第十一話
「――運命の再会」
「それをこの状況で言いますの?」
再会して最初の一言は、すごく不思議な言葉でした。
炎獄山脈の麓にある、炎獄山脈に一番近い村『テストリトリル』。硫黄の匂い漂う素朴な村でした。
冒険者ギルドを出てからこの村まで、特に何の問題もなく移動することが出来ました。そう、何の問題もありませんでした。
『終焉』に襲われることも、『終焉』が何処かを襲撃したという情報も一切ありませんでした。今、この瞬間までは。
「家が……」
「家宝が滅茶苦茶だ……」
「宿しか残ってねえ……」
まるで、局地的な大規模災害にでも遭遇したかのような惨状です。私達が以前泊まった時は素朴な村だったはずですが、少し見ない間にその姿は見るも無残なものに変えていました。
村人達に話を聞いたところ、恐ろしく巨大な黒いドラゴンがやってきて、村を破壊し尽くしたそうです。
村には、万が一真紅竜が攻めてきた時のことを考えて、地下に避難所が設けられていたようです。村人達は全員避難所に隠れることで難を逃れたそうですが、代わりに村の建物は滅茶苦茶。私達が宿泊した宿以外は全て破壊されてしまったとのこと。
なお、宿が残った理由は、強力な結界が張られていたかららしいです。一国が一撃で壊滅するような超大規模魔法攻撃を受けても大丈夫と言うんですから、恐ろしい結界もあったものです。
財産以外被害がなかったのは、運が良かったのか悪かったのか。命があっただけ儲けものというところですね。
おそらく、この村はもう棄てるしかないでしょう。村人達がどう生きていくか私にはわかりませんし、どうすることも出来ません。
ですが、神に祈ることだけは出来ます。復讐することしか考えていない私の祈りでも、少しは届いてくれるでしょう。せめて、強く生きてくれるよう祈るのみです。
「ニノ様も『終焉』を倒しに来ましたの?」
「――そう。そろそろ満月。だから負けない」
「そういえば、吸血鬼でしたわね」
どうやら、ニノ殿も『終焉』を討伐しにきたようです。しかも、彼は吸血鬼。一緒に戦ってくれるというのなら、とても心強いですね。
何せ、ニノ殿も言ったように、そろそろ満月ですから。
吸血鬼は、昼は人間レベルの力しか持ちません。しかし、夜になれば人間などとは比べ物にならないほどの能力を発揮します。夜が吸血鬼の時間と呼ばれるのは、そのためです。
魔眼、再生能力、身体変化、使い魔召喚、そしてシンプルなその怪力。夜の吸血鬼は多数の能力を持ちますが、そのどれもが恐ろしいものです。
吸血鬼は月の満ち欠けによってその能力を変化させますが、そろそろ満月。満月になれば、吸血鬼としての能力を完全に扱うことが可能となります。今日は完全に、とまではいきませんが、それでも完全に近いくらいの能力を発揮してくれるでしょう。
その吸血鬼としてのスペックに、冒険者としての経験。これが合わされば、ニノ殿はSランク冒険者を上回るほどの強力な戦力となってくれるでしょう。
「ニノ殿。私達と一緒に戦ってくれますか?」
右手を差し出し、私は彼に問いかけます。望む答えはもちろん肯定。しかし、もしも断られたら……考えないほうがいいですね。元々姫様と私で『終焉』と戦うことを考えていたのですから、考えていたように戦うだけです。
ニノ殿は、ひたすら私の差し出した右手を見ています。グルグルに巻かれた包帯の隙間から覗くその眼光は、いったい何を見て、何を考えているのでしょうか。
ここで、ニノ殿の右手が動きます。ゆっくり振り上げられ、そして降ろされる。
「――ワン」
そして、私の右手とニノ殿の右手が重ねられました。掌と掌を向かい合わせたその形。
それは、お手と呼ばれる躾のポーズです。
意味がわかりません。この人は、一体何を考えているのでしょうか。それとも実は、何も考えないでその時その時思いついたことだけで生きているというのでしょうか。
この人は何を考えているのですか。そして私は何を考えているのですか。ああ、わかりません。わかりません。ニノ殿のことがまったくわかりません。
ええい、考えても仕方がありません。わからないことは訊くのみです。
「ニノ殿。一緒に戦ってくれますか?」
「――ん」
コクリと、小さくではありますが頷いてくれました。まったく、素直に答えてくれれば、私も悩まなくて済んだのに……。
今となってはもういいです。とにかく、これで心強い戦力が一人増えました。ありがたい事です。
「なぁ、あんたたち……」
ニノ殿の武器や使える魔法などを確認していると、村人が私達に声をかけてきました。怯えているようにも見えるのは、やはり『終焉』の恐怖が忘れられないからでしょう。
「あのでっかいドラゴンを倒しに行くのか?」
「そうですわ。あのドラゴンを倒すために、ワタクシ達はここまで来たんですもの」
姫様の返答に、村人達がざわめきます。必死に引き止めるような、あるいは信じられないようなものを見る目を向けてくる人達も居ますね。
「やめたほうがいい。あれは……無理だよ。真紅竜なんかとはぜんぜん違う。あれこそまさしく化け物っていうんだろうさ」
