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魔力使いリョウ  作者: A99
第一章 終焉討伐編
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第八話

 怒れ怒れ、弱き者よ。心を燃やせ、弱き人の子よ。

 かかってこい、弱き者。恐れを捨てて、かかってこい。

 この身は既に半死半生。ならば、その牙届かぬはずがない。

 強き者の巨大な牙は、終わりの半分を終わらせた。

 終わらせろ。終わらせろ。弱き者よ、終わりを終わらせろ。


 ◆


 ロードリア王国。

 花と緑の王国と呼ばれる、自然豊かな美しい国だ。数々の美しい花を見て鍛えられたのか、その建物も美しいものが多い。

 そのため、世界一美しい国の呼び声が高く、毎年世界各地から観光客が訪れる。

 ロードリア王国の王都ロードリアは、世界でもっとも美しい都市の一つに数えられている都市の一つだ。

 大きさ、形、様式など、その種類は様々なのに不思議と調和が取れている建物の数々を見ると、まるで絵本の中に入り込んだような錯覚を覚える。

 王都ロードリアで数ある建物の内、特に美しい建物といえば、やはり王城だろう。国の威信をかけて作られたその王城は、まさしく世界一美しい国に相応しい威容を誇る。

 美しい花の形をした王城。空から眺めれば、花が満開に咲いたように見えるだろう。妖精が作り上げたとさえ言われる王城だ。その姿は、市場都市『ゲルペリア』の大聖堂に匹敵するほど見事なものである。

 ロードリア王国の王城と、ゲルペリアの大聖堂。この二つの建物は、一生に一度は見てみたいとされる建物の代表格とであると謳われる。

 美しい国と言われるその一方で、ロードリア王国は魔法研究の先進国としても知られている。

 毎年、新しい魔法が開発されるが、その半数がロードリア王国で開発されているといえば、どれだけ優れているかわかりやすいだろう。

 そのため、ロードリア王国には数多くの魔法学園が設立されている。その中でも特に優れた魔法学園が存在し、それは合わせて四大学園と呼ばれている。

 王立ロードリア魔法学園。

 王立イェスエール魔法学園。

 私立聖ルイル魔法学園。

 そして、王立ザンバクス魔法学園。

 この四つの学園が、四大学園と呼ばれている学園だ。そして、これらの学園は、ロードリア王国で最も優れた四つの魔法学園であると同時に、世界で最も優れた四つの魔法学園でもある。

 そのため、入学希望者は後を絶たず、狭き門をくぐり抜けた選ばれし生徒たちは、学園で最先端の魔法の知識を学習。学園卒業後は、各地の魔法研究所または併設されている大学院で魔法の研究に勤しむ。

