表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/47

守りたいもの——三島の過去

 影山総司の名前が認可者として読み上げられた瞬間のクリップだけで、200万回を超えている。管理局の公式アカウントは沈黙。クロノスギルドも声明を出していない。だが——政治は動いていた。凛の速報によれば、ギルド協会が臨時理事会を招集。国会の探索者委員会でも質問が出たらしい。


 俺は——そのどれにも関わっていなかった。


 配信を終えた翌日の夕方。俺は三島のアパートにいた。


 なぜ三島の家に来たのか。15層での戦いの後、三島が「先輩、今日——ちょっとだけ時間もらえますか」と言ったからだ。いつもの軽い口調ではなかった。何かを決意した声だった。俺はその声に——営業マン時代に何度も聞いた「大事な話がある」の気配を感じた。



  ◇



 三島大輝のアパートは、駅から徒歩十五分の築三十年の木造二階建ての一室だった。


 六畳一間。玄関を入ってすぐにキッチン。その奥にリビングを兼ねた寝室。家具は最低限だ。折りたたみのちゃぶ台、布団を畳んだ上に敷かれた座布団、小さなテレビ。探索者の収入があるのに——この質素さは、三島の性格そのものだった。稼いだ金は装備と訓練に注ぎ込み、生活は最低限。22歳にしては——禁欲的すぎる暮らしだ。


 だが——一つだけ、この部屋に不釣り合いなものがあった。


 壁に掛けられた写真。木製のフレームに入った、一枚の家族写真だ。


 写真の中で——少年が笑っていた。十二歳くらいの三島大輝。今よりも丸い顔で、屈託のない笑顔。その隣に立つ男が——三島大輝の父親だった。


 三島鋼一郎。


 写真の中の鋼一郎は——大きかった。身長は百九十センチを超えているだろう。肩幅が広く、日焼けした顔に深い皺が刻まれている。笑っているが——目だけが笑っていなかった。何かを見据えている目。探索者の目だ。


「先輩。この人が——親父っす」


 三島が写真を指した。いつもの明るい声ではなかった。低く、静かで——少しだけ震えている。


「A ランク。東京第三ダンジョンの深層攻略チームのリーダーだったっす。十年前に——行方不明になりました」


 缶ビールを開けた。プシッという音が狭い部屋に響いた。三島は普段、酒を飲まない。今日は——飲まないとこの話ができないのだろう。


「俺が十二の時っす。親父は——管理局の依頼で深層調査に向かいました。何層に行くかは教えてもらえなかった。機密だって言って。母さんには『一週間で帰る』って言ってました」


 三島がビールを一口飲んだ。喉が動く音が聞こえた。


「帰ってこなかったっす」


 三島の声が——部屋の空気を変えた。エアコンの音が、やけに大きく聞こえた。窓の外で、車のクラクションが鳴っている。日常の音が——三島の言葉の重さを際立たせていた。


 一週間が過ぎた。二週間が過ぎた。一ヶ月。管理局からの説明は——「調査中の事故により行方不明」。それだけだった。具体的に何層で、何が起きたのか。一切の情報が開示されなかった。捜索隊は出されなかった。遺体も見つかっていない。死亡届は——三島の母親が五年後に出した。法的には死亡。だが——遺体はない。


「母さんは——もう諦めてるっす。でも俺は——」


 三島が写真を見つめた。十二歳の自分と、父親の顔を。


「探索者になったのは、親父を見つけるためっす。ダンジョンのどこかに——まだ生きてるかもしれない。そう思って——Cランクまで上げた。でも、一人じゃ深層に行けない。パーティーを組んでも——親父の話をすると、みんな引くんすよ。『十年前の行方不明者を探すなんて無理だ』って。当たり前っすよね。俺だってそう思うっす。でも——」


「諦められない」


「——はい」


 三島の声が——掠れた。缶ビールを持つ手が震えていた。


 俺は——何も言えなかった。営業マン時代、クライアントの悩みを聞く技術はあった。相槌を打ち、共感を示し、解決策を提案する。だがこれは——営業トークで処理していい話ではない。三島大輝という人間の——根幹だ。


「先輩と組んだのは——先輩の鑑定なら、親父の痕跡を見つけられるかもしれないって思ったからっす。あの配信を見た時——この人なら、って」


「……最初からそれが目的だったのか」


「半分は。もう半分は——先輩の配信が純粋に面白かったからっす」


 三島が笑った。いつもの笑顔だった。だが目の奥に——十年分の痛みが見えた。



  ◇



 三島のアパートを出た後——俺は久我山の店に向かった。


 カーゴの閉店後。シャッターが半分降りた状態で、裏口のドアをノックした。三回。久我山との約束の合図だ。


 ドアが開いた。久我山が立っていた。照明は落とされていて、作業台のスポットライトだけが点いている。その光が——久我山の顔の皺を深く刻んでいた。


「来たか」


「久我山さん。三島くんのことで——聞きたいことがある」


「三島——大輝じゃなくて、鋼一郎の方だな」


 久我山が店の奥に入った。俺は後に続いた。閉店後の店内は——昼間とは別の空間だった。陳列棚に並ぶ装備が、スポットライトの光を受けて鈍く光っている。剣、盾、防具。どれも久我山が自ら選び、調整した一級品だ。だがこの店の本当の価値は装備ではない。久我山修という人間の——経験と知識だ。


