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第三章 第一話:後悔と不安

「補佐人が候補者を連れてくるそうだね」

 老婆が言う。それを聞いているのは四十台と思われる女性だった。

「ええ、ロトフが三人連れてくるという事です」

 守護霊の村から、密に文が出されたのはロトフたちが出立してすぐの事だった。近くの集落でユウヒウマドリの乗り手に渡されたそれは、すでに守り人の集落へと届けられていたのだ。この集落にそれほど重要な文が届いたのは20年以上前の事であり、女性はその時この集落にはいなかった。

「思い出すね。20年前の事を」

「23年です」

「もうすぐ、あなたの使命も終わる。私のように。大丈夫、私がついている。私なら、あなたの事を理解できる。全てが終われば、泣けばいい」

 先代の守り人は、そう言った。無言で頷いた女性は守り人だった。


 ***


「卵が割れないようにしなきゃ」

 リンは布でユウヒウマドリの卵を包み込むとほどけないようにしっかりと結んだ。そしてそれをもう一つの布で抱えるように体に巻き付ける。手を放していても抱いているような格好になった。手伝っていたテレンもきちんと巻き付けられたのがうれしいのか笑っている。

「見て、リンがお母さんになったみたい」

 お腹に卵を抱えながらリンが言った。ユーリですら苦笑いしている。テレンとゼノはそれを微笑ましく見ていた。もう一つの卵はゼノの背嚢の中に納まっていた。

「さあ、守り人の集落まで行くとしよう」

 ユウヒウマドリの卵を取るために一日遅れていた。だが、別に期日があるわけではないとロトフは言ったのだ。

「じゃあ、今まで急いでいたのは何だったの?」

 卵を温める動作をしながらリンが聞く。

「それはゼノが待っていたからだよ。ゼノというか、酒が」

「おい」

 たしかにゼノの大量の荷物の中には酒も含まれている。しかし道中でこれを飲むつもりはなかった。森の中の危険は全員が分かっている。

「あきれた。本当にゼノが村に来てから酒に溺れるようになったわね」

 テレンがロトフの頭を小突いて言った。たしかにロトフの酒の量が増えているのは明らかだった。しかし、移動の最中に飲むような事はない。

「ようやく、旅の形が整ったんだ。村での掟に縛られない旅ができる」

 掟は絶対だった。どうしても掟を守らないものは家長みずから罰したそうだ。それでも反発して村を出ようとした者には守護霊の捌きが下ったこともあるという。

「何故、この旅が始まると掟に縛られなくなるの?」

「リン、それは君たちが考える事だ。答えが見つかったら教えてくれ」

 この話になるとロトフは悲しそうな表情をする。それを隠していると思っているのは本人だけだろう。

「ロトフ、守り人の集落まではどのくらいかかるの? 寄り道はしないのね?」

 ユーリがやや詰め寄るように言った。彼女は少し焦っているのかもしれない。何に焦っているかは本人にも分からないのだろう。これに対してロトフは返答をはぐらかしていた。

 五人は北へと向かった。ゼノが用意した旅の準備はほぼ完璧に近く、道中で困ることはほとんどなかった。食料も途中で狩りをする必要すらなかった。季節は夏にさしかかろうとしているところである。寒さに凍える事もない。毛皮にくるまって寝る間、ゼノは率先して見張りを行った。彼女らを救う方法を考えるのが日課になったが、情報の少ない今考えても良い案が浮かぶはずがなかった。まずは色々な事を知らねばならない。そして、守護霊が「神の加護」が欲しければ、生贄以外でそれを満たすものを探すのだ。自信はなかった。不安しかなかったが、それでもやらなければならないと思っていた。例え、リンが選ばれてしまったとしても、最後まであきらめるつもりなどない。

「よく体力が持つわね」

 見張りの交代の際にゼノの強靭な体力を見て、テレンが言った。守護霊の村の人々は長い間旅をする事はほとんどない。村の周囲で狩りをすることはあっても、ゼノが遠征を行ったさらに南の国までの道中に比べればさほどの距離でもない。その戦いは半年にも及んだ。

「今まではそういう生き方だったんだ」

 多くを語ったとしても理解できないだろう。だが、それでいい。今まで生きていた将軍ゼノ=アキュラはもう死んでいるのだ。リンが卵を抱えながら寝がえりをうった。

「あと、どのくらいかしら」

「このまま進めば三日後だ。行ったことはないが、場所は教えてもらった」

「本当にあきれるわね。まるでロトフが案内人であなたが本当の補佐人みたい」

 辛い旅を覚悟してきた彼女らにとって、何もかも準備されているかのような今の旅は拍子抜けなのであろう。そこまでゼノがしてやる事もなかったはずであるが、理由は別にある。

「何かしてないと、不安なんだ」

「不安?」

「やれたはずの事をやらなかったら、後悔するんじゃないかって」

 かつて仕えていた帝の心が壊れていたのは知っていた。知っていて、見えていないふりをした。それが生きるためには必要だったからだ。しかし、本当にそうだったのだろうか。現にゼノはここにいる。親族のほとんどは処断されてしまっていた。父が残した物は名だけになっている。

「神様がさ、守護霊を許すにはどうすればいいのかとか」

 自然と語っていた。今まで見張りの最中にぼんやりと思っていたことだったが口にしたことはなかった。

「守護霊が神様の加護を得るために、他に方法はないのかとか。考えることがいっぱいでさ」

「ゼノ……」

「リンもテレンもユーリも救うことができて、それで皆納得する方法があるんだったら、探したいんだ。それにリンの覚悟を邪魔したくない」

  本音だったのだろう。ゼノは言ってからそれが両立しない事に気づいた。しかし、言葉はすでに彼の口を離れてしまっている。

「意外と、子供みたいな事を言うのね」

「これでも大将軍の息子だったからな」

「え? あんた将軍の息子だったの?」

 言われてみれば、テレンに過去を語ったことはなかった。

「ロトフから聞いてないのか?」

「何も」

「俺自身も将軍だった。沢山の敵を殺した。そして守ってきたと思っていたものに裏切られ、ここにいる。あの頃は目の前の敵を倒すことだけを考えていれば良かった。ここに来て、それは何も考えないと同じだという事だと教えられた」

「それをあなたに教えたのが、リン?」

「そうだ。本人は全くそんなつもりは無いだろうがな」


 翌日からは雨が降った。ロトフは雨の中歩く事を嫌った。

「この雨では先に進むのも辛い。少し休む事にしよう」

 雨露がしのげる場所を探してきたのはゼノだった。横穴というには浅いものであったが、五人が濡れないだけの空間があった。火を起こして寄り添う。

「そう言えば、あれを持って来てたんだよ」

 リンが取り出したのはクティの実を干したものだった。それを全員に配る。ユーリはそれが何なのかが分からないようだった。

「大切に食べてね」

 ゼノとロトフは干し肉をあぶりながら食べている。三人は干し果実に夢中になっていた。

「雨が降ったから飲み水も確保できそうだな」

 ゼノが鍋を雨の中に置いて来る。雨水が溜まればそれを火にくべて浄化してから冷まし、水筒へと入れるのだ。この降り方であればすぐに溜まるはずだった。他にやる事があるわけではない。横穴を少しでも広げようと、ゼノは土を掘りだした。以前住んでいた「家」と同様に、木の根が張っているために、崩落の危険はないと判断した。

「ゼノといると、旅が楽でいいね」

 リンの屈託のない笑顔を見て、ゼノの胸はチクりと痛んだ。その日は取り留めもない話をして、翌日まで過ごすこととなった。


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