第4話 『お預け』
「化野ぉーー、数学教えてくれよぉーーーー」
今日は4限で授業が終わり、あとは帰宅するだけだ。
今日の夜もバイトの研修があるのだろうか…………
「なぁ化野ぉ、数学教えてくれってーー。もう本格的に何を言ってんのかわからんなくなってきたよぉ。」
しかし、あの七星愛という少女…………わけのわからないことが続きすぎて、しっかりとは見えなかったが…………………………………可愛かったような……
「おいおい化野ぉ、きいてんのぉーー?」
肩にかかるくらいの黒髪で、けだるそうな目をしていた。
また、今日もあの子に会えるのだろうか……………
「てい」
「いででででででででででででで!!!!!!」
くそっ!おもっきり耳を引っ張てきやがった。
「痛えなこのやろぅ!千切れるかと思ったわ!」
「いやぁ~~ガン無視だったからさぁ、さすがの僕も傷ついちゃうよぉ~」
俺の不平に呑気な声でそう答えたのは、男のくせに美少女かと見間違えるような さらさらの髪、真っ白な肌、そして大きな目を持った、俺の数少ない友人の一人だ。
「それで、数学がなんだって?俺も別に得意じゃないぜ?教えをこうなら別のやつに頼みな」
思考を遮られややイライラした口調で俺は美少女のような美少年、丹羽悠希に言い放った。ガチで引っ張りやがったなコイツ………マジで痛ぇ………
「少なくとも、僕より数学ができない、ってことはないでしよぅ?今のところ定期テスト数学学年最下位の座は誰にも譲ってないからねぇ」
「なんでちょっと誇らしげなんだよ………。まあ俺のわかる範囲でいいんなら教えてやってもいいけど…………また今度な今日はちょっと忙しいから」
「えええーーー!化野が暇じゃないなんてぇ、驚きだよぉ」
こいつ………俺のことを暇人見たいに言いやがって……その通りだけども………
今日だって実際別に忙しくも、何かやることがあるわけでもないし………
ただ気になることが多過ぎて勉強を教えてやることはおろか、人とと会話する余裕すらもない状態なのだ。心の準備をしておかないと、あの夢の中での超展開についていける気がしない。
そもそも未だにバイトの内容が説明されていない。昨日は七星が変な影みたいのを一刀両断したところを見ただけだ。そういえば今日それについて教えてもらえ的なことをいっていたが……………今のうちから質問をまとめておいた方が無難だろう。
「なになに?ゆーちゃん勉強できないの?アタシが教えてあげよっか?」
と、横から快活な声が飛び込んできた。
「何を言ってるのさ一条ぉ、一条は僕の次くらいに頭が悪いだろぅ?あ!でも、自分が頭悪いってこともわからないくらい頭悪いんだったら、僕よりも頭が悪いかもぉ」
「頭悪い頭悪いって連呼しないでよ!アタシは勉強ができないんじゃなくて、しないの!やればいくらでもできるのよ!」
「じゃあやれよ……」
そんな頭の悪い会話に突っ込みを入れながら俺は帰る準備を進める。
「どしたのカズ?そんなに急いで、夜更かしでもしてねむいの?」
俺に用事がないことを一瞬で決めつけたこの女は一条葉月。なんやかんやで幼稚園からの付き合いで、いわゆる幼なじみというやつだ。中学の時はあまり話す機会は無かったが、高校では同じクラスになったことでまたつるみ始めた。
「夜更かしでもなんでもいいけど、とにかく俺は帰る。早く帰って、早く飯食って、早く寝る」
俺は教室の入り口兼出口へと向かうため立ち上がった。後ろから寝不足で機嫌悪いのかなとか、暇なのになんでいつもは寝るのが遅いんだろうねとか聞こえてくるがスルーの方向で。
だいたい、俺はこいつらと違ってやることがたくさんあって忙しいっての。ゲームやったり、漫画読んだり、アニメ見たり、ゲームやったり………………
普段はあれだが、とにかく今はあまり心に余裕がない。疑問で頭がいっぱいなのだ。まずはバイトの内容をもっと細かく知ることが第一だな。今日は分かりやすく説明してくれればいいのだが…………
「はあ、やばいなあ。今回も赤点の予感~」
どちらが言ったのかわからないそんな声を背中に浴びながら、俺は足早に教室をあとにした。
今日は母親の帰りが遅くて、夕飯を自分で何とかしなきゃいけないということを完全に忘れていた。外で食べようかと思ったのだが、あいにくまだ夕飯というには早すぎる時間だ。俺は適当に本屋の中をぶらつき時間を潰すことにした。
とはいっても、この前来たばかりだしな。そうでなくても何度も来たことのある本屋、どこになにがあるかはもうほぼ完璧に頭に入っているほどだ。しかし、それでも本屋をうろつくのは飽きない…………………
俺は1時間ほど本屋をさ迷い続け、かなり早めの夕飯をとることにした。腹はそれほど空いていないが、まあ食べようと思えば食べられるだろう。
どこで食べるか、は決めてなかったが……消去法で選択肢は限られてくる………
まずファミレスはダメだ。一人でいくにはキツすぎる。だってファミリーのためのレストランだもん。
