第一話
それは、終わりである。
それは、絶望である。
ゆっくりと上空を旋回したそれは、一つの方角に視線を移す。
しばらく見た後、嬉しそうに咆哮。時が来たのだと、世界に告げるように高々と。
咆哮は、終わりの合図だ。災厄の鐘の音だ。
ゆっくりと、ゆっくりと、『終焉』は近づいていた。
◆
何処の冒険者ギルドが一番かと問われると、俺はここ以外あり得ないと答える。
どんな都市や村にも冒険者ギルドってのは存在するが、やっぱりこの都市の冒険者ギルドが、俺にとっては一番だ。俺以外にも、大多数の冒険者が俺と同じ回答をすると思うね。
市場都市『ゲルペリア』。都市全体が一つの市場になっている、世界一の超巨大市場にして商人の聖地だ。
ゲルペリアは、市場都市の他に『白亜の都市』とも呼ばれている。何故ならば、ゲルペリア内の建物のほとんどが真っ白いからさ。
ゲルペリアの近くには、建築材として最適な性質を持つ石が大量にある。それを切り出すための石切り場ももちろんあるし、ゲルペリアの建物はほとんどがその石を使って建てられている。その石は、『ゲルペリア石』とか呼ばれてるよ。
で、ここまで言えばわかると思うが、その石は綺麗な白色をしてるのさ。シミひとつない美女の肌みたいにな。『聖女石』なんて呼んでた奴もいたな。聖女はないだろうと思ったね。
ゲルペリアの中央には真っ白な大聖堂がそびえ立つ。その姿は荘厳にして清浄かつ華麗。まさしく神の奇跡を体現した建築物なんて言われるほどだ。さすがにそれは言いすぎだとは思うが、それでもこの大聖堂が美しいのは、俺も認めてる。
そして、その大聖堂を中心として十字の形に大通りが作られている。馬車が四台も五台も余裕で通れる大通りだが、そこを通るのは馬車じゃない。
買い物客。それと、商人だ。後、冒険者。
大通りには数多くの露店が立ち並ぶ。売ってるものも様々で、食料や香辛料、日用雑貨。あるいはレア物の豪華な鎧なんてのもあるほどだ。もちろん、食料はこの区画、武器はこの区画なんて具合に、場所によって売るものは区別されてるけどな。そうしないと、売る方も買う方も大変なだけだ。
大通りから少し外れると、商店や宿、あるいは民家などが立ち並ぶ。こっちもそれなりに賑わっているものの、大通りにはとても敵わない。つーか、敵うはずがないし、敵うのはあり得ない。やっぱり、ゲルペリアの心臓はこの大通りなんだよ。
大通りを中心とした円形状の超巨大都市。それが、この市場都市『ゲルペリア』だ。
◆
ゲルペリアは夜を忘れた街なんて呼ばれ方をすることがある。理由は単純。昼も夜も関係なく、商人と買い物客で賑わっているからだ。
昼は大通りがメインだとしたら、夜は大通りから少し外れた裏側がメインになる。夜でも大通りは賑わっているが、それ以上に裏側が賑わうという昼夜逆転の現象が起きるんだ。
俺個人としては、夜のほうが賑わっているんじゃないかと思ってる。夜には冒険者が依頼を終えて帰ってくるからな。その分だけ人は増えるし、帰ってきた冒険者を対象にした商売をする奴らの分だけまた増える。まあ、こう思うのも、俺が冒険者だからかもしれないけどな。都合上、どうしても昼のゲルペリアには疎くなってしまうのはしょうがない。
冒険者相手の商売ってのは、言うまでもなく夜の商売というやつだ。荒っぽい奴らの集まるボロい酒場から、冒険者を相手にした性の商売まで様々だけどな。
当然俺も利用する。危険な冒険から帰った後の一杯ってのは格別だ。普段なら不味く感じる安酒も、何故か美味く感じるってもんだ。もちろん、女も同じだぜ。
今日の俺は後者のほう。女を求めて、夜の街を彷徨ってるわけだ。ただし、今日は冒険には行ってない。たまには休まないと、体が保たないからな。
大通りから二本ほど外れるだけで、様子はガラリと変わる。酒の匂いと女の匂い。酔っ払い共の耳障りなダミ声がBGMだ。お子様にはとても見せられないな。
一晩の相手を物色して視線を彷徨わせる。女といっても、美醜年齢様々だ。出来れば若くて綺麗な女がいいと思うのは、自然なことだろう。
が、残念ながら今日は不作だ。目を引かれるような女がいても、隣に男がいるのがほとんどだ。さらに、目をつけた女が俺より先に男に取られたのを目にしたときは、これはもう駄目だと諦めた。
仕方ない、今日は適当な店に厄介になることにしよう。今日の俺みたいな負け組は、そういう店で済ますのが一番傷が浅い。無駄に女を探していても、虚しくなるだけってものさ。
そうと決まれば目についた店に行くことにしよう。どうせ何処も似たようなもんだ。冒険者でいっぱいに違いない。
そして、目についたのはド派手なピンクの魔石ランプで彩られた悪趣味な店。淫猥な雰囲気を出したかったのかもしれないが、やり過ぎると滑稽でしかない典型的な例だ。
だが、気に入った。今日の俺にはピッタリだ。負け犬に上等な店は相応しくない。
木製の両開きのドアを勢い良く開ける。蝶番が錆び付いているのか、ギシギシと不快な音を立てた。
入ってすぐの場所には待合室。冒険者の数は少ない。これは予想外だった。
冒険者の数は四人。全員男。パーティでも組んでいるのか、今日の成果を笑いながら話している。身に着けているものを見る限り、パーティとしては中級上位もしくは上級一歩手前といったところだろう。
