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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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弟子入り再び——三島大輝の覚悟

 日曜日の朝九時。配信の予定はない日だ。昨夜は12層での暴露配信の反響を凛と分析していて、寝たのは三時過ぎだった。頭が重い。目の奥が痛い。寝不足と情報過多のダブルパンチだ。


 モニター越しに玄関を確認した。見覚えのある短い髪と日焼けした肌。三島大輝。だが今日の三島は——いつもと違っていた。表情が落ち着いている。感嘆符五つのメッセージを送ってくる男の顔ではない。手には使い込まれたノートを持っている。表紙が擦り切れて角が丸くなったA5サイズのノート。付箋が何十枚も飛び出していて、虹のように色とりどりだった。


 ドアを開けた。雨上がりの湿った空気が、廊下から室内に流れ込んできた。


「先輩。おはようございます。——今日は、ちゃんと話しに来ました」


 いつもの「おはようございまっす!!」ではなかった。語尾に感嘆符がない。三島が——真剣な顔をしている。



  ◇



 リビングのテーブルに、三島がノートを置いた。


 表紙に太いマジックで『配信ノート』と書かれている。中を開くと——驚いた。


 一颯の過去の配信のメモが、びっしりと手書きで記録されていた。日付、配信時間、攻略した層、鑑定で判明した情報、コメント欄で出た重要な指摘。全てが几帳面に書き込まれている。ページの余白には三島なりの考察が加えられていて、付箋には「ここ重要!」「この弱点パターン応用できる」「先輩のこの判断がすごい」と書かれている。


 字は——お世辞にも綺麗とは言えなかった。大きくて力強いが、行からはみ出している文字がある。ところどころインクが擦れて薄くなっている。急いで書いたのだろう。だがその一文字一文字に——熱がある。機械的なメモではない。配信を見ながら、興奮しながら書いたメモだ。ペンの太さが途中で変わっている箇所がある。きっと替えのペンがなくて、手元にあった別のペンで書き続けたのだろう。ある配信の回には赤い字で「神回!!」と大きく書かれていた。5層ボス戦の回だ。あの時の三島は——まだ画面の向こう側にいた。


「三島……これ、全部——」


「全配信分っす。テスト配信の分はないっすけど、第二回から全部。三ヶ月分」


 三ヶ月分の配信ノート。ページ数にして——百ページ以上。毎回の配信を見て、メモを取り、復習して、実践で活かす。だから三島はEランクからCランクに上がれた。才能ではない。努力だ。


「今日は弟子入りの話じゃないっす」


 三島がテーブル越しにまっすぐ俺を見た。マグカップの中のコーヒーから湯気が立っている。俺が淹れたインスタントコーヒー。三島は文句も言わずに飲んでいる。


「先輩。俺を——パートナーにしてください」


「パートナー?」


「弟子じゃなくて。対等な。先輩が鑑定で情報を出して、俺が前衛で戦う。そういうパートナーっす」


 三島がノートの最後のページを開いた。そこには——三島自身の戦闘ログが手書きで記録されていた。ソロで8層を周回した時の記録。敵の種類、攻撃パターン、自分の対応、反省点。これも——全部メモしている。


「このノートを先輩に鑑定してほしいっす。俺の戦い方に、先輩の鑑定サポートが合うかどうか——データで見てほしい」


 鑑定をかけた。三島のノートではなく——三島自身に。


『三島大輝 探索者プロファイル


 等級:C(近接特化型)


 主要スキル:強化打撃Lv.4


 身体能力:上位8%(Cランク探索者内)


 反応速度:0.18秒(人間平均の約2倍)


 空間認識能力:上位3%——異常値


 状況判断力:上位5%(言語的判断は平均的だが、身体感覚に基づく直感的判断が極めて優秀)


 鑑定サポートとの相性指数:94.7%(過去のデータベースに基づく推定)


 備考:言語指示よりも方向指示(「左」「上」等)への反応速度が特に高い。鑑定士がリアルタイムで方向と距離を指示するサポートスタイルに最適化された身体特性を持つ』


 94.7%。


 相性指数が——異常に高い。鑑定サポートとの組み合わせで、過去のデータベースに記録されたどの組み合わせよりも高い数値だ。


 三島の空間認識能力は上位3%。反応速度は人間平均の約2倍。そして最も重要なのは——言語指示よりも方向指示への反応速度が特に高いという特性だ。「左に回避して三秒後に右上を攻撃」と長く説明するより、「左!」「上!」と短く叫ぶ方が、三島は速く動ける。


 これは——俺の鑑定サポートスタイルと、完璧に噛み合う。俺がリアルタイムで方向と距離を叫び、三島がそれに即座に反応する。言葉を最小限にして、情報を最大限に伝える。営業マン時代にも学んだ。最高のプレゼンは、スライドの枚数が少ないものだ。


