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第二章 第二話:長老の秘密とリンの疑問

 ユーリが反対した。

 彼女にとってはリンと仲が良いゼノが旅に加わるという事が許せなかったのだろう。その必死さは、ゼノにも伝わってきた。立場を自身に置き換えれば反対しないほうがおかしいと思う。

「ユーリは俺がリンの贔屓をすると考えているようだが、それはしないと誓おう。必ずだ」

 それでもユーリが納得するわけがなかった。しかしゼノも引き下がるわけにはいかなかった。なんのためにここまで来たのか。そして、ゼノは目標が当初のものと変わっていたことに気付く。

「ユーリ、ちょっといいかしら」

 テレンがユーリを連れて行き、なにやら囁く。渋々という形でユーリが頷くのが見えた。

「な、なんて言ったんだ?」

「ゼノ、分からないかい?」

 ロトフには分かるようだ。苦笑いして、ロトフは言う。

「ゼノはリンに選ばれて欲しくないと思ってるとテレンは言ってるんじゃないかな? つまり、ユーリにとってゼノは敵じゃなくてむしろ味方なんだと」

 なるほど、と思った。傍から見れば南人であるゼノは好意を抱いているリンに選ばれし者になって欲しくなくて、それを阻止するために付いて来ていると思われるのは当然だ。だが、ゼノの本心はそこではない。

「仕方ないから認めてあげます」

 ついにユーリが折れた。

「ねえ、ロトフ。リンは思うんだけど、この旅にゼノが付いて来るってのはいいの?」

「リン、旅に出てしまえばそこは補佐人に全て任されるんだ。だから、ゼノは先回りして待ってたんだよ。僕は旅先でも酒が飲みたいし、肉が食いたいんだ。ゼノがいれば旅は快適になる」

 多少、強引な解釈ではある。だが、意外にもそれは長老の提案だった。そして何かしら裏があるという事をゼノは聞いている。そしてそれ以上問い詰めるなとも。


 ***


「ロトフを頼む。あれは儂の息子同然だ」

 勧められた火の近くの場所に座ると長老は言った。

「もちろんです。ですが、私は同行を許されるのでしょうか」

「許すのはロトフだ。旅に出た後であれば補佐人が全てを決める」

 長老は勧められた酒を飲み干すと、ぽつりぽつりと語り始めた。薪を追加する事で小屋の中の温度があがり、お互いの顔も少しだけ見やすくなる。季節がら、あまり温度を上げる必要はないのだが、長老の顔をしっかりと見る必要を感じていた。ゼノは長老が酒を飲み干すたびに杯に注いだ。長老は酒を欲した。本来はゼノに語ってはいけない内容なのだろう。

「お主の立場は儂の若いころに似ている」

 補佐人はどこからともなく赤子の頃に連れてこられて村の長老の家で育てられる。そして、必要な教育というものを施すのだが、それ以外は本人の意志を尊重されるのだ。その意志は長老の権限よりも上のものとなる。働かないロトフに村の者が何も言わないのはそのためだった。その代わり、ロトフは来たるべき日が来れば補佐人として村の、北の大地を護る旅に出る。そして帰ってくるかどうかは分からない。

「あれの父親も…………」

 村の者が生まれを知らないロトフの父親の事を長老は知っていた。そして、それは先代の補佐人であったという。選ばれし者の候補は二人。そのうち一人は数年後に村へ帰り長老の妻となった。選ばれし者と補佐人は帰ってこなかったという。

「儂も旅に同行したかった。どうしても妻が選ばれる事を望めなかった」

 選ばれし者は名誉である。村の者は全てがそう思っているはずだった。だが、長老になるほどの男でも、葛藤はあったのだ。人の本質は変わらない。

「ロトフを護ってやってくれ。それがリンを護る事につながる。そして、守護霊の紡ぐ糸を見届けてくるがいい。儂はこの村に生まれたがために、それができんかった。お前は違う」

