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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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鷹取の後退——勝利と呼べない勝利

 記者会見場のカメラフラッシュを浴びながら、クロノス代表は深々と頭を下げた。角度は四十五度。長すぎず短すぎない、計算し尽くされた三秒間。営業マン時代、俺はこういう頭の下げ方を「戦略的謝罪」と呼んでいた。本当に悪いと思っている人間は、角度なんか気にしない。


「管理局との連携において、弊社の内部統制に不備があったことを深くお詫び申し上げます」


 鷹取の声には一片の震えもない。銀縁の眼鏡の奥の瞳は——テレビ越しでも分かるほど冷静だった。百五十万人の視聴者が見た証拠映像。装備品調達の水増し。免許停止処分の恣意的な運用。それら全てを「内部統制の不備」という四文字に圧縮してみせた。


「責任を明確にするため、運営部長および法務部長の二名を本日付で解任いたしました」


 凛のマンションのリビングで、俺と凛と三島の三人がテレビを見ていた。三島は左腕にギプスをつけたまま、ソファの端で膝を抱えている。凛はノートPCを膝に乗せ、会見の発言を一字一句記録していた。


「——自分は辞めねぇのかよ」


 三島が呟いた。声は低く、掠れていた。


 テレビの中で記者が質問する。「鷹取代表ご自身の進退についてはいかがですか」


 鷹取は一瞬だけ間を置いた。この間の取り方も計算だ。即答すれば軽く見える。長すぎれば動揺に映る。二秒。完璧な二秒。


「業界の安定と探索者の皆様の安全を最優先に考え、私自身が先頭に立って改革を推進することが責務であると考えております」


 つまり——辞めない。代表の座に留まる。


「ふざけんな……」三島がリモコンを握りしめた。ギプスの下の左腕が震えている。


 俺はテレビを消した。画面が暗転し、三人の姿がブラウン管に映り込む。疲れた顔が三つ。凛の机の上には空になったコーヒーカップが三つ並んでいた。会見が始まってから、誰も一言も喋らないまま一時間が過ぎていた。


 配信のチャット欄は今も荒れているだろう。俺は配信をしていなかったが、他の配信者たちが鷹取の会見をリアルタイムで実況していたはずだ。スマホを見ると、マコトからメッセージが来ていた。『解任された二人は尻尾です。頭は無傷。次の手に警戒を』。さすがマコト。俺と同じ結論に達している。


「勝ったのか、これ」三島が訊いた。


 凛がタイピングの手を止めた。


「スポンサー三社が契約を一時停止。ギルド協会が調査委員会を設置。免許停止処分は近日中に撤回される方向です。数字だけ見れば——勝利です」


「勝利には見えねぇっすけど」


「同感だ」俺は言った。「トカゲの尻尾切りだ。本体は無傷で逃げた」


 営業の世界では珍しくない。不祥事が発覚したら、まず部下を切る。自分は改革者の顔をして残る。鷹取のやり方は——教科書通りだった。だからこそ厄介だ。教科書通りの対応は、崩しにくい。



  ◇



 久我山の装備店カーゴに着いたのは、会見から二時間後だった。


 店の裏口から入ると、階段を上がった二階に久我山がいた。六畳の畳部屋。古い畳の匂いが鼻をついた。い草と日焼けの混じった、祖母の家を思い出す匂い。その下に、階下の工房から上がってくる金属油の匂いが薄く重なっている。


 畳の上に敷かれた布団。その傍らに——神代蒼真が座っていた。


 最後に見た時とは別人のようだった。クロノスの黒いスーツは消え、久我山が出したらしい古い作業着を着ている。髪は乱れ、無精髭が顎を覆っていた。テーブルの上にはカップ麺が二つ。片方は食べかけで、湯気がまだ微かに立ち昇っていた。安っぽい醤油の匂い。


