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きらめく闇の接吻  作者: 虻羅 羽霧
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第二夜

立は不意に起き上がり、窓の外へ飛び出した。

外は真夜中。

漆黒の夜空。


音も立てず、庭に降り立つ。


辺りを見回すと、祖父がいた。

何やら、とてつもなく無骨なカメラを空に向けている。

声をかけてみると、なかなか返事をしない。


一心不乱に何かを撮り続けているようだった。

いや、撮っているのかは分からなかった。


しばらくして、祖父はやっとカメラを下ろして、ハァーと長いため息を付いた。

そして立に、月を撮りたいのだけどちっともファインダーに入ってきてくれないと言った。


ふと見上げると、空に月は無かった。

よくよく目を凝らしてみると、薄っすらと皆既月食のような月があった。

しかしそれは、ひどく小さくて存在感の薄い月だった。


立は言った。

月を取ってきてやると。


言うが早いか、立はピョンとその場でジャンプした。

すぐに落ちてしまったが、さらにジャンプすると少し高く飛べるようになった。

その次は倍ぐらいの高さまで飛び、あっという間に立は上空まで飛び上がっていた。

そのまま、空を飛ぼうとした。

最初は飛べずに落下しかけたが、何とか空を飛んだ。

そして頼りない月を目指した。


試しに月に手を伸ばしてみると、あっけなく手の中に月が収まった。

案の定、ひどく小さくて頼りない光だった。

地上に降りて、祖父に月を差し出した。

しかし差し出した相手は祖父ではなかった。


金山だった。

立は金山に月を差し出していた。

いや、それは既に月ではなく何か得体の知れない汚物だった。


立は恐れおののいたが、金山は汚物を受け取り、それを飲み込んだ。

飲み込むと金山は鬼と化した。

立が恐れたとおり、悪鬼の形相となった。


「何て物をくれた」

そう言ったような気がした。


しかしそれを確かめる前に、立は一目散に逃げ出していた。

逃げ出したつもりだったが、うまく走れない。

一生懸命足をばたつかせてみると、ピョーンと飛ぶことは出来た。

が、飛び上がるだけで、前へ進まなかった。


いよいよ立は慌てふためいた。

後ろから金山の声が聞こえる。


金山は歌っていた。

あまり聞き取れなかったが、立への罵詈雑言を並べていたのは分かった。


「出来そこないの立くんを捕まえちゃいますよォー」


身の毛もよだつようなイントネーションで、金山が手を伸ばしてきた。

巨大な手が、立を包み込んだかと思うと、そのまま握りつぶす勢いで迫ってきた。


全てが闇に帰す瞬間、ウワァッと絶叫しながら立は目を覚ました。

目に入ってきたのは、やはり闇。

しかしにわかに現実味をおびた闇だった。


気が付くと、立はベッドに倒れこんだ姿勢のままだった。

しばらくの間、悪夢の後の嫌悪感と現実に戻った安心感、そして止むに止まれぬ倦怠感に呆然としていた。


また、金山の夢だ。


ここ最近、金山の夢を見ることが多くなった。

多少の違いこそあれ、決まって金山から逃げまわる。

そして、空をとべるのに足が回らず右往左往するのだった。

もちろん、立は現実を知っていた。

今の状況が変わらない限り、金山は夢のなかで変幻自在の怪物として出てくるだろう。


しかし、何か妙な感じがする。

その夜の夢は、何かがいつもと違っていた。

思い出したくなくても、妙な感じがひっかかって夢の内容を思い出す。


夜の闇を飛んで、月を掴んだ。

その辺りまでは覚えているが、どうにもあやふやではっきりしない。

何か忘れているものが、頭の片隅でどす黒い靄となって漂っている。

いや、それは立の脳内で少しずつ、精神を蝕んでいるのかも知れない。

夢の中で、立は何かを見た。

見ただけではないのかも知れない。

その何かに触ったのかも知れないし、その何かを胸に抱いたのかも知れない。

あるいは、あの日妹を殺した暴漢のように、その何かを一心不乱に殴り続けたのかも知れない。


思い出そうとするほど、それは不気味なほど輪郭を失い、あざ笑うかのように奥深くへと消えてしまう。


気持ちの悪い夜になってしまった。

眠れない夜が来てしまった。

そんな確信と共に、立はとてつもなく長い独りの夜を覚悟した。


しかし、何故か気が付くと朝だった。

何かに体力を奪われたかのような、抗えない疲労が立を包み込み、その日はじめて深い眠りが訪れたのだった。


立は部屋の中で、激しい倦怠感に襲われていた。

水曜日の朝日が、カーテン越しに薄っすらと部屋に光を与えていた。

今日も会社に行かなければ、と思うものの、やたらと体が重かった。


別段、体調が悪くなったわけではなかったが、体を動かすのがひどく億劫だった。

なぜか、窓のカーテンを開ける気が全く起きないのだった。

ひょっとすると、カーテンを開けたくないのかも知れなかったし、開けるのが怖いのかも知れなかった。


しかしいつまでも訳の分からない憂鬱に縛られるわけにはいかない。

そうだ、今日もまたいつもと同じ日なんだ。

また会社帰りに秋葉原に寄ろう。

そして気晴らしに、メイド居酒屋でも行って高い酒でも引っ掛けてやろう。

そしてこの悶々とした愚かな毎日を笑い飛ばしてやろう。


そう自分に言い聞かせ、立は窓へ歩み寄った。

一気にカーテンを開ける。

朝日が眩しく、いつも通りの清々しい光が目を刺した。

そう、いつも通りの景色がそこにあった。

窓の下に横たわっている、黒い塊をのぞけば。


立は視線を落とし、その黒い塊の正体を確認した瞬間に総毛立った。

それは、大きなコウモリの死骸だった。


窓に激突でもしたのか、グシャリと潰れたようなひどい有様だった。

そしてコウモリの口元には、赤黒い吐瀉物のようなものがあった。


立が総毛立ったのは、それがコウモリの口から飛び出した臓物だと分かったからではない。

思い出してしまったせいだ。


昨夜の夢で見たものを。


月を取ろうと立が空を飛んだ時、空を覆い尽くしていたのは、おびただしい数のコウモリだった。

そして、立が月だと思ってつかんだもの。


金山に差し出した汚物の正体は、おぞましく脈打つコウモリの心臓だった。


(つづく)

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