第三話
ゲルペリアから出た俺達は、街道を馬車で進んでいた。周囲は見渡す限り草原であり、様々な高さの葉で覆い尽くされている。たまにツノを生やした兎のような生物が顔を出すが、こいつはこの周辺に多く生息する魔獣だ。冒険者に成り立ての奴は、こいつで魔獣との戦いに慣れる。
目を凝らすと、ポツポツと草に隠れている冒険者の姿が見える。狙っているのはやはり兎もどきだろうな。
ボンヤリと眺めていると、一人の冒険者――まだまだルーキーだろうな――が草陰から一気に飛び出すのが見えた。兎もどきがそれに気づくが、ひと足遅い。突風のように迫るルーキーのナイフが兎もどきの頭を抉り、兎もどきは命を失う結果になった。
あのルーキーはだいぶ若いな、十代前半くらいか。仕留められて嬉しいですってのが伝わってきそうだぜ。
兎もどきの死体は、そのままルーキーの腰のバッグに吸い込まれた。あのバッグは『ストレージ』と呼ばれていて、冒険者だったら誰でも持ってるものだ。ストレージには『空間拡張』の魔法がかけられていて、決められた容量まで自由に物を入れることが出来る。もちろん、俺も持ってる。
ちなみに、このストレージも冒険者ギルドが売ってるものだ。すげえな、冒険者ギルド。
「お前ら、移動中はしっかり休んでおけよ。先は長いからな。後、御者は一時間で交代だ。持ち回りだぞ」
俺が言ったように、炎獄山脈までは距離がある。その気になれば高速で移動する手段もあるんだが、あいにくそれは俺専用。それに、出来るだけ力を温存していたいという事情もあったから、馬車が移動手段になった。
ちなみに、この馬車は冒険者ギルドから借りたものだ。借りた日数により金を支払う必要があるが、そこそこ安いということもあって、馬車を借りる冒険者は多い。手堅い商売してやがるな、冒険者ギルドは。
幌がついた簡易的な馬車だが、乗り心地は悪くない。衝撃吸収の魔法がかけられてるからだ。冒険者ギルド様様だな、ありがたい事だ。
「何でてめぇがリーダー面してるんだよ、Sランク冒険者様よ? 命令される筋合いはねえぞ、クソが」
「……そんなつもりはねえけどな。何だったら、お前がやってもいいんだぜ」
「それはワタクシが嫌ですわ。こんな野蛮人の命令を受けたくないですもの」
ああ、まとまらねえ。やってられるか、こんなの。騎士然としてる女は御者をしているし、ガラの悪い少年――いや、ガラの悪いガキがいるパーティは我関せずだ。こいつら、本当にパーティなのか?
こんなの俺の手に負えるか。パーティのメンバーなら、自分のパーティで面倒見やがれ。
俺がどうにかしろと視線を送ると、紺色のローブを纏った優男が大げさに肩をすくめた。仕方がない、渋々といった感情が丸出しだ。こいつ、いい性格してやがる。
「そこまでにしてください。我々は共に依頼を受けるチーム。これでは成功するはずがありません」
「そうだのう。それに、儂らはまだ名前すら知らぬ仲。まずはお互い知ることから始めようではないか」
優男と白髪の男の発言に、若年組が押し黙る。不満はあるようだが、理解したからだろう。納得はしてないだろうがな。
お互いの名前すら知らない。これは、チームとして――というよりもチームですらない状況だ。
今回の依頼は、複数人の冒険者が協力して取り組む依頼だ。チームとして機能しないのであれば、それは失敗につながり、最悪死に至る可能性もある。
「では貴方からお願いします。魔力使い殿」
「しょうがねえな」
優男に促される形で、俺は話しだす。
「俺はリョウ。ほとんどの奴は知ってるみたいだが、魔力使いなんて呼ばれてる。スキルはそのまま『魔力使い』さ」
そう言って、俺は自分のスキルで球状の魔力を作り出した。スキルの証明をするために作り出したんだが、イマイチ反応が薄いぜ。まあ、いいか。
