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人類滅亡は夢の中で。  作者: 糠床の王
第1章 【夢の中】
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第5話 『夢の中では』


「いつも都会……というか日本ってわけではないのか………」


 家に帰った俺は少しゲームをしたあと適当に雑事を済まし、就寝した。今日はすんなり眠りにつくことができ、無事夢の中にも入れたようだ。

 俺が今いる世界は、石造りの建物が並ぶ、中世風の街並みだ。しかしところどころの作りが甘いというか、遠くから全体をみるとしっかりしているのだが、近づいてよく見ると適当感がある。

 ここが夢の中だとするとこの世界の風景は夢を見ている人の記憶をもとに作られているのだろう。

 辺りを見回すと、今回はさっそく第一街人………というか夢人を発見した。その人は建物の前に出ているベンチに座った大柄の男で目をつむったまま腕を組んでいた。

 年はまだ20代くらいだろうか……鍛えられた体がわかるタンクトップTシャツにジーンズという出で立ち。

 この人が今日の担当の人、みたいなものだろうか。

 今日は七星じゃないというのは中野さんとの海輪からなんとかなく分かってはいたけど、曜日によって担当が変わるとかそんな感じなのだろうか。まあ、バイトってのはそんなもんだろうけど。


「あ、あの……化野和哉といいます……。バイトの人ですか?」


 俺がたどたどしくそう尋ねると、男はそっと目を開け、こちらを見た。鋭い眼光を向けられ、思わずたじろぐ。

 なんかまずいことでもしたかな………

 俺がびびってそれ以上話しかけられないでいると、男はおもむろに立ち上がった。


「お前が新入り候補か………」


「は、はい」


 なんだ……怒ってる……のか?マジでなにかしたか?なんもしてないよね?

 俺がいよいよ本気で怯え始めると、男は思い切り息を吸い込んで、


「はっはっはっはっはっ!!!俺は藤堂大助だ!お前の先輩ってわけだ!新入り!よろしくな!!」


「は、はぁ……よろしく……お願いします…」


 突然の大声に俺は呆然としながらもなんとか返事を返す。なにか怒鳴られでもするのかと思ったが……別に怒ってはいない、よな?


「それで、もうこのバイトのことは分かったか!?たしか昨日からだったよな!?」


 どうやらもともとこの声量らしい………

 近くにいると鼓膜が破けてしまいそうなので、俺は数歩距離を置き、


「それなんですが……昨日あった人に、今日の人に色々教えてもらうように、って言われたんですけど………」


 俺はラーメン屋で中野さんに向けたものと同じことを言った。今回も他の人に聞けとかいわれたらさすがに困るのだけれど………


「はっはっはっはっはっ!!そうかそうか!昨日はたしか月曜日だったな!てーことはあの無口っ子か!あの子らしいじゃねえか!」


 中野さんもそんなこと言ってたな………七星のあの態度はいつものことのようだ。


「安心して大丈夫だ!お前の気になってること、きいてくれればなんでも答えてやる!ま、俺のわかる範囲で、だけどな!はっはっはっはっはっ!!」


 どうやらまたたらい回しにされるかもしれないという俺の心配は杞憂に終わりそうだ。

 それじゃあ、まずは……


「えと、このバイトの具体的な内容ってなんなんですか?面接の時に人を助けるとかってきいたんですけど。」


 最重要にして最大の疑問をぶつける。それがわからないことには、なにもでなきない。おそらく昨日七星が倒していたあの影が関係あるのだろうということは察しがつくが……


「ん……それもきいていないのか?なるほど、本当になにも知らないんだな!分かった!この俺が一から説明してやろう!!」


 そういうと藤堂さんは背中に手を回し、何かを取り出した。


「俺たちの仕事は夢の中で『エンプサ』をぶっ倒すことだ!夢の中ではなんでもありだからな!俺たちは最強にして無敵だ!」


 そういって藤堂さんは巨大な太刀を掲げた。その大きさは明らかに藤堂さんの背中におさまりきるものではない。

 一体どこから……………


「夢、だからな!こうして自由に武器を取り出すこともできる!ま、そうはいっても条件はあるがな!そんなに難しいことでもない。俺でも理解できるんだからな!はっはっはっはっはっ!!!!」


