第2話 『面接in夢』
家に帰ると相変わらず誰もいない玄関が俺を迎えてくれた。
俺は母親との二人暮らしで、父親は俺がもの心つく前に蒸発してしまったらしい。父親との記憶はほとんどないが、特に寂しいとかそういうのはない。今の生活にそれほど不満もないし、そう考えると母親には感謝の一言だ。
特に部活をしているというわけでもないので、今はまだ四時前といったところ。
「マジに暇だな……やることもないし………はぁ」
暇すぎるというのもなかなか酷なものだ。だらだらしながら録画したアニメでも見て時間を潰すのもいいが、昨日夜更かしていたせいか少し眠い気がする……
そんなわけで俺はしばしの休息をとることにした。母親が帰ってくるまでにはまだかなりの時間があるし、昨日の分の睡眠不足を解消するのには十分だろう。
俺は自室に戻り、ベッドに入るとすぐに意識が遠のいていくのを感じる。今日1日よく耐えきったと自分を誉めてやりたい。
それにしても、あの貼り紙はいたづらか何かだったのだろうか…………まぁ……どうでも…いい………か
「まず、お名前と生年月日、それに現在の職業を教えて下さい。」
声が聞こえた……気がした……いや、聞こえた……低い男の声が……
意識が段々はっきりしてくると一面真っ白な場所にいることがわかった。そこにはなにもなかった、どこまでいっても白い。地面も何もかも。目の前にいる1人の男と、その男が座っている椅子と机を除いて。
「えと…………」
男は座っていて、よく分からないが、おそらくそこそこの高身長だろう。フレームの細い眼鏡をかけ、ぴっちりした黒のスーツを着て、できる営業マンといった風貌だ。
俺が状況を把握できずにいると、
「どうしました?自分のお名前、忘れてしまったわけではないですよね?お教え頂いてもよろしいですか?」
なんだ……これ?
「あ、化野和哉……です。」
俺はよくわからなかったが取り敢えず名乗った。
「それでは生年月日と現在の職業をお願いします。」
男がそう言うのに続けて俺は困惑から特に考えることもなく自分のプロフィールを答えた。
いや、どこだ?ここ。ちょっと待てよ……俺は確か昼寝をしていたはずだ。じゃあなんだ……?これは夢か?にしては鮮明すぎる気がする。
俺がそんな風になんとか頭を回転させ状況把握に努めていると、
「それでは、次にこの仕事に応募した動機をお聞かせください。」
男が言った言葉の意味がわからない。
仕事?応募?なんのこと………………もしかして、昼間のあの貼り紙のことじゃないだろうな?
そんな俺の動揺した態度を見て男が訝しそうに尋ねてくる。
「私の勘違いでなければ、本日、あなたの方からご連絡を頂いたと思うのですが………」
やっぱり……あの貼り紙の……いやでも
「ええと、ここってどこなんですか?俺、さっきまで家で寝てたはずなんですけど………」
俺の問いに男は少し沈黙して、
「ああ、これは失礼しました。まずはここのシステムをお話するべきでしたね。」
「システム?」
「ええ、我々はあなたの夢の中へ入り、バイト採用の選考をさせていただこうと思っていまして。一応、秘密裏に行っている活動ですので電話でお応えすることはできなくて、電話をいただいた方の夢の中に直接お邪魔させてもらっているのです。」
夢の中?いまいち要領を得ない説明なんだが……
俺が未だ当惑した様子であるのを見ると、男はさらに続けた。
「我々の仕事はこうして人の夢の中へと入り、記憶の奥底に眠る悩みを解決することによって人々を救うといったものなんですよ。」
男はさらに続けた。
「より細かく説明しましょう。人間は、自分にも認識できない感情を抱えているものなんですよ。その感情は、時に私たちの日常生活に支障を及ぼすことになることもあるのです。そこで、我々は人の深層心理の表れる夢の中へと入り、その悩ましい感情に干渉をはかることによって人々を幸せな生活へと導くのです!」
男は幾分熱のこもった口調で説明した。そもそもどうやって夢の中に入るんだとか色々突っ込みどころは満載だが、取り敢えずなんとなくは理解できてきた。
「つ、つまり、その夢の中に入って色々するバイト、てことですか?これ」
「その通りです!悩みは人それぞれですが……それほど難しいものではありませんよ。」
そ、そうか?きいたところだと、なんか夢の中に入って人生相談でもするんじゃないのか?人生相談とか俺が受けたいぐらいだぞ
「取り敢えず、試しに研修をお受けになってはいかがでしょうか?研修期間は一週間程度……もしそれでお気に召さないようでしたら、縁がなかったということで……どうでしょう?」
どうでしょう、ていわれても……はっきりいって説明不十分だし、ちょっと、というかかなり怖いんだけども。
そこで俺は思い出す。
「あの、時給って……本当に…」
「貼り紙をご覧になったのであればその通りでございます。時給10000円、仕事内容によってはそれ以上にもなりますよ。」
ほ、ほぉう…
「それじゃ……、試しに……」
微妙に覚悟の決まった俺の言葉を遮るように、
「そうですか!それはよかった!それでは本日から一週間!研修を受けていただきます。研修期間中の時給は通常の80%ですので、よろしくお願いいたします。」
てことは8000円、それでもめちゃくちゃな時給だ。というか本日から?
