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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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鷹の爪

 配信を終えて帰宅した夜。スマホに見知らぬ番号からのメッセージが届いた。


「柊一颯様。クロノス・ギルドマスターの鷹取誠一郎です。ぜひ一度、お食事をご一緒させていただけませんか。あなたの活躍には以前から注目しております。場所はこちらで手配いたします」


 丁寧な文面。だが桐生の警告が耳に残っている。「絶対に一人では会わないでください」。


 凛に相談した。


「会うべきです。ただし、条件付きで」


 凛の声は冷静だった。モニターの前で、クロノスの公開情報を調べながら。


「鷹取の目的はスカウトか、データの囲い込みか、その両方でしょう。どちらにせよ、相手の手札を見るチャンスです。断るにしても、断る材料が必要です」


「一人で行くなと桐生には言われた」


「一人で行ってください。録音だけ忘れずに。複数で行くと鷹取は本音を出しません。一対一だからこそ、向こうも踏み込んでくる」


 凛の判断は桐生とは逆だった。だが理屈は通っている。情報を引き出すには、一対一が最も効率的だ。営業マン時代の鉄則でもある。大事な商談はタイマンでやれ。


 メッセージに返信した。「ありがとうございます。お受けします」



  ◇



 高級レストラン。六本木の、ビルの最上階にある個室付きのフレンチ。


 エレベーターの扉が開いた瞬間、世界が変わった。絨毯の厚み。照明の色温度。空気に漂うワインと料理の複雑な香り。窓の外には東京の夜景が宝石箱のように広がっている。スーツ姿の給仕が深々と一礼した。


 俺の格好はジーンズにジャケット。場違いだ。だが営業マン時代に学んだ。場違いさを気にするのは格下の証拠だ。堂々としていればいい。


 個室に通された。テーブルには二人分のセッティング。ワイングラスのクリスタルが照明を受けて虹色に光っている。壁には抽象画。店の格は——一食で俺の一週間分の食費が飛ぶレベルだ。


 鷹取誠一郎は、すでに席についていた。


 四十五歳。写真で見るより老けて見えるかと思ったが、逆だった。若い。引き締まった体格。元Sランク探索者の体は、ギルドマスターになった今も衰えていない。深い灰色のスーツに銀のカフス。指に嵌まった指輪が重厚な光を放っている。


 だが最も印象的なのは——目だ。穏やかな笑みを浮かべた顔の中で、目だけが違う温度をしている。冷たいのではない。計算している目。すべてを値踏みしている目。


「やあ、柊くん。来てくれてありがとう。どうぞ座って」


 声は穏やかだった。低く、落ち着いた声。威圧するのではなく、包み込むような声。だが営業マンの耳には——あの声の下に流れる鋼の硬さが聞こえた。


「お招きいただきありがとうございます」


「かしこまらなくていいよ。今日は——同じ探索者として話したい」


 同じ探索者。元Sランクの男が、Dランクの俺を。笑わせる。だが鷹取の表情は真摯だった。少なくとも、そう見えた。


 料理が運ばれてきた。前菜はフォアグラのテリーヌ。ワインはブルゴーニュの赤。鷹取が料理を見て頷く。常連の所作だ。


「君の配信は全て見ているよ。初回のテスト配信からね」


「それは……光栄です」


「鑑定スキルの使い方が独創的だ。普通の鑑定持ちは、せいぜいアイテムの値段を調べるくらいしかしない。だが君は——ダンジョンの構造そのものを読み解いている。あれは才能だよ」


 鷹取が褒めている。言葉に嘘はない。だが褒めることには目的がある。


 食事が進む間、鷹取はダンジョン業界の話をした。十年前の黎明期。Sランク探索者としての経験。クロノス設立の経緯。話は巧みで、知識は深く、何より——聞き手の関心を正確に把握している。プレゼンの達人だ。


「八層のフラクタル迷路、見事だったよ。あれを鑑定だけで解くのは、普通の探索者には不可能だ。君の鑑定は——特別だ」


「ありがとうございます」


「十年間、多くの鑑定持ちを見てきた。だが君のような情報量を出すスキル持ちは、過去に一人もいない。文字通り、唯一無二の存在だよ」


 鷹取の言葉は事実だ。凛のデータが証明している。だが事実を述べることと、それを利用することは別だ。


「率直に言おう」


 鷹取がワインを一口含んだ。グラスを置く動作が優雅で、その優雅さの中に——圧がある。メインのフィレステーキが運ばれてきたタイミング。計算されている。料理の芳醇な香りが鼻を満たす中で、本題を切り出す。