 藤堂さんはなにが可笑しいのか大声で笑う。

 しかし、昨日七星が持っていた刀も、どうやってあんなものを持ってきたのか気になっていたが、そういうことか。夢の中であるならなんでもあり。現実世界じゃ実現不可能なことさえ、夢の中では可能ということか。そして武器を使ってエンプサとかいうのを倒すのがこのバイトの内容らしい。

 おそらく、エンプサというのは昨日の影のことなのだろう。


「その、条件っていうのはなんなんですか?」


 俺の問いに藤堂さんは一度頷いてから、


「なに!簡単なことよ!夢の中っつーのは結局、人の記憶を頼りにしてできてるからな!知らない武器は出せない!それだけのことよ!」


「知っていれば………見たことがあるだけ、とかでもいいんですか?」


 俺の質問に藤堂さんはおうっと首肯する。


「だけどな、見てみ!」


 俺は藤堂さんに続いて視線を周りの建物に向ける。相変わらず、中途半端な完成度の建物を見上げ、


「この建物、街並みは、この夢を見ているやつの記憶から出来上がったもんだ!おそらく一度行ったことがある街か、あるいはテレビで見たことがある程度のもんなんだろうよ!見たことがないもんは分からねえからな、ところどころ想像で勝手に補ってるのさ!」


「な、なるほど……」


「それは武器も一緒だ!例えば拳銃なら、見たことがあるなら、そっくりの拳銃が出来るだろうが、中身までしっかり把握し、構造も理解できてなきゃ、拳銃としての機能は果たさねぇだろうな!つまり、ただのレプリカしかできんってことだ!はっはっはっはっはっ!!」


 藤堂さんは長々と説明し、また笑う。記憶として理解できていなければいけない、それはなるほどその通りだ。

 知らないものは知らないのだから。

 そうなると俺が使える武器はかなり限られてくるな……………


「そのエンプサってやつは、なんなんですか?」


 藤堂さんの話からすれば、それも夢を見ている人の記憶をもとにつくられた何かなのだろうが。


「エンプサは感情の集合体、特に強い感情のな!愛情とか嫉妬とか怒りとか憎悪とかいろいろだ!やつらの強さはその感情の強さによるってわけさ!」


 つまりこのバイトでの仕事は、夢の中に現れるその人の感情を裁ち切ることということか。

 それはそれで分からないことではないのだが………


「でも、面接の時には人を救う内容だとか言っていたんですが………。感情を無理やり消すことって人を助けることになりますかね?逆にまずいんじゃ………………」


 いかなる感情であっても、それは人が人であるための大事な一部であることには変わりはない。だとすればそれを無理やり消し去るのは果たしていいことなのだろうか。


「たしかに、その通りだ…………。だけどな、人間てのはそううまくできてねぇってよ!自分じゃもうどうにもならねぇもんを抱えこんじまうときもあんのさ!相談できるやつがいればいいが、皆がそうとは限らねぇ!」


 藤堂さんは俺の方をまっすぐ見て、


「そんな爆発寸前の最後の最後で、俺たちの出番ってわけだ!!」


 口の端を吊り上げ、そう言った。勅使河原とかいう男が言っていたことは、嘘というわけではなかったらしい。

 そこで、俺はもっと根本的な疑問を思い出した。


「あ、ていうかそもそも夢の中に入るってどうやってるんですか?夢の中でこうも自我を保っていられるなんて、普通じゃないですよね。」


 アニメやらゲームやらに親しみがあったせいか、そもそもこの状況の異常性に対する疑問が薄れていた。俺の質問に藤堂さんは少し困ったように目をそらし、


「はっ!それはあれだ!なんか電波をとばしたり…………電磁波がなんか………とにかく、デジタルな感じの技術でちょいちょいっとやってるんだ!!」


 日本語で頼んます。

 バイト先からの説明がそもそもないのか、あるいは単純にこの人が理解していないだけなのか、いずれにしろ、この疑問はここでは解消できないようだ。


「自分がどうやってここにいるかも知らないで、よく不安になりませんね?」


「未知を恐れぬ屈強な精神の持ち主だからな!俺は!!はっはっはっはっはっ!!」


 嫌みのつもりだったのだが、どうやらこの人は前向きな人らしい…………あるいは人の話を聞かない人か……どちらかだ。


「まあ、依頼主、つまりこの夢を見ているやつのことも知らんからな!感情の種類とレベルだけしか知らん!!俺がやることは現れやがったエンプサをぶっ倒すことだけよ!!!」


