第八話「すまん、取説は見ないタイプなんだ!」
閑話休題。今朝の出来事についてフェイから聞こう、最後まで。テスト期間にも無いくらい意気込んで耳を傾ける。それを知ってか知らずか、相手は真剣な面持ちで口を開く。
「サングラスの人がやって来たから、今いるこの教室に隠れたんです。あれ、ここまでは話しましたっけ」早速表情を緩め、首を傾げるフェイ。
「確か聞いたような気がする。隣にはおばちゃんがいたよ。ロッカーに入れられてたらしい」
入れられていた、というより隔離されていた、と表現したほうがより適切なのだろうか。普通に俺を看病してもらうだけならむしろおばちゃんが居たほうが色々と捗るはずだ。しかしそれを許さず、おばちゃんを眠らせて……。やはりサングラスの片方には年増趣味が…………。
それか、都合が悪かったんだ。サングラスの奴らは女生徒の関係者なのでOK。おばちゃんは部外者なのでNG。人目を憚りたい。ばれたら糾弾される。きっとその女の子は俺のことが好きで、人のいない保健室で俺に好き放題したかった、とか。へそに指を突っ込んだりパンツを脱がしたりして楽しみたかった、とか。……ってねーか。俺ってこんな妄想癖あったっけ?
「ああ良かった、おばさんは無事だったんですね」フェイは両手を胸の前で合わせてそう言った。ただ事の顛末を知れたからというより、おばちゃんの安否がわかり嬉しくて喜んでいるといった様子だ。基本的に優しい子なのだろう。
「うん、ピンピンしてたよ。いつもより元気なくらいだった」女性は恋をすると若くなる、と聞いたことがある。今は全く関係ない話だが。全く関係ない話だが。
「いやあ、心置きなく続きが話せますよ」
「…………」
その言葉に、違和感を覚えた。例えば今ここにいるのが高山とかなら、俺が戻ってきた時に「何があったか」聞くはずだ。そういえば、フェイは俺に何も聞かなかった。「無事で良かった」。それだけ。何というか、ほんとに俺しか見えていないというか。俺が「続きを頼む」って言ったせいか? 頼み事は命令に自動変換してんのか?
自動変換といえばパソコンソフトではこういうの、鬱陶しいよな。情報の時間だっけか、確かアプリケーションを使って課題となる適当な表を作っていた時だ。俺は日付を入力したいのにソイツは勝手に割り算の答えをドヤ顔で出してきやがるから思わずキーボードクラッシャーと化しそうだったゾ。
さておき。フェイとはもっとフランクに接したいのに。こういう時、女性とのコミュニケーションに慣れている奴はどうするのだろうか。本人に直接聞くんだろうか。こうして悩むのも野暮なのだろうな。ああいう手合いに共通しているのは、失敗を恐れない心だ。俺にもそんな精神が備わっていれば、こいつとももっと上手く付き合えたかもしれないのに。
「男の人の気配が消えたので私はこの教室をゆっくりと出ました。……あれ、どうかしたんですか」
「いや、ごめんね。続けて」悩んでいたのが伝わったらしい。こんな少女に、迷惑は掛けられない。おかしいよな、俺は今日だけで散々迷惑しているのに。
「では。……あ。ううう、ここからはあまり思い出したくないですけど」ん? どうしたんだ?
「え、何かあったのか」
「苗人さんが聞きたいと言うなら、話しますけど」
「いや……別に良いよ。だって嫌なことがあったんだろう?」本当は聞きたかった。いや、今でも聞きたい。でもあまり気が進まないようだ。聞いても良いのかな。普通の男ならどうすんのかな。
「あの、苗人さんって私以外に彼女はいますか? いましたか?」
「何だよ藪から棒に。気圧差で高山病になるかと思ったわ。つか何ちゃっかり彼女にしてんだよ」高山病って文字で書くと友人の顔がちらついてうざってえなとか思いながらフェイを見ると「えへへ~」と後頭部を掻いていた。昭和か。まあ、失言になったかと思ったけど、冗談だったみたいで安心した。
しかし――この質問は一体何を意味するのか。