 最先端の魔法研究と、花と緑の美しい国。それがロードリア王国だ。

 そのロードリア王国は今――終わろうとしていた。


 ◆


「助けてくれ!」

「逃げろおおおおおお!」

 民が逃げ惑う。民が助けを叫ぶ。平和だったその都市に、災厄は舞い降りた。黒き闇の災厄だ。逃げることなど叶わない。

 王都ロードリア。かつては美しかったその都市も、今では瓦礫がゴロゴロと転がっているだけの死の都市と成り果てていた。

 都市の象徴であった王城は既に消滅し、王城があったという痕跡すら残していない。王城にいた王や王妃も、既に消え去ってしまっただろう。

 赤黒い塊もそこかしこに転がり、地面は赤い絵の具を塗りたくったような有様になっている。

 どんな建物も、どんな人間も全て等しく終わりに向かう。狂気に侵された絵師が描いたような終末絵図が、美しかった都市全体に広がっていた。

 美しい都市を死の都市へとあっという間に変えてしまったのは、一匹の魔獣だ。

 神に匹敵する魔獣。生物としての完成形。古の叡智。

 それは、全てを終わらせる闇の化身。

 闇色の大いなる竜。炎獄山脈の支配者を駆逐し尽くした、偉大なるドラゴンだ。

 しかし、その姿は満身創痍。胸元には大きな切り傷が生々しく残り、赤い液体をボタボタと垂れ流している。片方の目も潰れており、物を見るのに首全体を動かす有様。

 その他にも、大小様々だが数えきれないほどの傷がある。今すぐに死んでもおかしくないと思えるほど、その傷は多く、深い。

 しかし、傷ついて尚その姿は威風堂々。王者たるドラゴンの風格は微塵も衰えておらず、神に近い究極の生物であることを万人に知らしめる。

 ドラゴンがブレスを吐き、都市がさらに壊される。ドラゴンより放たれる恐るべき破壊の光線は、有象無象の区別なく、全てを等しく終わらせる。

 これまでも、そしてこれからも、そうやって終わらせてきたのだ。美しかったロードリア王国も例外ではなく、事実王都ロードリアがこの国に残っていた最後の都市だった。

 そして、ドラゴンは最後の目標に到着する。そこは、避難所だ。ドラゴンより逃げてきた民が集まって出来たものである。

 ドラゴンは民を見る。ドラゴンの恐るべき視力は、空高くにいて尚民の顔を正確に識別出来る。

 皆、生きる気力を失っている。ドラゴンを見ても逃げる様子を見せず、ただただ阿呆のように口を開けてドラゴンを眺めるのみだ。

 つまらん。ドラゴンは思い、嘆息する。弱き者はやはり弱き者だったかと。

 ふと、空を切る音を、ドラゴンは聞いた。地より飛来する小さな何か。しかし、飛来した何かはドラゴンの鱗に阻まれるのみ。それは虚しく地へ落ちた。

 何事かとドラゴンが視線を向けると、そこには剣と弓を構えた数多くの兵士がいた。何処に隠れていたのかはドラゴンにはわからなかったが、その数は数えきれないほどに多い。五千か、一万か、それとももっといるのか。

「民は逃がせ!」

「散り散りに逃げろ! 的を絞らせるな!」

「弓を持て! あのドラゴンを落とすのだ!」

 既に王城は彼方へと消え、国としての機能は崩壊しているに等しい。いや、国は既に終わっている。それにも関わらず、ちっぽけな人間の兵士は勇気を奮い立たせ、ドラゴンの前に立った。

 何故ならば、民を守るのが兵士だからだ。

 兵士は剣だ。兵士は盾だ。国を、民を守る剣であり、盾である。

 ならば、立たないわけにはいかないだろう。敵を討つ剣となるため、民を守る盾となるため、兵士は立ち上がらなければならない。

 戦力差は絶望的だ。闇色の圧倒的なドラゴンは、ちっぽけな兵士の何億人にも相当する戦力だ。  比較するのもおこがましいほど差だ。絶望的なドラゴンを前に、ちっぽけな兵士に何が出来るのか。何をしようというのか。

 剣は通らず、弓は通らず、ドラゴンの一撃は兵士のその身を焼き尽くす。

 ドラゴンが口の端を歪める。それは、面白いおもちゃを前にした子どもと同じような無邪気な笑みだ

 ドラゴンは聞く。声なき声で、兵士へと問う。

 弱き者よ。何故お前らは立ちふさがる。そのちっぽけな牙が、この身に届くと思ったか?

 ドラゴンから聞こえた声に、兵士たちは動揺を隠せない。しかし、動揺ばかりしてはいられない。兵士をまとめている将軍がドラゴンに向かって答える。

「それがどうした。届かぬかもしれぬ。何も出来ないかもしれぬ。だが、それがどうした。そんなものがどうしたというのだ」

 言葉を切り、将軍は後ろを振り返る。目に映るのは兵士、兵士、兵士。よく目を凝らしてみると、ドラゴンから逃げている哀れな民の姿も見える。

 再度、将軍はドラゴンに向き直る。見ているだけで心臓が止まりそうな重圧を物ともせず、将軍は堂々とドラゴンに言い放つ。

「錆びついた剣なれど、何度も切ればいずれは届く。錆びついた矢なれど、何度も射てばいずれは貫く」

 そして、口の端を歪ませる。悪戯っ子のような挑戦的な笑みだ。

「出来ないと思うか? 出来るとも。我らのちっぽけな牙は、いずれ貴様の首元に食らいつこう」

 それを聞き、ドラゴンは笑う。嬉しそうに笑う。楽しそうに笑う。称えるように笑う。そして、声なき声で、ドラゴンは兵士に言い放つ。

 ならばやってみろ、人の子よ。弱き人の子よ。この身は既に半死半生。強き者の牙は、我が目と半生を奪い取った。ならば、汝らにも届くだろう。その怒りを牙に乗せ、その心を牙に乗せ、見事この身を貫いてみせよ。

