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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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十年前の記録

 テーブルの上にノートを広げ、凛がスキャナーでページを取り込んでいく。古びた紙の匂いが、白い部屋に漂った。インクの匂い。革表紙の匂い。十年の歳月が凝縮された匂い。


 凛のモニターに、スキャンされたページが次々と表示されていく。手書きの文字。図解。断面図。温度の記録グラフ。久我山の几帳面な性格が、ノートの隅々にまで表れていた。元探索者の記録は——元営業マンの報告書とは違う種類の正確さを持っている。


「最初から順に見ていきます」


 凛がモニターの前に座った。俺はソファに座り、ノートの原本を膝の上に置いた。同じページを、デジタルとアナログで同時に追っていく。


 十年前の記録は、日付順に書かれていた。久我山の文字は元探索者らしく、簡潔で正確だ。余計な感情が排除されている。だがその簡潔さの中に——抑え込まれた恐怖が透けて見えた。


 ——探索第一日。八層到達。ボスエリアの北側に、通常のマップに存在しない通路を発見。入り口の壁面に有機的な模様を確認。全員が肉眼で視認。気温が周囲より二度ほど高い。通路幅約三メートル。奥行き不明。進入を決定。


 ——探索第二日。通路を百メートル進む。壁面の模様が変化している。前日と比べて模様の面積が拡大。脈動する。心拍に似たリズム。一分間に約六十回。人間の安静時心拍と同じ。鑑定持ちの高田が「情報量が多すぎる」と訴える。鑑定レンズにデータが溢れ、通常の三倍以上の情報が表示されている。高田は処理できていない。頭痛を訴え始めた。


「高田というのは——」


「パーティの鑑定持ちです。久我山さんから聞いた話では、当時のBランク鑑定持ちの中でも優秀だった人物です」


 凛がタブレットで別のファイルを開いた。探索者登録データベースの検索画面。


「高田誠。元Bランク探索者。十年前に探索者登録を抹消。現在の所在は——不明です。住民票も移動されており、追跡が困難な状態です」


 不明。十年前のダンジョン事故の後、消えた鑑定持ち。消えた——というより、消された可能性もある。管理局が関与しているかどうかは不明だが、千歳の話と合わせて考えると——嫌な想像が膨らむ。


 ——探索第三日。通路の奥に広い空間を発見。天井高約十五メートル。壁面が完全に有機的な構造に覆われている。生体鉱物の比率が極めて高い。空気が温かい。金属の味がする。


 金属の味。俺が10.5層で感じたのと同じだ。魔素濃度が高い場所で舌の上に感じる、あの独特の味。十年前の久我山が、同じ味を感じていた。同じ空気を吸っていた。同じものを見ていた。


 だが——結果は違った。俺は無事に帰還した。久我山たちは、帰還の代償を払うことになった。


「一颯さん、ここを見てください」


 凛がモニターの一部を拡大した。久我山のスケッチ。壁面の模様を詳細に描いている。六角形の連なり。幾何学的なパターン。


「これは——」


「10.5層の壁面紋様と酷似しています。一颯さんが鑑定で読み取った『アクセス制御紋様』と同じ構造です」


 十年前の八層にも、同じ紋様があった。だが当時のパーティは——それを読み解けなかった。鑑定スキルの情報量が足りなかったのか、あるいは——読み手として選ばれていなかったのか。


 ——探索第三日(続き)。高田がパニック。「何かがこっちを見ている」と叫ぶ。鑑定レンズに表示される情報量が処理限界を超えたらしく、眼鏡を投げ捨てた。全員で撤退を開始。通路を戻る途中で天井が崩落。久我山——右膝靭帯損傷。後衛の渡辺——脊椎に重傷。搬出に三時間。


 ノートの文字が、このページだけ乱れていた。書いた時の手が震えていたのか。インクの滲みが文字を侵食している。痛みの記録。恐怖の記録。そして——仲間を守れなかった無力感の記録。


 凛が声を出さずにノートのページをめくった。静かな作業。だが凛の指先が——微かに震えていた。データの向こうに、人間の痛みがある。それを凛も感じている。


 俺は久我山の文字を見つめていた。膝の怪我。それが引退の原因だったと、久我山は淡々と語っていた。だがこのノートには——「渡辺の搬出に三時間」と書かれている。自分も膝を負傷した状態で、仲間を三時間かけて運び出した。壮絶な撤退だったはずだ。久我山はそれを——十年間、一人で抱えていた。


 営業マン時代、プロジェクトが失敗した時の報告書を書いたことがある。失敗の原因を冷静に分析し、再発防止策を提案する。だが報告書には書けない感情がある。チームメンバーの疲労した顔。クライアントの失望の声。そういうものは——報告書の行間に沈む。久我山のノートも同じだった。行間に、十年分の後悔が沈んでいた。


