第七話
目的を果たしたというのに、私達の雰囲気は晴れないままでした。
炎獄山脈から下山した私たちは、真っ直ぐに麓の村である『テストリトリル』に向かい、人数分の馬を調達。馬の疲労を魔法もしくはポーションで回復させるという懐にダメージのある荒業を駆使して昼夜を問わず走り通し、ひたすら市場都市『ゲルペリア』を目指しました。
その甲斐あって、私達は行きの二倍以上の速さでゲルペリアに帰還。転がるように冒険者ギルドに入り込み、調査の報告を終えたというわけです。
「……そうかい」
私達の報告を聞いたのは、頭の薄い冴えない職員の方でした。何かに耐えるように俯いた後、黙々と事務処理をしていたのが印象に残っています。
依頼自体は完了しました。成功報酬も受け取り、私達の評価も上がったでしょう。
しかし、それを素直に喜べるわけがありません。依頼を完了させるために、大きな犠牲を払う必要があったのですから。
彼はすぐに帰還すると言っていましたが……いえ、考えないようにしましょう。考えるだけで、私は……。
今、私達がいるのは冒険者ギルド一階の食堂です。空はすっかり暗くなり、夕食には少し遅い時間帯になってしまいました。一応食事は頼んだのですが、時間が経ったせいですっかり冷めています。
皆さん、手をつける様子がありません。食欲が無いのでしょう。もちろん、私も。
「……就寝」
「フフ、そうですね。気持ちの整理をつけるためにも、今はゆっくり休みましょう」
「……ああ」
私と同じように、マックス殿も気落ちしています。無理もありませんね。彼にとって、キヘイ殿はお爺様のような存在だったと聞いていますから。
家族を失ったように感じているのでしょう。彼の心中は、察するに余りある。
このまま彼を眺めているのは、いい趣味とはいえませんね。それに、私自身も気持ちの整理をつける必要があります。
「姫様、私達も行きましょう」
「……そうですわね」
喧嘩ばかりしていた仲ですが、マックス殿の様子を見てさすがに姫様も心を痛めているご様子。辛そうに目を伏せると、そのまま踵を返しました。
「……セリス。貴方は……大丈夫ですの?」
冒険者ギルドから出て、私達の宿に向かう途中に、姫様が尋ねてきました。
「はい、姫様。騎士たるもの、失う覚悟は出来ています」
半分本当で半分嘘の解答。失う覚悟は出来ていました。しかし、覚悟していた以上の衝撃が私を襲ったのです。
久しぶりに会った貴方。大恩ある貴方。結局、何も報いることが出来ないまま、永遠に失うことになってしまいました。
無力です。私は無力です。貴方に守られていたあの時と何も変わっていません。
今度は守ると決めたはずなのに。守れるようになったはずなのに。それなのに、貴方に守られるだけだった。
流れる一筋の涙は、決別の証。振り返るのはこれまでです。
さようなら。ずっとずっと、愛していました。
私は騎士です。守るための存在です。冒険者となった今でも、それは変わりません。
貴方を守ることは出来ませんでした。しかし、私にはまだ守るものがあります。
見守っていて下さい。今度こそ、私は守りぬいてみせる。
でも、もしも……仮に、もしも会えたその時は……。
今度こそ、貴方を守っていいですか?
◆
ベッドに横になってても、眠ることなんて出来やしない。いくら内装が豪華でも、いくらベッドが心地よくても、全く何も関係ない。
イシュとニノの配慮には感謝してる。でも、申し訳ないがそりゃ無駄な配慮だ。
眠れねえよ。眠れるわけねえよ。
キヘイ。あのクソジジイ。
思えば、声をかけてきたのはあのジジイだった。ソロ冒険者として伸び悩んでた俺を、無理やり今のパーティに入れたのは、あのジジイだ。
利益がないと判断したら抜けていい。数回一緒に依頼を受けるだけでいいから。
体の良い誘い文句さ。それにホイホイとついていったオレもオレだけどな。
でも、心地よかった。居場所が出来るってのが、すごく心強かった。
気がつけば、一年以上パーティを組んでいた。その間にオレの冒険者としての能力も上がって、今じゃAランクパーティの一員としても相応しい能力を手に入れたはずだ。
依頼がない時も、一緒に行動していたさ。買食いして、酒場で騒いで、他の冒険者と喧嘩することもあった。
ああ、初めて女を知ったのも、ジジイに誘われてだったな。あのジジイ、年齢の割りには性欲多すぎなんだよ。
口には出さないけど、友人だと思ってたさ。利害関係だけで結ばれてるはずだったのに、いつの間にか本当の信頼関係で結ばれたパーティになってた。
それもこれも、全部ジジイのおかげさ。感謝してる。
ジジイはオレのことを孫みたいだって言ってた。オレも、ジジイのことは家族みたいに感じてた。
オレには家族がいなかったからな。唯一家族といえる存在が、あのジジイだった。強くて、温かくて、ガキみてえにいつまでも一緒にいるもんだと思ってた。
でも、これだ。
あのジジイは死んじまった。あっさりと、まるで夢みてえに消えちまった。
ジジイは夢か? あの家族みたいな時間は幻か? 全部オレの白昼夢だったのか?
そんなことはない。ジジイはいた。家族みたいな時間は幸せだった。全部現実だった。
ああ、駄目だ。どんどん負の方向に考えが膨らんでいく。ジジイとの時間のことだけを思い出して、これから先のことを考えて、気が滅入っていく。
なあ、ジジイ。オレはこれからどうすりゃいいんだ? もうソロ冒険者だった頃には戻れない。あの二人は変だけど良い奴だ。でも、アンタがいなけりゃオレはパーティにいる意味が無い。
なあ、教えてくれよ。オレはどうすればいい。わかんねえよ、オレは馬鹿だからよ。アンタが教えてくれなけりゃ、何もわかんねえんだよ。
まだまだ死なねえとか言ってたくせによ、何であっさりと死んじまってるんだよ。オレを置いて逝くんじゃねえよ。
オレに色々と仕込むんじゃなかったのかよ。アンタの全てを教えてくれるんじゃねえのかよ。オレは知らねえんだぞ。アンタのこと、全然何も知らねえんだ。
チクショウ……何でだよ。何で死んじまうんだよ、クソジジイ。
ジジイを失っただけで、この有様だ。もう何も失いたくない。もう誰も死なせなくない。
嫌だ。もう嫌だ。誰も死なないでくれ。オレを置いて逝かないでくれ。
怖いんだ。寒いんだ。やっと手にしたものが離れていくのが恐ろしいんだ。
もういい。依頼の度にこんなことになるんだったら、もう冒険なんてしなくていい。
なあ、ジジイ。オレは一体、どうすりゃいいんだよ?




