表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/48

情報戦の幕開け

 知らない番号。出た。テレビ局のディレクターを名乗る男が、出演依頼を早口でまくし立てた。丁重に断って切る。三十秒後、また鳴った。今度は別のテレビ局。断る。また鳴る。ネットニュースの取材依頼。断る。鳴る。ギルドのスカウト。断る。


 七時までに着信十七件。メール四十二通。SNSのDMは数えるのをやめた。


 テレビをつけた。持っていないはずのテレビ——ではなく、スマホでニュースサイトを開いた。画面に自分の顔が映っていた。昨日の配信のスクリーンショット。金色に光る10.5層の壁面を背景に、鑑定眼鏡をかけた俺が呆然と立っている。


 見出しが並んでいる。


 『ダンジョン配信者、未登録エリアを世界初公開』


 『人類とダンジョンの"対話"——生配信中に起きた衝撃の瞬間』


 『管理局、緊急記者会見を発表——影山局長「調査中」と回答』


 リストラされた元営業マンが、全国ニュースになっている。冷蔵庫の唸り声が響く六畳一間で、俺は自分の顔が映ったスマホを見つめていた。これが現実なのか、まだ寝ぼけているのか、境界が曖昧だった。


 SNSのタイムラインを開いた。トレンドのトップに「未登録エリア」。二位に「ダンジョンの意思」。三位に「柊一颯」。俺の名前がトレンド入りしている。かつてリストラの通知メールを受け取った同じスマホで、自分の名前がトレンドに並んでいるのを見ている。人生の皮肉が効きすぎている。


 タイムラインには賞賛、分析、陰謀論が混在していた。「柊一颯は英雄だ」「管理局は何を隠しているのか」「配信の映像は捏造ではないのか」。支持と批判と懐疑が渦を巻いている。情報が公開された瞬間、情報は制御不能になる。それは——俺が望んだことだ。


 凛からメッセージが来た。


「一颯さん、至急来てください。データの保全作業が必要です。管理局が鑑定データの提出を求めてくる可能性があります」


 三島からも来ていた。


「先輩! ニュース見たっす! 俺にできることあったら何でも言ってください! 今から行くっす!」


 返信する前に、また電話が鳴った。今度は——ダンジョン管理局。公式の番号だった。


 出た。事務的な声。「柊一颯様でいらっしゃいますか。ダンジョン管理局総務課です。昨日の配信内容について、局長より直接お話ししたいとのことです。明日十四時に管理局本部へお越しいただけますでしょうか」


 出頭要請。法的拘束力はない。だが断れば——管理局は別の手段で圧力をかけてくるだろう。営業マン時代、取引先からの「お話ししたい」は、苦情の婉曲表現だった。返答を保留して電話を切った。


 窓を開けた。三月の冷たい空気が部屋に流れ込む。鼻の奥に刺すような冷気。遠くに見えるサードダンジョンのゲートが、朝日を受けて鈍く光っている。昨日、あのゲートの先の地下深くで、俺はダンジョンの「声」を聞いた。金色の文字。「我々」という複数形。あの体験が——世界を揺るがし始めている。



  ◇



 凛のマンションに向かった。三島が先に着いていた。玄関で靴を脱ぎながら「先輩おはようございます!」と元気な声。この男の単純さに、少し救われた。


 凛の部屋は白い壁に囲まれた清潔な空間だった。前に来た時は生活感が希薄な部屋だと思ったが、今日は——その白い壁がモニターとホワイトボードで埋め尽くされている。臨時の情報分析拠点。三台のモニターに、SNSの反応分析、ニュースサイトの記事一覧、配信アーカイブの視聴データがリアルタイムで流れている。


 テーブルの上に空のペットボトルが三本。凛は昨夜から徹夜でデータを整理していたらしい。目の下に薄い隈があるが、瞳の輝きは失われていない。むしろ——研究者の目をしていた。未知のデータを前にした学者の、抑えきれない知的興奮。


「状況を整理します」


 凛がホワイトボードの前に立った。黒いマーカーのキャップを外す音が、静かな部屋に響いた。


「まず——良いニュースから。昨日の配信アーカイブの再生数が二百万回を超えました。登録者数は十五万人に達しています。SNS上では『情報を公開した柊一颯を支持する』という声が圧倒的多数です」


 十五万人。昨日まで十万だった数字が、一晩で五割増えた。数字の暴力だ。


「悪いニュースは」


「管理局が緊急記者会見を開きました。影山局長は『未登録エリアについては調査中であり、一般探索者の立ち入りは控えていただきたい』と発言しています。事実上——あなたの発見を管理局の管轄下に置こうとしています」


 凛がモニターの一つを指した。記者会見の映像が流れている。影山局長——五十代後半、銀縁の眼鏡をかけた痩身の男——が、記者の質問に対して能面のような表情で答えている。「未登録エリアの存在を管理局は把握していたのか」という質問に対して、「現時点では調査中です」の一点張り。記者たちの追及が厳しい。十万人が生配信で見た映像は、嘘のつきようがない。


