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第二章 第三話:神話の悪霊

 ロトフは少し息を吸うと、守護霊の事に関して語り出した。村では長老と補佐人にしか、伝えられていない神話である。それを俺が聞いてもいいのか分からなかった。しかし、村に帰って吹聴するわけではないと信じてくれたようだった。この旅で話すという事に意義があるのかもしれない。

「昔、世界は神々が治めていた」


 神はそれ以上でもそれ以下でもなく、ただし全てに平等だった。人は神に逆らう事はなく、恭順することもなかった。ただ、神はそこにいた。

 ある時、世界に魔獣が満ちた。神は魔獣に対抗するために、人々に力を貸した。それは霊と呼ばれ、霊は人々を魔獣から守り、戦い抜く力を与えた。その霊の中でも最も強力な霊がいた。「大蜘蛛」と呼ばれた霊は、迫りくる魔獣たちから多くの人々を護ったのだという。そして「大蜘蛛」の力を得た人間は、そのうち神の存在を忘れた。そして、神はそんな人を見限った。霊たちは神の下に還り、人々はまたしても魔獣の脅威にさらされることとなった。

 そこで「大蜘蛛」は思った。これは自分の力を貸した人間が悪いのだと。神の下へと還ることを許されなかった「大蜘蛛」は、それでも神に許しを請うた。すると神はこう言ったのだという。

「お前は人々を、この地を護ると公言したそうではないか」

 それは「大蜘蛛」が取り憑いた人間の言葉であった。しかし「大蜘蛛」にはそれを止める力があったはずだった。「大蜘蛛」はなおも許しを請うた。

「では、その言葉どおりこの地を護り抜いてみろ」

 神はそういうとその土地の加護を完全に解いた。するとその土地は奈落に落ちそうになった。神の加護がなくなった部分がはがれ、無へ向かい落ちるのである。焦った「大蜘蛛」は、その土地に自身の糸を張り巡らせ、大地を天から吊るした。力のほとんどを使い天からその土地を吊るした「大蜘蛛」は、力を欲した。神の加護があった時と同等の力があれば、この土地を護ることができる。そして、いつしか天の、神の下へと還ることができるはずだ。そのためには神の加護が必要だった。しかし、神の加護はない。

「お前らのせいだ」

 狂った「大蜘蛛」であったが、すでに暴れる力はなく、土地を支えるのに精いっぱいだった。「大蜘蛛」は絶望した。そして人を憎んだ。

「私が護るのは土地であって、人ではない」

 ついに「大蜘蛛」は人を見限った。自身が神に見限られたように人を見限ったのである。

 しかし、そんな「大蜘蛛」はある女性と出会う。その女はかつて「大蜘蛛」に取り憑かれていた人間の子孫だった。女は自分の祖先のしたことと、「大蜘蛛」の状態を見て思う。そして自分を犠牲にし「大蜘蛛」の生贄となった。人はいまだに神の加護があった。力を取り戻した「大蜘蛛」は女との約束を果たし、再び人々を護る事を決意した。しかし、人の与えられた神の加護は人の一生分しかなかった。加護が切れた「大蜘蛛」はまたしても苦しみだした。そして女の子孫は、世代ごとに生贄を出すこととした。この、「大蜘蛛」に護られている土地と人々のために。


「その子孫っていうのが、守護霊の村の皆なのね……」

 テレンがそう言ったが、リンはあまり納得していないようだった。

「守護霊様は蜘蛛の精霊だった………」

 ユーリはユーリで考える事があるようである。

「ここから北へ行くと、びとの集落に着く。さらに北に行けば、守護霊様が天とこの地をつなぐ糸を紡いでいる聖地だ」

「そこが、目的地…………」

「最後はね。でもね、ユーリ。その前に行くところがある」

「どこなの?」

「喋りすぎたようだね。目的地は教えられないけど、まずは守り人に会うよ」

 長老が言っていた、「守護霊の紡ぐ糸」が何だったか、ようやく分かった。そして、その守護霊の力になるには、「神の加護」が必要で、それがなければいずれこの土地は奈落に沈んでしまう。

「もしかして……」

「なんだい? ゼノ」

「護衛壁は……」

「そう、単なるしわだよ。守護霊様がこの土地をこの世にとどめようとした時の」

 だから、ずっと遠くにまで小高い丘が続いていたのか。壁のように見えなかったのは壁じゃなかったからで、それを勝手に南の人たちが名前を付けて呼んだ。実はあれを作り出したのは南の人たちではなく、守護霊だった。そしてその守護霊が悪霊と呼ばれていたのにも立派な理由があった。