まあ、バイトをこなすだけならそれだけの情報でもの足りるってことなのかな。そういって、俺がとりあえずの納得をしようとすると、


「ああ、ただ、エンプサは夢の中に無数にいる!例えば……あれだ!あそこにも何体かいるだろう!」


そういって藤堂さんは俺の斜め後ろの方を思い切り指差した。そこにはうねうねしたやつらが屋根の上に張り付いていた。


「俺たちが倒すべきエンプサは一つの夢につき一体だ!他のエンプサは倒しちゃいかん!それこそお前が言ったように、大事な感情を壊すことになるからな!!」


「それはどうやって区別するんですか?」


「見れば分かる!としか言えん!見た目は一緒だが、明らかに他のやつとは違う!!」


なんて雑な説明なんだ、とは思うが、その通りなのだろう。昨日俺も実際に見たが、あれは他のとは違った。どこが違うか説明するのは難しいが、見たら分かる、というのはその通りだ。


「ちなみに今日のエンプサの感情の種類とレベルは何ですか?」


 俺は続けて質問する。


「今日のやつは、憎悪だな!レベルはEだ!楽勝だな!」


「レベルってAが最高なんですか?」


「何言ってんだ?Aなんて雑魚エンプサは見たこともねぇぞ!最高Zだ!」


 AからZまであるってことか!?細かっ!そんなに細かく分ける必要ってあるかよ。そういうことならEというのは確かに弱い方だろう。といっても、俺はエンプサの戦闘力がいかほどのものかさっぱり分からないからピンとこないのだけれど。


「化野ぉ!昨日お前は戦ってみたのか!?」


 突然名前を呼ばれ、ひっくり返りそうになるが、なんとか踏みとどまり、


「いえ………昨日は七星さんが一撃で倒しちゃったんで………」


 俺はなにがなんだかさっぱり分からない状況でただ、あたふたしてただけだからな。戦うどころではなかった。本当勘弁してほしかったよ。説明の1つも無かったからね。エンプサが真っ二つにされたのを見て吐きそうになっただけだ。


「そうか!なら、今日はまず俺が相手の気を引いて、ちょいちょい攻撃してやるから、とどめはお前がさせ!!」


 昨日のグロテスクな光景を思い出し、ラーメンを戻しそうになった俺に、藤堂さんが言う。


「とどめって、俺武器とか多分出せないと思うんですけど…………銃も刀も触ったこと無いですし…………とにかく」


喧嘩すらろくにしたことのない人間の俺にとってはなかなか厳しい話だ。

とはいっても、これがバイトの内容であるからにはいつかは俺もやらなきゃいけないわけだけれど。


「大丈夫だ!木刀とか……あとは家にある包丁なんかでも大丈夫だ!今日のやつは弱えからな!とりあえず、何か出してみろよ!頭の中で想像するだけで出てくるからな!」


 そんなこと言ってもなぁ…………武器になりそうなものか…………

 俺は目をつむって、考える。

 とくに思い付くものが無かったので、俺は藤堂さんの挙げたものにすることにした。頭の中で包丁の形、色、重さ、切れ味、感触………………まるで自分の手の中にあるかのように………………



 と、包丁が俺の手に握られていた。


 いつ具現化したのかもわからないくらい自然に。ひとまず成功したらしい。


「お!うまくいったようだな!それじゃあちょうど奴さんも来たようだし、いっちょ片付けるか!」


 そう言って藤堂さんは太刀を構える。藤堂さんの視線の先を辿ると、真っ赤に燃える火の塊がこちらへゆっくり向かってきていた。大きさは昨日の影よりも一回り小さい。エンプサは感情の種類によって見た目も違うようだ。