「三島くん」


「はい」


「お前の相性指数、94.7%だ。鑑定サポートとの組み合わせで——過去最高の数値が出てる」


 三島の目が光った。元に戻った。いつもの三島大輝の顔だ。


「マジっすか!! やったああ!!」


 テーブルが揺れた。コーヒーがカップの縁からこぼれそうになった。


 ——だが、話さなければならないことがある。


「三島くん。一つ、聞いてほしいことがある」


 声のトーンを落とした。三島の笑顔が——少しずつ、真剣な表情に戻っていく。


「12層で——クロノスの探索チームに会った。配信で見てたか?」


「はい。見てました。先輩が装備の鑑定結果を読み上げた時——鳥肌が立ちました」


「あれは——二回目なんだ」


 三島の眉が寄った。


「一回目は——前の配信で、同じ状況に遭遇した。クロノスのチームと会って、装備に鑑定をかけて、管理局装備の横流しが見えた。だけど——読み上げなかった。『特に気になる点はないですね』って、嘘をついた」


 沈黙。マグカップの中のコーヒーが、微かに波打っていた。三島の膝が、テーブルの脚に当たっている。無意識の動き。


「先輩——それ、言わなかったんすか?」


「ああ。圧力が怖くて——黙った」


「先輩らしくないっすね」


 一言。たった一言。飾りのない、素直な一言。


 だがその一言が——核心を突いた。胸の奥で何かが弾けた。三島は「大丈夫ですよ」とは言わなかった。「仕方ないですよ」とも言わなかった。ただ——「先輩らしくない」と。


 そうだ。らしくなかった。あの瞬間の俺は——俺ではなかった。営業マン時代の俺だった。嘘をつく俺。隠す俺。空気を読んで従う俺。


「だから二回目は——読み上げた」


「はい。見てました。先輩があの時、声を出した瞬間——コメント欄が爆発したの覚えてます。俺も画面の前で叫んでました。『それだ先輩! それが先輩っす!』って」


 三島が笑った。屈託のない笑い。この男の笑顔には、打算がない。一颯が八年間の営業マン生活で一度も出会えなかった種類の笑顔だ。


「三島くん。お前みたいな奴が——営業部にいたら、俺はもっと楽だったかもしれないな」


「え? 営業って何っすか」


「いや、こっちの話だ」


 苦笑した。この男に営業の話をしても仕方ない。三島大輝は——もっと単純で、もっと真っ直ぐな世界に生きている。


「三島くん。パートナーの話、受ける。13層から——一緒に行こう」


 三島が立ち上がった。テーブルの向こうから手を差し出してきた。日焼けした大きな手。タコができている。剣を振り続けてきた手だ。


 その手を——握った。


 営業マン時代、握手は何千回もした。クライアントと、上司と、同僚と。あれは儀礼だった。形式だった。だが今——三島の手を握っている、この瞬間の握手は違う。契約だ。営業マンの契約ではなく、探索者の契約。命を預け合う約束。三島の手の温度が——掌に伝わってきた。



  ◇



 その足で、久我山の店に向かった。三島のパートナー加入に合わせて装備を調整する必要がある。


 カーゴのドアを開けた。革と金属の匂い。いつもの匂い。久我山がカウンターの向こうで装備の手入れをしている。いつもの光景。


 だが三島が店に入った瞬間——久我山の手が止まった。


 研磨布が金属の上で静止した。久我山の目が、三島の顔を凝視している。火傷の跡がある手が——微かに震えていた。研磨布が指の間から滑り落ちて、カウンターの上に落ちた。布がカウンターの木目の上で——小さな音を立てた。


「お前……」


 久我山の声がかすれた。


「三島の名字か。もしかして——三島鋼一郎の息子か?」


 三島が目を丸くした。


「親父を——知ってるんすか?」


 三島の声が、震えていた。いつもの元気な声ではない。父親のことを話す時だけ——この男は、こういう声になる。


 久我山が三島を見つめている。その目に浮かんでいるのは——十年前の記憶だ。十年間、この店のカウンターの向こうに封じ込めていた記憶。久我山の首に下がっているペンダントが、西日を受けて微かに光った。あのペンダント——鑑定で異常反応を示した、ダンジョンコアの欠片を含むペンダント。


「……鋼一郎は——俺のパーティメンバーだった。十年前の。サードダンジョンの深層調査の時の」


 久我山の声は低く、重かった。一語一語を選んでいる。十年間、誰にも言わなかったことを——今、口にしている。


「お前は……鋼一郎に似てる。目が。まっすぐな目だ。あいつも——こんな目をしてた」


 店内の空気が変わった。西日が久我山の横顔を照らしている。火傷の跡が——十年前の傷跡が、夕陽に赤く浮かび上がっていた。三島の大きな目が、久我山を見つめている。父親を知る人間に初めて会った驚きと、答えを求める切実さが混じった目。


 久我山は何も言わなかった。研磨布を拾い上げ、装備の手入れに戻った。だがその手は——まだ震えていた。


 俺は二人の間に立っていた。過去と現在が——この狭い店の中で、交差しようとしている。

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