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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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五万人の視線

 朝、目を覚ました時から。枕元のスマホが蜂の巣を突いたように震え続けている。通知バーを開いた。SNSのメンション。DMの未読。フォロー通知。配信プラットフォームの登録者数アラート。


 五万人。


 配信登録者が五万人を突破していた。


 八層フラクタル迷路の攻略ダイジェストがSNSで拡散され、切り抜き動画が複数のまとめサイトに転載された。テレビの情報番組でも「話題のダンジョン配信者」として紹介されたらしい。「らしい」というのは、俺自身はテレビを持っていないからだ。リストラされた時に売った。


 登録者五万人。たった数週間前まで視聴者三人だった男が。冷蔵庫の唸り声だけが聞こえる部屋で求人サイトをスクロールしていた男が。


 SNSのタイムラインを高速でスクロールしていく。賞賛。分析。批判。全てが混ざり合って奔流のように流れている。その中に——桐生恭子からのDMがあった。


「柊さん、フォローアップ取材のお願いです。五万人突破と八層攻略について、もう少し詳しくお話を聞かせてください。お時間いただけますか」


 桐生とは五層クリア直後に取材を受けている。あの時の記事は好意的な内容で、俺の知名度上昇に大きく貢献した。同時に「クロノスがロビー活動を始めている」という情報もくれた。情報屋としての桐生の存在は、このゲームにおけるインテリジェンスだ。営業マン時代に競合他社の動向を教えてくれるインサイダーがいたが——桐生はその探索者業界版だ。


 返信した。「今日の午後、お時間ありますか」


 即レス。「十四時、前回と同じホテルラウンジで」


 凛にも連絡を入れた。「桐生記者の取材を受ける。業界の動きについて情報が得られるかもしれない」。凛の返信は短かった。「気をつけてください。データ関連の質問には慎重に」。


 三島にも一応報告した。「先輩、テレビ出演の依頼も来てるんすか!? サインもらえます!?」。三島は相変わらずだった。



  ◇



 ホテルラウンジ。落ち着いたBGMが流れている。ピアノ曲。ショパンかドビュッシーか——音楽には詳しくない。食器が触れ合う軽やかな音。桐生恭子は前回と同じ席にいた。ICレコーダーを既にテーブルに置いている。赤いランプが点灯している。録音開始済み。


「五万人突破、おめでとうございます」


 桐生の声は落ち着いているが、目は鋭い。ジャーナリストの目だ。情報を引き出すために、まず相手をリラックスさせる——そのテクニックを心得ている。


「ありがとうございます。自分でも信じられないですよ。一ヶ月前は視聴者三人だったのに」


「それだけ、あなたの配信が異質だということです。他の探索者配信は戦闘がメインですが、あなたのは——情報がメインだ。ダンジョンの構造を解き明かしていく知的エンタメ。これは業界初です」


 桐生がICレコーダーに向かって話す。取材であると同時に、自分の記事の方向性を確認しているようにも見えた。


「率直に聞きます。あなたの攻略速度は異常です。通常パーティが一ヶ月かける五層から八層の区間を、あなたは二週間で抜けている。しかもソロ、あるいは二人。これは業界的に——」


「衝撃、ですか」


「波紋、と言った方が正確ですね」


 桐生がコーヒーを一口飲んだ。カップを置く音が静かに響く。


「大手ギルドが何ヶ月もかけて、何千万円ものコストをかけて攻略する情報を、あなたは一人で、しかも配信で無料公開している。ギルドのビジネスモデルを根底から揺るがしかねない」


「俺は別にギルドに喧嘩を売ってるわけじゃない」


「そうでしょう。でも結果として、あなたの配信は既存の利権構造に亀裂を入れている」


 桐生がバッグから資料を取り出した。印刷されたスクリーンショットが数枚。探索者ギルド協会のSNS投稿。業界ニュースサイトの記事。


「協会が先日、『ダンジョン内部情報の無許可公開に関するガイドライン策定委員会の設置』を発表しました。見ましたか」


「見た。俺のことだろうなとは思ったけど」


「あなたのことです。名指しはされていませんが、業界内では全員わかっています。そして——このガイドライン策定委員会のメンバーリストを見てください」


 桐生が一枚の紙を差し出した。委員会のメンバー名簿。七名。その中に——鷹取誠一郎の名前があった。クロノスのギルドマスター。


「鷹取が委員に入っている。つまり、あなたの情報公開を制限するルールを、鷹取自身が策定に関与するということです。プレイヤーがルールを決める側に回る——フェアプレーとは言い難い構図ですね」


 営業マン時代を思い出した。入札案件で、競合他社が審査員と繋がっていたことがある。あの時と同じ構図だ。ゲームのルールを握った者が勝つ。実力ではなく、制度設計で勝負を決める。鷹取はそういう人間だ。


