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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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装備店カーゴの特注品

 シュッ、と滑らかにナイフが走る。革の繊維が切れる微かな音。続けて、ナイフの刃先が裁断台に当たる軽い音。新品の革の匂いが、金属油の匂いと混じり合って、カーゴの店内を満たしている。革と鉄の匂い。営業マン時代に通っていたオフィスの、コピー用紙とインクの匂いとは全く違う世界の空気だ。


「足は?」


「まだ少し腫れてますけど、歩けるようになりました」


「無理するなよ。Dランクのお前さんが2層に潜るだけでも無茶なんだ」


 久我山はカウンターの向こうで作業を続けながら、ぶっきらぼうに言った。だが目は一颯の右足首を確認している。包帯の巻き方を見て、小さく頷いた。ドクターの指導通りに巻いた包帯。久我山の目には、悪くない処置に映ったのだろう。


「配信は見たぞ」


「え、久我山さんも見てくれてたんですか」


「店の常連にうるさいのがいてな。『カーゴの装備が映ってたぞ』って騒がれた。ゴーレムの前で背中を壁に押し付けて震えてる姿、なかなか笑えた」


 久我山はそう言って、かすかに口の端を上げた。笑ったのだと思う。この人の笑い方は控えめだ。


「お前さんの戦い方は面白い」


 革を裁つ手を止めて、久我山はこちらを見た。


「鑑定で敵のAIを読んで、壁際を走って逃げる。普通の探索者なら絶対にやらない。恥ずかしいからな。だが——理に適ってる。殴り合いで勝てないなら、殴られない位置にいる。それが正しい」


 正面から褒められると、返す言葉に困る。営業時代、上司に褒められた記憶は——正直、あまりない。数字を出しても「まだまだだな」。出なかったら「何やってたんだ」。あの八年間で学んだのは、努力と評価は比例しないという残酷な事実だけだった。


「で、来たからには用があるんだろう」


「はい。装備の相談を。2層で足を捻挫したのは、靴のグリップが石畳に合ってなかったのが原因だと思って——」


「わかった」


 久我山はカウンターの裏に消え、数分後に三つのアイテムを並べて戻ってきた。


 軽量で走りやすい探索靴。黒い革製で、見た目は普通の登山靴に似ているが、持ち上げた瞬間に軽さが違う。今の靴の半分くらいの重さだ。


 鑑定結果を記録できる魔導カメラ。ゴーグル型で、レンズ部分に小さな魔石が埋め込まれている。


 そして携帯型の防御結界符。和紙のような素材で、中央に複雑な紋様が描かれている。


「殴り合いで勝てないなら、殴られない装備にしろ。この三つがお前さんの戦い方に合った装備だ」


 探索靴を手に取った。手のひらに収まるような軽さに驚く。革の表面は滑らかだが、屈曲部分には柔軟性のある素材が使われている。足を入れてみると、足首周りがしっかりと包み込まれる感触。ソールの裏には細かい突起が無数についていて、石畳を確実に捉える設計になっている。


 鑑定をかける。


『探索靴・カーゴ特注モデル


 素材:魔素強化革(軽量化処理済み)


 重量:片足320g(通常探索靴の約55%)


 ソール:高摩擦係数グリップ(石畳・濡れた岩面対応)


 耐久:約200時間使用可能


 特性:足首サポート構造——捻挫リスク40%低減』


「走る前提の靴か。しかも足首サポートまで。捻挫したばかりの俺に合わせたんですか」


「当たり前だ。探索者の弱点に合わせて装備を作るのが、うちの仕事だ」


 魔導カメラを手に取る。鑑定をかけると、魔石が鑑定ウィンドウの投影光を感知して映像化する仕組みだとわかった。つまり俺にしか見えない鑑定結果を、物理的な映像データとして記録できる。シロが喜びそうだ。あの人はいつも鑑定データを分析したがっている。


 防御結界符は鑑定によると一回限りの使い切りだが、Bランク相当の打撃を一度だけ防げる。半径一メートルの障壁を三十秒間展開する。命を救う切り札だ。


 和紙の表面に触れると、指先に微かな振動が伝わった。魔素が紋様の中を循環しているのがわかる。生きている紙。不思議な感触だった。


「魔導カメラは配信にも使える。お前さんの武器は鑑定で得た情報だ。情報は記録しなきゃ意味がない。後から見返せるようにしておけ」


 営業の基本と同じだ。商談の記録を残さなければ、次の提案に活かせない。久我山の言葉が、営業マン時代の上司のどんなアドバイスよりも腹に落ちた。


「これ全部でいくらですか」


「靴が四万、カメラが三万五千、結界符が一枚八千。合計八万三千だ」


 配信の収益——スーパーチャットと広告収入——が予想以上に入っていた。隠し部屋配信がバズった効果で、すでに二十万円ほどになっている。星霜鉱の売却益を足せば、まだ余裕がある。


「買います」


「即決かい。営業マンだったくせに値切らないのか」


「久我山さんの価格は適正だとわかってますから」


 鑑定をかけたのだ。装備の品質と市場価格が表示される。久我山の値付けは、市場価格より二割ほど安い。リペア品だからと理由をつけているが、品質は新品と遜色ない。つまり——久我山は最初から、安く提供する気でいた。値切る方が失礼だ。


