が売れ行きがいい。こちら側にも大きなメリットがあるので、こやつからの依頼は断れんのだ。

 それにもう一つ、ワシには断れぬ理由がある。


「ところで、そろそろ昼時じゃのう。この道具を作るのに集中しておって飯がまだなんじゃが」


 そう言ってちらっと視線をセンに移すと、その言葉を待っていたかのようにニヤリと笑う。


「そうだと思って、材料持ってきたぜ。ここで昼飯作らせてもらっていいよな?」

「台所を好きに使って構わぬぞ!」

 待ち望んでいた言葉を聞いた腹が音を立てる。

 それを誤魔化すように大声で許可を出した。

 初めてワシのところに来た時に、見た事もない料理用のナイフを作ってくれと頼んできおったので、「料理人なら旨いものを食わせてみろ。ワシが納得する腕ならつくってやらなくもない」と返したら、ぐうの音も出ぬような満足する逸品を作りおったからな。

 それ以来、品物を渡す際に料理を作るというのが決まりごとのようになっておる。


「今回は基本の作り方でやるか。材料は卵、パン粉、牛乳、タマネギ、魔物肉だ。これは子供にも人気がある料理だから、覚えておいて損はないぞ」

「ふむふむ、メモしますね」


 弟子のミユクは手帳を取り出して何やら書き込んでおる。

 ハンバーグか。聞いた事もない料理名だが、こやつの料理の腕だけは期待できる。今日はじっくりと見物させてもらうとしよう。


「まず、パン粉を牛乳で浸しておく」

「パン粉ってパンを乾燥させて削ったやつですよね?」

「ああ、そうだ。普通のパンを細かく千切ってもいいんだが、個人的にはこっちの方が好きだな」


 センとミユクは歳の差があるから、ヘタしたら親と子供に見えるのう。

 これを当人たちに伝えると両方から文句を言われるだろうが。


「んでもって、次はタマネギなんだが、弟子みじん切りを」

「やです! あれは目が痛くなって涙があふれるから嫌いなんですっ!」

「そこでだ、以前ドズルのオッサンに作ってもらったこれが役に立つ」


 そう言って袋から取り出したのは、ガラスの容器に蓋をして、その上に握り棒が備え付けられている道具だった。

 それを制作したのはワシだから見知った道具なのだが。


「ほう、それを使うのか」

「ああ、オッサンに作ってもらった便利道具だからな。これは、手動ミキサー、まあみじん切り器だな。使い方は簡単。蓋を開けて中にぶつ切りにしたタマネギを放り込む。あとは上のレバーを握ってグルグル回すだけ」


 説明しながらセンが実行していると、ガラス容器の内部に備え付けられていた三枚の刃が回り始める。

 すると中のタマネギとやらが細断されていき、見る見るうちにみじん切りへと変化していく。


「とまあ、こんな感じだ」

「うわぁ、また凄い道具を発明しましたね……。あれ? これがあるなら、何でオムライスを作る時に使わせてくれなかったんですか?」

「弟子の泣きっ面が見たかった」

「うがあああっ!」


 あっさりと答えるセンに腕を振り回して突っ込んでいくミユク。その頭を掴まれてその場で腕を回している状態だ。

 まるでさっきのみじん切り器のようじゃな。


「料理中に暴れるのは料理人として最低だぞ」

「師匠が悪いのにぃ……」


 大人しくなったミユクが黙々とみじん切りを始める。

 やっている内に楽しくなってきたらしく、不貞腐れていた面が笑みに変わってきた。


「肉のみじん切りだが。この牛型の魔物肉は炭酸水に漬けて置いたものなので、結構柔らかくなっている。これをまず適度な大きさにぶつ切りにする」


 まな板のうえに肉の塊を置くと、手際よく肉を切り裂いていく。

 仕事柄、刃物を扱う凄腕の戦士の技量を何度も目の当たりにしてきた。

 そういう者とは趣旨の違う技能ではあるが、センもまた一流の剣捌きだ。


「ここからは包丁二刀流でひたすらに肉を叩く」


 包丁二本を手に持ち交互に振り下ろす。

 肉を切断してまな板に当たる刃の音が、小気味良く耳に届く。

 その音がミユクも気になるようで、視線がセンの手元に注がれている。

 肉の塊が細切れの肉の山へと変貌した。


「うっし、じゃあ材料を全部ボールに放り込んでくれ」


 卵も割り入れて半球形の器に全ての材料が集まる。


「手をしっかり洗ってから、ひたすら混ぜる。これは好みがあるんだが、俺は粘り気が出るぐらい混ぜるな。肉も粗みじんぐらいで触感が残った方がいいって人もいる。ここら辺は食べる人に合わせればいい」


