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騎士とか軍人とかが活躍する短編集(恋愛)

人類の敵を殲滅せよ!

作者: 星彼方


「いいかっ、これより『アイネ・キュッヒェンシャーベ殲滅作戦』を開始する!」


「了解!!」



宇宙を走行する護衛魔導戦艦アヴェンジャーズの搭乗員すべてに出された指令。


『アイネ・キュッヒェンシャーベ殲滅作戦』


史上最強とまで謳われる件の魔物を完全に激破するまでこの作戦は終わることがない。

この何よりも重要なこの作戦の指揮官はアストラード・ヴェストランディア。

『アイネ・キュッヒェンシャーベ殲滅作戦』はアストラードが隊長として、必ず成し遂げねばならない作戦であった。

搭乗員すべてと言うことで、もちろん副隊長であるシュイリュシュカもこの作戦の持ち場の他の整備士たちと共に作戦参加を義務付けられている。

いや整備士たちにとってこそ、この作戦は重要であったのだ。


「いい?彼の魔物は必ずこの魔導戦闘機ドックを狙っているわ。すでにどこかに潜入しているとの報告があるから、十分注意してちょうだい」

彼の魔物は驚くべき機動力を持っている。

そのスピードたるや、並みの騎士のみならずエリート騎士でさえ手に負えない速さなのだ。

しかも飛行能力もあなどれない。


「敵の生死は問わない。むしろ、殺さなければ」


シュイリュシュカの言葉にごくりと唾を飲み込む整備士たちは、覚悟を決めたように頷いた。

 

「では、散開!!」


シュイリュシュカの合図と共に武装した整備士たちが一勢に魔導戦闘機ドックへと駆け込んでいった。


「うわっ」


「どうしたっ、しっかりしろっ!!」


「いたぞ、こっちだ!向こうに回って挟み撃ちにしろ!」


「見つけしだい殺せっ!!」


ドック内で壮絶な戦いが繰り広げられる。


みんな、頑張ってちょうだい…。


まさか、このアヴェンジャーズが戦場と化すなどとは思いもしなかった。

一体いつ、彼の魔物の侵入を許してしまったというのか。

今さらこんな事を嘆いても仕方がないのだが、何故という疑問は拭うことが出来ない。

シュイリュシュカはドックから敵が内部に入り込まないようにしっかりと扉に向かって武器を構えなおす。


来るなら来いっ!!




『アイネ・キュッヒェンシャーベ殲滅作戦』が始まってから一時間が過ぎた頃。


「シュイ副長大変です!!は、早く第3居住区まで来てくださいっ!!」


魔導戦闘機ドック前に完全武装したライモンドが飛び込んできた。

その顔は憔悴し、かなり疲労しているようだ。

ライモンドは第4居住区で指揮を取っていたはずだったが、どうしてここにいるのだろう。


「ライモンド、どうしたの?コムがつながらないと思ったら…まさかっ?!」

「コムがどっかに行ってしまったんです。第4は終わったけど第3居住区はもう手に負えない、人手が足りません!!隊長が今のところ頑張っていますが、いつまで持ちこたえるか…」

「そんなっ!!わかったわ、私が行く」 

 

シュイリュシュカはすぐに飛び出そうとしたが、それをライモンドが止める。

 

「何っ?!ライモンドは人員を確保してから来てよ!!」

「これを持って行ってください、改造銃です…狙いを外さなければ、一発でやれます」


ライモンドは鈍く銀色に輝く重量のある銃を差し出した。


「隊長に渡してください…隊長の腕前だったら使いこなせるはずですから」

「わかった…ライモンド、後は頼むわね」

「了解しました!」


ライモンドから受け取った銃を肩に担ぐと、シュイリュシュカは第3居住区に向かって走り出した。


隊長、待っててください…。


私が今から向かいますから!!


 