 久我山が棚の裏から——古い酒瓶を取り出した。ラベルが黄ばんでいる。十年以上前の日本酒だ。封は切られていない。


「こいつは鋼一郎が最後に持ってきた土産だ。『帰ってきたら開けよう』って言ってた。まだ——開けてない」


 久我山が酒瓶をテーブルに置いた。ガラスがテーブルに当たる乾いた音。酒瓶の向こうに——久我山の目があった。いつもの飄々とした店主の顔ではなかった。元Bランク探索者の——戦友を失った男の顔だった。


「鋼一郎は——俺のパーティーメンバーだった。十五年前から一緒に潜ってた。あいつがAランクに上がった後も、たまに組んでた。俺が膝をやったのも——あいつとの探索中だ」


「8層での事故」


「ああ。10.5層——お前が見つけた未登録エリアに繋がるルートを探してた時だ。天井が崩落して、俺は膝。渡辺は脊椎。鋼一郎だけが無傷だった。あいつは——強かった。本当に強かった」


 久我山が椅子に座った。膝が軋む音がした。古傷だ。ダンジョンが残した傷。


「鋼一郎が行方不明になったのは——その二年後だ。管理局の極秘依頼で、深層調査に行った。あいつの最後の発見は——ダンジョンの『心臓部』に至るルートだった」


「心臓部。15層で俺が見た——循環中枢層のことか」


「いや。もっと深い。15層は表面にすぎない。鋼一郎が見つけたのは——ダンジョンの本当のコアに繋がる道だ。あいつはそれを管理局に報告した。そして——消えた」


 久我山がテーブルの引き出しを開けた。中から——紙の束を取り出した。黄ばんだ紙。端が折れている。古い契約書のコピーだった。


「これが——管理局との秘密保持契約書だ。俺も鋼一郎も署名させられた。深層調査で知り得た情報の一切を、第三者に開示しないこと。違反した場合は探索者ライセンスの永久剥奪と——刑事告発」


 契約書の文面を見た。黒く塗りつぶされた箇所が何ヶ所もある。名前が消されている。だが——署名欄の筆跡は残っていた。力強い字。鋼一郎の筆跡だろう。その隣に——久我山の署名。


「この契約のせいで——俺は何も言えなかった。大輝にも。だが——お前には話す。もう黙ってる理由がない。あの配信で影山の名前を読み上げた時点で——この契約は、事実上死文化した」


 久我山の目が——真剣だった。


「もう一つ、伝えておくことがある」


 久我山が声を落とした。店の照明が——スポットライトだけになっている。影が深い。


「鋼一郎と一緒に深層調査に参加していた探索者が——もう一人いた。女の鑑定スキル持ちだ。名前は——契約書で伏せられてる。だが俺は知ってる。その女は——生きて帰ってきた」


「帰ってきた?」


「ああ。だが——記憶を全て失っていた。深層で何を見たのか、鋼一郎に何があったのか——何一つ覚えていない。管理局が保護して、今は——どこにいるか分からない」


 鑑定スキル持ちの女性探索者。記憶喪失。管理局の保護。


 情報が——頭の中で渦を巻いた。ダンジョンの深層で何かを見て、記憶を失った。鋼一郎は帰って来なかった。管理局は——全てを隠蔽した。影山の指示で。


「久我山さん。その女性の——名前は」


「……すまん。それは言えん。契約書の中で、唯一まだ守らなきゃならない部分だ。あの人を——危険にさらすわけにはいかない」


 久我山の声が——初めて震えた。


 スマートフォンが振動した。凛からのメッセージだ。


 「久我山さんのペンダント、再鑑定できませんか? 前回とは鑑定の解像度が違うはずです」


 凛は——この場にいないのに、的確なタイミングで核心を突いてくる。あのペンダント。久我山が常に身につけている、ダンジョン産の金属で作られたペンダント。以前の鑑定では——「8層産の希少金属。感情反応型」としか出なかった。今の鑑定精度なら——もっと深い情報が見えるかもしれない。


「久我山さん。もう一つ——お願いがある」


「ペンダントか」


「分かってたのか」


「お前の目を見りゃ分かる。営業マンは——ポーカーフェイスが下手だな」


 久我山が——少しだけ笑った。古い酒瓶の向こうで、元Bランク探索者の目が——俺を見ていた。仲間を失い、身体を壊し、探索者としての人生を諦めた男。だがその目は——まだ戦っている目だった。十年間、一人で守り続けてきた秘密を——今、俺に渡そうとしている。


 黄ばんだ契約書のコピーが、テーブルの上で蛍光灯の光を受けていた。塗りつぶされた名前。消された記録。十年間の沈黙。


 そのすべてが——ペンダントの中に、刻まれているかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