近くにはショッピングセンターがあり、そのなかにはフードコートも併設されているのだが、この時間だと学生で混んでいる可能性が高い………うっかりクラスのやつに遭遇でもしたら大惨事だ。
となると…………………
俺は本屋の向かい側に位置する店に、今日の夕飯を求めることにした。
店の前まで漂っていた匂いは、扉を開けた途端によりいっそう俺の鼻腔を刺激した。男が一人、堂々と飯を食えるところなど、今の俺にはラーメン屋以外には思いつかなった。なんといってもここのラーメン屋は本当にうまい。無愛想な店長が一人で切り盛りしているが、スープから麺、チャーシューにメンマに至るまでとことんこだわり抜いた一品を提供している。考えただけで急激に空腹が襲って来やがったぜ。
俺は早速メニューを注文し、客がまばらな店内で水を口に流した。夕飯時より少し早いおかげで並ばずにすんなり入ることができたのはなんだか得した気分だ。
「味噌、大盛!」
注文したラーメンがきた。この注文を受けてから提供するまでのスピードは全国屈指なのではないだろうか。 俺は安定の速さにいつもどおり驚きながら、ラーメンを受け取る。箸をとり、いざ、食らいつこうとしたところで、隣に人が座ってきた。
俺は気にせずラーメンを……
「君が化野和哉くんで、あってるよね?」
すする寸前で声がかけられた。化野………そんな苗字他じゃめったにきかないし……それに名前も俺と同じ。俺とは別の誰か、っていう可能性はなさそうだな………
「そうです……けど?どこかで会ったことありましたっけ?」
まだ肌寒い4月、そんな時期に似合わない半袖短パンのラフな格好で、頭には帽子をかぶった20歳くらいの男だ。
記憶を遡ってもこの人の顔に見覚えはない。記憶力にはそこそこ自信があるのでこの人と会うのはこれが初めてだろう。
俺が訝し気な顔をすると、
「ああ、ごめんごめん。君とはまだ会ったことはないよ。まだ今日は火曜日だからね。俺は中野っていうものだ。夢バイトの……研修生だよね?君」
いくつか気になるワードが飛び出したが、夢バイト………ていったか?それって昨日のやつのことだろうか……
「あ、はい一応…。昨日からなんですけど、なにがなんだかよくわからなくて……。中野…さんも……その夢バイトってやつを?」
「うんうん、そうだよ。僕もやってるよ。俺は君のバイトの先輩になるかもしれない、てことだね。」
俺の質問に中野さんはニコニコしながら答える。中野さんはこの近くに住んでいて、新しく入ろうとしている俺のことをきいていたらしく、今日たまたまこの店に入ったら俺がいて声をかけたそうだ。
なんか、普通そうな人だし……この人に聞けば色々分かるかもしれない。
「あの、このバイトって…具体的に何をするバイトなんですか?夢の中に入って何かするってことは分かったんですけど………その後がよくわからなくって………」
ラーメンが伸びてしまうかもしれないという危機もかえりみず、1日溜め込んだ質問を中野さんに尋ねてみた。
「んーーー?それって昨日七星ちゃんにきかなかったの?会ったよね?黒髪ロングの可愛い子」
俺の質問に中野さんは質問で返してきた。
「あ、いえ……会いはしたんですけど、なんか……特に説明はしてくれなくて、今日、教えてくれる?みたいなことを言っていたので……………」
俺は不平混じりにそう答えた。
俺の答えをきくと、中野さんは突然帽子を抑え笑い出した。
「くくくくく、そうか、彼女らしいね。説明を全部丸投げしたわけね、なるほど。いやーすまないね、もちろん彼女も夢バイトをしている、君の将来のバイト仲間になるかもしれない一人だよ。」
中野さんは愉快そうに俺の不満を受け流す。七星はやっぱりバイトの人であってたのか………
だとしたら俺になにか説明しろとか言われてたんじゃなかったのか?まあとりあえず中野さんにここできければそれでいいか……………
「すまないついでに、俺も七星ちゃんの意向に沿うことにしようかな。君へのガイダンスは今日の人に頼むことにするよ。」
…………………………な?
なんだって?今日の人?
「いや、実際その方が最適解だと思ってね。俺だと余計なことまで色々しゃべっちゃうからね。まあ後数時間の辛抱だよ。」
なんだろう…………このたらい回しにされてる感じ。
俺の不信感を察知したのか、中野さんは、
「いやいや、今日の人は大丈夫だから。たぶん一番。だから安心していいよ。今日中に必ずわかるから。」
「は、はあ…………… てことは今日は七星……さんじゃないってことぇすか?」
「うん、今日は彼女じゃない。また別の人だ」
「そうですか」
俺が疑問に対する答えのお預けくらった上、今日は美少女に会えないという事実を聞かされ肩を落としていると、中野さんが笑いながら声をかけてきた。
「まあまあ、これからバイトで一緒になることもあるかもだし、仲良くしようや。あ、ちなみに僕は木よう……………び…………」
中野さんの言葉は目の前に立っているこの店の店長の威圧によって遮られた。
「ご注文は?」
「この、スペシャル味噌ラーメンで……」
店長の視線が俺の伸びたラーメンに向けられたので、俺は急いで麺をすすりはじめた。