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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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読み手の覚悟

 テーブルを囲んで四人。俺。凛。三島。久我山。窓の外にはサードダンジョンのゲートが見える。ゲートの周囲に集まる人影が、遠目にも増えているのがわかった。未登録エリアの報道が続いている。世間はまだ——騒いでいる。


 凛が淹れたコーヒーの湯気が、四つのカップから立ち上っている。テーブルの上には資料が広げられていた。久我山のノート。千歳の内部資料。配信のアーカイブデータ。設計図の断片五枚のスキャン。全てが——ここに集約されている。


「状況を整理します」


 凛がホワイトボードの前に立った。マーカーの音が静かな部屋に響く。白い壁に、黒い文字で状況が整理されていく。凛の字は小さくて整然としている。論文のような字だ。


「管理局の影山局長は、十年前から未登録エリアとダンジョンの意思の存在を知りながら隠蔽してきた。久我山さんの仲間を犠牲にし、報告書を握り潰し、エリアを封鎖した。鷹取のクロノスは未登録エリアの独占探索権を狙っている。この二者が連携している可能性が高い」


 ホワイトボードに書かれた構図を見つめた。管理局とクロノス。行政と民間の巨大勢力。対するのは——元営業マンと、フリーの分析者と、脳筋の探索者と、引退した装備屋。戦力差は——笑えないほど歪だ。


「つまり——俺たちの敵は管理局とクロノスの両方だ」


「はい。ただし、管理局内部に千歳さんという協力者がいます。そして何より——十五万人の視聴者と世論が一颯さんの味方です」


 久我山がコーヒーカップを手に取った。湯気の向こうに、久我山の目が見えた。穏やかだが——覚悟を決めた目だ。


「柊。十年前の俺は逃げた。エリアを封鎖されて、報告を握り潰されて——それで終わりにした。膝を壊したことを言い訳にして、装備屋に引きこもった」


 久我山の声は低く、静かだった。後悔の色はない。事実を述べている。十年分の距離を置いて、自分の過去を冷静に見つめている。


「お前は逃げるな。ただし——生き残れ。死んだら何も伝えられない。俺の仲間の渡辺は、車椅子の上で十年間、誰にも信じてもらえない記憶と戦ってきた。あいつの分まで——お前が見たものを、世界に見せてやれ」


 三島が隣で真剣な顔をしていた。この男が黙っているのは珍しい。だがその沈黙が——重い。


「先輩」


 三島が口を開いた。


「俺は難しいことはわかんないっす。管理局とかクロノスとか、政治的なやつは凛さんとか桐生さんに任せるっす。でも——先輩が行くなら、俺もついていくっす。十一層でも、十二層でも、どこでも」


 単純な言葉だ。だがその単純さに——嘘がない。三島の言葉には、常に嘘がなかった。初めて一緒にダンジョンに潜った時から。ボス戦で命を預けた時から。この男は——いつも正直だった。


 凛が最後に言った。


「一颯さん。データは公開すべきです。ただし、タイミングは慎重に。管理局が対策を講じる前に、先手を打つ必要があります。十年前の隠蔽の事実を含めて——全てを配信で公開すれば、管理局は動けなくなります」


「配信で——全部出す」


「はい。十万人の前で発表すれば——それは歴史になります。削除できない、改竄できない歴史に」


 凛がマーカーのキャップを戻した。カチッという小さな音。その音が——合図のようだった。


 テーブルの上のコーヒーが、少しずつ冷めていく。窓の外のゲートが、暗闇の中で青白く光っている。四人の視線が交差した。


 営業マン時代、チームミーティングは何百回とやった。だがあの頃の会議は——数字の話だった。売上目標。達成率。顧客訪問件数。乾いた数字の羅列。今、この部屋で交わされているのは——覚悟の話だ。数字では測れない、もっと重いものの話だ。


 覚悟を決めた。リストラされた日、会社を出た時の気持ちを思い出す。あの日は——何もかもが終わった日だった。だが今日は違う。何かが始まる日だ。失った場所ではなく、選んだ場所に立っている。