 手元の材料を混ぜ終わったようで、一旦手を引き抜いた。

 器の中には薄い赤のペーストがある。ここだけを見るのであれば、ちっとも旨そうには見えぬな。


「師匠、なんかグロいです」

「思っていても口にするな。この状態だとそうだが、ハンバーグはここからだ。適量を手に取って小判のように……小判が分かんねえか。ええとだな、細長い円に、こんな形に整える。でだ、空気を抜くためにこうやって……」


 手のひらに収まるぐらいの量を手に取ったかと思えば、形を整えた後にそれを右の手のひらから、左の手のひらに投げる。左右交互に打ち付けるのを繰り返すたびに、パンパンパンと音が響く。


「あっ、ちょっと面白そうですね。私もやってみたいです!」

「手をちゃんと洗ってからやるんだぞ」

「分かってますって」


 ミユクもミンチを掴んでパンパンやり始めた。

 やはりセンのようにはいかぬようだが、楽しいらしく顔がほころんでいる。

 そんな弟子を見つめるセンの目も優しいのう。

 料理を楽しくする、か。ワシは料理なんぞ腹が膨らめばいいと思っておった。楽しいなんて思った事は一度もない。

 だがこやつに道具を作り、それを自分で使用すると、何とも言えぬ喜びと驚きを感じる事が多々ある。

 料理は面白くて楽しい。センの言葉の意味が今になって理解できた気がするわい。


「ドルズさんもやってみますか? なんてね」

「ふむ。混ぜさせてもらうとするか」

「えっ、あっ、はい!」


 ワシの行動が予想外だったようだが、弾けるような笑みを浮かべる。

 三人並んで料理をするとまるで――


「お爺ちゃんと一緒に料理しているみたいですね」

「そうじゃな」


 鍛冶に人生を捧げ、伴侶も得ずにこの歳になってしまったが、こういうのも悪くはない。





「思ったより量があるな。食べきれないだろうから、残ったのは後で孤児院に持って行ってくれ」

「ありがとうございます!」


 ワシらが食べる分だけを焼き、それ以外はミンチのまま器に残している。

 それを見てふと面白い考えが頭に浮かぶ。


「以前、ワシが作った型抜きに肉を入れて焼けば、様々な形に焼き上がるのではないか」

「おー、そうですね! ドルズさん、そのアイデア頂きます!」


 喜んでもらえたようで何よりだ。

 さて、会話はここまでにして食事を始めようか。

 目の前には自分で丸めた肉を焼いた物がある。少々不格好ではあるが、ミユクのスライムのような物体よりかはマシだろう。


「うううっ、何故、こんな歪な形に」

「だから焼く前に真ん中を凹ませろと言っただろうが。それ以前の問題のような気もするけどな」


 二人のやり取りを耳にしながら、目の前の巨大な肉の塊にナイフを刺す。

 表面はカリッと焼けているので硬い手ごたえがあったが、それは最初だけですっと奥まで入る。

 断面から大量の肉汁があふれ、思わず、


「もったいない!」


 と口にしてしまう。


「ごほんっ、どんな味かのう」


 誤魔化すように咳払いをして、一口サイズに切り分けた肉をフォークに刺して口元に運ぶ。


「ほおう、これはこれは」


 ハンバーグとやらの表面に掛かっていた茶色いソースと、柔らかい肉と肉汁が混然一体となり、口内が幸せで満たされる。

 咀嚼する際に時折だが肉とは違う歯ごたえがあるが、これはタマネギか。

 若干の甘味があり、いいアクセントになっておるのう。


「うわぁ、肉をぐちゃぐちゃにしてから焼いているから、びっくりするぐらい柔らかいですね! これなら小さい子もお婆ちゃんも食べられますよ」

「調理が少し面倒だが、これも肉を柔らかく食べる方法の一つだな」


 確かにこれならば、歯が殆どない老人や子供で食べる事ができる。

 ただ肉の塊をミンチへと変えるのは、それなりの力と技量が必要に見えた。それをもっと簡単にできれば……。


「そうじゃ! あのみじん切り器を改良すれば、肉のぶつ切りを放り込みミンチにすることも可能ではないか!」


 うむ、構造上はいける。

 となれば呑気に食っておる場合ではない。

 一気に残りを掻き込むと、作業場へと戻る。


「さーて、腹の鳴りは治まった」


 代わりに腕が鳴るのう!


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