「……柊」


 蒼真は俺を見上げた。あの鋭い目は変わらない。だが——どこか肩の力が抜けていた。


 久我山が茶を淹れながら言った。


「今朝方、店の前に立ってたんだよ。荷物一つでな。クロノスを追い出されたってさ」


「情報漏洩の責任を問われました」蒼真の声は淡々としていた。「正確には——私がクロノス内部の情報を外部に流したという名目です。実際には鷹取の尻尾切り要員が足りなかったんでしょう。幹部二名では——世間の目は誤魔化せても、組織内部の不満は収まらない」


 蒼真はカップ麺の残りを啜った。Aランク探索者がカップ麺を食う姿は——妙に人間臭かった。


「で、どこへ行くアテは」俺は訊いた。


「ありません」


 即答だった。蒼真は苦笑した。いや——笑ったのを初めて見た。


「クロノス以外の世界を、私は知りません。十八歳で入って、十二年。社宅住まいで、私物もほとんどない。探索者としてのランクは残っていますが、事実上——追放です」


 久我山が蒼真の前に湯呑みを置いた。緑茶の湯気が畳の匂いに溶ける。


「うちの二階、空いてるよ。狭いけどな。鋼一郎も昔、よくここに泊まってた」


 三島の父親——三島鋼一郎の名前が出た瞬間、蒼真の目が動いた。


「……三島鋼一郎。読み手の先代。あなたは彼のパーティメンバーだったと聞いています」


「ああ。十年前に消えちまったけどな」久我山は茶を啜った。「お前さんも同じだ。行き場がないなら、ここにいろ。武器屋の二階ってのは——はぐれ者の定位置だ」


 蒼真は湯呑みを両手で包んだ。指先が微かに震えていた。十二年間所属した組織を追われ、社宅を失い、荷物一つでここに来た。Aランクの戦闘力は残っていても——社会的には裸同然だ。


 俺にはその感覚が分かる。リストラされた日、段ボール一箱分の私物を持ってオフィスを出た時のことを、まだ覚えている。十年間の営業成績。顧客との信頼関係。全部リセットされて、残ったのは——自分自身だけだった。


「飯、もう一杯食うか」久我山が棚からカップ麺をもう一つ取り出した。「うちは味の選択肢はないが、量だけは出してやれる」


 蒼真は小さく頷いた。ポットの湯気が部屋に広がる。



  ◇



 久我山が気を利かせて階下に降りた後、俺と蒼真が二人で残った。


 窓の外から、商店街の喧騒が薄く聞こえてくる。夕方の買い物客の声。自転車のベルの音。日常の音だ。この六畳間の中の緊張とは、まるで別の世界の音。


 沈黙が落ちた。重い沈黙だった。28層で蒼真と対峙した時のことが、まだ体の中に残っている。あの殺意。あの剣圧。だが——


「柊」蒼真が先に口を開いた。「28層の件は——」


「終わったことだ」


「終わっていません」蒼真の声が硬くなった。「私は任務として、あなたの排除を試みた。理由があったとはいえ——命を奪おうとした事実は消えない」


 俺はカップ麺の空容器を片付けながら言った。


「営業マン時代にな、競合他社の営業と商談でぶつかることがあった。客を奪い合って、時には汚い手も使った。でも案件が終わった後に飲みに行くと——意外とそいつがいい奴だったりする」


「これは商談じゃない」


「分かってる。でも本質は同じだ。お前は組織の指示で動いた。で、途中で間違いに気づいて——自分で判断した。配信であの証言をしたのは、お前の意志だろう」


 蒼真は答えなかった。窓の外を見ていた。夕日が商店街のアーケードの向こうに沈みかけている。オレンジ色の光が畳の上に長い影を作っていた。


「クロノスに入った時——正しいことをしていると思っていました」蒼真はゆっくりと言った。「ダンジョンの秩序を守る。探索者を管理する。それが社会の安全に繋がると。鷹取代表の理念に——共感していた」