第3居住区は悲惨な有様だった。

各部屋から立ち昇る煙でほとんど視界がきかず、どこに誰がいるのかまったくわからない。


「隊長、どこですか?」


煙にやられたのか、たくさんの兵士たちが廊下に横たわって苦しそうに呼吸している。

第3居住区は重力があるので折り重なるようにして人が倒れている様は凄惨な光景だった。


「たい、ちょ…ゴホっ、ど、こ?」


大声を出した際に吸い込んだ煙にむせるシュイリュシュカに倒れていた騎士の一人が自分の防毒マスクを差し出してきた。


「こ…これを使って…たいちょゲホっ!…は、奥にっごほごほっ!」

「しっかりして!!ライモンドがすぐに応援を呼んできてくれるから、それまで辛抱してて」

「は、はい」

「後は私に任せて…ね?」

その言葉に安心したのか、騎士はぐったりとしてしまった。

脈を確認したところ、気絶しただけのようである。

とその時、妙に乾いた破裂音が響いてきた。



バンッ、バンバンッッ



これは。


この音は…。



「アストラード隊長っ!!」


この奥は行き止まりの食堂だ。

どん詰まりの食堂から銃声。

それは、アストラードがそこにいると言う事を示していた。


「隊長、アストラード隊長、どこに?!」

「シュイかっ!!」

「隊長?!」


声が聞こえた視界が効かない部屋の中を防毒マスク越しに必死で探す。

机も椅子もそこかしこに積み上げられ、いつものほのぼのとした雰囲気は微塵も感じられない。

そしてシュイリュシュカの目の端にふっと、黒い影が映った。

アストラードは積み上げられた机の陰にしゃがみこみ、必死に目を凝らしているようだ。


「ここはどうなっているんですか?魔物は?」


駆けつけたシュイリュシュカがアストラードと同じように身を低く構える。


「わからんが、今は大人しいな…」


額に汗をかいているものの、アストラードの無事な姿にホッとする。

それからシュイリュシュカは気を抜くことなくライモンドから預かっていた銃を渡した。


「これを、ライモンドが」

「AD弾か…仕留めるには最適だが、威力は?」


オートマチックではないので6発ごとに弾を補充しなければならないが、かなりの威力はありそうだ。

 

「改造してあると…。一発で、だそうです」


ということは、殺傷能力はMAXか。

これで、全滅させることが出来ればいいが。

アストラードは重量のある銃の弾倉を開く…しかし。


「弾が入ってない」

「ええっ!!嘘、私の馬鹿っ、確認しなかったから…」


顔が青ざめたシュイリュシュカにアストラードは気にするなという意味合いを込めて背中をたたいてやる。

 

「お前が来てくれたから、それでいい」

「隊長…」

「シュイがいれば負ける気はせんからな」


なんとも嬉しいことを言ってくれる。

アストラードは不適にニヤっと笑い、シュイリュシュカに短く、そして熱い口付けをした。


「これで、さらに効果は抜群だ」


非常時にこんな事をしてもいいのかどうか迷ったが、でもこんな時だからこそ嬉しかった。



「隊長、副隊長〜、どこですか?!」


魔導戦闘機ドックや他の区域から応援を呼んできたライモンドが食堂に入ってくる。

応援が来たということは、他は片付いたのだろうか。 

ライモンドの顔には先ほどは見られなかった余裕が覗いていたので、大丈夫なのだと確信した。


「ライモンド、他に魔物の被害は?!」

「あっちは完全に封鎖しました。いくら魔物とは言え、あれだけのトラップを潜り抜けてくることはないはずです。厳重に騎士も配置したし、残るはここだけ…」

「どうでもいいが、弾ぐらい装填しておけっ!!」

「げっ…さっき使い果たしちゃったっけ…」


ライモンドから新しく弾を受け取りながら、アストラードは煙が薄くなったところに目を凝らす。


先ほどからかすかに音と気配がする。


多分間違いない。 

 

アストラードは相手の動向を探るため、腰に下げていたスパナを放り投げた。


「ちっ素早いっ。シュイ、後ろっ!!」

「いやぁぁっ!!」


バシャバシャバシャバシャバシャッ!!!!!


