第四話
「ありがとうございます、これで安心して眠ることが出来ます」
「……下々の者を助けるのは、当然のことですわ」
何度も頭を下げてくる村人に対して、リリアは自慢げに豊満な胸を張る。返答に少し時間がかかったのは、まあ仕方がないな。
何人かの村人がリリアの胸を見て鼻の下を伸ばしていたが、全員セリスが殺気混じりに睨んで黙らせていた。
少しやり過ぎだけどな。全員恐怖で震えてやがるぞ。
俺達が今いるのは、炎獄山脈の麓にある小さな村だ。硫黄の匂いが強い村で、そこら中から湯気が立ち上っている素朴な村だ。村の名前は……テ……テ……テスカポリトカ? 違うな。まあいい、村の名前は忘れた。
炎獄山脈から取れる硫黄を特産品としてる村で、数日に一度商人が訪れて取引してるらしい。また、少し離れた場所に大森林があることもあって、木材を商人に売ることもあるそうだ。一部の商人は、こっちの木材を目当てに取引してる奴もいるらしい。
炎獄山脈に程近いからか、ここで取れる木材は不思議な性質をしてる。炎獄山脈からの熱に耐えるためか、熱や炎に強く、燃えることがない。生き抜くためにこうなったんだから、植物ってのは凄いもんだ。
俺達がゲルペリアを出発して結構な日数が経過した。本来だったら二日ほど前から調査を始めている予定だったんだが、残念なことにまだ調査を始めることは出来ていない。
……リリアとマックスの奴が毎日のように問題を起こしてくれたからな。その分、予定が遅れちまったんだよ。セリスが愚痴を聞いてくれなかったら、俺はこいつらを殺してた自信があるね。行きの日程だけで、セリスにはだいぶ借りが出来ちまった。いずれ返さないとな。
さて、日はまだまだ高い。だが、まともに眠れる最後の村だからってことで、俺達はここに一泊することになった。
ちなみに、炎獄山脈は麓ならそんなに危険はない。それこそ、ただの村人が平気で歩き回れるくらいに危険は少ない。
何故かっていうと、真紅竜を恐れて魔獣が近づかないからだ。その真紅竜も、炎獄山脈の深部に生息してるから、麓までは滅多に降りてこない。
だからこそ、この村は硫黄を特産品に出来たってわけだな。そして、温泉という素晴らしいものもある。後で入ることにしよう。出来れば混浴で。
この村に泊まるついでに、俺達は簡単な依頼を受けた。調査依頼を遂行中な俺達だが、その片手間に出来そうだったから、受けたってわけだ。
依頼内容は、この村の近くで見かけたオーガの討伐。
オーガの討伐は、通常Cランクに分類される依頼だ。突然変異とかの強い個体の場合は、BやAランクに分類されたりする。
まあ、今回討伐したオーガは何の変哲もない普通のオーガだったけどな。依頼をこなすのは難しくなかった。
ここで活躍したのはマックスだ。村の周辺を調査してオーガを見つけるやいなや、そのままオーガを倒しちまった。さらに追加で現れたオーガ四体も、数分後にはマックスに殲滅されていた。
なるほど、言うだけのことはあるわけだ。ただの自信過剰なガキじゃなく、Aランクパーティに在籍出来るだけの実力は備えている。
その様子を見て、リリアも黙るしかなかったみたいだ。悔しいけど納得するしかない、といったところだろうな。
「それより、報酬のほうは準備できておるか?」
「はい、この村で最高の部屋を用意いたしました」
キヘイの質問に、村人が答える。
依頼の報酬は一晩の宿だ。Cランクの依頼にしては安すぎるが、それほど手間でもなかったからな。サービスってやつだ。
マックスだけは最後まで抗議してたけどな。リリアと仲良く騒いでたら既に手遅れになってたが。
マックスが憮然としてるのはそのせいだ。まあ、温泉にでも入ったら機嫌も直るだろうさ。
気がつけば、村人がキヘイを宿へと案内しようとしていた。最高級の宿か、どんなのか楽しみだな。
◆
「なあ、一人でゆっくり入れるような温泉はないのか?」