「今日……ですか?何時くらいから?」
俺の問いに男は、ニヤリと微笑み、
「我々があなたの夢に干渉させてもらいますので、お休みになってさえ頂ければ特に時間などを覚えていただく必要はありません。それでは最後にこちらにサインのほうを」
俺は言われた通りに、男が差しで来た紙に名前を書いた。
「それでは化野様。よろしくお願いいたします。
私は採用担当の勅使河原ともうします。以後、お見知りおきを。」
男がそう言うと突然意識が曖昧になってきた。まあ、少し不安と恐怖もあるが、それ以上に好奇心がある。夢の中に入るとかすごすぎだろ!退屈な日常とはおさらばできるかも知れねぇ。いや、でも、さすがにもう少し慎重になるべきだったか。いくらなんでも流れに身を任せすぎと言うか、危機感薄すぎというか……
そんなことを考えながら真っ白な世界が崩れていくのをただ見守り続け、
「というか…………一番最初に名乗れよな……」
小さな声でそう呟いた瞬間、視界が閉ざされ、俺は意識をなくした。
「起きろー和哉ーー」
目が覚めると母親の声が聞こえた。母親が帰ってきたってことはかなりの時間寝ていたようだ。体感的にはものの数分ってところだが。俺がまだ眠りから完全に覚醒できないでいると、
「ご飯もうできてるから、起きろー」
「ん、分かったよ」
俺は状態を起こし、自室を出て、リビングへと向い、すでに準備の整っている食卓の席につく。
「あれだ、和哉。明日私帰りかなり遅くなっから夕飯なんとかしてくれ」
母親が報告しながら席につく。
「仕事?」
俺がそう尋ねると、
「まぁ仕事みたいなものかな。職場のやつが定年退職っつーことで送別会みたいのがあってさ。それで遅くなんのよ。」
そうか……じゃあ、適当に外食でもして済ますか…… 母親の帰りが遅くなるのはいつものことだ。俺が明日、何を食おうかと思案していると、
「あんた……なんかあった?」
母親が突然尋ねてくる。
「なんか、ってなんだよ。別に…いつも通りの平常運転だよ。」
「ふぅん……」
母親はなおも納得できない様子でいるが、深く言及してくることはなかった。しかし、何で突然そんなことをきいてくるんだ?俺の日常は相変わらず退屈な、面白味もなにもないままだ。
そう、変わらないままだ。
少なくとも今のところは。
目が覚めると記憶が無くなっているとか、そんなことはなかった。がっつり覚えている。夢の中で面接を受け、今日の夜、夢の中でバイトの研修を受けることも。正直、楽しみすぎてもうなにも考えず眠りにつきたい。だけどここまで興奮していると逆に眠れなそうだな。
「ごちそうさま」
俺は手早く食事を終え、すぐさま風呂に入ることにした。いつもはだらだらして中々風呂にも入らず、いつまでもゲームをして夜更かしする俺の行動を見て母親はさらに奇異の目を向けてきたが、今は気になしない。とにかく早く寝ることが最優先事項だ。
俺はおそらくここ数年で最速であろうタイムでベッドに身を横たえた。が、昼寝をがっつりしているわけで、当然寝れるわけもなく、焦れったい思いを感じながら横になっていた。
ヤバイヤバイ!このまま寝れなかったらどうなるんだ?バイト初日から欠席とか印象悪すぎだろ!
しかし寝ようと必死になればなるほどむしろ目はさえてくる。俺は少々焦りながらもこうして横になって目を閉じていれば、いづれは眠りにつけるだろう、とはやる気持ちを抑え、気長に待つことにした。
研修ってことは誰か指導してくれるってことだろうか?夢の中で人の悩みをどうにかするとか言ってたけど、具体的にはどうするんだ?というか根本的にどうやって夢の中に入ってるんだよ……
色々気になることが頭を過り、自分なりに予想したりなんかしているうちに、自然と意識はぼやけていった。
寝る瞬間なんてのは普通自覚がないもんだ。いつも気がつくと朝になり、また平凡な日常の始まりだ。
だけど今回は違う。平凡をぶち壊してくれる何かが待っている。
期待してるぜ、夢の中。
そうして俺は本日二度目の眠りについた。