第1話 『日常の解体』
「金が欲しい」
別段なにか大業を成し遂げるためだとかそういったまじめな理由があるわけでもなく、単に最新のゲームや漫画が欲しいとかそんな理由だけれど、とにかく金が欲しい。
「高校生が2000円でやっていけるかっての……」
親からの低額な小遣いに文句をはきながら、いつものように学校からの帰路を歩いていた。そして例の如く、家と学校のちょうど中間地点にある二股に分かれた道にたどり着いた。
いつもは右の道を通ることにしている。多分、その方が近い。が、たしかここは左に曲がっても家に帰ることは可能なはず……
多少遠回りになっても、見たことのない道を一人で歩くのは昔から好きだった。平凡で退屈なこの日常を壊してくれる何かに出会えるような気がして……
閑静な住宅街をしばらく歩くと西洋風の立派な家が見えてきた。こんなところにこんな屋敷があるとは知らなかった。レンガ造りの家で、所々植物が壁を這っている。随分と古い建物のようだけど、雰囲気が出ていてお洒落な造りになっている。見たところまだ誰か住んでいるようだけど、こういった家にはどんな人が住んでいるんだろうか。
「ん……?なんだ……求人募集?」
俺はその屋敷の門の前に貼ってある貼り紙に気がついた。どうやらバイト募集の貼り紙のようだ。気になってその貼り紙をのぞき込んでみる。
「……なんだこれ?なんの仕事をするバイトなんだ?よく分からんなあ……」
その紙には人々を救う仕事をするだとか、正義感が強く、勇気のある方を募集するだとかかなり胡散臭いことが連ねられていた。
怪しすぎるだろ……これ……、宗教的な何かだろうか…………いや、ちょっと待て?
俺は貼り紙の下の方に目を向け、
「じ、時給10000円!?嘘だろ!?ありえねぇ!」
普通バイトといったら時給1000円か、良くて2000円とかその程度だろう。これじゃあその辺のサラリーマンよりも高収入じゃねぇか……
「いやいや、でも……」
たしかに金は欲しい……しかし、これはいくらなんでも怪しすぎる!変な勧誘だとかトラブルに巻き込まれて、逆に金を持っていかれるかもしれない。
ふと求人元のものと思われる電話番号が目に入った。
別に期待している訳ではないが、こういった怪しいところに電話をかけたらどんなやつが出て、どんな文句で誘い込んでくるのか、俺の中の危険な好奇心がうごめきはじめた。意を決し、俺はためしに電話をかけてみることにした、のだが…
「んだよ……応答なしか……つまんね」
相手からの応答を得ることはできず呼び出し音だけが規則的に鳴り続けた。まあ、もとから本気にしていたわけではないし、それほど失望感もないのだけれど……
「帰るか……」
そういって俺はいつもより少々時間のかかる帰り道の歩みを進めた。