第一話「足の速い奴がもてるのは小学生まで」
俺の名前は植木苗人。うえきなえと……と読むが、親しみを込めてプラント君と読んでくれても構わない。高校生。属性は学生。特殊能力は無し。ただ、小学生の時に市内の作文コンテストで七三位に輝いたことがある。とにかく、どこにでもいる普通の人間だ。
いや……『普通』の定義は何だろうか。ライトノベルを読んだりすると、幾度となく女の子のおっぱいや太ももをまさぐっているのに一向に退学にならない変態も、自分が何らかの血を引いた勇者で、日夜やってくる有象無象の化け物と戦っている苦労人も、己のことを普通と言っている。
ふざけるな!!! 何が普通だ。お前らは間違いなく異常だ。俺が断言してやろう。そして、俺も普通ではない、かもしれぬ。個々の人間が普通かどうかは、こうやって他人によって裁定されるべきものなのである。お前が俺を普通だって言うんなら普通なのだろう。お前の中ではな。
少々、前置きが長くなってしまったが、結果から先に話すと、俺の通学用マイカーが可愛い女の子になっていた。
「お前……『俺専用不死鳥の羽ばたきフェニックス号EX』……なのか…………?」
「やっと思い出しましたねー!」
思い出したというか、気づいた感じである。こいつは、俺が主に通学に使用する自転車。言われてみれば黒地に赤いラインはそれの模様に近いし、大きな二つの瞳も、百均で買ってきた丸いライトを一つ取り付け大改造したことでダブルになった照明と似ている。いや、でも、しかし……。自転車が人間に……なるか…………?
否! なる訳がない。ここまでの語りは全て撤回する。俺はどうかしていた。そう、初めて裸の女の子を目の前にして、俺は少し舞い上がっていたのかもしれない。ムーンライト伝説だって、他人に聞かれていたと考えると辻褄が合う。あまり考えたくはないけど。
だとしたら、こいつは誰なんだ?
「どうしました? 早く私に乗って下さい! 遅刻しますよ!」
「遅刻……?」
これも百均で買った、左手に装着していた腕時計を見る。いつも家を出る時間より十五分も遅れてしまっている。このままでは遅刻必至だ。俺は急いで自転車を探す。ない。
「冗談はやめてくれよー! おめえなあ! 一時間目の先生は怖いんだよ! 自転車を隠すなんて手が込んだことしてさあ! もう何なの? 妹? お前は高山の妹か? 悪かったよ! 電車賃は返すから許してくれよ!」涙目だった。
「何を仰っているのかよくわかりませんが……だったら私に乗れば良いじゃありませんか」
「あのさー! あれいくらしたと思ってんの、ねえ! 虎の子の一万円で買ったんやでえ! うぇっうぇっ」
「知ってますよ、苗人さんに買ってもらった時のことはよーく覚えておりますよ!」
えへん、と少女は相変わらず全裸のままで咳払いを一つ、俺と『俺専用不死鳥の羽ばたきフェニックス号EX』の出会いの情景を語り始めた。
「リサイクルショップ『美影や』に私が売られて十年……もう私の買い手なんかいない、そう思っていました。パパももう『処分すっか』とか言ってて……そこへあなたがやって来たんです!」
「君に決めた」。俺はキメ顔でそう言い、店主の眼前に一万円札を突き付けた。まるで「わしが好きと申すか?」とでも言われそうなムードだが、気にしない。直後、自転車を指さす。少々傷んではいたが、何というか、一目惚れした。九八〇〇円のそれを買って、早速乗って、帰りに百均で……余った金でライトと腕時計を…………。
「もう、駄目だ」
やはり、処理能力には限界があった。俺は考えるのを放棄して、庭を飛び出した。全力で駆ける。間に合うか間に合わないか、ではない。間に合わせるのだ。走っていると何もかも忘れられる体質、という訳でもない。むしろ色々と考えてしまうほうだ。走っている途中、『そいつ』の事ばかりが頭を過る。学校が目前に迫り、ふと後ろを振り返った俺は、今考えていた張本人が全裸のまま追いかけてくるのを目にし、気を失った。