「さらに——桐生さんから情報が入っています」


 凛がスマホの画面を見せた。桐生からのメッセージ。


『クロノスが管理局と連携して未登録エリアの独占探索権を申請中。鷹取が直接動いている。複数の情報源から確認済み。至急電話ください』


「独占探索権……」


「つまり、一颯さんが発見したエリアに、一颯さん自身が入れなくなる可能性があります」


 コーヒーカップを持つ手が止まった。自分で見つけた場所に、自分が入れなくなる。営業マン時代、新規開拓した顧客を上司に横取りされたことがある。あの時の無力感と同じだ。だが今回の相手は上司ではない。国の機関と巨大ギルドだ。スケールが違う。


 三島が立ち上がった。椅子が床を擦る音が部屋に響いた。「それって——先輩が見つけたのに、勝手に取り上げるってことっすか!?」


「法的には微妙です。未登録エリアは管理局の管轄外ですが、管轄外だからこそ——管理局が新たに管轄権を主張できる余地がある。鷹取はそこを突いています」


 営業マン時代に見た光景だ。新規市場を開拓した中小企業が、大手に参入されて潰される。先行者利益を守る法的枠組みがなければ、資本力と政治力で全てが覆る。ダンジョン業界も同じ構造だった。


「対策は」


「情報を出し続けることです」


 凛の声は冷静だった。だがその目に——静かな怒りが灯っていた。


「十五万人の視聴者がいる限り、管理局も強引な手段は取りにくい。世論が一颯さんの側にある。これは武器です。ただし——」


 凛がマーカーでホワイトボードに書いた。『データ保全。セキュリティ強化。法的準備』。


「守りも固めなければなりません」


 三人で、夜まで作業を続けた。凛がデータのバックアップと暗号化を進める。鑑定データの生ログ、エリアスキャンの全記録、設計図の断片のスキャンデータ——全てを複数の外部ストレージに分散保存。管理局が差し押さえに来ても、データが消えないように。


 三島は凛のマンション周辺のセキュリティを確認した。といっても、周囲を三十分ほど歩いて不審者がいないか見回っただけだが。帰ってきて「誰もいなかったっす!」と報告する三島の顔が、不思議と頼もしかった。


 俺は桐生に電話をかけ、管理局とクロノスの動きについて詳細を聞き出した。桐生の情報網は広い。管理局の内部に複数の情報源を持っているらしく、影山局長のスケジュールや会議の内容まで把握している。ジャーナリストとしての本能なのか、それとも——桐生にも、情報を隠す側と戦う理由があるのか。


 日が暮れた。


 窓の外に、サードダンジョンのゲートが見えた。街灯に照らされたゲートの周囲に、いつもより人が多い。昨日の配信の影響だろう。見物客や野次馬が集まっている。あのゲートの先、地下深くに——金色に光る空間がある。ダンジョンの意思が眠っている。


 凛が淹れたコーヒーを飲んでいた時——スマホが鳴った。


 非通知。


 凛と目が合った。凛が小さく頷いた。出ろ、という意味だ。


 出た。


 女性の声。落ち着いていて、明瞭で、どこか知的な響きがあった。


「柊一颯さんですね。ダンジョン管理局調査課の朝霧千歳と申します」


 管理局。だが——総務課からの出頭要請とは別件だ。調査課。学術研究部門。


「局長の指示とは別件で、個人的にお話ししたいことがございます——あなたの鑑定データについて」


 個人的に。局長とは別件で。つまり——管理局の中に、影山とは違う考えの人間がいる。


 凛が隣で息を止めていた。その気配が——張り詰めた糸のように伝わってくる。


「場所と時間を教えてください」


「明日の午後、都内の喫茶店で。人目につかない場所を指定します。場所は明朝メールでお伝えします」


 電話を切った後、凛が言った。


「罠の可能性があります」


「だろうな。でも——管理局の内側に味方がいるなら、会う価値はある」


 営業マン時代の鉄則。敵の組織の中に、一人でも味方を作れれば——ゲームが変わる。競合他社の中にインサイダーを作ることで、入札の流れを変えた経験がある。あの時と同じだ。情報を握った者が勝つ。だが今回は——賭け金が桁違いに大きい。


 三島が帰り、凛と二人になった。凛が最後のコーヒーを淹れてくれた。苦い。砂糖を入れ忘れたらしい。だがその苦さが、頭を冴えさせた。


「一颯さん」


 凛の声が、いつもの分析口調ではなかった。少しだけ柔らかい。


「何があっても——データは守ります。それが私の仕事です」


 データを守る。凛にとって、それは俺を守ることと同義なのだろう。


 窓の外で、サードダンジョンのゲートが暗闇の中に青白く光っていた。情報戦が始まっている。十万人が目撃した未登録エリアを巡って、管理局、クロノス、そして俺——三つの思惑が交錯している。


 スマホの通知が、まだ止まらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