「南ではここを「悪霊の住まう土地」と言う。こちらでは「守護霊に護られた土地」と言う。どちらも正しかったんだな」

 見方次第で、違う解釈があるのは何事も同じである。

 その日のロトフの話はそれまでだった。久方ぶりに酒を楽しんだロトフは楽しそうな表情であったが、どこか寂しげだったのを覚えている。話してもいい事は全部話すとロトフは皆に言った。それにはゼノも含まれていると。

「僕は今までの補佐人の中では一番運がいいかもしれない」

 理由は教えてくれなかった。ゼノはロトフの言っている事が正しいかどうかが分からなかった。


「次の目的地に行くまでにこの村でしなきゃならない事があるんだよ」

 翌日、ロトフはそう言いだした。守り人の集落までは徒歩で一週間以上かかる距離にあるという。それまでの準備が必要であり、そのほとんどはゼノが行っていたから食料さえ揃えればいつでも出発できるものだと思われていた。

「何が必要なの? リンたちがやるの?」

「守り人への贈り物だよ。お土産とも言うかな」

 単純に守り人の集落に行けばいいというものではないらしい。この旅は長いと聞いていた。たしかに目的地に到着するだけであれば一か月もすればついてしまうだろう。その間にいろいろとやる事があり、その過程で誰かが選ばれるのだろうか。

「そうだね。ゼノだったら簡単に取ってこれるから頼むのもありだけど」

 ロトフがこちらを見て苦笑いする。選ばれし者が決まるものではないのであれば、ゼノは自分が取ってくればいいと思っていた。ゼノがここにいるのは、彼女たち全員を助けるためであって、彼女たちのうちの誰かが選ばれるのを見届けるためである。その事はロトフも分かっている。

「ユウヒウマドリの卵とか、どうかな?」

 ユウヒウマドリとは夕日のように真っ赤な羽毛をしており、馬のように人を乗せて走ることもできる大きな鳥だった。魔獣ではないかとも言われている。しかし、気性は荒いがあまり人を襲うという事は聞いたことがない。卵から孵化させ、人を親として思い込ませると家畜として使うことができた。ただし、その卵は非常に貴重なものであり、野生の親鳥の警戒を乗り越えて入手しなければならず、家畜化されたユウヒウマドリは何故か卵を産まなかった。真っ赤な羽毛のために天敵から発見される事も多く、いくら足が速くても魔獣の食糧となってしまう事も多い。卵が手に入れば村を上げての祭りとなることも多い。

「それはまた豪勢なお土産ね」

 テレンがあきれ気味に言う。ユーリはあまりにも貴重で入手困難な物をお土産として持っていくのが理解できないような顔をしたが、これも選ばれし者の旅の一環だと思ったのだろう。すぐに表情を改めた。

「リンはユウヒウマドリの卵なんて見たことないよ」

 リンだけではなく、ここにいるほとんどの者が見たことはないだろう。この周囲でユウヒウマドリを飼っているのは本当に限られた集落だけなのである。しかし森の中でも問題なく移動できる機動力は様々な事に使える。

「俺も見た事ないな。ゼノは?」

「ユウヒウマドリ自体を見たことがない」

 守護霊の村にはたまに遠くからの村の使者が乗ってくることがあり、その後ろに乗って戦士が出ていくことがあるそうだ。それほどにその集落にとっては危険が迫っている事態であったのだろう。ゼノはそれを見たことがなかった。そして守護霊の村の面々が戦士と言われてもいまだに納得できないものがある。あの程度の者ならば南の国では部隊長にすらなれないはずだからだ。

「それでも、ユウヒウマドリの卵がいいと思うんだ。ちょうど繁殖の時期で卵が巣にあるはずだよ」

 ロトフがにっこりと笑う。

「ゼノも手伝ってよ。ユウヒウマドリは見ればすぐに分かるから」

 それぞれの候補者が気合を入れる。すでに選ばれし者を選別する試練が始まっていると思っているのだろう。しかし、ゼノは違和感を感じている。自分が取ってきてもいいとは、どういう事だろうか。

「お先に!」

 いきなりリンが村の外に向かって走り出した。

「あっ、待ちなさい!」

 それをテレンが追いかける。ユーリは村で何かの道具を作るつもりだろうか。反対側へと歩き出した。

「ロトフ、本当に俺が取ってきてもいいのか?」

「ああ、いいよ。守り人が喜ぶ物だったらなんでもいいから他にもお土産をよろしく」

 霊木で作った棒に寄りかかりながら、親友は微笑んでいた。これは、心から笑っているとゼノは思った。

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