 なんとなくこっちのほうが強そうな気がするんだけど………………


「とりあえず、俺が何回か攻撃するから、合図を出したらその包丁で真ん中あたりをぶっさせ!それで倒せるからよ!!」


 言いながら藤堂さんは火の玉に向かって走り出す。

 エンプサまでまだ数百メートルほどあった距離を、一瞬でつめる。

 七星の跳躍力といい、この世界では身体能力まで向上するのか?だとすれば戦いはかなりこちらが有利になりそうだ。

 藤堂さんは太刀を振り下ろし、エンプサに斬りかかる。エンプサは右半身に一太刀浴びせられると、悶えるように体をくねらせながら液体を噴射する。

 昨日と同じでその光景ははっきり言ってトラウマもんだ…………………


「化野ぉ!今だ!おもっきりいけぇぇ!!」


 藤堂さんの叫びに、俺はびくつきながらもエンプサへと一歩一歩近づいていく。


「安心しろ!別にそこまで熱かねぇ!ぬるま湯程度だぁ!飛び込めぇ!」


 怯える俺を見て、藤堂さんが再び叫ぶ。どうせこの世界は夢なのだ。そもそも痛みだってあるか分からないし、最悪ちょっと火傷したくらいなら問題ないだろう。

 俺は意を決して前に飛び出し、勢いのまま、包丁を火の塊へと突き刺した。包丁から肉を裂くような感触が手に伝わる。

 なんだこれ、すげぇ嫌な感じだだだだだだだだだだだだだだだ!!!!!!


「どうした化野ぉ!大丈夫かぁ!!」


 超痛ぇし、超熱いじゃねぇか!!!


「めちゃめちゃ熱いじゃないですか!!普通にこれ、ほら、手赤くなっちゃってますよ!!」


 俺は包丁を突き刺した手を勢いよく放し、赤く腫れ上がった手を見ながら叫んだ。


「大袈裟なやつだ!まったく!はっはっはっはっはっ!!」


 この人は脳の筋肉量が多過ぎて、感覚が狂ってるんじゃないか?これをぬるま湯とかいうなんてどうかしてる。

 俺は今だ痛みの引かない手から無理やり意識を引き剥がし、包丁が刺さったままのエンプサに目を向けた。火の塊はだいぶ小さくなり、今にも消えてしまいそうな感じだ。無事倒せた…………みたいだ。


「よくやったな!ま!だいたいこんな感じでいつもやってる!たまにレベルHくらいの若干強いやつが出てきたりするが、大したことはない!お前一人でもなんとかなるだろうよ!」


 今回の仕事はこれで完了したらしい。こいつでレベルEということは確かにレベルがHになったくらいでは大して強くないのだろう。昨日のやつもだいたい同じか、弱いくらいか。

 エンプサは残りかすのような状態になり、昨日同様、世界が遠くの方から歪みだす。

 今日は昨日と違って、色々聞けたし、明日は落ち着いて学校に行けそうだ。悠希に数学でも教えてやるかぁ……

 俺がそんな風に明日のことを考えていると、


「それじゃあ化野!明日はまた別のやつがいる!このバイトは正式に採用されれば週一が基本だからな!頑張れよ!」


「はい、今日はありがとうございました。藤堂さん」


 藤堂さんがおうと笑いながら返してくれたところで視界が黒く染まった。


 なんだよ、このバイト。

 たったこれだけのことで………………ちょっと待てよ……

 たしかこれって時給1万円とか言っていたが……無理があるだろ。夢の中にいるエンプサを倒した時点で終わるのならば、時給いくらじゃなくてエンプサ一体につきいくらとか、一晩いくらとかにすべきだろ!どうなってやがんだ………

 俺は今日も疑問を抱えて1日を過ごさねば行けないようだ。

 明日担当の人がまともな人だといいけど…… 結局、あの勅使河原とかいうやつに話をきくのが一番なような気がするが。あいつにはどうすれば会えるのだろうか……

 少なくとも、今のところ、まだこのバイトをやるかどうか決定することはできなそうだ。


 そうして俺は、疑問に頭をかき乱される億劫な2日目の朝を迎えるため、重いまぶたを持ち上げる。


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