「今は?」


「理念は正しかったのかもしれない。ただ——実行する人間が間違っていた」


 俺は畳の上にあぐらをかいた。


「神代。一つ訊いていいか」


「何ですか」


「お前がクロノスで見たもの——鷹取が本当にやろうとしていること。俺たちはまだ全貌が見えていない。免許停止も装備品の水増しも——たぶん表層だ」


 蒼真は長い間、黙っていた。湯呑みの中の茶が冷めていく。


「鷹取代表は——ダンジョンの構造そのものを掌握しようとしています。第二階梯のデータ。ダンジョンコアへのアクセス権。それを独占することで、探索産業全体の支配権を確立する。そのためには——読み手の存在が邪魔になる」


「つまり俺が邪魔か」


「読み手が独立した立場でダンジョンの情報を公開し続ける限り——鷹取のシナリオは成立しません。だから排除しようとした。そして——失敗した」


 窓の外の喧騒が遠くなった。日が落ちて、商店街の灯りが一つずつ点き始める。


「ここにいろ」俺は言った。「久我山さんの言う通りだ。行き場がないなら、ここでいい。お前が持ってる情報は——これから必要になる」


 蒼真が俺を見た。Aランク探索者の目。だが今はもう——敵の目ではなかった。


「……感謝します」


 不器用な言葉だった。たぶんこの男は、感謝という言葉を口にした経験がほとんどない。クロノスの組織人として、命令と報告の言葉しか使ってこなかったのだろう。


「礼はいらない。その代わり——お前の知っている情報を全部教えろ。鷹取のこと。クロノスの内部構造。40層以深に関するデータ。全部だ」


「……交渉条件ですか」


「対等な取引だ。うちはお前に居場所を提供する。お前は情報を提供する。営業の基本だろ」


 蒼真は——また笑った。二度目の笑顔。今度は少しだけ自然だった。


「営業の基本は知りませんが——悪くない条件です」



  ◇



 自宅に戻ったのは午後十一時を過ぎていた。


 狭いワンルームの机の上に、スマホを置いた。シャワーを浴びて、冷蔵庫から麦茶を出して一口飲んだところで——通知が鳴った。


 朝霧千歳からのメッセージ。暗号化アプリ経由。


 スマホを手に取ると、画面の光が暗い部屋に浮かび上がった。指に力がこもる。朝霧からの連絡は——常に重要な情報を含んでいる。管理局の内部にいながら、彼女がどれだけのリスクを負っているか。それを考えると、軽い気持ちでは読めない。


 メッセージを開いた。


『免許停止は近日中に撤回されます。ギルド協会の審査委員会が処分の根拠不足を指摘しました。これは表向きの動きです』


 ここまでは予想通りだ。凛の分析と一致する。


 だが——続きがあった。


『ただし鷹取は終わっていません。記者会見は撤退ではなく後退です。次の手はもっと巧妙になります。今回の件で鷹取が学んだのは、正面からの攻撃は配信で可視化されるということ。次は——見えない場所から来るはずです』


 スマホを握る手に、さらに力がこもった。撤退と後退は違う。営業でも同じだ。撤退は諦め。後退は——体勢を立て直すための一時的な退却。鷹取は諦めていない。


 メッセージには、もう一つの情報があった。


『それと——一つ気になることがあります。影山局長が最近、頻繁に40層付近の探索データを閲覧しています。管理局のサーバーログで確認しました。閲覧頻度は過去一週間で十七回。通常業務では説明できない回数です』


 40層。


 凛が発見した空白エリア。ダンジョンからのメッセージに対応する、地図上の未知の領域。


 影山が——それを見ている。


 スマホの画面を閉じた。暗い部屋に、自分の呼吸音だけが響いた。


 鷹取の後退。影山の不審な動き。そして40層の先に待つもの。


 勝利と呼べない勝利の後に——新しい戦いの気配が、静かに忍び寄っていた。

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