 そう言い放ったドラゴンが地に降りる。それは、敬意か、あるいは手加減か。それはドラゴンにしかわからない。しかし、これは兵士に取っては絶好の機会に他ならない。

 二百メートルを超える見上げるほどの巨躯。たしかに大きい。兵士たちの何十倍の大きさだというのか。

 将軍は思う。なるほど、大きい。だが、それだけだ。ただ大きいだけだ。その程度、小さな山と同じである。

「総員……」

 将軍の小さな声。しかし、不思議と死の都市に響き渡った。そして、数瞬の溜めの後、大きく叫ぶ。

「突撃!」

 瞬間、咆哮が響く。ドラゴンか? 否、兵士からだ。

 ドラゴンを上回る咆哮とともに、兵士が走る。弓から放たれた矢が空を裂く。人と矢の津波が、豪雨のようにドラゴンを襲う。

 しかし、効かない。所詮はちっぽけな人間の武器。ドラゴンの硬い鱗を貫くにはまだまだ足りない。

 ならば、諦めないのが人間だ。繰り返す。愚直に、真っ直ぐ繰り返す。何度でも繰り返す。ドラゴンの鱗を貫くまで、何度でも何度でも繰り返す。

 ドラゴンの咆哮で、ドラゴンに取り付いた兵士がバタバタと吹き飛ぶ。百か、二百か、あるいはそれ以上か。

 ドラゴンのブレスで、何人もの兵士が焼き尽くされる。その気になれば、兵士の半数を焼き尽くすに違いない。

 しかし、兵士は諦めない。何度でも取り付き、何度でも切りつけ、何度でも矢を放つ。

 ドラゴンは声なき声で言う。

 まだ諦めぬか、弱き者よ。既に無駄だと悟っておろう。せめて苦しむことなく逝くがよい。

 将軍は激昂する。傲慢なドラゴンに、高き場所から見下ろすドラゴンに激怒する。

「否! 無駄ではない! 無駄ではないのだ! 見ろ、その鱗を! 徐々に徐々に削られているではないか! ならば、その鱗いずれ削りきってみせよう!」

 将軍の魂の叫び。それに答えない兵士はいない。

 再度の咆哮。一撃に魂を込め、一射に命を込め、兵士は何度も繰り返す。愚直に、真っ直ぐに、諦めることなく、ひたすらに繰り返す。

 繰り返し、繰り返し、繰り返し、そして……。

 どのくらいの時間が経ったのか。長いのか、短いのか。いずれ最後の時は来たのだ。

 最後の一人、それは将軍。最後の一射だ。最後の力を振り絞ったその一射は、見事ドラゴンの鱗を貫いた。将軍はそれを確認すると、全てを成したとばかりに倒れこみ、二度と動くことはなくなった。

 弱き人間。諦めない愚か者たち。そのちっぽけな牙は、ドラゴンにも通じるものであった。

 ドラゴンは笑う。嬉しそうに笑う。楽しそうに笑う。称えるように笑う。

 人の子よ。弱き者よ。汝らの牙は、ちっぽけなれど鋭かったか。見よ、この傷を。汝らの牙は、見事この身を貫いた。

 声なき声の賛美。しかし、それを聞く者は誰もいない。誰もが死した終わった国に、ドラゴンの咆哮だけが響く。

 響くドラゴンの咆哮は、果たしてどのような意味を持っていたのか。それはドラゴンにしかわからない。

 はっきりと言えることは、全てが終わったのだということだ。ロードリア王国は崩壊し、多くの人々が死んだ。全て等しく終わってしまった。

 だが、終わりに終わったその果てに、弱き者はドラゴンに一矢報いたのだ。しかし、それを知る者は誰もいない。

 これは、終わりと弱き英雄たちの、語られることのないちっぽけな戦争の話。

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