スキル。それは、魔力を使用する魔法などと違い、何の代償もなく使用出来る技のことだ。便利といえば便利な技だが、その代わりスキルとして何が発現するか本人もわからず、また発現するかどうかもわからない。その上、発現したとしても使えるかどうかもわからないという、かなり不安定な代物だ。
その分、使えるスキルが発現した場合は、物凄いことになる。極端な例だが、剣士系スキル最高の『剣王』というスキルが発動した場合は、その時点で世界一の剣豪になったといっても過言ではない。最下位である『剣士』のスキルが発動した場合でも、確実に何処かの騎士団に入ることが出来るだろうよ。
当たり外れが激しいものの、使えるものだった場合の恩恵は物凄い。それがスキルってものさ。
俺がSランク冒険者になれたのも、この『魔力使い』のスキルがあったおかげだ。もしこれがなかった場合、DランクかCランクの冒険者としてせっせと依頼を受けてただろうな。
おっと、だからといって『魔力使い』におんぶに抱っこだったわけじゃない。『魔力使い』を使いこなすために、長い時間研究と修練を繰り返したのは確かさ。
スキルだけでやっていけるほど、冒険者は甘くないってことだ。
「では次はワタクシが」
そう言って、気品のある少女が立ち上がる。いや、何で立つんだ。魔法がかかってるとはいえ、この馬車はそこそこ揺れるぞ。
「リリア・リングバード・ウェストハート。Aランクパーティ『遙かなる栄光』のリーダーですわ。補助・回復はお任せ下さいませ」
上半身だけでバランスを取りながら歌うように言い切り、そのまま綺麗に一礼するリリア。まるで演劇のヒロインだな。
「今、御者をしているのはワタクシの騎士であるセリス・グリストールですわ。我が騎士団の中でも最強でしたのよ」
リリアが自慢するようにその豊満な胸を張る。紹介された騎士――セリスは振り向いて軽く頭を下げてくる。視線は何故か俺に固定だ。返事をしないのも失礼だし、片手を上げて返答しておく。
「ワタクシとセリスの二人が、『遙かなる栄光』のメンバーですわ」
そして、紹介を終えるリリア。最後に一礼して、そのまま行儀よく座る。
しかし、ウェストハートか。懐かしい名前だ。確か、隣国のロードリア王国の侯爵だったな。もう没落してるけど。
となると、騎士団ってのはウェストハート家の騎士団か。姫と騎士の二人でゲルペリアまで落ち延びたってところだな。もう一人姉がいたはずだが、そっちはどうなったのやら。
しかし、貴族のお姫様と騎士が二人だけでAランクパーティにまで登り詰めたのか。こりゃあ、相当やるぞ。活躍に期待だな。
「儂の名はキヘイ。この中じゃ一番の老いぼれだが、まだまだ負けるつもりはないぞ。獲物はほれ、この刀じゃ」
好々爺然とした白髪の目立つ壮年の男――キヘイだが、最後にストレージから刀を取り出した時だけ鋭い瞳がギラリと光った。そして、取り出した刀は……いや、これは刀なのか? ざっと見る限り、人間の身長なんて軽く超える長さだ。だが、これは……どう見ても刀には見えない。そう、確か……これは、竹刀だったはずだ。
「見くびるでないぞ? この刀で儂は数多くのドラゴンの首を両断してきたんじゃ」
そして、豪快に笑うキヘイ。なるほど、よく見ればその竹刀には所々赤いものがこびりついている。これは、ドラゴンを切ったというのもあながち冗談じゃなさそうだ。
ドラゴンを切った竹刀か……。洒落にならねえな。
「私の名前はイシュ・リール。平凡な魔法使いです」
紺色のローブの奥で、線の細い男が笑ってる。が、その闇色の瞳は全然笑っちゃいない。しかも、普通の魔法使いとは笑いたくなる。そんなに死の匂いを振りまいて、何が普通の魔法使いだ。どうせ、その気持ち悪い目は命だけを見てるんだろうよ。そう考えると、こいつの灰色の髪も、まるで生と死の間のような色に見えてくる。
「……マックスだよ。別によろしくしなくていいぜ」
「ええ、ワタクシは絶対によろしくしませんわ」