「クロノスに来ないか」


 来た。本題。桐生の予言通り。凛の予想通り。


「月額報酬は現在の配信収益の三倍を保証する。専属の装備チーム。安全なパーティ編成。深層攻略のバックアップ。君一人で潜るよりも、遥かに安全で、遥かに効率的だ」


「破格の条件ですね」


「君の才能にはそれだけの価値がある」


 鷹取が微笑んだ。温かい笑み。だが——目の温度は変わらない。計算する目。


「条件の詳細を伺ってもいいですか」


「もちろん」


 鷹取がテーブルの上に薄い書類を置いた。契約書の概要。目を通す。報酬。装備提供。パーティ編成支援。探索保険。ここまでは魅力的だ。だが——


 第七条。「配信コンテンツの事前審査」。


 第十二条。「鑑定データの独占利用権の付与」。


「事前審査と、独占利用権」


「ああ。君の配信内容は影響力が大きいからね。誤情報の拡散を防ぐために、事前に内容を確認させてほしい。鑑定データについては、共有してもらう代わりに適正な対価を支払う」


 事前審査。つまり検閲だ。鑑定データの独占利用権。つまり俺が自由に公開できなくなる。


 営業マン時代に、こういう契約書を見たことがある。一見好条件に見えて、コアの部分で相手に支配権を渡す構造。独占販売契約。OEM契約。形は違うが、本質は同じだ——情報をコントロールする側が、力を握る。


「鷹取さん。この条件だと、俺の配信は——」


「クロノスの品質基準を満たしたものだけが公開される。それが君と、視聴者と、業界全体のためになる」


 品質基準。その基準を決めるのはクロノスだ。つまり鷹取だ。公開するかしないかを、鷹取が決める。


「申し訳ありませんが、お断りします」


 言った。声は平静だった。


 鷹取の笑顔は——変わらなかった。一ミリも。まるで最初から断られることを想定していたかのように。


「残念だ。君のような才能が野良でいるのはもったいないよ」


 声のトーンが変わった。微妙に。穏やかさはそのまま。だが温度が下がった。一度か二度。気づかない人間には気づかない変化。だが営業マンの耳には——はっきりと聞こえた。


「考え直してくれることを期待しているよ。いつでも門は開いている」


 鷹取がワインを飲み干した。グラスの底の赤い雫が、照明の下で血のように光った。


「ダンジョンの深層は危険だ。一人や二人で潜るには——リスクが大きすぎる。君のような才能が事故で失われるのは、業界全体にとっての損失だからね」


 善意の仮面の下に、警告が隠されていた。深層は危険だ。一人では守れない。——つまり、俺を守る盾が必要だろう? その盾を提供できるのはクロノスだけだ。拒否するなら——盾なしで深層に潜ることになる。


「ご忠告、ありがとうございます」


 立ち上がった。食事は半分残っていたが、これ以上この場にいる意味はなかった。鷹取は立ち上がらなかった。座ったまま、穏やかな笑みで俺を見上げている。


「また会おう、柊くん。次は——ダンジョンの中で会えたら面白いね」


 その言葉が何を意味するのか、考えないようにした。



  ◇



 帰りのタクシーの中で、手のひらが汗で濡れていた。


 窓ガラスに映る自分の顔。東京の夜景が流れていく。六本木の煌めきが遠ざかり、普通の街並みに戻っていく。タクシーの座席の革が冷たい。メーターの数字が上がるたびに、心臓が一つ打つ。


 あの場で断れたのは——営業マンとしての経験があったからだ。好条件に飛びつかない。契約書の細部を読む。相手の目的を見極める。十年間、叩き込まれたスキルが、ダンジョンではなくレストランで発揮された。リストラされた会社に、一つだけ感謝することがあるとすれば——あの場を切り抜ける力を、十年かけて鍛えてくれたことだ。


 だが恐怖は消えない。鷹取の最後の言葉が引っかかっている。「次はダンジョンの中で」。あれは——脅しか。それとも文字通りの意味か。クロノスのエース・神代蒼真は八層以深の攻略を担当していると聞く。深層で鉢合わせる可能性は——ゼロではない。


 スマホでスケジュールを確認した。明日は八層ボス戦の準備日。凛がボスのデータを解析している。三島が体力調整に入っている。チームは動いている。鷹取に断った以上——もう後戻りはできない。前に進むしかない。


 自宅に戻って、凛に報告した。鷹取の提案の内容。事前審査。独占利用権。断ったこと。


「予想通りです。そして——」


 凛の声がわずかに緊張を帯びた。


「一颯さんが会食に行っている間に、私の方でも調べていました。クロノスの元社員がリークしたとされる内部文書がネット上に出回っています」


 凛がモニターにスクリーンショットを表示した。クロノスのロゴが入った社内メモ。日付は——俺の初配信のわずか三日後。


「『柊一颯の排除もしくは取込に関する検討メモ』。一颯さん、鷹取はあなたのことを最初期から脅威と認識していました。初配信の三日後ですよ。あなたの配信がまだ視聴者数人だった頃から」


 三日後。テスト配信の視聴者が三人だった頃。あの時点で、鷹取は俺を——見ていた。


 窓の外の街灯が、暗い部屋にオレンジ色の影を落としている。タクシーの座席に残っていた革の冷たさが、まだ手のひらに残っている。


 五万人のフォロワーの光の裏側で、鷹取はずっと——最初から——動いていた。

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