 帰り際、久我山が俺の肩を叩いた。ごつい手。装備を作り続けてきた手。十年分の想いが、その一叩きに込められていた。何も言わなかった。言葉は要らなかった。



  ◇



 自宅アパートの配信部屋。六畳一間。冷蔵庫の唸り声。いつもの部屋だ。リストラされた日から住んでいる部屋。ここから全てが始まった。


 カメラをセットした。赤いランプが点灯する。


 配信を開始した。


 【きたあああ!!】


 【緊急配信!? 何かあったのか!】


 【待ってた!!】


 同時接続数がみるみる上がっていく。五万。八万。十万を超えた。未登録エリア発見以来の緊急配信。期待と不安が入り混じったコメントが流れている。


「皆さん、鑑定士イブキです。今日は——大事な報告があります」


 言葉を選んだ。十五万人に向けて。いや、十五万人だけじゃない。アーカイブを見る何百万の人間に向けて。そしてまだ見ぬ未来の視聴者に向けて。


「俺はこれからも配信を続けます。そしてダンジョンの深層——十一層以降の未踏域に挑戦します」


 一瞬の沈黙。コメント欄が止まった。十二万人が——言葉を失った。そして次の瞬間、コメント欄が沸騰した。津波のようにコメントが押し寄せてくる。


 【十一層!!!!】


 【マジかよ未踏域って人類未到達だぞ!?】


 【マコト:やると思ってた。お前ならやれる】


 【正気か!? でも応援する!!】


「理由を話します。ダンジョンが——俺に何かを伝えようとしている。10.5層で受け取ったメッセージ。設計図の断片。全てが——ダンジョンとの『対話』に向かっている。残りの設計図は二枚。それが揃った時——人類とダンジョンの、史上初の対話が始まる」


 声が震えた。緊張ではない。確信だ。


「そして——俺が見たもの、聞いたもの、読み取ったもの。全て、この配信で公開します。管理局がどう言おうと、ギルドがどう動こうと。情報は——平等だ。ダンジョンが全ての人間に開かれているように、ダンジョンの情報も——全ての人間に開かれるべきだ」


 【情報の民主化!!!!】


 【鑑定士イブキを支持する!!!】


 【シロ:視聴者数十二万人を突破しました。トレンド一位です】


 【ドクター:いくなら万全の準備をしろ。装備、薬草、全部チェックさせてもらうぞ】


「一人じゃない。仲間がいます。一緒に戦ってくれる人がいる。そして——十万人以上の皆さんが見ていてくれる。それが俺の一番の武器だ」


 配信カメラの赤いランプが、暗い部屋で小さく光っていた。俺の声が、この小さな部屋から——世界に向けて発信されている。冷蔵庫の唸り声。狭い部屋。安い椅子。何一つ変わっていない。だが——ここに座っている俺は、リストラされた日の俺とは違う人間になっている。


「ここまで来れたのは——皆さんのおかげです。視聴者三人の頃から見てくれていた人も、途中から合流してくれた人も。全員が——俺の仲間です」


 声が詰まった。泣くつもりはなかったのに。目頭が熱い。


「次の配信で——サードダンジョン十一層に向かいます。人類未踏の領域に。見届けてください」


 【絶対見届ける!!!!】


 【俺たちも一緒に行くぞ!!画面の向こうから!!】


 【鑑定士イブキ最強!!!!】


 【マコト:歴史の証人になれることを誇りに思う。絶対に生きて帰れよ】


 配信を終了した。赤いランプが消えた。部屋に静寂が戻る。冷蔵庫の唸り声だけが、暗い部屋に響いている。いつもの音。いつもの部屋。だがこの部屋から発せられた言葉は——もう、この部屋の中には収まらない場所まで届いている。



  ◇



 配信終了から三分後。スマホが振動した。


 非通知ではない。画面に表示されたのは——テキストメッセージ。差出人の名前が表示されている。


 鷹取誠一郎。


 開いた。


『君の配信、楽しく拝見しているよ。だが未登録エリアの公開は——少々、早すぎたかな。一度話をしないか。次は——ダンジョンの中で会おう。鷹取誠一郎』


 ダンジョンの中で会おう。前回の会食の最後に言ったのと同じ言葉だ。あの時はレストランのワイングラス越しの曖昧な脅しだった。だが今回は——明確な宣言だ。鷹取がダンジョンの中で俺を待ち受けている。クロノスのエース・神代蒼真は深層攻略の担当だと桐生が言っていた。十一層で——鉢合わせる。その可能性が現実になりつつある。


 スマホの画面が手の中で冷たく光っていた。


 同時刻——東京の別の場所で。


 ダンジョン管理局の一室。蛍光灯の白い光の中で、モニターが青白く点灯していた。画面には、配信アーカイブが再生されている。俺の配信だ。


 モニターの前に、男が座っていた。影山総司。銀縁の眼鏡がモニターの光を反射している。表情がない。能面のような顔で、俺の配信を見つめている。


 影山がマウスを動かした。画面が切り替わる。配信アーカイブの横に——別のファイルが開かれた。


 ファイル名:『プロジェクト・アポストル 被験者候補:柊一颯』


 十年前の日付の極秘ファイル。その中に——俺の名前。俺の写真。俺のスキルデータ。俺の経歴。全てが——十年前から記録されていた。


 影山の唇が動いた。音のない言葉。モニターに向かって——何かを呟いた。


 影山の指がマウスの上で止まった。眼鏡のレンズにモニターの光が反射している。その奥の目は——千歳が言った通りだった。恐れている。十年前に封じたはずのものが——蓋を突き破って出てきたことを。


 モニターの光だけが、暗い部屋を照らしていた。


 東京の夜空の下で、三つの意思が動き始めていた。情報を公開する者。情報を独占する者。情報を封じる者。


 そして地下深くで——ダンジョンの壁が、金色に脈動していた。

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