そう言ってため息をつく村人は、まるで死人のように見えました。生きる気力を全て失った、死んだも同然の存在です。
愛する人や故郷を失った直後の私達よりも酷い状態です。故郷を失ったのです。絶望するなとは言いませんし、絶望するのも当たり前だと思います。
しかし、死人になってどうするというのです。それでは駄目です。何の解決にもなっていません。
私のように復讐しろとは言いません。忘れろとも言いません。ですが、死ぬことだけは駄目です。死ぬなということだけは、私は強く言いましょう。
生きているのに死を求めたら、それは人ではありません。ただのモノです。動くだけのただの物体です。そんなものよりも、ゾンビやスケルトンといったアンデッドのほうがまだマシです。奴らは生を求めて動いているのですから。
「私達は、この村を滅ぼしたドラゴンを倒して帰ってきます。必ず、生きて帰ってきます」
気がつけば、私は喋っていました。それほど大きな声ではありませんでしたが、村人には聞こえたらしく、全ての村人が私を見てきます。
村人からの死の視線。呪いのようなその視線は、ヘドロのように私に絡みつきますが、負けるわけにはいきません。
この時点でやめてしまったら、村人たちはそのままです。死人のようにあり続け、いずれ死んでいくでしょう。それは、私の望む所ではありません。
わがままなのはわかっています。自己満足なのもわかっています。ですが、言わざるを得ませんでした。
「帰ってきたら、貴方達は生きなさい。死人になっては駄目です。生きなさい。生き抜きなさい」
私の言葉で、何かが変わるでしょうか。何も変わらないかもしれません。何か変わるかもしれません。
出来れば変わって欲しいです。変わって、そして生きて欲しいです。ほんの数人の村人にでも、生き抜いて欲しいです。
「生き抜くというのは、最初の一歩です。まずはそこから始まるのです。死ぬのではなく、生きなさい。それから、今後のことをゆっくり考えなさい」
村人達がざわめいています。肯定する言葉、否定する言葉、色々と私の耳にも届いてきます。
それでいいです。少しでも生きることを考えてくれれば、それでいいのです。
まずは生き抜くことから、全てが始まるのですから。復讐や新たな商売といったものは、その上に成り立ってるのです。無論、それは姫様や私も例外ではありません。
だから、私は伝えたい。まずは生き抜いてくれと。そして、その上で死にたいというのならば、それは仕方ありません。生き抜いた上で尚その決断を下したのならば、私にはもう否定出来ません。それだけの覚悟を持って、その決断を下したということなのでしょうから。
「なぁ、冒険者さんよ……生きて……どうすればいいんだよ?」
縋るような瞳です。自分で考えなさいと突き放すのは簡単ですが、それはさすがに無責任ですね。道を示したのは私なのですから、出来るだけ協力するのが筋というものでしょう。
それで生きてくれるのならば、私の苦労など軽いものですしね。
「ここに残って、村を作りなおしてもいいでしょう。ゲルペリアに行って、新しく商売をするのもいいでしょう。道は無数にあるんです。どれを選択するかは、貴方達の自由です。今は無理ですが、生きて戻ってきた時は、私に出来る事なら出来る限り引き受けましょう」
私のその言葉を最後に、村人達はどうするか相談し始めたようです。とりあえず、これで一安心といったところでしょう。さて、約束を果たすためにも、『終焉』は必ず討伐しなければなりませんね。
「では、向かいましょう。姫様、ニノ殿」
「ええ、そうですわね。この村の人達のためにも、必ず生きて帰らなければなりませんわ」
「――必ず帰宅」
気負った様子のない二人がとても心強いです。姫様とニノ殿がついているならば、どんな困難も乗り越えられそうな気がしますね。
さて、『終焉』よ、待っていなさい。その首、必ずこの私が切り落としてあげましょう。
◆
この村も何日ぶりに来たかわからないな。あー、ヒデエ有様だ。『終焉』にやられたのか?
ん? おお、あの時治療してくれたお姉さんじゃねえか。あの時は助かったよ。なあ、これからどうするんだ?
とりあえず生きると。その先はわからない? なあ、誰にそれを言われたんだ?
ふぅん、騎士みたいな冒険者。セリスだな。
何? 私はゲルペリアまで行く、新天地で頑張りたい。なるほどね。でも、詳しいところまでは……やっぱり決めてないよな。
そうだな、治療してくれた恩もあるからな。ゲルペリアまでの護衛くらいだったら格安で引き受けるぜ。俺が無事に戻ってきたらな。
おう、その通り。『終焉』っていう黒いドラゴンを討伐しにきたんだよ。戦友の仇でもあるしさ。
じゃあ、俺は行くぜ。俺の無事を祈っててくれよ。
俺以外にも山に向かった奴がいるんだろ? へぇ、なるほど。三人か。
そりゃあいい。やられない内に向かわないとな。戦力が削られるのは痛いからな。
ありがとな、美人のお姉さんよ。俺が帰ってきたらキスしてくれよな。
おいおい、真っ赤になって怒ることもないだろ。ただの冗談さ。
じゃあ、今度こそ行くぜ。またな。