 ラウンジのBGMが妙に遠く聞こえた。周囲の客の会話が水の中のように歪んで聞こえる。現実感が薄れていく。五万人のフォロワー。テレビでの紹介。華やかな表側の裏で、こういう動きが進んでいる。


「柊さん、気をつけてください」


 桐生が声を潜めた。ICレコーダーの赤いランプが、テーブルの上で静かに点滅している。


「あの文書——探索者ギルド協会からの『ガイドライン遵守のお願い』は、協会の独断じゃない。クロノスのロビー活動が入ってる。私の情報網では、鷹取誠一郎が直接動いてるって話です」


「鷹取が——直接」


「はい。しかもこれだけじゃない」


 桐生がもう一枚の写真を見せた。スマホの画面に表示された画像。暗い廊下で二人の男が話している。顔は判別できるギリギリの画質。


「左が鷹取。右が——ダンジョン管理局の影山局長です」


 二度目だ。前回の取材でも同じ写真を見せられた。だが今回は——


「この写真、先日のギルド協会のレセプションで撮られたものです。レセプション自体は公式行事ですが、この二人が別室で三十分以上話し込んでいたのは公式記録にない。私が情報筋から入手した内容によると——話題は、あなたの鑑定データについてだったそうです」


 手の中のコーヒーカップが冷たくなっていた。いつから冷めていたのかわからない。


「鷹取は鑑定データの独占を狙っている。影山局長は鑑定スキルの管理を管理局の権限下に置こうとしている。利害は異なりますが、方向性は一致しています——あなたのデータを、自由にさせないということです」


 桐生のICレコーダーの赤いランプが、メトロノームのように点滅していた。


「柊さん。あなたにはまだ味方がいます。五万人の視聴者。マスコミ。そして——世論です。情報を公開し続ける限り、あなたを潰すことは難しい。公衆の面前で行われた攻略を、後から封じることはできない。でも……」


「でも?」


「気をつけるべきは、表からの圧力じゃない。裏からの動きです。スカウト。懐柔。そしてそれが失敗したら——排除」


 桐生がICレコーダーを止めた。赤いランプが消える。


「ここからはオフレコです」


 声が更に低くなった。


「鷹取から、直接コンタクトが来るかもしれません。いつ来てもおかしくない。もし来たら——絶対に一人では会わないでください」


 ラウンジを出た。ホテルのロビーを抜けて外に出ると、東京の空がビルの隙間から細い帯のように見えた。三月の冷たい空気が頬を刺す。吐く息が白い。


 駅に向かう途中、スマホを確認した。SNSの通知が百件を超えていた。五万人のフォロワーが、今この瞬間にも増え続けている。テレビで紹介された効果だろう。数字は嬉しい。だが——桐生の言葉が頭にこびりついている。スカウト。懐柔。排除。


 名声の光が強くなるほど、影も濃くなる。営業マン時代にトップセールスになった先輩がいた。成績が良すぎて他の営業マンから嫉妬され、社内政治に巻き込まれて、最終的には左遷された。あの時、先輩は言っていた。「目立つことのコストは、目立たない人間には想像もつかない」。


 今ならわかる。五万人の視線は——重い。


 帰り道、郵便受けを確認した。封筒が一通。差出人は「探索者ギルド協会」。事務的な宛名印刷。冷たい紙の手触り。


 開封した。


 『ダンジョン内部情報の公開に関するガイドライン遵守のお願い(通知)』


 公式文書。法的拘束力はない。だが圧力としては十分だ。


 封筒を握りしめた。紙がくしゃりと音を立てた。


 部屋に入って、凛に写真を撮って送った。文書の全文。凛からの返信は三分後。


「法的拘束力はありませんが、業界内での圧力としては機能します。注目すべきは文書の日付——八層配信のわずか二日後です。対応が速すぎる。事前に準備されていた可能性があります」


 凛の分析は的確だった。二日で公式文書は作れない。つまりこの通知は、俺が八層に到達する前から準備されていたということだ。鷹取の情報部門が俺の攻略速度を予測し、タイミングを計って発出した。


 もう一通、メッセージを送った。三島に。


「ギルド協会から圧力文書が来た。法的拘束力はないけど、注意しておいてくれ」


 三島の返信は即座だった。


「先輩、俺はギルド協会に入ってないんで関係ないっす。先輩が配信やめないなら俺は殴り続けるっす。以上!」


 思わず笑った。この男の単純さに救われる。


 凛の論理的な分析。三島の直感的な忠誠。二つの支えがある。だが相手は——巨大ギルドと管理局のトップだ。五万人の視線が背中に集まっている。その光が——影を生み始めている。


 スマホを枕元に置いた。通知のバイブレーションが、まだ断続的に部屋を揺らしている。眠りにつくまでの間、蜂の巣のように震え続けるスマホの音だけが、暗い部屋に響いていた。

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