あの独特の羽音と共に飛び出してきた黒い物体。



最強の魔物。


人類最大の敵。


恐るべき生命力を持った禍々しい存在。


コックローチ、ラクカラチャ、キャファール、ゴキブリ…。


様々な国で様々な名前で呼ばれる太古の生物兵器。



ヴェルトラント皇国では『アイネ・キュッヒェンシャーベ』と呼ばれる黒虫。



シュイリュシュカは反射的に、手にしていた書類を丸めた武器で叩き落す。

しかし、しぶとい黒虫はカサカサと音をたてて机の下にもぐっていった。


「ああーーーーっ、仕留め損なったっ!!」

「くっそぉ、奴ら、黒虫バル○ン改に耐性をつけたのかっ!!」


たかが虫とあなどるなかれ。


この密閉されたアヴェンジャーズ内では黒虫の逃げ場はなく、完全に全滅させないとどんどん増殖してしまうのだ。

黒虫はありとあらゆる隙間に入り込む。

特に温かい戦闘機の内部や餌が豊富な食堂は奴らの住処になっているため、特に念入りにしなければならない。

駆除し損ねたらなにか変な病気にでもなってしまうかもしれないし、戦闘機の配線がかじられてしまい戦場でショートするおそれも否定できない。

さらにこの狭い空間ではあっという間に病気が感染してしまうという問題もあり、今回の『アイネ・キュッヒェンシャーベ殲滅作戦』は必要に迫られて決行されたのであった。

したがって、先ほどから立ち込めている煙は人類の友『黒虫バルサ○改』の煙で、ライモンドが仕掛けてきたトラップとは黒虫ホイ○イのことである。


「シュイ、離れていろっ!!」


アストラードが瞬時に弾を装填し、机の下に向かって照準を合わせる。


「ライモンド、頼むぞ」

「げぇっ、俺ですか?!」


ライモンドが避難している騎士たちに恨みがましい目を向けながらアストラードの指示に従って黒虫が潜む机を思いっきり蹴っ飛ばす。

しかし、振動を与えても黒虫が出てくるはずがない。

アストラードの『やれ』という視線に顔をしかめながら、ライモンドは覚悟を決めた。


「あ~もう、どうにでもなれっ!!」


ライモンドが渾身の力を振り絞って机を動かす。



ぎぎぎぃぃぃ。



机が床にこすれる嫌な音がして、あたりにいた者はごくりと唾を飲み込む。



ガサッ


カサカサカサカサカサッ!!




「ぎゃああアアアアアぁぁぁぁぁぁっ!!」



近くにいた騎士たちから情けない悲鳴があがる。


潜んでいた黒虫は一匹ではなかった。


散々追い詰められていた黒虫たちの最後の砦を動かしたものだから、今まで隠れていた黒虫たちが一気に四方八方に逃げ出す。


「やだやだやだやだっ、隊長、隊長、助けて!!」

「うわぁぁぁっ、こっちにくるなぁっ!!!!」

「たいちょ~~!!」

「くそっ、貴様ら逃げるなぁぁぁぁぁっ!!」


黒虫に言ったのか部下に言ったのかはわからないが、アストラードの見事な銃の腕前で黒虫たちは次々に仕留められていく。

 

「隊長、すごい、すごいです!!」


目にも留まらぬ早撃ちを目の当たりにしたシュイリュシュカは歓声をあげる。

AD弾―――――要するに強力な粘着力を持つ液体が入ったラバー弾が次々とゴキブリの動きを止めていき、瞬時に固まってしまった。 

なるほど、固まったゴムごと捨てればいいので後片付けは楽そうだ。


「うわぁぁ、こいつ飛んだーっ!!」


何故か飛ぶ黒虫に追いかけられている構図のライモンドは反撃することを忘れているらしい。

あまり苦手なものがなさそうなライモンドにも弱点があったのかとアストラードは妙に感心(?)した。


「隊長、早く助けてあげてくださいよ!」

「アイツが動き回るから照準が合わん…おいっ、ライモンド動くなっ!!!!」

「無理ですって~っ!!」

「当たっても知らんからな」


アストラードはライモンドに忠告して、銃を構える。



 3



 2



 1


 

パンッ!!



一発の銃声が鳴り響き、時が止まったように静かになった。

見れば、先ほどまで走り回っていたライモンドが呆然と立ち尽くし、妙に乾いた笑い声を出している。


「はははは、た、隊長〜、すれすれで撃たないでくださいよ…」

「当たってないなら文句を言うなっ!!。まったく、情けない奴だな」


見事に飛んでいる黒虫に弾を命中させたアストラードは、銃口を降ろした。

ラバー弾はライモンドの頬のすぐ横をかすめ、そのまま後ろの壁にへばりついている。


「これで最後でしょうか?」


シュイリュシュカが恐る恐る机や椅子をがたがた言わせながら確認するが、もう出てくる気配がない。


「わからんが、まあ、後はホイホ○でも仕掛けるしかないだろう」

「了解!!よしお前ら、ココには大量のトラップを仕掛けるぞ」

「ライモンド先輩〜。その前に換気っすよ、煙たいし目が痛いし…」

「総員に伝えろ。敵はほぼ制圧、残りはトラップにて捕獲。換気システムを作動しろ」

「はいっ!」


大きな銃を片手にテキパキと指示を出すアストラードは、はっきりいって恰好よい。

不敵な笑みも、得意顔も、いつもより数倍は魅力的であった。


「隊長?」

「何だ、シュイ?」


振り向いたアストラードに今度はシュイリュシュカから不意打ちの労いの抱擁と口付けをする。

お疲れ様という気持ちと愛を込めて。


「見事な指揮でしたね隊長!私…惚れ直しました」

「…っ?!」


真剣な顔で戦場に立つ隊長もいいけれど、顔を赤らめて照れる隊長も魅力的でいいなとシュイリュシュカはこっそり思った。




こうして、アヴェンジャーズにおける『アイネ・キュッヒェンシャーベ殲滅作戦』は終了した。

これによりアヴェンジャーズの総員、特に整備士たちと食堂に平和が訪れたわけであるが、アストラードの見事な采配が評判を呼び、近々防衛衛星基地でも作戦を指揮することが決定したそうである。



進め、騎士たちよ。


戦え、人類の為に。


平和を脅かす人類の敵を殲滅せよ!!




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