「……仕方ありませんね、お客様。いいですか? 内緒ですよ? ここだけの話、実はあるんですよ」
宿の従業員に尋ねまくり、俺はようやくその答えを得ることが出来た。目の前のタヌキおやじはこの宿のオーナーらしく、俺の行動が目に余り、仕方なく教えることにしたらしい。それは申し訳ないことをしたもんだ。だが、俺は後悔していない。
この宿は素晴らしい。村一番の高級宿というだけあって、宿全体が清潔感に満ちていて、調度品も高級感溢れる代物だ。聞けば、王族が泊まることもあるらしい。それだったら、この村に似合わないほど豪華なのも納得だ。依頼の報酬にしては安すぎると言ったが、ありゃ逆だったな。過剰にもらってるような気がするぜ。
まあ、素朴な村に一件だけドカンとこの宿が建っているものだから、周囲と全く調和が取れていないんだけどな。
それはともかく、この宿は素晴らしい。泊まることだけに限っていうならば、満点といえるだろう。だが、温泉だけは駄目だった。
この宿に備えられている温泉に行ってみたところ、そこは王城の風呂と見紛うばかりの豪華さだった。俺以外の男四人はすっかりその温泉を満喫していて、これ以上ないほど寛いでいるのが一目見てわかった。
印象に残ったのは、キヘイとマックスだ。キヘイの背中をマックスが洗っていたんだが、俺に反発してたのが嘘みたいに笑ってやがった。その姿は爺さんとその孫のようで、マックスがキヘイに懐いていることがよく分かる光景だったよ。利害関係とか何とか言っても、あの四人はうまくやってるわけだ。
だが、俺が求めているのはこれじゃない。俺が求めている温泉は、静かな森林の中にひっそりと存在するような、いわゆる秘湯と呼ばれるものだ。
それを求める理由は簡単。疲れたからさ。何日も何日も、若年組――いや、ガキ二人の言い争いを聞いて、それを仲裁する日々。疲れないほうがおかしいってもんだ。
だから、俺は秘湯を求める。一人でゆっくりと疲れを癒すことの出来る、地上における極楽の湯を。だが、残念なことに、この宿にはそういった秘湯はないらしい。
それを踏まえると、この宿の温泉は赤点レベルだ。宿自体は素晴らしいだけに、かなり残念で仕方がない。
しかし、それもこれまでだ。オーナーから秘湯の場所を聞いた俺は、早速その場所に向かうことにした。俺の求めた秘湯。これは期待せずにはいられない。どうでもいいが、混浴らしい。
……混浴か。少し期待したいところだが、無駄だろうな。たぶん誰も入ってないし、誰も入りに来ないだろうさ。
何せ、オーナーから聞いた秘湯は、村人でもごく一部の人間しか知らないらしいんだ。それに、この村からも少し離れた位置にあるし、大森林の中を抜ける必要があるから、行くのも危険が伴うらしい。
つまり、余程の物好きしか入りに来ないってことだ。うーむ、少し残念でならない。
まあ、いつまでも落ち込んでるわけにはいかない。せっかくの秘湯、楽しむだけでもいいじゃねえか。一人で雄大な自然を満喫しながら温泉に入るってのも、考えてみれば良いものだと思うしな。
そう考えなおして、俺は宿を出た。入浴道具一式を持つことも忘れない。セリスがオーナーと話してるみたいだが、何を話してるんだろうな。
宿から出た俺は、オーナーに聞いた秘湯の位置を思い出す。秘湯はどこにあるのか。そこまでのルートは。しっかりと思い出して、秘湯を目指す。
秘湯を楽しみに、大森林を歩くことおよそ二十分。道は悪いし、周囲は暗い。時折魔獣の咆哮も聞こえてくる。なるほど、これじゃあ村人は近寄らないな。
ふと、急に視界が開けた。明るい空が広がり、温泉特有の匂いが漂う。目の前には炎獄山脈の堂々とした姿があり、見る者の感動と畏怖を誘うだろう。
どうやら、オーナーに聞いた秘湯に着いたらしい。場所は、大森林と炎獄山脈のちょうど間のあたり。若干、炎獄山脈側に寄った位置だ。炎獄山脈から流れてきたお湯が溜まることで出来たみたいだな。