 唇を嚙みしめながら長老はそういうと、帰路についた。ゼノはその意味を最後まで理解することができなかった。


 ***


 先回りしたゼノは獣や魔獣を狩って肉と毛皮を売り捌いた。魔獣を単独で狩れるものなどほとんどいない。いたとしても罠を使う者がほとんどであった。それ故に魔獣の毛皮は高く売れる。さらには罠を使わずに一矢で屠るゼノの獲物の毛皮は傷が少なく良質とされた。それは誰しもが、家の入口に敷く事を夢見た。防寒具としても一級品であることは間違いなかった。熊の魔獣の毛皮で作った外套をリンは着ている。それはゼノから譲り受けた物であった。これを着ることは力の象徴ともなる。ゼノも同じ物を作った。出来上がった頃に、ロトフたちがやってきた。

 ゼノは他にも旅に必要な物を買い込んでいた。その荷物はロトフの倍はあるのではないだろうか。金回りの良いこの旅人を、村の者たちは喜んで歓迎した。そしてその待ち合わせの人たちが守護霊の村からの旅人と知ると、彼らはロトフたちまで歓迎するようになった。

「どうやったんだ?」

「何、昼は魔獣を狩り、夜は皆と肉を食らい、酒を飲んだだけだ。ただし、俺の奢りでな」

 短期間に三頭もの魔獣が狩られてくることなど、この村にはなく、その毛皮で得た金で旅の準備を整えると、残りは宴に費やしたのだ。村が潤ったのは間違いない。そしてその恵みを与えてくれた青年を歓迎する事は当たり前の事だった。

「なんて羨ましい」

 選ばれし者の候補者たちは村の歓待を受けている。そして補佐人であるロトフと付き添いのゼノは離れた場所で飲んでいた。村を出て四日ぶりの酒にロトフにも笑みがこぼれる。

「まだ先は遠い」

「どこまで行くんだ?」

「もっと北さ。とりあえずは守り人の集落を目指す、そこで会わねばならない人がいる」

 少しだけ寂しそうにロトフが言った。その表情は角度の関係でゼノしか見えない。後ろから声がした。

「ねえ、その「会わなければならないひと」って、誰なの? リンの知ってるひと?」

 いつの間にかリンがこちらへ来ていた。ロトフの横をすり抜け、ゼノの隣に座る。

「いいや、リンは会った事のない人だよ。…………多分、俺は会った事がある。でも記憶にはないくらい幼い頃なんだ」

「ロトフって、いつから守護霊の村に住んでるの?」

 これは村では禁忌とされる質問だった。補佐人の身元は誰であろうとも探りを入れてはならない。それが掟なのである。しかし、選ばれし者の旅は掟から解放される。そして、長老はロトフの身元を知っていた。

「もう、それを聞いて来るんだ」

 乾いた笑いに見えた。まるで、もう少し大切に扱ってほしいと訴えるかのように。

「俺は覚えてないよ。つまり、物心つくころにはもう守護霊の村にいたんだ。それでそれから一度も外に出ていない。リンが生まれた日も覚えてるよ」

「リンは思うのよ。なんで、この旅に出ると掟から解放されるんだろうって。だって、長老の奥様も選ばれし者の旅に出たことがあったんでしょ? 選ばれなかったら村に帰ることになるのに、旅の間は掟に縛られないから色んな事を聞いても怒られない。それって、つまりどういう事?」

 リンはリンなりに考えていたのだろう。この旅の意味を。考える時間はたくさんあった。ロトフが無言で目的地も告げずにただひたすら北を目指したのだ。そしてリンはある結論にたどり着く。

「とりあえず、守護霊様に選ばれるには掟が邪魔なんだろうとは思ったよ。じゃあ、その邪魔な掟ってなんだろうね。村の外には出ちゃいけない事? 補佐人の素性を調べてはいけない事? 他にもたくさんあるけど、あんまりこれだと思える物はなかったんだよ。それでね……」

「これは、……リンが一番かもな」

 すこし驚き、そして微笑むようにロトフが言った。しかし、それは娘の成長を見守る父親のようである。

「ほんとに!? リンが選ばれるかもしれないの!?」

 しかし、その声を聞きつけてテレンとユーリがやってきた。

「なによ、リンにだけ何を教えてるの?」

「やっぱり、リンを贔屓するの!?」

 公平ではないと思ったのだろう。ロトフが二人を火の近くに誘う。


「守護霊様のお話をしよう」


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