「お主たちはもう少し協力するということを覚えんかい」
生意気なガキことマックスが吐き捨てるように言い、リリアがそれに噛み付く。そして、注意するキヘイと頭を抱えたい気分になる俺。何でこう問題ばかり起きるんだ、今回のチームは。つーか、何でこいつらは問題ばかり起こすんだ。少しは自重しろ。
「――ニノ」
呟いたのは、四人組の最後の一人だ。今回のメンバーで一番小柄なのがこいつだ。子どもと間違われてもおかしくない。そして、全身を包帯でグルグル巻いており、その表情を窺うことは出来ない。
包帯の隙間から唯一ドロリとした血色の瞳が覗いている。しかし、そこにも感情を伺うことは出来ない。まるで感情が全て欠落しているかのようだぜ。
「こやつは吸血鬼での、日光が駄目なんじゃ」
俺がジロジロと見ていたからか、キヘイが俺に説明してきた。なるほど、それで包帯か。
しかし、吸血鬼とは珍しいもんだ。吸血鬼は人間社会に近寄ることが少ない。吸血鬼に血を吸われたくない人間は多いし、吸血鬼は血を吸う対象を選ばないからだ。わざわざ人間から血を吸わなくても、そこら辺の犬でも捕まえて血を吸ったほうが早いってことだな。
だから、俺はニノが吸血鬼であり、しかも冒険者をやっていることに驚いたわけだ。
「へぇ、吸血鬼だったのか」
「――そう、日光はお肌の天敵」
「……そうか」
後、意味がわからない奴なのもわかった。
とりあえず、これでチームとして最低限機能する状態になったわけだ、たぶん。
本当だったら、もっとチームメンバーについての知識を深めて、協力して依頼を遂行できるようにするべきなんだろうが、この様子では無理だろう。唯一話せそうなのはキヘイなんだが、先ほどから竹刀の整備をしていて、とても話しかけられるような雰囲気じゃない。
……怖い笑みを浮かべながら整備してるからな。邪魔すると斬られそうだぜ。こいつ、絶対頭のネジが吹っ飛んでるな。
他に誰かいないか探していると、リリアがイシュと話そうとしているところだった。
「ところで、そちらのパーティ名は何ですの?」
「いえ、ありません。我々には必要のないものですから。ああ、パーティ申請自体はしておりますよ。申請した時の名前は……忘れました」
パーティ名がない? 気になったので、思わず身を乗り出して聞いてしまう。
「ないですって?」
「ええ、我々は利害関係で結ばれたパーティですからね。パーティを組んだほうが利益があるので組んでいるだけです。依頼の時も、各々勝手に行動するだけであり、チームワークなどないも同然ですよ。利益がないと判断したら、その時はすぐに解散するでしょうね」
「本当だったらパーティなんていらねーし、オレ一人で十分だっての。金が欲しいからってこいつらが勝手にパーティなんて組みやがったんだよ、クソ」
「おや、嫌われたものですね。深く傷つきました」
そう言って泣き真似をするイシュだが、気持ち悪いほど似合っていない。というか、泣き真似をするんだったら、口元に浮かべた薄い笑みを何とかしろ。
しかし、利害関係か。そういうのがあるとは聞いたことあるが、まさかこれほどドライな関係だったとはな。強固な信頼関係で結ばれたリリアの『遙かなる栄光』とは大違いだ。
事実、リリアは予想外のことに驚きを隠せていない。こいつの場合は、利害関係によるパーティがあることすら知らなかったんだろうな。
足手まといと判断したら、キヘイ達のパーティ――いや、マックスは即座にそいつを捨てていくだろう。余裕がなければそうするのも仕方がないが、余裕がある時にそんなことをする可能性もあるな。
協力がまともに期待出来そうなのはキヘイだけか。マックスは言わずもがな、イシュとニノは何を考えるかわからねえ。まったく、冗談きついぜ。
チームとして最低限機能するようになったと思ったが、見当違いだったわけだ。
先が思いやられる。俺は、深いため息を隠せなかった。