周囲は大小問わず岩が転がっている。湯の色は見事な乳白色。温度は少し熱いくらいか。流れるお湯はカーブして炎獄山脈側へと戻り、地面にポッカリと小さく開いた穴へと流れていく。秘湯は、カーブの真ん中辺りに位置していた。
建物や仕切りはもちろん存在しない。手頃な岩はゴロゴロと転がっているので、脱いだ服はそこに置くことにする。
服を脱いでいる途中、大森林のほうから気配を感じた。俺のことを探っているような、そんな気配だ。敵意は感じない。魔獣か何かだと思った俺は気にすることをやめ、その気配を頭の中から追いやった。
服を脱ぎ終わり、湯の中へ。ゆっくりと肩まで浸かる。ジワジワと体の芯から温まり、体と心が弛緩する。少しずつ、蓄積した疲れが解消される。自然とため息も漏れ出るというものだ。
「こりゃあ……いいな……」
目の前には炎獄山脈の壮大な姿。そして、眠くなりそうなほど気持ちいい温泉ときたら、アレを飲むしかない。
「んー……お、あったあった」
一度湯から出ると、俺は自分のストレージを漁り始めた。温泉ときたら、お決まりのものがある。
そう、酒だ。しかも、この酒は米を原料とする、ゲルペリアでもなかなか見つからないレアな一品だ。偶然見つけたときは、思わず衝動買いしちまった。いつか呑もうと思って持ってたんだが、持っててよかったぜ。
酒を入れておいた水袋を持って、もう一度湯の中に入る。温泉でこの酒を呑む場合は作法があるらしいんだが、俺はそんなもの知らないし、この水袋ではそれも出来ないだろう。
一口喉に流し込む。比較的強い酒なので、喉が焼け付くように感じる。しかし、味自体は甘めのため、いくらでも呑めそうだ。
「美味いな……」
もう一口、もう一口と酒が進む。温泉と酒、これだけでも十分だが、やっぱり何か物足りなく感じる。まあ、それが贅沢な悩みだってことはわかってるんだけどな。
それでも、口から悩みが出てしまうのはしょうがない。
「温泉と酒……これで綺麗な女でもいたら最高だぜ」
自分で言っておいて、俺は苦笑してしまった。俺はどこまで高望みしてるんだ。まさしく欲望の権化だぜ。
「ならば、私がいれば最高になるわけですね?」
だが、運命ってのはおかしなもので、俺みたいな人間の望みを叶えることもあるらしい。
いきなり聞こえた声に驚いて振り返る。そして、それを見た瞬間、俺は何も考えられなくなった。まるで、頭に靄がかかったようだ。極端に思考能力が低下している。
目が離せない。鼓動が激しくなり、自分でもわかるくらいにうるさくなってやがる。一体、俺はどうしちまったんだ?
そこには、白銀の美女が全裸で立っていた。
今まで騎士然としていた白銀の美女は、今はまるで美の女神が降臨したかのように幻想的だ。
訓練と実戦で鍛えられた体はスラリと引き締まっており、強さと美しさを奇跡的なバランスで融合させている。体の所々に古傷が目立つが、むしろそれが彼女の魅力を引き立てる。
反面、張り出した胸は主である姫よりは劣るものの、それでもなかなかの大きさだ。美しく張り出したそれを掴めば、天上の感触が待っているに違いない。
括られていた白銀の長い髪は降ろされており、それが一層彼女の『女』を意識させる。
自然と俺の喉がゴクリと鳴った。下腹部に血が集まり、俺のソレが隆々と天を指す。
手に入れたいと思ってしまった。それと同時に、壊したいとも思ってしまった。
守りたい。
支配したい。
手に入れたい。
壊したい。
愛したい。
犯したい。
相反する無数の感情が暴れまわる。おかしくなってしまいそうなほどに、俺の意思が暴走する。
目が離せない。彼女の一挙手一投足、全てが俺の目を釘付けにする。
微笑み。彼女のそれを見た瞬間、感情が暴走して、俺の頭は真っ白になった。




