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第七話「変わった性癖のない者だけ石を投げなさい」

「何だ……今の……?」


 物が倒れるような音だった。急いで二人立ち上がる。今は昼休み。隣の教室は使われていない。はず。が、鍵をしている訳でもない。友達のいない奴が一人で弁当を食うためだったり、バカップルがいちゃいちゃするためだったりで忍び込んでいる恐れがある。忘れ物を取りに来る奴だっているかもしれない。今更だが、考えてみれば「授業で使わない」からといって人が入らない保証もないのだ。「鍵はしていない」というか、そもそも付いていない。内からも外からも鍵はできない。フェイをここに隠したのは危なかったかもな、と悠長に自省しかけた……。


「苗人さん……」フェイが俺の服の袖を掴み、阻止。


「ははは、びっくりしたな。きっと何か倒れたんだろう。見てくるよ」


 気丈に振る舞い、フェイの両肩を持って椅子に座らせた。今いる教室を抜け、隣を覗く。窓。擦りガラスだ。フェイを隠すのには役立ったこいつが、今度はこちらを苦しめた。しゃーない、少し戸を開こう。


 二センチか、三センチくらい隙間を作る。右目を閉じ、左目を持ってくる。さっきいた教室や椅子の向きから考えて、見えているのは後ろ側。縦長の古ぼけたアルミロッカーが三つ並んでいる。うち一つ、教室の後ろを向いた時の一番右、今の俺から見て一番奥のものだけ、扉が開いている。その下に、保健室のおばちゃんが倒れている。他には誰もいない。


「おばちゃん!」急いで戸を開けて駆け寄り、肩をポンポンと数度叩く。「う~ん」と言いながら目を開ける。良かった。生きてた。


「あらあなた……確か二の四の……植松君……?」植木だ。


「っ……何かあったんですか?」


「あ、あーあー! そうそう、そうなのよ。いきなり黒眼鏡のお兄ちゃんが二人いてねー!」フェイの言っていたことの裏が取れた。疑って申し訳なかった……。


「一人が虫とかに掛けるやつを急に使うからね、『何してんの!』って怒ろうとしたんだけど、何でか力が入らなくなってね……で、その人に抱えられちゃったの~! や~ん、タクマシー!」呑気な人だな。というか、犯人そいつですから。自作自演ですから。いや、それだとサングラスの男が最初からおばちゃんを抱きたかったことに……。いやいや、世の中には熟女が好きだという人間も一定数いる。その男もそういった嗜好の持ち主だったのかもしれない。俺はそういったことを差別しない主義だ。安心してくれ、サングラス。もっとも、おばちゃんはもう、とうに還暦を迎えていると聞くが……。


「意識が朦朧とする中、おばちゃんはこのロッカーに入れられて、眠りに落ちたわ……。あの宝物を扱うような手つき。きっと後でおばちゃんに……」


「ああ、良かった! おばあちゃん無事で良かった!」


「こら、唐松君!! おばあちゃんって言うなっていつもみんなに言ってるでしょ!!」植松だ……いや、植木だ。介抱している人間に対して酷い仕打ちである。そうそう、彼女は自分で『おばちゃん呼び』を強要していたのだった。さっき還暦のことを考えていたせいで、つい禁忌を犯してしまった。


「でも助けてくれてありがとうね市松君。おばちゃん、保健室に戻らなきゃ」やめりゃあよかった! こんなタフババアにケンカふっかけるのはよォ!


「職員室とか警察に言っといたほうが良いっすよ……はは…………」


 教室を出ていくおばちゃんを、引きつった笑顔で小さく手を振りながら見送った。俺もフェイのところに戻るか。あ、肝心の女生徒のことを聞きそびれた。まあ、おばちゃんも酷い目に遭ったし、今は休んでもらって放課後にしとくか。と言ってもおばちゃんが人の名前を覚えるのが苦手だってことがさっき発覚した訳だが。


「フェイ?」元の教室へと戻り、入口から顔だけを出す。無表情で振り向いたフェイの顔は嬉しそうな表情に変わる。


「良かった……。苗人さんが無事で良かったです……」


「大袈裟だな、お前は。じゃ、また話の続きを頼むぜ?」

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