 支払いを済ませると、久我山は工房に案内してくれた。



  ◇



 カウンターの奥のドア。開けると、熱気が押し寄せた。


 小さな工房だ。中央に鍛造炉があり、残り火が橙色の光を放っている。壁には鍛冶道具が整然と並び、作業台の上には制作途中の装備が置かれている。金属を焼いた後の乾いた熱気が、顔を撫でた。店内の革の匂いとは違う、もっと原始的な——火と鉄の匂い。


「ここで作ってるんですか。全部」


「当たり前だ。人の手で作らなきゃ、装備は魂が入らん」


 久我山は炉の前に立ち、火かき棒で灰をならしながら、ぽつりと言った。


「あの頃は、ダンジョンが何なのか誰もわかってなかった」


 十年前の話だ。ダンジョン出現時。


「いきなり地面の下に穴が開いて、化け物が出てきた。政府も自衛隊もパニックだ。テレビじゃ『地下生物の大量発生か』なんてやってたが、すぐにそんな生易しいもんじゃないとわかった。俺はBランクの免許を取って、真っ先に潜った。仲間と四人で。怖かったが、興奮もしてた」


 久我山の目が、炉の残り火を見つめている。橙色の光が、その大きな手の火傷の跡を照らしていた。指の関節が太く、あちこちに古い傷がある。職人の手であると同時に、戦士の手だ。


「八層まで行った。当時の最深記録だ」


 声が、低くなった。炉の残り火がぱちりと爆ぜる。


「だが——仲間を一人、八層で失った。隠された落とし穴だった。鑑定持ちがいたら、罠を事前に察知できたかもしれん」


 久我山が目を閉じた。長い沈黙。炉の残り火が、静かに燃え尽きようとしていた。火の粉が一つ、ゆらりと上がって消えた。


「膝を壊したのもその時だ。仲間を助けようとして、無理をした。それで現役を退いた。最前線で戦えなくなったから、せめて装備で支えようと思ってこの店を始めた」


 久我山の右膝が、わずかに内側に曲がっていることに気づいた。カウンター越しでは見えなかったが、立ち姿を横から見ると、古傷の影響が残っているのがわかる。


 深くは訊かない。だが——久我山が俺に装備を安く提供してくれる理由が、少しだけわかった気がした。鑑定持ちが、あの時いれば。その思いを、今の俺に託しているのかもしれない。


 営業マン時代、クライアントの本当のニーズを読み取れなくて、何度も失注した。表面的な要望の裏にある感情を掬い取れなかった。


 でも今なら——久我山の言葉の裏にあるものが、わかる。この人は、十年間ずっと後悔を抱えている。


「今もわかっちゃいないがな。ダンジョンが何なのか」


 久我山はそう言って、火かき棒を壁に立てかけた。


「だからお前さんみたいに、鑑定で中身を覗き込む奴が必要なのかもしれん」


 不器用な激励だと思った。だが、じわりと胸に染みた。リストラされた時、誰も「お前が必要だ」とは言ってくれなかった。八年働いた会社で、一人もだ。退職金の振込確認メールが届いた夜、冷蔵庫の前で缶ビールを握りしめながら、自分が必要とされる場所がこの世界のどこかにあるのかと考えた。


 久我山の言葉は——あの夜の問いに対する、遅すぎる、でも確かな答えだった。



  ◇



 工房から店内に戻り、新しい探索靴を試着していると、久我山が思い出したように言った。


「そういえば、お前さんの配信を見たいって奴が来てたぞ」


「え? お客さんですか?」


「客じゃない。若い女だ。銀縁の眼鏡をかけてた。えらく鑑定データに詳しくてな。お前さんの配信のUIスクリーンショットをプリントアウトして持ってきて、『この鑑定表示は通常と構造が違います。配信者本人に話を聞きたい』って言うんだ」


 鑑定表示の構造の違い。シロがコメント欄で指摘していた内容と同じだ。


「名前は?」


「名乗らなかった。『また来ます』と言って帰ったきりだ。ただ——目つきは本気だった。学者か技術者か、そういう類の目をしてたよ」


 久我山がそう評するということは、相当なものだ。この人は何十年もの間、探索者や研究者を見てきた目を持っている。


 夕暮れの商店街に出た。店のドアベルが軽やかに鳴る。


 通りには帰宅途中のサラリーマンや買い物客が行き交い、どこかの店から焼き鳥の香ばしい匂いが流れてきた。居酒屋の暖簾をくぐるスーツ姿の男たち。一ヶ月前の俺もあの中にいた。退勤後のビールを楽しみに、同僚と当たり障りのない会話を交わす日常。


 今の俺は、もう日常の側にはいない。ダンジョンに潜り、モンスターから逃げ、鑑定で見えるものを配信している。傍から見れば正気の沙汰じゃない。だが——久我山の言葉が胸に残っていた。「鑑定で中身を覗き込む奴が必要なのかもしれん」。


 鑑定データに詳しい若い女。銀縁の眼鏡。シロ。


 (誰だ)


 足を止めた。夕日が商店街のアーケードの隙間から差し込んで、一颯の長い影を路面に落としていた。新しい探索靴が、夕暮れの光を浴びて柔らかく光っている。


 俺の鑑定に、何を見ているんだ。


 夕暮れの風が、新しい探索靴の紐を揺らした。

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