 最後のページ。久我山の手記の末尾。日付は事故から三ヶ月後。退院した直後に書かれたものらしい。文字は落ち着いていたが——その落ち着きの中に、諦めの色があった。


 ——管理局に報告した。影山調査課長(当時)が対応。報告書を受理。だが一週間後、報告書は「機密扱い」に変更。探索したエリアは封鎖された。理由の説明はなかった。渡辺は車椅子生活になった。高田は姿を消した。誰にも信じてもらえなかった。俺が見たものを、誰も聞いてくれなかった。


 ——最後に一つだけ書いておく。あの壁は、俺たちを見ていた。


「あの壁は、俺たちを見ていた——」


 凛が声に出して読んだ。静かな部屋に、その一文が響いた。


「ダンジョンの意思です。十年前から——ダンジョンは人間を認識していた。そして久我山さんたちのパーティは、それに気づいた最初の人間だった」


「だが影山が握り潰した」


「はい」


 凛がモニターを操作した。画面が二つに分割される。左に久我山のノートのスキャンデータ。右に——千歳から入手した管理局の内部資料。


「突き合わせます」


 二つの資料を並べた瞬間——一致が見つかった。


 久我山がエリアを発見した日付。管理局の報告書が受理された日付。封鎖指示が出された日付。全てが一致する。そして封鎖指示を出したのは——影山総司。当時の調査課長。現在の局長。


「影山は十年前に、ダンジョンが意思を持っている可能性を示す報告を受け取っています。それを封印した。探索者に怪我を負わせたエリアを封鎖し、報告書を機密にした。そこまでは——安全対策として理解できます」


 凛の声が冷静だが硬い。


「問題は——その後です」


 凛がモニターに時系列を表示した。影山の経歴が年表のように並んでいる。


「影山はその後、調査課長から局長に昇進しています。昇進の理由は——『ダンジョン管理体制の確立への貢献』。つまり未登録エリアの封印と情報統制を成果として評価された可能性がある。十年間、未登録エリアの情報を封印し続けた。鑑定スキル持ちのリストを作成し、監視していた。そして一颯さんがついに未登録エリアを公開した今——」


「管理局は今まで通り、握り潰そうとしている」


「ですが今回は違います。十万人が生配信で見ている。隠蔽は不可能です。だから影山は——別の方法を取るはずです」


 別の方法。情報を封印できないなら——情報の発信源を抑え込む。つまり俺を。


 窓の外は深夜の闇に沈んでいた。モニターの光だけが二人の顔を照らしている。久我山のノートが、テーブルの上で黄ばんだ色を見せている。十年分の沈黙が——ようやく声になろうとしている。


「凛」


「はい」


「久我山さんの仲間——高田誠の居場所を探してくれないか。十年前の鑑定持ちが何を見たのか、本人の口から聞きたい」


 凛が頷いた。


「それと——渡辺さんの方も。車椅子生活になったと書いてある。管理局は彼らに、何か補償をしたのか。事故の原因を調査したのか」


「調べます」


 凛がキーボードを叩き始めた。検索エンジン。探索者データベース。SNS。凛の情報収集能力は——俺の営業時代の市場調査より遥かに速い。


 三十分後、凛が振り返った。


「渡辺康介。現在は都内の介護施設に入所しています。探索者年金で生活。管理局からの特別補償は——記録上、ありません」


 補償なし。ダンジョン探索中の事故で車椅子生活になった男に、管理局は補償をしていない。封鎖の理由が安全対策だと言うなら——事故の被害者への補償は当然あるべきだ。だがそれすらなかった。


「影山は——事故ごと握り潰したんだ」


 声が低くなった。怒りではない。もっと深い感情。十年間の不正義に対する——使命感の芽生え。リストラされた元営業マンには似合わない感情だが、今の俺には——それがしっくりきた。


 モニターの二つの資料が、青白い光の中で重なっている。久我山の手書きの文字と、管理局の公式スタンプ。十年前の真実と、十年間の隠蔽。


 一致する日付と場所が、赤いハイライトで浮かび上がっていた。影山総司の署名が——二つの資料の両方に存在している。


 久我山のノートを閉じた。革表紙の手触り。十年分の重さ。この重さは——久我山が一人で背負ってきたものだ。俺が引き継ぐ。


 凛が最後に言った。


「一颯さん。久我山さんが書いた最後の一文——『あの壁は俺たちを見ていた』。この言葉は、一颯さんが10.5層で受け取ったメッセージと矛盾しません。ダンジョンは十年前から——あるいはもっと前から——人間を認識し、接触を試みていた可能性があります。ただし、当時の鑑定持ちには情報を受け取る力が足りなかった。一颯さんは——初めて、その力を持った鑑定持ちです」


 初めて。唯一無二。鷹取も同じことを言っていた。だが鷹取の言葉は——支配するための褒め言葉だった。凛の言葉は——事実だ。


 十年前の闇が——今、開きつつある。

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