俺はそいつらとは少し離れたところに座る。知り合いでもないし、必要以上に慣れ合うのはゴメンだ。
「今回は絶好調だったな!」
「これで装備を買い換えることも出来るでしょう」
「うむ、そうだな」
「……フッ」
でかい声で話しているせいで、四人組の声が聞こえてくる。聞き耳を立てるつもりはなかったんだが、これじゃあ立ててるのと一緒だな。
仕方ない、聞き流すことにしよう。そう考えた俺だったが、次に聞こえてきた言葉でその考えを改めることになった。聞き流せないし、聞き逃すことも出来なかったんだ。
「もう一回『炎獄山脈』に行きましょう、あそこはいい狩場です」
「うむ、そうだな」
「ですが、あのドラゴンの死体は何だったのでしょう? まるで体が半分最初からなかったような……」
「そうだな。あんなの見たことねえよ」
「うむ、そうだな」
「まるで死体の半分が何処かに消えたかのような……」
「うむ、そうだな」
「……フッ」
個性豊かな四人組だが、俺の意識はそいつらに向いていなかった。
消えたような死体。俺が考えていたのは、それについてだった。
物を消すには、様々な方法がある。大火力で焼滅させる。超重力で粉々に吹き飛ばす。あるいは、『消滅』という魔法を使えば、綺麗サッパリ最初からなかったかのように消える。
ただし、それらを使うには莫大な手間がかかる。必要な魔力は膨大で、詠唱にも長い時間が必要となる。一朝一夕で実現出来るものではなく、大変な労力が必要になる。とても実戦で使えるような魔法じゃない。使うとすれば……ゴミ処理か?
しかも、話を聞いていると、その死体はドラゴンだという。
ドラゴンは、神がいたとされる神代から生きてきた魔獣だ。遥か太古より変わらずに生き続けるドラゴンは、それだけ生物として完成されていることを示す。
また、とある神話には、神とドラゴンの長きにわたる争いについて記述されている。その神話によると、争い神の勝利に終わったが、神自身その数を激減させており、実質痛み分けに近い形で争いは終わったそうだ。
神に匹敵する魔獣であるドラゴン。上位種はもちろんのこと、下位種であってもその脅威は計り知れない。
そんなドラゴンが、まるで消えたかのように死んでいる。
炎獄山脈に住むドラゴンは、真紅竜と呼ばれる危険度の高い凶暴なドラゴンだ。つまるところ、上位種だ。
上位種である分、魔法にも強い抵抗力があるし、それ以上に気性が荒い。獲物を見かけたら、すぐに殺そうとするほどであり、実際にその能力も持っている。
だから、炎獄山脈に行く冒険者は、真紅竜に見つからないことを第一とする。真紅竜の殺害どころか撃退すら、ごくごく一部の上位の冒険者にしか出来ないからだ。
真紅竜を消す。あり得ないとしか言えない。少なくとも、人の手には無理だと言い切れるのは確実だ。
何が起きているのかわからない。何が起きようとしているのかわからない。
予測できない事態に、俺は嫌な予感しかしなかった。考えれば考える程、その予感は強くなる。
考え過ぎかもしれない。ただの杞憂に終わるかもしれない。むしろ、杞憂であってほしい。
だが、俺の勘が叫んでいる。俺の予感が叫んでいる。何かが起きると。何かが起きていると。
女の中に逃げこんでも、それは止まらなかった。
どうでもいいけど、店の女につまらない男と言われたのは、カチンと来たね。ヤッてる最中もそれについて考えていたとはいえ、思わずぶん殴りたくなったよ。
◆
いつもの赤いジャケットを羽織って、俺は冒険者ギルドへと足を運んでいた。いつも通り、依頼の確認をするためだ。
しかし、嫌な予感というのは当たるもので、その依頼を見たとき、俺は舌打ちをしたい気分になった。
四人組の話を聞いた翌日。俺は、依頼を受けるために冒険者ギルドへと足を運んでいた。
冒険者ギルドの二階。そこは、冒険者登録や依頼登録などを行なうための受付になっている。冒険者が依頼を受けるのもこのカウンターであり、必然ここは人で賑わうことになる。
各種依頼を貼り出されるのもここであり、俺も依頼を受けるときはここに来るのがほとんどだ。
ちなみに、ゲルペリアの中央に存在する大聖堂が、冒険者ギルドの建物だ。かつてはどっかの宗教の総本山だったらしいんだが、その宗教が崩壊。大聖堂が売りに出されたところを、冒険者ギルドが買い取ったという話だ。まあ、こんな歴史はどうでもいいな。
さらにどうでもいいことを話すと、このゲルペリア自体、昔は宗教都市だったらしい。大通りが十字の形になってるのは、そのためだとさ。
やっぱりどうでもいいことだったな。それよりも、今は依頼のほうが先だ。
依頼の内容は、炎獄山脈における真紅竜大量殺害の原因調査だそうだ。昨日、四人組が話していたことに違いない。
受けるかどうか、俺は悩む。調査だけだったら他の奴らに任せて大丈夫だろうが、それで俺の不安は解消されるかというと、おそらく解消されないだろう。
他の奴らに調査を任せた場合、依頼を受けている最中も不安でたまらなくなり、結局受けた依頼に集中出来なくなるという未来が目に見えている。それはあまりよろしくないな。
どうせ受けるんだったら、この依頼でいいだろう。それに、俺の予感が当たっているかどうかも、この調査で判明するはずだ。
俺は一つ頷くと、受付へと向かって歩き出した。




