第五話「温故知新はいつでも下品に聞こえる」
フェイは今、何をしているだろうか。一人で寂しがっていないだろうか。だがしかし、必ず行くと言った訳ではない。せっかく男四人が揃った。今日は運が良かったのだ。
ぽりぽり、むしゃむしゃ。周りの奴らが物を食う音のみが耳に入る。三人が何やら口を開けて喋っているようだが、内容は聞こえない。
「植木、どうしたんだ? まだ保健室で寝てたほうが良いんじゃないか」
外界との繋がりを取り戻した感じだった。身を案じてか、俺の肩を叩き、声を掛けてくれる高山。周りの奴らも「そうだよ」と言っている。それでも、昼休みは短い。残った時間は有効活用したいもの。俺を気遣ってくれながらも、飯を口に運び続ける三人。俺はというと、食べたのはエビフライ一本くらいのものだった。飯。飯……。
そうだ、寂しいとかの問題じゃない。フェイ。あいつ、飯は食うのか? 腹をすかして、待っているのではないか?
「自転車が飯を食う訳ない」ってか? ……俺は知らず知らずのうちにあいつを自転車と認めていたのだろうか……いや、そんなことはどうでも良い。
「悪い、俺抜けるわ」俺はうるさく立ち上がり、駆けだした。高山の「飯はどうするんだー?」という声が背後から聞こえる。俺は振り返らぬまま「食っといてくれ」と返し、食堂を飛び出した。
「フェイ!!」
特別教室に辿り着き、叫ぶと同時か、けたたましく戸を開ける。フェイは教室のほぼ真ん中の席に座っていた。首だけをこちらに向け、驚いたような表情をしている。
「急にどうしたんですか……? 苗人さん……」
「…………ちょっと、運が良くてね」
◆ ◆ ◆
「お前、腹減ってないか?」俺はフェイの隣の椅子に腰を下ろし、そう聞く。聞いてから気づく。パンでも買ってきてれば良かったかな。ほんと、俺は一つの物事に気を囚われて他の事が疎かになりがちでいかん。
「あ、私は自転車なので空気さえあれば問題ありません! 口移しで、ぜひ!」
「ほんとに大丈夫?」
「もう……そうやって軽く流されると傷つきますよ……」傷つくんだ。
「私は別に平気ですが、苗人さんは?」
そういえば、フェイのことばかり気にしてたせいで自分が飯を食う事を考えていなかった。ほら、これが俺なんだよ。さっきのパンの事と言い。ああ、空腹だ。蚊に刺されたところと同じだな。意識し始めたら腹が鳴りやがった。
「ふふ、かわいい。じ・つ・は……『お』から始まって『う』で終わる物を作ってきてるんです!」腹の音褒められた人間なんて世界的に見ても稀なんじゃないか。というか、急に始まった謎クイズタイム。
「お……お地蔵?」
「作りませんよ! 『ば石工る』ってことですか! 残念、不正解。お弁当です! 苗人さんの家の台所、今朝こっそり使わせてもらいました! ごめんなさい!」ノリが良い子だな。つか事後報告かよ。まあ良いけど。それより、今弁当って言ったのか? こいつ、料理とか作れるんだな。俺なんてカップ麺くらいしか作れないから夜は大抵スーパーの半額弁当なのに。ほう……女の子の手料理、か……。あれ? でも。
「でもフェイずっと裸だったじゃん。どこに持ってたの?」
「苗人さんの鞄に入れてたんです」フェイは目を閉じ口元に人差し指を添え、事の顛末を語り始めた。
早朝、窓の鍵を閉め忘れていた我が家に忍びこんだコイツは、料理を行い、俺が中学生時代、遠足などで使っていた弁当箱(柄などの説明を聞いてわかった)に詰め込んだ。どうやって見つけたか質問しても「女の勘ですよ」と訳の分からない答えを返された。
で、俺が玄関に置きっぱなしにしていたバッグに忍び込ませたそうだ。俺は出掛けに中身を確認するような几帳面な性格でもなく、気づかず。そして、校門前で気絶した俺。フェイは駆け寄って何とかしようと思ったという。でも女生徒が近づいてきた為、弁当だけ持って近くの植え込みに退避。他人に見られちゃ駄目な意識があるのか?
「何で弁当持って隠れたの?」
「食べられたら大変だなって、思いまして」
「食べないよ!」